六十七話―占領せよ
ガラス越しに、二人は語る。
悠々綽綽とした初老の男達。
一人は韓国大統領。
一人は正体も知らぬ男。
ソ連から寄越されたその男は自らを外交官と名乗ったが、大統領は一切信じていない。
何故なら、こんな国を揺るがす大事に、たかが外交官を寄越すはずがない。最低限、軍部の大将が来るはずだ。
男はもう一人男を連れてきた。灰色の髪と目を持った男だ。アジア人たる大統領と同じほどの背丈だが、どうにも下から睨みつけられているような印象を受けた。
それも、大統領の不安要素だった。
こちらが申し出たのは5対5のデスマッチだ。
それを「こっちの人数が減る分には問題ないよね?」と一人だけ連れてきた。
何かあるとは思った。
ただ、そのオジロワシのような目に、反論できず。
殺し合いは開始されようとしている。
二日前、韓国はソ連に宣戦布告を受けた。
即座に韓国は同盟国中国に連絡を取り、援軍を頼んだ。
このデスマッチに敗れたら、即座に中国軍の大軍が押し寄せるはずだ。
そう、このスタジアムで賭けられているのは
韓国と云う国。
真っ当に戦争してソ連に敵うはずがない。
ウクライナを制圧して、士気が上がりきった北の大国に。
反乱し、敗北したウクライナはようやく引き上げた将軍の右腕で葬儀を行う事すら許されず。
その右腕が豚に食われる様子を国民全員で見せられ、揚句、その豚が屠殺されたものを食わされたという。
ぞっと寒気が走る。
だが、怯えているのを見せた瞬間、敗北は決定する。
故に、無理にでも笑う。
「5人を相手にするとは、忠実な犬ですな。飼い主のためなら死も厭わぬとは」
そう、こちらは5人。
しかも、一人戦士を紛れ込ませている。
このデスマッチを言い出したのは韓国だ。
まさか受けられるとは思わなかったが、ソ連は至極あっさりと受け入れた。
当然、あの灰色の目の男は戦士だろう。
だが、負けるはずがない。
うちの戦士の能力なら―。
「Это не собака, а волк.」
「は? なんと?」
ボソリと呟やかれた言葉に慌てて、隣を見る。男のうっすらと笑みを作った口元が見える。
「ううん、何でもないよー。それより、武器なしが条件で良かったの?」
「問題ありません。そちらの余裕がいつまで持つか見ものですよ」
灰色の目の男の口が小さく開かれた。
何を言っているかは聞こえない。
しかし、冷たい目だ。
氷点下をはるかに越える冷気を放つ目だ。
「何だ? 何を言っている?」
「翻訳してあげようか? 僕、読唇術使えるから」
屈辱的だが、頷く。
そして、息を吞む。
『貴様ら韓国人は、生まれただけで恥となる民族だ』
『長年中国に従属し、日本の占領下におかれては、おめおめとインフラの整備や識字率の上昇の恩恵を受けたにも関わらず』
『たかだか、国民が連行されたり、娼婦になったりというされて当然の程度の事で、敗戦国の分際で日本に戦後たかり続けた』
『しかも、その占領が解け、独立できた根底たる大ソ連邦には何の恩も返していない』
『日本から搾り取った金は、大ソ連邦に感謝の心を籠めて、全額渡すべきであるのに、すべて国が着服し』
『まったく、敗北者の自覚が足りん』
『だが、唯一美点がある。凍らない港だ』
『その美点がため、大ソ連邦の一部として恥を受け入れてやる。来い』
あまりの屈辱に体が震え、歯がギリとなった。
怒りのあまり思わず叫ぶ。
「発言を撤回して謝れ!」
クスリ、と笑い声。
「ほーんと君って最近来たばっかりってのがよく分かるよね。これぐらい、ちょっと”教育”すれば誰だって言うよ。それとも君のところはしないの? 馬鹿だなあ」
韓国軍も震えていた、だが、動かない。
代わりに
戦士の腹からK-12 7.62mm機関銃が飛び出した。
そう、韓国の戦士の能力は、武器を体内に隠し持つ事!
