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ヘヴンズ・ドアー  作者: 浮草堂美奈
第三章 可愛い天使編
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二十七話―天使と聖母

 右翼、左翼、両方から押し寄せる軍。

 フランス軍に足りなかったのは戦士の数だった。

 誰一人、エレオノールの「所有物」になる事を拒まないものはいなかったのだ。

 血煙に白刃と弾丸が乱れ飛ぶ。

「よかよか! 押しとる!」

 そう叫ぶ厳島の右手には、斬り捨てた兵の腕があった。

「依子も上手くおびき寄せられたようです。ただ、家ごと潰れたのか通信は途絶えましたけれど」

 横なぎに刀を繰り出し、兵が横に一刀両断される。

「お(おはん)がいっちゃん斬りたか!」

「遠慮します。まだクリアしてないギャルゲーが沢山あるので」

 首が飛ぶ、腕が飛ぶ、血が飛ぶ。

「このままだ! このまま押せ! 押せ!」

 騎乗したハインリヒが駆け巡っているのが遠目に見えた。

「おや、少し前方に出過ぎましたね」

「あん弟もよかやっとる。姉がめちゃめちゃに強か(つよか)ばってん、霞むが」

「同じことを言われないよう、努力します。では、私は二時の方向に」

「おいは十時か」

 二人の武士は左右に分かれた。その二人が進むさまは、竜巻が走って行くようであった。走ると同時に敵兵を斬って行った。まさに、太刀風。その旋風に、飲まれれば、最期。


「マリア? そんなもんが何処にいんだよ?」

 ジャンヌは口の端を歪めて笑った。

 お互い消耗は激しい。

 銃撃と音のカッター、それらが激しく飛び交い、両方の動きが同時に止まる事は、両方の体力が尽きる直前である事を示している。

 息が完全に上がっていた。

「マリア様はおられるさ! 魔女の濡れ衣のかかった私もお見捨てにならなかった」

「濡れ衣じゃねえだろ。化け物」

 シン、と目が鋭くなった。

「濡れ衣だよ。現に私は、沈んだんだ」

 中世ドイツでは魔女裁判が頻繁に行われていた。

 村の集団から少し外れた女。それが主な魔女とみなされる女達であった。

 薬草を使い、傷を治せば魔女と呼ばれた。

 変わった鼻の形をしていれば魔女と呼ばれた。

 魔女とされた女達は足を砕かれ、天井から吊るされ、体毛を全て剃られ、焼き印を押され、魔女との自白を強要された。

 自白すれば、火あぶりにされ死んだ。

 誰よりも信心深く、教会に行くのをかかさなかったクリスティーナも例外ではなかった。

 彼女に惚れていた男に惚れていた女が、クリスティーナを魔女と告発したのだ。

 ただの嫉妬だ。ハインリヒは怒り狂い、女を殺しに行こうとしたが、縄で縛りあげられたクリスティーナは笑って止めた。

「私なら大丈夫だ。決して魔女ではないと証明してみせる」

 ハインリヒは泣いた。愚かな姉に泣いた。

「どうか、マリアの加護を」

 魔女は悪魔と契約した際、悪魔の刻印を付けられるとされていた。

 それはシミでもあざでも何でも良かったのだが、不幸な事にクリスティーナにはもっとそう思わせる身体的特徴があった。

 ウェストにほんの少し、だが確実に、獣のような毛が生えていたのだ。

 魔女の証拠は揃った。後はクリスティーナの自白だけが必要であった。

 両手足の骨を砕かれたクリスティーナは叫んだ。

「私は主に背いた事は一度も無い! どうしても魔女だとしたいのなら、私を水に投げ込むがいい! そして二度と上がって来ない私を人だと認めるがいい!」

 魔女かそうでないかを判断するのに、両手両足を縛り、池に投げ込むという方法が取られていた。

 魔女ならば水に浮かび、そうでないなら沈む。

 重りなどついていないかぎり、必ず浮かぶ。しかし、それは魔女だと云う。

 裸に剥かれたクリスティーナは水に投げ込まれた。

 しかし、彼女は二度と浮かんでこなかった。

 真実は分かっている。池の底でハインリヒが彼女に重りを付けたのだ。本当に、自らは沈むと、信じ込んでいる愚かな、愛しい姉に重りを付けたのだ。

 しかし、溺れて行く彼女には離れようとしないハインリヒをそっと追いやる光があった。

 溺死者の幻覚。

 上から下りて来られます聖母マリア。


「ただの水の光じゃねえか」

 ジャンヌは吐き捨てた。

 彼女たちには天使が全てだった。エレオノールという実在する天使が全てだった。

「いいや、あれはマリア様だ! 主は私達を此処に使わした。私を告発した女性をめった刺しにしている時に、その家族に殴り殺された愚かなハインリヒですら許し、新たな人生を、新たな世界を創世する、その世界の一部として下さったんだ! 君も、今は仲間の死を受けて死ぬだろう、しかしマリアの加護は必ずある! そう! 必ず君達も救われる!」

 語るクリスティーナに銃口が向けられた。もう勝敗は分かっている。

「殉教しやがれ。そしてあの世で知るんだな。そんな間男女はいない事を」

「君が例え今は分からなくても、死にぎわに分かるよ、きっと」

 WOWWOWWOWWOWWOWOWWOW

 天よ、私の声が聞こえますか。

 彼女を

 機関銃から放たれる弾を全て斬りながら、クリスティーナは突進する。

 愛してください。

 ジャンヌはメンテナンスを受けたのが6日前だった。もう、増幅される力は減っていた。

 腹部にぐっさりと刺さったクリスティーナの剣。

 ばらばらになったマシンガン。

「君の先にマリアの加護を」

 ジャンヌは初めて笑った。

「お嬢様、紅茶が冷めちまいますよ」

 最後に縋った、天使。

 それは、今――。


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