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ヘヴンズ・ドアー  作者: 浮草堂美奈
第七章 最大速度でカナダへ向かえ編
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五十五話―カラカラのリンゴ

「そんなんで良いの? あたし、何もしてないみたいだよ?」

 ウッラ=マイヤに、ネクラーサは煙を吐き出しながら答えた。

「良いのさ。フィンランドとの繋がりができりゃあね」


 AM10:25

 エミリー・カーター、リンゴを拾う。

 場所、ヘヴンズ・ドアー付近の街頭。朝らしくにぎわっている。

「おい、ねえさん、落としたぜ」

 目の前の紙袋を抱えた女、振り返り、受け取る。

 そのまま、唇を重ねる。

「な、何しやがんだ!」

 エミリーの驚きを意に介さず、女はにこっと笑う。

「спасибо(ありがとう)」

 そのまま手を振って去っていく。

 胸をなでおろすエミリー。

「なんだよ、ロシア人か」

 ロシア人の挨拶はキスという地域がいまだ多い。

「ウラジーミルの奴がやらねえから忘れてたぜ。そういやあいつ、ソ連の何処出身なんだ? ロシアか? まあいいや」

 思考を流れさせる。彼女は知らない。ウラジーミルはロシアのモスクワ出身。もっとも標準語に近いロシア語を話す。

 そして、さっきの女の「спасибо」は、ウクライナ訛りがあった。

 アメリカ人には聞き分けられなかった。


 10:30

 ロビン・ファン・ヒューリック、妙な女と出会う。

 黒いシャツを着たロビンは、兄のヴィンセントがヘヴンズ・ドアーとの商談に行っている間に、近所で買い物をするように頼まれた。

「リンゴくらい、わざわざここで買わなくてもアムステルダムで買えばよろしいのに」

 先ほどの商会からの電話。おつかいで兄の傍にいられないのは不満である。

 とん、と目の前に女が立つ。

 殺気も何もない、ごく普通のワンピース姿の女だ。

 白い肌と、ふっくらした体は北欧系だろうか?

「何でございますか?」

 女は笑う。

「あなた、可愛いわねえ」

 暫し、ポカン。

「い、いえ、わたくし、よく男の子と間違われてっ」

 顔を紅くする。その頬を両手で挟まれる。

「もっと肉付けないの? 細いねー」

「ほ、ほっといてくださいまし!」

 十三歳という年齢では仕方ないが、やはり、女性らしい丸みに欠ける身体はコンプレックスだ。

 ぱっと手が離される。

「じゃあね」

 そのまま去っていく。

「何だったのでしょう……。変な人もいるものですね」


 10:40

「Hi! ヴィンセント!」

 店に帰ったエミリーが奥に入ると、アンティーク調のテーブルにヴィンセントが座っていた。

「遅いあるよ。領収書買ってくるだけでいつまでかかってるか」

 紅玉の文句に、軽く「ついでに世界を救ってたのさ」と答え、ヴィンセントに向き直る。

「久しぶりだな。ロビンはどうした?」

「おつかいさ。大丈夫、ロビンは別格だけど、君もlief(かわいい)だよ」

「バカ言ってんじゃねえよロメオ」

 そのまま、アメリカ人らしく、ごく普通に、握手した。

 それが決してやってはいけない事と知らず。

 何の警告音も鳴らず。

 ヴィンセントは、ふっと意識を途切れさせた。

 そのまま、ゆっくりと倒れていった。

 依子の持っていた、お代わりのコーヒーカップがかちゃんとなった。

 次の音は、大柄なオランダ人が床に倒れる音だった。

 即座にサマンサは動いた。

 脈を取り、心臓を何度もマッサージする。

 そして首を振る。

「死んでるわ」

「え、おい、どうなってんだよ!?」

 エミリーが両手を振り回す。

「ヴィンセントさん……」

 依子がおぼんで口を隠す。

「病気か?」

 紅玉の目つきが鋭くなる。

 サマンサは一声で動揺を制した。

「落ち着きなさい。理由は不明だけど、これは彼女を逆上させるに決まってる」

 依子に命じる。

「死体を車へ」


 ブリタニアは優雅に紅茶を啜る。

「今日はアッサムですわね」

 メイドが肯定し、一礼する。

「Yes.queen」

 その横で、アメリカ大統領のマイケルが、スコーンをばくばくと頬張っている。

「ねえ、ブリトニー、今、世界で一番強い奴って誰だい?」

 アッサムの香りがくゆられる。

「素手で全て戦うとしたら、ソ連のウラジーミル・グリゴーリビッチ・グリーシャ」

「ええ、僕じゃないのかい!? ソ連人に負けるなんてムカつくな!」

 ふふ、とブリタニアイギリス女王は余裕を見せる。

「ソードなら、日本の飯塚幾之助がヤバいですわね。あいつは「龍神殺し」の異名を持っているそうですわよ」

「サムライ! 確かに強そうだ!」

「集団戦なら、ドイツのクリスティーナ・ラインバッハ。カリスマ性にしてもそうですわね」

「あの狼女か! 女に負けるのも悔しいよ、ブリトニー!」

「それでは、これはもっとムカつくでしょうね。オランダのヒューリック商会に、ロビン・ファン・ヒューリックという小娘がいるのですが」

 もう一つ。スコーンにアップルジャムが塗りたくられる。

「何でも武器に変えてしまう、という点を見れば、テッペンヤバいですわ。兄に傷ついたらブチ切れて、バリ暴走しますし」

 Boo、とマイケルが頬を膨らませる。

「あなたには教えてあげますわね、マイケル。今、面白い女と組んでおりまして。ウクライナ革命軍女将軍ネクラーサ・ダヌィレーンコ、能力は」

 キスしたものを二十分間毒物に変える!


 ロビンはリンゴを投げ捨てた。

「兄様……?」

 左手の薬指のエメラルドに、どんどん黒いシミが広がっていく。贈ってくれた人の命の危機を知らせるエメラルドに。兄様がくれた、デュラハンの涙と呼ばれる大事な指輪に!

「嫌、嫌です」

 走り出す。

「兄様あああああああ!」

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