どうせ、この男も、あの灰色の目の戦士も殺害する。
故に、両手を振り回す。
「撃て!」
射撃が始まる。
あまりの弾の勢いに、空気が切り裂かれる。
最新型の機関銃を前に、丸腰で勝てるはずがない!
生きているはずが……はずが
弾は確かに当たっている。
男の腹部は半分が吹き飛び、左腕も無い。
だが、それが、かってに修復されているのだ!
「あ……あ…ああ……」
灰色の目の男は、戦士に近づいて行った。
戦士は撃ち続けるが、平然と近づいてくる。
そして、銃を持った戦士の腕を掴み。
機関銃ごとごと捩じ切った。
戦士は絶叫し、倒れて魚のように痙攣している。
左腕が―生えた。
ボロボロになった軍服には確かに血が染み込んでいる。
他の韓国軍は逃げる事すら忘れ、唖然としていた。
それに背を向け、灰色の目の男は、歩き出した。
そして、スタジアムの柱を掴んだ。
大統領はもう言葉も無かった。
こちらにまで響く音を立て、柱が一本引きはがされたのだ。
柱は鉄製で、ビル二階分の高さはあるドーム型スタジアムの一部。何トンあるのかなど考えられない。
それを両腕で抱えると、男は振り向いた。
隣から勝手に翻訳されている。
『貴様らに真の占領を教えてやる』
『教育機関など廃止する。知識を持たせれば反逆の心が起こる』
『食料は全てソ連が管理する。必要最低限しか与えはしない。残りは全てソ連に献上させる』
『有能なものは全て連行する。逃亡した場合、殺害する』
『しかし、無能な者が大半を占めるだろう』
『そこで選別を行う。目の前で家族を一人殺害し、それでも助けてくださいと懇願する者のみ大ソ連邦の為に奉仕する名誉を与える』
『敗北者に人権はない』
『それが真の占領だ。現刻を持って開始する』
柱が、横なぎに振られた。
韓国軍の残りの四人は叩き潰され、肉塊となった。
ひゅう、ひゅう、と大統領は息を漏らすしかなかった。
「すごいでしょ、あの子。現世のKGBで赤ん坊から戦闘のためだけに訓練した子でね。現世での改造で筋肉の強化と肉体の修復はある程度受けてたんだけど、ヴァルハラに来てからそれが能力になってさー。もうソ連で一番強いの」
「は……は……」
「ペレストロイカがもうちょっと遅ければ良かったんだけどねー。人体実験及び兵器開発の隠ぺいの為に、ソ連崩壊のとき暗殺されちゃったんだよね。ま、こっちとしはラッキーなんだけど」
「た……たすけて……」
最期に聞いたのは、銃声だった。
「残念だけど君はダメ。それから、最初に僕が言ったロシア語だけどね」
口角がますます上がる。
「”これは犬ではない、狼だ”」
バリン、とガラスが破られた。
「将軍、目標を完遂しました」
敬礼されるのを、笑顔で受ける。
「ご苦労様。ウラジーミル君。ねえ、今回も昇格はいらないの?」
頷く。
「は。大尉のままで結構です」
「ウクライナ討伐の時からずーっとそうだよねー。ま、いいや。病院連れて行ってあげる。帰ろう」
「はい」
「負けたら人権はない事を叩き込まなきゃなんて、党も大変だねー」
中国軍の援軍は、来なかった。
それを知っている、KGBの二人は、柱が壊され崩れ行くスタジアムから、足早に歩き去っていった。
いつも大概な扱いの国が多いですが、今回は時期が時期なので、強調致します。私は反韓主義者でありません。今後のストーリー展開上、立地的に韓国に滅んでもらう必要があっただけです。この文章を引用してなんらかの主張の根拠になさると、大変困ります。ご容赦願います。




