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ヘヴンズ・ドアー  作者: 浮草堂美奈
第七章 最大速度でカナダへ向かえ編
59/112

五十八話―大和撫子の憤怒

 戦慄く唇。

 震える空気。

 燃える瞳。

「戦死者を出さない……?」

 ジャックは頷く。

「それは味方の軍にですか?」

 依子はまだ怒鳴らない。しかし、着火点は近い。

「いや……」

 ジャックは珍しく洗脳以外の意図で人の目を見た。

「敵も含めて、だ」

「敵を殺さない?」

 依子は、小さく「ころさない、ころさない」と呟いた。

 着火。爆発。

「自らも敵ものうのうと生き延びて、何の為の戦でありますか!?」

 絶叫。

「依子」

「戦とは殺すために行うのです。そうでなくば己が死ぬのです。どちらかに死を与えるために、戦とは存在するのです」

「依子、落ち着け」

「戦において死ぬに非ずんば、私たちは」

「依子」

「何のために死んだのですかアッ!」

 ヘヴンズ・ドアーは戦を受け入れる、狂人のみの世界。

 殺し合いで死んだ者が、死後の世界でも戦い続ける。

 天上の戦場――それがヴァルハラだ。

 依子は怒鳴り続けた。

「敵を殺さずんば、己が死ぬべし、さもなくば、父祖に顔向けができません!」

「それは」

 紅玉とエミリーがジャックの両肩を掴む。

「何言っても聞こえないね」

「ジャパニーズのよくある思想だ。連中は殺すか死ぬかしか頭にねえ。勝ち負けなんて頭からすっぽ抜けてる」

「我達も大概頭おかしいあるが、日本人は著しくおかしいね。何、こう言えばいいだけある」

 二人の声が揃った。

「「上官の命令であります」」

 依子はぴたりと止まった。

 そして、ひくくと顔を引きつらせた。

「死地は別のところにありますか?」

「ああ、そう――」

 次の瞬間、ジャックはエミリーと紅玉を振りほどき、依子を抱きしめた。

「生きてくれ。頼む」

「ジャックさん……」

 突き飛ばされる。転がる。

「私の死を、あなたまで否定なさるのですか!」

 それはまさにいつも浮かべるアルカイックスマイルの別の顔。

 阿修羅の表情であった。

 それに対して、ジャックは酷く陰鬱な

「死を否定してるんじゃない」

 聖者のような表情を浮かべた。

「生を肯定しているんだ」

 暫く、ふーふーと息遣いのみ響いた。

「車を」

 依子は珍しく、笑みをまったく浮かべていない、よくわからない表情で言った。

「車を出してください」

 そのまま、六人乗りのオープンカーというアメリカ人しか分からない発想の車のトランクに、乱暴に死体を投げ入れた。

「OK、君たちも乗ってよ」

 運転席に、今まで傍観していたアダムが乗り込む。

 その助手席に、依子は「失礼します」とだけ言って座る。

「Oh……」

 アダムは何か言いたそうにしたが、黙った。

 エミリーががっとジャックの肩を掴んだ。

「Nice!」

「我達も時間かかったよ。あれ鎮めるのは」

 ジャックは小声で問う。

「君たちは、どうやって、止める方法を知ったんだ?」

 ふと、真面目な顔に二人はなった。

 エミリーは赤毛を掻き上げて、首筋を見せた。

 紅玉はチャイナパンツの裾を捲りあげて、太ももを見せた。

 明らかに、何か凄まじい力で引き裂いたであろう、傷があった。

「そういうこった」

「女の過去詮索する良くないね」

 そのまま、二人は最後尾に座った。

 ジャックも真ん中のシートに座ろうとした。

 その耳元に、囁き声がした。

「ジャック」

「ダニエル、何だ?」

 何度も弟に殺され続けながらも傍を離れようとせず、それでいて他者には至極サディスティックに、そして享楽的に振る舞うこの男が、ジャックは苦手意識を抱いていた。

「あなたは、異端です」

「異端?」

「このヴァルハラにおいて、異端です。その思考は現世では普通であり、このヴァルハラでは」

 離れ際に更に囁かれる。

「ありえない、思考です」

 そのまま、ダニエルはシートの真ん中に座ると、長い脚を組み、ジャックに「お座りくださいませ」と促した。


 ネクラーサはブリタニアからの電話を取った。

「ああ、分かっているよ。派手すぎるこたあしないさ」

 立ったまま、モデルのように立ち直す。

「あたしらの狙いはあくまでKGBだ。いや、言い直そう、ウラジーミルだよ。ソ連最強のあの番犬さえ、屠っちまえば、ソ連の戦力は大きく崩れるのさ」

 また、何か話す声。

「用意周到だねえ。あたしゃ、そんな事しなくても、ロビンに殺られちまうと踏んでるんだが。ああ、悪いね。楽観はしてないよ。ただ、あの小娘を、頭のねじの焼き切れたロビン・ファン・ヒューリックをちっとばかし買ってるのさ」

 少し、苛立った声。

「分かってるよ。カナダは英連邦の長女だろ? 釘を刺しときゃ抜ける事ぁまずないさ」

 少しの会話の後、電話は切れた。

 また、かけ直した。

「通信できてるかい? うん、重畳重畳。じゃあ、改めて言わせて貰おうか」

 急に、声から婀娜っぽさが消え、軍人らしい張りを帯びた。

「独立のために流すロシアの血潮は、小麦のかでとなり、やがては海に流れ込み、魚を生むだろう! ウクライナ独立の時は今にかかっている! さあ! 撃鉄を起こせ!」

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