二十五話―二人は常に所有される
何故、ヴァルハラと現世では戦闘の規模がこんなに違うのか。
ジャックはそれを理解した。
一般兵たるものはヴァルコラキ、彼らは一般的人間と同じ―ただし訓練はされている―戦闘能力しか持たない。
それにくらべ戦士は、ケタが違う。
戦闘の基本は戦士が何人いるかによってで別れる。いわば、戦士とは現世における戦艦や戦闘機、否、場合によってはミサイルや空母ほどの戦力なのだ。
そしてジャックの洗脳は視線を合わせ、見つめ合う事、そして行った後は数日の休憩を要する。
つまり、何も、できない。
チェーンソーが唸りを上げ、煉瓦を叩き潰して行く。
この状況で、何もできない!
「死ねえええええ!」
ジルベールの絶叫と軋る音が響き渡る。
家の周囲を斬り裂いて、煉瓦造りの家は丸ごと横に真っ二つにされた。
「仕事は終了だ。本部に戻る」
「了解。大尉、お車へどうぞ」
日本車(悔しい事実だがソ連製より手頃で丈夫だ)の助手席に乗り込むと、ウラジーミルはだらしなく足を投げ出した。
「軍曹、これはただの雑談だが」
「はい」
「親玉がフォンティーヌ公と解ったからな」
「はい」
「あのメイドと執事の出自はヴァルコラキだ」
「……はっ?」
「ヴァルコラキが何らかの技術を用いて戦士と同様の力を持っている」
「そんな事が可能なのですか。大ソ連邦もうかうかしてられませんな」
「貴様のそういうところは気にっているぞ」
ウラジーミルは更に深く椅子に座った。通信機が作動しているのを確認しながら。これは機嫌が良くなる事と悪くなる事が同時にあったな、と軍曹は納得した。
雪は更に激しくなってきた。
「ギルベルト、そろそろ娼館に帰らねえか?」
「ヨハンナ、クリスマスを鞭で迎えるのは俺達相当ついてねえな」
幾ら息を吐きかけても、手も体も全て凍てついた儘だった。
へまをやった。
二人で相手にした客が、金を払わずトンズラしやがった。
本来なら直接金を娼館の主人に客が払う。だが、二人で受け取って、後で娼館の主人に手渡す、という方法も取れる。その方法は有益だった。何故なら延長料などから少しばかりくすねる事ができたのだ。
「チョコレート食おうとしたのがダメだったな」
大きなクリスマスケーキなど夢のまた夢。この双子の望んだものは半分こする板状のチョコレートだった。それも、夢に終わったが。仕置きを受けるまでの時間を凍えて長引かせる。それがクリスマスの過ごし方になった。
ぽつり、とヨハンナが言った。
「可愛いな」
何が、と問う前にギルベルトにも分かった。
目の前を歩く、赤いコートをドレスの上に着込んだ少女。毛糸の手袋をした手をきゅっと父親らしき男と繋いでいる。
ふわふわの手入れされた金髪。青い海面のように済んだ瞳。薔薇色の頬の他はとても、白い。
「ああ、可愛いな」
抱えている包みはプレゼントだろうか。
嫉みの感情など湧かなかった。ただ、可愛いと思った。星を綺麗と見る事に、不自然な事などあるだろうか。
その少女の足がきゅっと止まった。
そしてこちらに近づいてきた。
小鳥のような声が響いた。
「パパン、クリスマスプレゼントにこの二人が欲しいわ!」
父親らしき男は首を振った。
「エレオノール、流石に人間はダメだよ」
しかし少女はにっこりと笑った。
「エル、きっとこの二人を戦士にして見せるわ。だから良いでしょう、パパン。さあ、あなた達、いらっしゃい! お屋敷で熱いショコラを飲みましょう!」
お嬢様付執事、ジルベールとお嬢様付メイド、ジャンヌは、決してこの可愛さを失わせない。
「あたし達も時間がねえんだ。お嬢様を攫ったんなら穴だらけになって当然だろ?」
あのクリスマスから――。
「あたし達はお嬢様の所有物なんだ」
その首には、黒いチョーカー。
サマンサは頬に指を寄せた。
「アンドレア、助けてくれる?」
「やなこった。物には相場ってモンがあんだよ。店壊れたの見物に行って、穴あきチーズにされるんじゃ見物料が高すぎらあ」
「結構頼りにしてたのに」
「知ったこっちゃねえな」
ジャンヌが布包みを取り去った。そこには予想通り、軽機関銃。
「ゴチャゴチャゴチャゴチャうるせえんだよ!」
怒声と同時に、銃声が鳴り渡った。
「ボス!」
同時に車に飛び乗るアンドレア。サマンサは道に置いた儘だ。
「タクシー代はいらねえぜ!」
「ボス、早く!」
弾を浴びて、凹んだ高級車が走り去る。サマンサは他人事のように「あら、見捨てられちゃったわね」と呟いた。
「薄情なオトモダチだな」
「あれで結構可愛い所もあるのよ?」
「可愛いのは……」
軽機関銃を投げ捨て、更に傍らの布包みの覆いを取る。それは人間に対して撃つものではなかった。
軽機関砲。敵のトーチカなども破壊できる、先日店を破壊したもの。人間に撃てば、木端微塵。
「お嬢様だァアアアアア!」
巨大な爆音。
機関砲が火を噴いた。




