四十五話―地下道入り口前
「ふざけるよくないよ。何が調停か」
紅玉の台詞はもっともだ。
何せ、持ちかけられた話は、とことん腕ずくだったのだから。
シンプルなもめごとである。
オランダのヒューリック商会は、アメリカのアンダーグラウンド【地下通路】を、使って、北米からヨーロッパ、アジアまでの商品運搬を行っていた。
本来の地球と比べて、だいぶサイズダウンするこのヴァルハラの地理でも、地下を直線で横切っての道のりの時間短縮は、大変著しいものだ。
ヒューリック商会に限らず、この通路を使用できる資格を持った商人や軍隊は、資格にモノを言わせて大幅なショートカットを可能にしていた。
当然、そこには使用料が発生する。完全なる自治状態のアンダーグラウンドは、アメリカやイギリスなど、大国家からも容赦なく取り立てる。
そして来年から使用料の値上げが通達された。
きわめて一方的であったらしい。
金額は三十%の値上げだったらしい。
今までの使用料も決して安くはなく、代金の四割は使用料で持って行かれていたらしい。
これに噛みついたのがヒューリック商会だ。
即座に使者を派遣し、抗議し、値上げには応じられないと主張した。
結果。
使者は鉛玉で体重を増やして、物言わぬ姿で帰ってきた。
「手紙が添えられていてね。「我々を『黙らせる』武力を持って主張せよ」って」
「なるほど、簡単だな。『俺たちをぶちのめしたら、値上げは勘弁してやる』か」
「そ、だからね、嵌められちゃった気もするんだよ」
「如何いう意味ですか?」
「うん、あのさ。僕らが仲間を殺られて黙って諦めるわけないじゃない? 確実に、向こうを叩きのめす戦力を用意するじゃない?」
「そりゃそうね」
はあ、とヴィンセントはため息を吐く。
「要するにね、連中は強い相手と一戦かまして、退屈しのぎがしたかっただけじゃないかなって」
サマンサは納得したように、微笑んだ。
「それで、うちの店は何のメリットがあるのかしら?」
「今度アンダーグラウンドを使うルートで運ぶ商品の、代金はチャラ。どお?」
笑いあう二人。
「交渉成立ね」
日本領より西へ三十キロ。
中国領国境沿い。
夜はひたすらに暗く、山々の中、小さな小川がちょとちょろと流れる。
昼間なら水墨画の世界であろう。
幽境の中にある境。
一見山の下の洞窟。
ぽかりと開いた境。
しん、と空気さえも落ちる音がする。
暗い。
先は見えない。
「ここが入口か?」
「入口の一つ。アンダーグラウンドは四方八方、世界中にのびているからね。どっかに逃げられたら、世界一周のチケットが手に入るよ」
「嬉しくねえよ」
「ま、やることは一つなんだよ」
ヴィンセントは人差し指を一本立てる。
「黒を身に着けた奴を見かけたら、殺っちゃって」
極めて明るい調子で告げられたそれに、眉を潜める。
「どういう意味だい?」
「あれ? 紅玉ちゃんと依子ちゃんはともかく、エミリーちゃんも知らないの? アメリカ人でしょ?」
肩を竦める。
「I didn’t get it」
「Got it.つまりね、やつらのボスは元ストリートギャングなんだよね」
「さっきも言ったろ。英語の「知らねえな」は通じねえのかい?」
「君、いつ死んだの?」
「南北戦争だよ」
「じゃあしょうがないよ。連中が出てきたのは一九六〇年代後半だもん。仕方ない仕方ない、恥じる事ないよ」
「そうかい。しかも田舎生まれでね。若草物語みたいなところに住んでたのさ」
「それはのどかだなあ。僕はこっちに来てからはアムステルダムにずっと住んでるんだけど。まあ、なかなかに面白いところだよ。ね。お願いだから銃をしまってよ」
依子も困った笑顔を向け、エミリーはようやく銃をしまう。
