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ヘヴンズ・ドアー  作者: 浮草堂美奈
第六章 アンダーグラウンド編
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五十一話―甘い死の香りを貴方に

 ソファからすうすうと寝息が聞こえる。

 閉じられた瞼はたっぷりの睫毛で縁取られ、たまに動きを見せる。

 ソファから余った足は黒いスラックスに包まれたまま、だらんと下がっている。

「ダニエル、もう夜だよ」

 アダムがそっと揺り起こすが、ダニエルはむずがるような声を上げて寝返りを打った。

 良く寝ているらしい。こんな声はあまり聞かない。

「ベッドで寝なよ。ダニエル」

 薄く瞼が開き、青い瞳が僅かに見えた。しかしすぐ閉じられようとする。

「パジャマにも着替えてさ。運んであげても良いから」

 明らかに半分眠った声。

「ここで寝たいです……」

 アダムはため息を吐くように笑った。

「仕方ないなあ」

 そっと、その白い首に手がかけられる。

「ベッドの方がいい夢見られるのに」

 アダムの右手は、ダニエルの喉仏を、左手は金髪を撫でた。


「はいはい、客人用の部屋はこっちよー」

 青蘭が先導する。

「大姐が本部屋に籠ってるから、我、案内任されたよ! 遠慮する事ないあるぞ!」

「申し訳ありません。お世話になります」

 一礼する依子。と軽く親指を立てるエミリー。

 そして、ピンチのジャック。

「何処まで機械で何処まで人間かのカルテないのか? じゃあ、我がちょーっと調べたいよ。無問題よ。死ぬことないよ。たぶんあんまり痛くもないよー。お薬苦いのも注射ちっくんもその年なら我慢できるあるよー」

