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ヘヴンズ・ドアー  作者: 浮草堂美奈
第三章 可愛い天使編
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二十話「―俺はいったい何なんだ?」

「さーて、サマンサ先生のバカでも分かる簡単ヴァルハラ講座よ」

 あれ? 馬鹿扱いされた? と一瞬ジャックは顔を強張らせたが、「頭良いの?」と聞かれると無言になる他ないので黙っていた。

 場所はヘヴンズ・ドアー店内である。可愛らしいテディベアがまあるい目を光らせている。

 他の受講生は依子、エミリー、紅玉、幾之助、そして日本城からそのままついてきたクリスティーナとハインリヒである。

 つまり、このヴァルハラ講座の内容を知らないのはジャックだけだ。他の面子はその後の仲介を得るために来ただけである。

 学習机代わりにテーブルに座り、一同はサマンサの講義を聞き始めた。

「さて、今回のメイドと執事は戦士とヴァルコラキ、どちらの印象を受けたかしら? ハインリヒ君」

 急にふられてハインリヒは戸惑ったが、とりあえず素直に回答した。

「おそらく……戦士だと思う」

「根拠は?」

「ヴァルコラキ二人に我が騎馬隊がやられる事はあり得ない」

「戦士でもやられちゃったことはやられちゃったんだけどね。さて、ジャック君、今の話から分からない単語があれば言ってみなさい」

 今度は体を硬直させるハインリヒに一瞬視線を送り、ジャックは回答した。

「戦士、というのとヴァルコラキ、というのが分からない」

「Good.そうね。初めて聞いた人には分からないわよね。まず、このヴァルハラは天上の戦場、来るべきラグナロクの後、オーディンという神と共に戦う戦士達が、新たなる世界での覇権を奪い合って戦う場所なのよ。つまりとってもシンプルに言ってしまうと、戦闘員は戦士、非戦闘員はヴァルコラキね」

「すると、俺はどちらなんだ?」

「はい、良い質問、今までに無かったくらいの良い質問よ。今後一年間無言で居ても良いくらいね」

 やっぱりバカにされているのだろうか……とジャックが依子の方を向くと、何故か笑顔で軽く首を前に下げられた。日本人はよく分からない。

「つまりですね、戦士だろうとヴァルコラキだろうと人間な訳ですよ。で、ジャックさん、あなたはいわば物、と言うか物の観念とか精神みたいなモノじゃないですか。そういうのがヴァルハラに来ることが前例が無いのですよ」

 幾之助は頬杖を突きながら更に続けた。

「っていう訳で、我が日本武士としてもあなたの身柄を引き受けることに異存は無い訳です、皇の判断としてはね。まあ、許可無しの洗脳とかはやめて貰いますけど」

 あーでもいきなり我が家って言われても掃除とか掃除とか大変なんですよー、とテーブルに突っ伏した。誰一人同情していないが。

 とにかく、ジャックの存在は「よく分からない者」という事が分かった。

「大丈夫ですよ」

 沈黙するジャックに、依子が笑いかける。今回は察したのだろうとやや恥ずかしくなる。

「それで、そのメイドと執事の占拠地点には何があるのかしら?」

「ああ、何も無いよ!」

 クリスティーナの回答に、サマンサは眉を寄せる。

「トーチカとかは無くても……何かそのメイドと執事が守るべきものがあるはずだけど……」

 日本武士への物資を封鎖するなら、本来は航路を抑えるのが定石だ。陸地では海上に逃れられてしまえば、砲撃するくらいしか打つ手が無い。そして海上に砲撃できるほどの大砲と言えば、それなりの大きさがある。それ以外が目的なら、そこには占拠すべき何かの砦や戦線上必要な順路があるはずなのだ。

「それはよく分からないな!」

「あのね、クリスティーナ、斥候送ってないの?」

 一度敗走して、二戦目を挑むときの常識も行っていないのか? と問う。しかし、クリスティーナにはあり得ない事だとも思う。

「いや、私本人が見に行ったよ。メイドと執事はいなかったから、そのままそこに野営を張ったんだ! あ、もしかしてそのことかい? すまない、野営は張ったよ!」

 サマンサの笑顔に少し引きつりが見えたので、慌ててハインリヒが口を開く。

「姉さん、俺に説明させてくれ。いや、斥候に団長本人が向かうのは俺は反対した。あ、いや、いきなり言い訳で失礼。とにかく、斥候の予定だったんだ。だが、姉さんは、メイドと執事が戻ってきた時に野営を襲撃する為の物が隠してあるかもしれないからその憂いを除こうと思いつき」

 美しい花畑と草むらは

「全て吹き飛ばし、土がむき出しの状態にしたんだ。しかし、隠してある武器や塹壕は無かった」

むき出しの土となった。

「はは、それはそれは……」

 幾之助が引きつった表情で笑った瞬間、

全員が伏せた。

 ジャックのみ分かっていなかったが、依子が引きずり伏せさせた。

 ドガガガガガ

 爆音と共に、店内の壁に穴が空き、棚や縫い包みが無惨に落下し、ティーセットは陶器の破片と化した。

「HEY! HEY店長! これ、機関砲じゃねえか!?」

 機関砲とはマシンガンの一種で、本来は軽装甲車やヘリコプターなどに対して使われるべきものである。アンティークショップを破壊するには十分すぎるものだ。

「そうねえ……きっとそうでしょうね」

「クリスティーナさん! この話は無しで!」

「一度引き受けた事を断るのか幾之助君!?」

「アンタが余計な事したからでしょうがこのタイミングは絶対!」

「そうか、あの双子か! 凄いな幾之助君、察しが良い!」

 砲撃の中の会話がそこに至った時、ドアが蹴破られた。

「ジャンヌ、一匹も死んでねえじゃねえか」

 執事だ。双子の片割れに向かって叫んでいるのだろう。砲撃は止まった。

「クソが。じゃあテメエが殺れよ、ジルベール。機関砲撤去するまでに、カタつけろ」

 メイドだ。めちゃめちゃに破壊された店内の穴からエプロンドレスが見える。

「待ちなさい」

 サマンサがようやく立ち上がり、エプロンの裾を払った。

「此処は中立地帯よ」

 執事が片手にナイフを構える。

「知らねえな」

「それなら教えてあげる、中立地帯での戦闘はヴァルハラでの禁止条項。それが守れないなら、ヴァルハラにはいられないわ」

 執事が体勢を低くする。

「此処までヒントを出しても気づかないかしら? 此処は中立地帯。つまり、此処以外でなら別段何をやろうと、首が飛ぼうと足が飛ぼうと構わないわ」

 サマンサはにっこり笑う。

「如何かしら?」

 彼の体勢は変わらない。が、話を黙って聞く程度には理性を戻したらしい。

 しかし、彼がもっと理性を取り戻したのは、外のメイドの一言だった。

「ジルベール! そろそろお嬢様のナイトミルクの時間じゃねえか!」

 次の瞬間、彼は懐中時計を取り出し、夜の八時であることを確認する。

「アバズレ! さっさと言いやがれ!」

「時計持ってんだからテメエで見ろクソボケ!」

 一同がポカンとするような、脱兎の動きであった。

 否。逃走でも無かったのかもしれない。

 執事とメイドは即座にその場から消えた。機関砲はきっちり撤去してあったが、とにかく消えた。

 後にはめちゃくちゃに壊された店内が残った。

「……依子、エミリー、紅玉、あなた達も動いてくれるわね?」

 サマンサの笑顔が、機関砲より恐ろしく、「はい」としか答えられなかった。


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