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ヘヴンズ・ドアー  作者: 浮草堂美奈
第三章 可愛い天使編
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二十四話―囚われの天使

 寒さより激しい冷たさがフランス軍司令官の背を駆け巡った。

「ドイツ騎士団の襲撃です!」

 早朝の靄が未だ残る時間である。

「ジルベールとジャンヌがまだ来ていないのに!?」

 震える伝令兵の息も白い。

「連絡が取れません! フォンティーヌ公の元から消えたそうです! それから! フォンティーヌ公ご息女、エレオノール様が誘拐されました!」

 司令官と云うのは決して動揺を兵に悟られてはならない。それは恐怖となって兵達にペストのように伝染していく。

 その才能が、この司令官には欠けていた。

「ドイツ騎士団は東からだな!?」

「はい!」

「全軍東に向けて防衛線を張れ! 良いか! 全軍だ! 案ずるな、『罪の咆哮』にだけ気を付けていれば問題ない!」

 決して「問題ない」口調ではない。伝令兵はそれでも「はい!」と返した。


 同時刻。フランス領、某廃屋。フォンティーヌ公の城からは三十キロほど離れている。煉瓦造りの壁も床も朽ち、窓も割れた姿だ。

「あいー、粥があったまったあるよー」

 紅玉が携帯コンロの上の鍋をかき混ぜている。

「待ちくたびれたぜー」

「エミリー、火傷したいならうかつに触るいいね。そのお嬢様は食べるか?」

 毛布にくるまれてぼうっと椅子に座っているエレオノールは、全く目に光も無く返事をしない。

「体が冷えている。食べさせてやってくれ」

「じゃあ食べるよう言うよろし。それからジャック、お前は食べるか?」

 ジャックは暫し黙った。

「食えよ。できてるんだから」

「ええ、紅玉の中華粥は絶品なんですよ」

 笑顔で勧められ、また口ごもる。しかし、結局首を振った。

「俺には必要ない」

 依子は少し眉を寄せ、「分かりました」と言って、エレオノールに粥をよそってやる。

 レンゲを銜えたエミリーが軽くジャックの肩を小突き、「もったいねえ」とつまらなさそうにした。

 エレオノールは粥を渡された儘、ぼうっとしている。

「ドイツ騎士団とフランスの戦闘にはどのくらいかかりそうだ?」

 はふはふと粥を頬張っていた紅玉が答えた。

「地上とこのヴァルハラでは、全然戦闘時間も違うあるよ。地上なら何日もかかるが、多分あの装備なら、一日で終わるね」

「そうか……」

「何か問題でも?」

「俺の洗脳は一晩が限界だ……。もし洗脳が切れたら……」

 更に眉を寄せた依子と違い、他の二人はこともなげだ。

「洗脳効いてるうちに縛り上げれば良いだけの話よ」

「荷に隠しちまえばばれやしねえさ。どうせ連中それどころじゃねえ」

 ジャックは俯いていた顔を上げた。

「それは……っ」

「可哀想だとでも言うか?」

 いつの間にか、紅玉がジャックの胸元に指を指していた。

「お前はアホか」

 今の指がナイフであったなら……。

 思わず後ろに下がる。

 それを受け止めるように、依子が前に立った。

「ジャックさん、私達に勝つ以上の事など、無いのです」

 その言い方は、とても悲しげだが、真実を告げていた。

 ジャックは言葉を失くした。

 次の瞬間、依子の目つきが代わった。

 木製のドアが、異常な機械音と共に斬られ、壊れた。

 そこに居たのは、金髪の執事。今気づいたが、首には黒いチョーカー。

 地面が割れるような激怒の声。

「お嬢様をこんな所に連れてきやがって……、内臓抉りだされる覚悟はできてんだろうなァァァ!」

 そして、軋るように走る、チェーンソー。

「おいおい、ナイフ使いじゃなかったのかよ!」

「ジルベール! エレオノール様は見つかっただろう! 早く陣営に戻るんだ! そういう約束だっただろう!」

 後ろから、男の声が聞こえた。

 一般人の服装をしているが、目を見れば分かる。彼もフランス兵だ。おそらく、「エレオノールを探し出せたら、陣営に戻る」とでも言われていたのだろう。

 しかし、彼の頭はカボチャを割るように割れた。

「知るかァァァ!」

 エレオノール以外は如何でもいいというチェーンソーによって。

 ぱちり、とエレオノールの目に光が戻った。

 洗脳が切れた少女は、天使のように笑った。脳みそをさらけ出している死体の前で。

「ジルはどんな刃物でも使えるのよ! ジャンヌはどんな銃でも使えるの! 二人とも」

 即座に三人が戦闘態勢に入る。

「エルのなんだから!」


「それにしてもあのぶっ壊され方は凄かったぜ」

 高級イタリア車の中で、アンドレアが豪快にクカカカと笑う。

「よく中立地帯であれだけやれるもんだ。でも良いのかよ? お前が店にいなくてよお」

 サマンサは隣で笑みを浮かべた。

「私はあくまで見届けるだけ。今回はイレギュラーな事態なのよ。店自体が壊されるなんてね」

「なかなかお目にかかれねえな。見物に行ったかいあったぜ。おい車停めろ」

 運転手が怪訝な顔をしてブレーキをかける。

「気づいたのね」

「当たり前だ」

 停車した車の前に、機関銃を抱えたメイドが立っていた。

「クソが、ハチの巣になってりゃ良かったのに。ジルも未だ連絡寄越さねえし」

「言葉がお汚くていらっしゃるメイドさんだな」

 アンドレアのからかいにも、ジャンヌは表情を変えない。何故なら既に激怒だからだ。

「まあ、良い、お嬢様を攫ったんだから、その体、原型留められると思うなよ。」

 サマンサは優雅にブロンドを梳いた。

「そう。私からも言わせて貰うけれど」

 メイドの機関銃の焦点が合う。サマンサは静かに、だがこの上なく口角を吊り上げる。

「これは情報から得たものではなく、経験とカンで分かる事よ。あなた、処女じゃないわね?」

 激怒の沸点が飛びきった。

「ブチ殺す!」

 アンドレアはあーあと首を回した。

「お前、如何してそんな人が一番嫌がるところを突けるのかねえ」



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