 国軒がいやに穏やかな笑みで肩を掴むのを、引きつった顔で剥がそうとするも、剥がされては掴み、剥がされては掴み、を繰り返している。

「大哥! お仕事サボる良くないよ!」

 青蘭のどこかずれた怒り。

「サボってないある。薬なら元々あるよー。もうちゃんと梱包したよ。つまり我は自由よ」

 国軒のどうしようもない返答。

「う……論破されてしまったよ」

「負けないでくれ!」

 がくりと手をつく青蘭に縋る。情けない話である。

「あの、ジャックさんも大事な戦力でして……」

 依子が日本人特有の困った笑顔で止めるが、エミリーの「そうかあ?」で遮られる。

「そ、そうですよ!」

「だって一番弱いじゃん」

「いいえ、強い心根を持っておられます! それに、あのストリートギャングの条件に、私たち四人で来いとあったではありませんか!」

「つまり戦力的には一番弱いんじゃん」

「エミリー、女たるものもっと殿方を立てるべきです!」

「お前も立ててねえよ、それ」

「あ、あの、ええと」

 わたわたする依子を、暗い顔で見つめるジャックに、囁く。

「我の研究成果でもっと強くなれるかもしれないあるよ」

「!」

 振り向いた頭が叩かれた。ついでに国軒も叩かれた。

「ぐらっとくるんじゃないある! 大哥も何しようとしてるか!」

「紅玉……」

「もし壊れちまったら、高く売れなくなるある!」

「売る予定があるのか!?」

 一瞬の感動を見事に潰し、紅玉はふんっと長女の風格を見せた。

「調べもの終わったよ。これからやる事話すから、寝るの待つよろし」

「も、もうですか?」

 あの新聞と本が大量に積まれた部屋に入ってから、まだ一時間と経っていない。あの山を超えた頂きのような資料から、もう探し終えたと言うのか。

「中哥に探させたよ。まったく、新しく入った新聞の増刊号買う約束させられて大損よ!」

「あいやー、あいつ、我にも「資料見つかったから引き換えに本一冊買ってくれ」言いに来たよ」

「大哥にもあるか! 小賢しい三文文士ある!」

「でも、そのおかげでお前の考え通りなの分かったから、薬もうできたよ」

「慰めにならんある! まったく、あいつには暫く粥と焼き餃子以外食わせないある!」

 ひとしきり憤慨すると、紅玉は部屋を指さした。

「まあ、入るよろし」


 翌朝。

 舞台はまたしても地下道入口。

 これから行われるは、おぞましきグランギニョール。

 役者は少女三人、青年三人、他殺され役。

「行くよ」

 紅玉の言葉で、少女三人と青年一人は走り出した。

 青年二人と殺され役が待つ、アンダーグラウンドに向かって。

「昨日より手ごわいあるぞ! 足手まといになるないね! ジャック!」

「分かっている!」

 四人の背には、奇妙なものが背負われていた。

 まるで農薬や水を噴射する農機具のようなもの。

 しかし、それを構えながら走る四人が、農機具を持つわけがない。

 当然、噴き出すものは違う。

 噴き出したのは、煙だ。

 それも煙幕ではない。

 どこか甘い香りのする、パヒュームに近い煙だ。

 それを猛烈な勢いで噴射する。

 此処は地下だ。あっという間に、煙は充満していく。

「来たぞ!」

 黒を纏った、体の一部が欠けた男達が、銃を乱射する。

「じゃあな!」

「はい!」

 四人は二手に別れた。

 昨日と同じく、アメリカ側には紅玉、エミリー。カナダ側にはジャック、依子。

「撃て撃て!」

「殺せ!」

 ストリートギャングは昨日と違った。

 昨日居る分を皆殺しにしてしまったせいもある。

 しかし、違うのはメンツだけではない。

「ごろぜええええええええ!」

 全員、目が異常に血走っているのだ。

 息遣いも荒く、ただ暴れ狂う動脈を止めようと撃ちまくる。

「おい、ホン」

「何か?」

 撃とうと構えた腕に、毒針を投擲して刺し、更に素早く懐に入り込んで、その後ろの敵の顎を、匕首で刺し上げる。

「いいねえ、食い放題だ!」

 相手の眼科を弾丸が貫いた。一人ではない。もう一丁の銃が全く反対方向の敵の頭を弾き飛ばした。

「大哥に伝えておくよ」

「そうしてくれ」

 相手の弾丸が、二人を狙って、壁に穴を空ける。

 こちらを集中して狙うため、敵が密集しているのを見て、エミリーはニタリと笑った。

「ハンバーグ一個出来上がり! YEAH!」

 投げたのは、手榴弾。

 前回ストリートギャングたちが使った、殺傷性の無いものではない。

 きっちり、爆弾だ。

 それを密集したところに投げ込まれればどうなるか。

 ハンバーグ(木端微塵で焦げて生臭い血臭のする肉片)が大量に出来上がる。

 その残骸のここまで吹っ飛んで来た生首を持ち上げて、エミリーは紅玉を見た。

「食いつくしちまったらしい」

「なら、先に進むよ。面倒ない。とてもいいね」


 弾丸の威力があまりに激しいと、肉は死んでからも四散し続ける。

「人間じゃねえ! このジャップ! 人間じゃねえよ!」

 最後の一人の悲鳴を発する喉を、依子は片手で掴んだ。

「人間か人間でないか、それが重要ですか?」

 ごきごきと首の骨が折れる嫌な音がする。

「死ぬ体であると分かれば、それで十分じゃありませんか」

 男はもう声も出ない、ただ、血の混じった泡を吹くだけだ。

「あなたもそのようで何よりです」

 ごきり、と音がして、身長より上に持ち上げられた体はがくんと力が抜けた。

 最期に失禁したのだろう。甘い香りの中、僅かに臭いがする。

 だが、それは甘い香りと対抗し続ける血臭の中では微々たるものだ。漏らしたのも一人ではない事であるし。

「これで最後のようですね。向かいましょう、あの双子の元へ」

「ああ」

「種が割れていては、無意味な能力ですからね。二人そろってお待ちでしょう」

「ああ」

 GO!

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