表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヘヴンズ・ドアー  作者: 浮草堂美奈
第五章 休息できない秋の日編
43/112

四十二話―アンラッキーな軍隊

「韓国軍の様子は?」

 地下に降りる入口の、傍の木の陰で、ジャックは小さな声で問う。もともとぼそぼそとした喋り方なのが一層際立っている。

「見張りが三、四人。見えてるだけで。問題は地下に降りてからなんだよね」

 ヴィンセントが双眼鏡をのぞきながら返す。

 現在地点。ヒューリック商会が積み荷を奪われた場所から十キロ離れた、韓国軍地下シェルター前。ドーム状の入口の前に、銃を持った兵士が立っている。

「荷はあそこで間違いはないんだな?」

「うん。丁重に聞いたからね」

 ロビンはダーメと笑いながら閉められた扉。韓国軍兵士を一人捕縛。それは容易だった。

 兵士が一人でいるところに、背後から急に飛び出して銃を突きつける。背中に当てられた硬質な感触に、兵士は従うほかなかった。

 銃をつきつけたのはエミリーだ。戦士たる彼女がヴァルコラキを一人捕えるなど、児戯に等しい。

 しかし。

 隣の柔和な印象の男を見る。

 彼が加えた拷問はそれは凄惨なもので、思い出せば暗澹とする気持ちになる。

 この男の笑みは上辺だ。ヴィンセント・ファン・ヒューリックは残酷な人間だ。

 背後の商会の人間も承知のことらしく、気にした風もなく悶絶を顔に張り付けた死体を片づけた。

 傍らのロビンが「いきますか?」と問う。

 まだあどけないと言って過言ではない彼女がやる気なのは、不安だ。

 戦士であるのは分かっているが、その小さな体を見ていて信頼できると言い切れるわけがない。どちらかというと帰してしまいたい。それを知ってか知らずか、ロビンは棺桶型のトランクを引っ張る。

「おい、ロリータ」

「何ですか?」

 エミリーがひょいと頭を出す。ロリータと呼ばれたロビンは不満そうに返事をする。

「指輪、外しとけ。引き金引くのに邪魔になるぞ」

 ロビンの手に目をやる。確かに、左手の薬指に緑の石が輝いている。銃を使うとき、石付の指輪は確かに邪魔だ。しかし、より気になるのはそれが左手の薬指という点だ。

「嫌です」

 不服そうに指輪を右手で覆うロビンに、エミリーはため息を吐く。

「嫌っつったって。誰に貰ったか知らねえが―」

「兄様のだから、嫌です」

 この発言が出た瞬間、空気が変わった。一斉にこの場にいるヘヴンズ・ドアーの三人全員が、ヴィンセントを見る目が冷たくなった。

「その娘は十三歳あるよ?」

「ロリコンかよ」

「……」

「違うよ! あくまでこれは普通にプレゼントであげたんだよ!」

 冷え切った目に慌てて弁解するヴィンセントだが、冷えた目は戻らない。

「大丈夫です! オランダでは十二歳から合法です!」

「誤解を招くからやめてロビン! 違うからね! 決してやましい気持ちはないから!」

 ああ……としばらく頭を抱えていたが、ロビンの手首をそっと握ると、指輪を見せる。

「これはね、デュラハンの涙って呼ばれるエメラルドで」

「媚薬効果か? 最悪だな」

「違うよ! 僕はどんだけロリコンだと思われてるの!? 普通に女の子にあげると、贈り主の危機を知らせるって石で――」

「うるさいよ。くだらないメルヘン語るないね」

「ホントなんだよおッ」

「ええ、本当です。ですから、わたくし外しません」

 その左手を依子がそっと握る。

「美しい指輪ですね」

「そうでしょう!」

「ところで、ロビンさん、同年代の方はあまりご存知ないのですか?」

「遠まわしに『あいつロリコンだからやめろ』って言わないで日本人!」

 小声の割にうるさい連中である。道徳的に重要な場面であると認識は一致しているようだが。

 ただ一人、ロビンは分かっていない様子で笑う。

「わたくし、兄様が一番大好きです」

 はあっとまた大きくため息を吐くと、ヴィンセントは話を戻した。

「見張りは一気に片づけて、中に押し入るよ。入口は一つしかないから、水鉄砲みたいに押し寄せる敵を正面から迎え撃つ形かな。広さはそんなにない。だから、すぐ品は見つかるはず。君たちが突入したら、すぐにうちの商会の人間が入口を固めるから。それでいいかな?」

「OK、で、斬りこむのは誰だ?」

「ロビンがやるよ」

 ジャックは思わず眉を寄せた。

「君がサポートに回るのか? ヴィンセント」

 ヴィンセントは軽い笑い声を立てた。

「まさか。僕は君とここで待ってるよ」

 何を言っているんだと言わんばかりの一同に、重ねて言う。

「僕は戦士じゃないからね。さあ、ロビン、行っておいで」

 戦士じゃない? では、これまでは荷の護衛はどうやっていたのか?

 その疑問に応え、小さな体が動いた。

「はい、兄様」

 当たり前のように薄く口角を釣り上げると、トランクから武器を取り出す。

 銃か?

 否。

 長い鞭。

 とっさにジャックは止めようとした。

 革製の鞭は打撃武器で、相手に一撃で致命傷を負わせることはできない。

 そして、見張りを確実に戦闘不能にしなければ、中に連絡されて押しいる事は難しくなる。

 外からの応援だって呼ばれるだろう。

 しかし、そんな不安は軽々と飛ばされた。

 ロビンは止める間もなく敵に駆け寄った。

 そして、燕のように鞭を一閃させると。

 敵兵3人が一瞬で腕を切り落とされ、首を刎ねられ、最後の一人に至っては腰から下を斬りおとされる。

 鞭がぴしりと地面を叩くと、もう片方の手でVサインが作られた。

 一秒もかからない仕業に、一同は唖然とする。ヴィンセントは笑いながら説明する。たった今殺害された死体を見ながら。

「ロビンはありとあらゆる物を刃物に変えるんだよね」

 それならば。

 2メートルほどの鞭は回転し、曲がる刀剣武器。しかも重量は格段に軽く、切れ味は見た通り。

「凶悪な小娘ね」

 紅玉のその言葉と同時に、ヘヴンズ・ドアーの3人も飛び出した。

 勢いよくシェルターの入口を開き、中に飛び降りる。

「何だ、ガキ?」

 ロビンの姿を見た瞬間の、怪訝な顔。

 それを浮かべたまま、敵兵は胸から下を斬りおとされた。

 噴き出す鮮血。韓国軍、後悔開始。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