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ヘヴンズ・ドアー  作者: 浮草堂美奈
第六章 アンダーグラウンド編
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四十七話―美しき双子

 洞窟に入って十メートル。照らすライト。それでもほの暗いトンネル。しかし、アスファルトで舗装された道。

 二つに別れた道。右はカナダ、左はアメリカ。その両方の案内の表記に描かれた、上半身裸のブロンド女は、印刷の中で笑顔を見せる。

「どっちに行く?」

 ジャックが問う。ロンドンにも治安の悪いところはあるが、ここはまさにその雰囲気を醸し出している。別段ただの地下通路で、何があるという訳でもないのだが。

 あえて言うなら空気だ。発展した活気ある都会に、必ずある、吹き溜まり。バーバリーのコートを着てヴィトンのバックを持った人々の、そのツケを回された場所。

 その澱んだ空気が、この地下通路には満ちている。

「そうあるな」

 紅玉が言いかけた瞬間だった。

 人の話し声がした。

 全員が武器を構える。

 一人、二人ではない。多数。

 足音もした。軍隊の更新のようなそれではなく、乱闘寸前の暴徒のような足音。

「……アンダーグラウンドの連中か」

 返事をするように、彼らは姿を見せた。

 全員が、ジャケットに、帽子に、バンダナに、黒を身に纏っている。

「Hi?」

 エミリーが銃を両手に、話しかける。

 戦闘が始まることを期待した緊張を、表情に浮かべたエミリーとは逆に、連中はにやにやと笑う。

 ただ、その姿は、共通点があった。

 先ほど真っ二つになった男のように、百二十センチほどの身長の小柄な者。腕の片方が欠損している者。全身にひび割れが走り、鱗のようになっている者、片目に眼帯を付けている者、鼻がなく、顔の真ん中に穴が空いているだけの者――。

 全員がそういった特徴を備えていた。

 その男達の列が、いきなり割れた。

 また、男が二人、現れた。

 その男達は、周囲のストリートギャングとは違うことが、一瞬で分かった。

 まるで俳優のようなきびきびした歩き方。

 ゆるくウェーブした金髪。

 陶器のような白い肌。

 人間離れした美男子だ。

 だが、美しいことが想像できる瞳は、黒いゴーグルで隠されている。それでも、100点以上の顔だ。

 その美貌が全く同じ人間が、全く同じ上品な趣味の黒いコートを着込んでいる。

「双子か?」

 同じ姿だが、表情は違う。

 にこにこと人好きのする笑顔の方と、気だるげな色香を放つ無愛想な表情の方。無愛想な方は、煙草を銜えている。

 笑顔の方は答えた。

「そうだよ。僕は弟の、アダム・トンプソン。初めまして。仲良くしてくれると嬉しいな」

 カリフォルニア訛りがあるが、知的な話し方、この自己紹介を聞いて、好感を持たない女はいないだろう。――彼女らを除いては。

 ついで、無愛想な方が煙草を携帯灰皿に揉み消す。

「私はダニエル・トンプソンと申します。この男の兄にあたります」

 理解した。この次の自己紹介は想像ができた。英語の分からない依子に雰囲気でもわかった。

 ダニエルが使うのは、アッパークラスの英語だ。

 それを知りながらの自己紹介は続いた。

 知的なカリフォルニア訛りと、上品なアッパークラスの英語は、交互に紡がれる。

「僕たちは通称トンプソン兄弟。このアンダーグラウンドの最高責任者をやらせてもらってるんだ」

「本日は、招待に応じて頂き、真にありがとうございます。恐悦至極にございます」

「招待された覚えないね。”呼び出された”覚えはあるが」

 紅玉の言葉には答えない。

「ルールの方は聞いてくれたかな? うん、良かった。分かってくれたみたいだね。吃驚させてしまった事は謝るよ。ごめんね」

「私共も精一杯おもてなしさせて頂きますので、どうぞ心ゆくまでご堪能くださいませ」

「いらねえんだよ。そういうのは」

 エミリーの言葉も無視された。

 そこで気づいた。

 無視ではない。聞こえていないのだ。

 とっさに彼らの耳を見た。

 危険に気付いた。

 その時にはもう遅かった。

 耳栓とゴーグルをした双子は、スタングレネードを同時にこちらに投げた。

 すさまじい閃光。

 そして爆音。

 スタングレネードは閃光弾と和訳される。百万カンデラを超えて、一時的な失明と眩暈を敵に起こさせる猛烈な光。そして、飛行機の間近のエンジン音をはるかに超える大音量。それを発生させる手榴弾の一種だ。爆発の衝撃で死ぬことはないが、行動は確実に不能になる。ゴーグルと耳栓をしていない限りは。

 倒れなかったのは、単に彼女らの踏んだ場数だ。

 ヴァルハラの戦士の中では少ないそれも、現世では戦闘狂と呼ばれる数の戦いをこなした。

 それでも、膝をつくことを止められなかった。

 ジャックもそうだった。

 人間ではない彼の与えられた体も、至近距離で食らった2発のスタングレネードには耐えられない。

 暫く時間が経って、最初に声を発したのは依子だった。

「あの人たちは!?」

 答えは明白。

 何故なら、全員、怪我をしていない。

「……逃げたな」

 思わずの質問にあえて答える。依子は悔しげに歯を食いしばる。

「まあ、先に進めばいるのは分かってんだ。気楽に行こう」

 エミリーが頭をかく。この場合の気楽は、だらだらとリラックスするという意味ではないの。誰にでも分かる。

「どちらに行く? アメリカか? カナダか?」

「十キロじゃどっちも国境までは着かないし、何より、ここ来たの初めてね」

 紅玉が立ち上がった。

「最高に少ない判断材料だと、エミリーがアメリカ人で、共通点があるよ。エミリー、(ワタシ)とアメリカ方面行くね。依子とジャックもそれでいいか?」

「OK」

「ああ……」

「はい。構いません」

 その時、エミリーの顔にようやく笑みが浮かんだ。

「じゃあ、合言葉を言っとくか」

 そんなもの決めていない。だが、全員が分かる。

「黒は殺せ」

「OK! Let's Go!」

 薄白いライトは、二手に分かれる4人を映し出して、チカチカと光った。



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