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ヘヴンズ・ドアー  作者: 浮草堂美奈
第四章 人魚の歌編
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三十話―北欧、動く

 金髪の男は、ようやく冬の終わった外に駆け足で向かった。

 そこを同じく金髪の女二人が追いかけた。

「あなた! ダイヤ付の方よ! ブレスレッドで欲しいわ!」

「わたくしもよ! わたくしはペンダントにしてね!」

 大柄なその男は叫んだ。

「お前ら、これから戦行く旦那と息子にそれしかねえのかよ!」

 男――デンマーク国王、イェンスの妻母は即座に答えた。

「だって、帰って来ないはずないでしょう。それより、イギリス女王が持っていたのよ、ブルーダイヤ、わたくし達も欲しいわ!」

 ブーツを履くのをなおも追いすがり、「ブルーダイヤよ!」と連呼するのに、イェンスはまた負けた。

「わーったわーった! 買ってくるから大人しく待ってろ!」

 扉を開けると、既に部下が「閣下、お早く!」と叫ぶ。

「仕方ねえだろ! 金のかかる女が二人もいるんだよ!」

 思わず怒鳴り返してしまったが、慣れている部下はノーリアクションだった。


 ヘヴンズ・ドアー店内、ようやく営業再開が出来て初日、ところどころまだ要修理の場所があるが、またおいおい、と言ったところだ。

「それで良いの?」

 サマンサの言葉に、少年はこくりと頷いた。

 十七歳ばかりの白人の少年、金髪碧眼だがほっそりして、何処か儚げな印象を与える。

 不思議な事に、少年は着流しの上に打掛という、着物にしても奇妙な格好をしていた。白の着流しに青の打掛、余計に消え入りそうに見える。

「これが良い」

 少年が手にしているのは、人魚の形のオルゴールだった。金属製の人魚は、全ての感情を消して、ガラスの外を見ている。

「それはあなたの為の物、で間違いないのね?」

 小さな返答。

「うん……」

 三人の少女も、少年をずっと見ている。少年は俯き、白人にしては小さな背がなお小さくなった。

「良いのよ。それはあなたの選択肢。ヴァルハラには迎えられるでしょう。そして、あなたは――戦士となるわ」

 それがひと月前の事だった。


 そして時は現在のウラジーミル大尉が、ヘヴンズ・ドアーで怒鳴っている地点まで流れる。

 同時にデンマーク国王が、妻と母に盛大な見送りを受けている時刻でもある。

「いい加減にしろ! それだけの情報が何故出せない!」

 サマンサは軽く頬に指を当てる。

「もっとスマートな諜報活動をしては如何?」

「何、だと!」

 ウラジーミルのコメカミに青筋が浮かびかかるのを、サマンサは軽く手で制した。

「それを教えてしまうとね、お客様を裏切る事になるの。それは商売人としては致命的よね」

「資本主義者が!」

「残念ながら、それは真実であって罵倒ではないわ」

 ギリ、と歯を鳴らし、ウラジーミルは出て行った。脱いでいた軍帽は被り直すのが彼らしいところだ。

 依子が心配げに眉を寄せる。

「如何やら、戦いは避けられないようですね」

「すぐに全面戦争はないある。日本武士もそう軽くないね」

 紅玉の言葉に、エミリーはちぇっと舌を鳴らした。

「日本武士として戦争できると思ったのに」

「お前その病気なんとかならないか。一銭も儲けず死ぬの我には考えられないね」

「どっちが病気だよ」

 そのやり取りを聞きながら、依子は呟く。

「お兄様……ウラジーミルさんと戦うのはお心苦しいでしょうね」

 それに、エミリーは声を上げて笑った。

「何言ってんだ。ヴァルハラにいる限り、いずれはある事だよ」


 幾之助は日本城をしみじみと眺めた。

「いやあ、壊れまくってますね」

「誰の指示じゃ」

 厳島が先日の爆破を命じた張本人をはたくが、幾之助は大して気にもせず、「痛いです」と言うだけだった。

 確かに作戦自体は成功したのだ。

 ただ、その結果がこの修理が未だ終わらない日本城である。

 元は二の丸であった、場所――瓦礫は撤去された――に立つ二人。和服の日本武士と軍服の日本武士。和服の幾之助が再び口を開く。

「阪口はまだ見つかりませんか?」

「分かってて聞いとるじゃろう」

「だって、今期のアニメの話したって、厳島は全然のってくれないじゃないですか」

「何でそこまで話題が欲しい」

「私、寂しいと死んじゃうんです」

「ほんならとっくに死んどるじゃろうが」

 はは、と幾之助は乾いた笑いを見せた。

「阪口は見つからない。ソ連は」

 ぽんと扇子で肩を叩く。

「人魚を隠したまま」

 またぽん。

「やすやすとは行きませんねえ、人生って」

 厳島は軽く首をゴキリと鳴らした。

「肩こりですか」

「否。デンマークとの戦はまだか思ったばってん」

「ソ連とデンマークと日本の三つ巴を楽しみにするって、あなた何処まで戦闘民族なんですか」


 幾之助はデンマーク、ソ連との三つ巴だと云った。

 しかし、事実はそうではなかった。

 デンマークには極秘裏に援軍があったのだ。

 それがこの太った赤ら顔の老人率いる、フィンランド軍である。

「でよー、嫁も母ちゃんも次から次へとアクセサリーだのドレスだの化粧品だのよー」

 ログハウスの中で嘆き続けるイェンスを、このアールネ老人は聞き続ける。時折ほっほっほと笑い声を漏らしながら。

 また言った。

「ほっほっほ、頼りにされてる証拠じゃないかね」

「金ばっか頼りにされんの嫌だ」

「老体にはのろけ話をされているようにしか聞こえんよ」

 フィンランドとデンマークが組む理由、それは純粋に、フィンランドの国土死守と、デンマークの奪還作戦の利害が一致したため。

 現世でもフィンランドはソ連から侵略を受けており、それはこのヴァルハラでも変わらない。

 それでも独立を続けているのは、抵抗の激しさと、このアールネの力であった。

 これはいわばイコールの関係であり、優れた戦士たるアールネなくして、フィンランドの独立は無い。

 ただ、それとは何の関係も無く、イェンスはこの温和な老人を慕っていた。サンタクロースのようなこのふとっちょは、その外見に似合わず常に冷静だ。そして外見に似合って人を安心させる笑い方をする。

 それはアールネの方も同じである。

 真っ直ぐな気性の若い国王は、裏表なくきわめて気安い。息子と父親ではないが、気の合う友人同士であるとは思っている。かなり尻に敷かれている面も含めて。

 フィンランドは国土の為、だが、日本、デンマーク、ソ連は、人魚と云うおとぎ話のような話で戦を始めようとしていた。

 そう、ヴァルハラで人魚の存在が確認されたのである。確実に争いを呼ぶ漣に乗って。



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