「まあ、ストリートギャングってのはさ、別名カラーギャングってんだけどね。てんでばらばらのチームがごそっといて、そのチームが自分たちのシンボルとして、その名の通り、シンボルカラーを身に着けてるの。で、今度のアンダーグラウンドのボスたちのシンボルカラーは黒ってわけ」
「わかったよ。黒を見れば殺れね」
「あ、ごめんごめん、まだある」
「まだ?」
ヴィンセントはジャックとエミリーを見た。
「連中は全員白人。君たちと同じね。だから、アジア系の依子ちゃんと紅玉ちゃんは、更にヤバいよ。危ないよ。」
「何で?」
ヴィンセントは肩を竦める。
「ストリートギャングってのは、元は差別されてきた黒人やヒスパニック系の若者が、自衛や相互扶助のために始めたんだよね。ま、でも所詮は貧乏なガキが徒党組んでるんじゃない? 金儲けは悪さだったんだよねー。クスリ売ったり武器売ったり、強盗とかカツアゲとか。でで、黒人ばっか、ヒスパニックばっか、で組んでるから、白人だーい嫌い。でもさ、白人なんて血の気の多いバカが多いから、当然対抗する集団も出てきたってわけ。でも、やることは一緒。白人のストリートギャングができただけ。別の人種は超敵同士と憎み合って、ボコりあいしてるってわけ。ったくアメリカ人はこれだからさー」
「あ?」
「だから銃を向けないでったら、ロビンが居たら君なんてスライスチーズだからね、あ、ウソウソ、ごめんなさい!」
慌てて両手を振る。相変わらず食えない奴だ。幾之助とはまた違った食えなさを感じる。
「で、ボスはどんな奴か?」
「それが気になるな」
「手ごわいのですよね」
ヴィンセントは軟派な様子で片目をつぶる。
「僕も会ったことはないんだけどさー。すっごい特徴的だよ」
「頭にボルトでも生えてんのか?」
あはは、と軽い笑い。
「生えてたら面白いよね」
エミリーも軽く笑う。
「双子なんだよ。男同士の。白人なのは勿論だけど、金髪碧眼のすっごい美形だってさ。ハリウッドにでも行けばよかったのにねえ」
「へえ」
女の子はもっとテンション上げようよ」
「上がるか阿呆。ガチョウが相手言われた方がマシよ。晩飯にできるある」
それもそうだね、と頷く。
「っていうか、あたしらは金髪の双子には軽くトラウマがあってだな。機関砲とかチェーンソーとか使ってくる上、燕尾服でも着てるんじぇねえだろうな」
「何それ」
「違うようで何よりです」
首を傾げるのに、依子が先を促す。
「ま、弟は美形な以外にあんまこれってわかりやすいのはないかな。兄の方が面白くてね、アメリカ人なのに、すっごく綺麗なアッパークラスの英語を使うんだよ」
「アッパークラスの英語?」
依子の視線に、ジャックが答える。
「イギリスの上流階級、たとえば王室では、発音がやや特殊で、とても綺麗なんだ。これをアッパークラスの英語という訳だが。まあ、アメリカ人はほぼ使わないな。それに、ヴァルハラでは意味がない」
そう、このヴァルハラでは、意識しない限り、すべての言葉が翻訳されて相手に伝わる。地域ごとに独特の訛りはあるが、先ほどのエミリーとヴィンセントの「知らねえな」「分かったよ」のように、意識して英語と思って離さない限り、翻訳されるのだ。だが、元の話し方にこだわりがあると、それも現れ、自分が中国人だと自負の強い紅玉は翻訳されると標準語とは言い難いし、日本語のような土地ごとの訛りの強い地域も、厳島のように訛って翻訳される。
「そそ、だからね、馬鹿丁寧な話し方をするね。ま、丁寧でも僕は好きだけどね。依子ちゃんの言葉とか、とても綺麗」
依子が小首を傾げる。
「ブリタニア女王のお言葉づかいのような話し方でしょうか?」
ジャックは首を振った。
「あれは下品な言葉が混じってる。今度の相手は、女王より上品なんだろう」
「兄の方だけね」
ヴィンセントは苦笑した。
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