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ヘヴンズ・ドアー  作者: 浮草堂美奈
第三章 可愛い天使編
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二十九話―残り滓

「フォンティーヌ公からの伝令! エレオノール様、ジルベール、ジャンヌ、共に死亡を確認!」

「右翼左翼! 防衛線突破されました!」

「第二軍、もうもちません! フランス万歳! アデュワ!」

 伝令がひっきりなしに駆け巡る。

 砂塵と騎兵に茶色く染まった地は血に染まる。

 騎馬の上のハインリヒは通信機に向かい叫んだ。

「姉さん! 今だ!」

 WOWOWOWOWOWOWOW――――――――!

 フランス軍が恐れていたものは三つ。

 この内二つは既に起きている。

 エレオノールの死亡。

 ジルベール、もしくはジャンヌの不着。

 最後は、『罪の咆哮』。

 狼女と化したクリスティーナの咆哮により、ドイツ騎士団の筋肉が急速に盛り上がった。そしてはちきれんばかりに増強した肉体には、獣の毛が生え、口からは牙が覗いている。

 ハインリヒは銃が軽くなったことを理解した。

「各自、下馬し、機関砲を撃て! 剣士部隊は前方を中央突破! 日本武士と合流せよ!」

 中央突破というのは、両翼の敵を完璧に倒せる自信がある場合にのみ使用する。

 そして、『罪の咆哮』により増強したドイツ騎士団によればそれは可能!

 両翼に機関砲を「持ちながら走って」撃ちまくれば良い!

 日本武士団とドイツ騎士団の間から、2時間後、大声が上がった。

「フランス軍総崩れ! 戦勝は確定なり!」


「COOL! 勝ったってさ」

 エミリーがようやく瓦礫から発掘した通信機を片手に笑いかける。

 しかし、反応はイマイチだった。

「重畳重畳」

 そのリアクションは予想していたので、エミリーも空元気をやめて肩を竦める。

「ジャック、勝ったってのにその仏頂面は良くねえな。実に良くねえ。もっと、ハイになろうぜ」

 ジャックは残されたシーツを見つめた。

 そこには血痕だけが残っていた。

「すまない……。あまり喜ぶのは慣れていないんだ……」

 亡骸は既に運ばれていった。

 死亡確認は、わざと漏らした無線だった。それは、実に効果的に、フランス兵の心を折った。

 届くと思っていた大砲が木端微塵になった絶望の中、更に人狼の群れと云う人間離れした存在が心を丹念に磨り潰した。

「とと帰るよ。いつまでもこんな寒い所にいられないね。女が体を冷やす、とてもよくない」

 紅玉が荷物を纏めはじめる。と、言っても、持ちこんだ調理器具等はほぼ無惨に破壊されていて、軽くため息をついて椀の欠片を投げ捨てた。

「今度からプラスチック持って来いよ」

「あれは熱が伝わってあちちよ」

 そこまでは普通の会話だった。

 次の瞬間、二人の腕が見事にジャックにヘッドロックを決めた。

「うぐう!?」

「ちょいツラ貸すよろしよ」

「なあに、そんなに時間は取らせねえさ」

 凶悪な笑みを浮かべる二人は、頷くまで首を締め上げ続ける。バンバンと腕を叩いて、ようやく承知の意を示す。

 するとエミリーは重たげに依子のBARを投げ渡した。

「!?」

 その重量に思わずつんのめるのを笑い合われる。

「情けないあるー。依子はそれ片手で持てるよー」

「仕方ねえさ。ヤマトナデシコは強いモンなんだろ? イギリス野郎が敵うかよ」

「も、持てない事は無い」

 笑い声が酷くなった。

「バカだろ、お前バカだろ」

「それは地面に固定して使うものよー。普通そんなん手に持って使わないある」

 完全にバカにされている空気に不快さと戸惑いを覚えると、エミリーは笑いながら言った。

「ファイア!」

「?」

「撃てっつってんだよ」

 それは理解できる。だが、何に?

「何処でもいいさ。あたし達に当たらなければね」

「それは大丈夫か。我上手く避けられないよ」

 仕方ない、と重たい銃を無理やり持ち上げ、空に向かって撃ってみた。

 ドガガガッ

 ジャックは実は銃を撃ったことが無い。それを言い訳にするようだが、反動で見事に尻餅をつき、BARは軽く吹っ飛んでからからと地面を回った。ただ、付けられていたアニメのストラップが恨めし気にこちらを見た。

「それ、使いにくいだろ? それが使えるなら、他のもっと使いやすい武器だって使えるだろ?」

「でも、依子はそれ以外使わないよー。言い分がまた面白いよ。「せつないから」あるよ」

 ジャックの脳裏に、銃を構える依子が浮かんだ。

「『これだけの装填数くらいの、使いにくい銃でないと、殺した相手を覚えられないんです』」

「『殺された時に、殺した相手に人を殺した感触が無いなんて、せつないではありませんか』」

「「はははははっ」」

 笑いあう二人に、BARをぐっと突き出して見せた。

「渡しに行っていいか?」

「良いかっていうか、そんなん持って行け言われても御免よー」

「さっさと行けよ。直に土砂降りだ」

 ジャックは前のめりに駆けた。


 和服の袴姿の少女が、川の傍に佇んでいた。

 川と云うより用水路。むしろドブに近い。

 水面に顔を映す事もなく、依子は佇んでいた。

 そして、深々と頭を下げた。

「失礼を致しました。すぐに戻ります故、お気になさらず、お先にお帰り下さいませ」

「いや……」

 ジャックは暫し視線を後頭部から離せなかった。

「君の死因は?」

 ピシリ、と空気が張りつめた。

「お聞きになりたいですか?」

 たじろぐことなく、ジャックは問うた。

「聞きたい」

 そっと依子は頭を上げた。

「私が死んだのは、大東亜戦争でサイパン島玉砕の折、身投げをしたからです。私達は、アジアの平穏を西洋列強から守るのだと戦って来ました。シナは我々の守るべきものだと、朝鮮は我々の守るべきものだと、信じて戦ってきました。そして私達は降伏を拒み、日本人らしく死を選びました。いいえ、一人、身投げできなかった方がおられます。私達の村に逃げ込んでこられた兵隊さん。目玉が無くなって、全部蛆の巣になっておられました。取っても取っても蛆が湧いて、その内に息をしなくなられました。その躯を置いて、私も、家族も海に身を投じました。嗚呼、武器があれば、戦力があれば、と辛い思いで。そして、ヴァルハラに参りました私に敗戦の報が届きました。シナも朝鮮も侵略してきた私どもの祖国より解放されて大喜び、満州の兵は次々に捕えられてシベリヤに送られ、我が国は米国の属国となりました。シナも朝鮮も我が国をそれから恨み続け、我が国は未だに碌に世界に物も言えません。ヴァルハラにおいて、ようやく私は……真実を悟りました」

 その正面に、ジャックはBARを出した。重みで右半身がよろけた。

「君にはもう、正義なんてほとんど残っていない。……だが、これがその正義の残り滓だ。如何か、その残り滓だけは、捨てないでほしい」

 依子は微笑んだ。その黒い瞳から、一筋、水が流れた。

「あの花畑はね、人を3人葬るのにぴったりな、小さな丘があるのです。偶然、ってあるんですね」


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