十八話―ひと段落してひと波乱
串刺し人間。
幾之助が我に帰ったのは、それを作成した瞬間だった。
「……ぐ……ごほ……っ」
「ワロージャ?」
深く腹部に刺さって背まで突き抜けた刀。ウラジーミルはそれをとっさに掴んだ。
「動かす、な」
当然ながら掌も斬れた。
「皇の声が……切れた」
息を吐くように意識していない幾之助の声が漏れた。そして、刀を固定した。
「すみません。如何やら私も―」
引き抜けば血が吹き出し、出血多量で死に至る。
「抜いちまえば良かったのによお」
アンドレアがつまらなさそうにコルセスカを振る。
「殺って損は無いはずだぜ」
「仁義に背くと私の評判が落ちます」
その即答にウラジーミルは「死ね」とだけ返した。
日本城の海に日が落ちて行った。
四人はヘヴンズ・ドアーに戻り、サマンサの抱擁を受けた。
ただし、ジャックは受けなかった。
彼女曰く、「そういう」趣味は無いらしい。つまり如何いう意味か分からないが。
許可無しで飛び出した件に関しては一声のお説教で済んだ。
「減俸よ。三か月」
依子とエミリーにはそれなりに響いただけであったが、紅玉は「仕方ない状況だったあるよー!」とかなり必死に主張した。しかし通らなかった。輝く笑顔で「駄目よ」と言われ終わった。
それこそ仕方のない事なので、彼女らは諦めることにした。
当座の問題は祖国アメリカに反逆したエミリーの住処である。
「心当たりが無い事はないのよねえ……」
サマンサは相変わらず艶やかな唇に指を当てた。全員にも大体分かっていた。
「エミリーさんの同居ですか!? なんですかそのエロゲ展開! 十八禁から健全まで完全把握! 天は我に味方したり! 天国よカムヒアー!」
日本城で手当てを受け、包帯塗れで医務室に横たわっていた幾之助。大体分かっていたが、エミリーはやはり顔を顰めた。
「なあ、依子……」
「ご安心ください。お兄様はその辺は弁えております」
「いや、その辺ってどの辺?」
「うおっ、傷口開いたァ! でもこれは今からフラグが立つ予感!」
血を包帯に滲ませながら大喜びする幾之助に、エミリーは全く消えない不安を表情に表す。依子はいつもの笑顔を浮かべている。
「そしてお兄様、もう一人我が家にお住み戴きたい方が……」
「何ですか!? まさか紅玉さんまで!? 中華娘が居るのはお約束ですからね! エロゲ人生キターーー! クソゲーのリアルさようならーーー!」
「この方です」
一人だけテンションが上がりっぱなしの空間に冷や水が浴びせられる。
入ってきたのは、見るからに陰気な英国人風の男。ボロボロのジャケットから慌てて手を引き抜いたのは礼儀を感じたからだろう。うらぶれたハスキー犬のような瞳を幾之助に向ける。
「ザ・ジャックだ」
「……」
幾之助は暫く無言になった。
その顔を見て、ジャックはボソボソと話し出す。
「いや……俺もすまないとは思っている……無理しなくても構わない」
如何やら微妙に二人の間での拒否の意味が違っているようだが。
「……そうですね。段ボールも最近は高品質ですよ」
「段ボール……? 高品質な物に住むほど俺は財産を持っていない……」
「大丈夫です。八百屋さんとかに貰いに行ってください」
「八百屋さんか……」
「スネーク○イトオオオオ!」
話が纏まりかけてしまったので、依子の掌が幾之助を襲う。
「スネーク?」
「簡単に言うと『物凄い力で掴む技』です」
「く……っ。あのマンガの素晴らしい中二臭をまさかこの身で体感するとは……。リアル妹に対する妄想の崩壊はこういうところで行われるのですよ。っていうか傷口ガチで痛い」
呻く幾之助の背を擦り、交渉は続けられた。その背を擦る掌は先ほど一撃放っているが。
「お兄様、ジャックさんは私を救って下さった方。そのような仕打ちは飯塚の家に傷を残します」
「私は既に傷でボロボロなんですが」
「そして店長がお手紙を書いて下さっております」
「すみません、家主私なんですけど。一切相談無しなんですけど。どなたに書かれたんですか?」
「皇に」
幾之助はがくりと頭を垂れた。ジャックも同じく申し訳なさそうに頭を垂れた。
「飯塚殿……ソ連の大尉が、治療しなくても良いから魚と肉と米を寄越せと仰って……。うわ何で傷口が開いてるんですか!?」
訪れた日本武士が狼狽する中、話は纏まった。
ドイツ騎士団は流浪の騎士団である。
ヨーロッパ全土を戦をしながら巡り、戦ごとに各地に拠点を置く。
戦が終われば拠点は撤去し、また次の戦の先を探す。
戦の相手は自国が利益を得んが為であったり、他国の傭兵であったり、ただの偶然起こってしまった小競り合いであったり、様々だ。
彼らが土地を持たない理由はシンプルだ。
騎士団という性質上、戦以外をできる者がいない。
畑を耕す農民も、魚を取る漁師も、衣服を仕立てる職人もいない。唯一武器の整備士がいるのみである。
それらを得る手段は、戦で得た金で買うしかない。
結果、現世では第二次世界大戦で中心となり、現代ではEUの中心国である者達の国は、ヴァルハラでは小国である。
しかし強い。
鉄の団結と敵を恐れぬ魂は、ヴァルハラの脅威である。
ヴァルハラは殺し合いで死んだ者が流れ着く場所。それが一番発揮されているのがこの国だ。
そして、その戦いは小競り合い、にすら匹敵しないものだった。
食料を得ようとフランス沿いまで馬を走らせたハインリヒはそう判断した。
ハインリヒ・ラインバッハはドイツ騎士団副団長である。団長がいない今、指揮権は彼にかかっている。
こちらの騎馬隊の人数は五頭。歩兵はいないが、辺りは草原で障害物も無い。騎馬戦には最も適した場所である。
そして相手は。
メイドと執事だ。
ハインリヒは最初それを敵と認識しなかった。
何故ならメイドと執事だからだ。
敵ならば、もっと「らしい」恰好をしているだろう。エプロンドレスと執事服の兵隊など想像がつかない。
更に不思議な事に、彼らは全く同じ色の金髪、全く同じ瞳の色、全く同じ顔立ちをしていた。
双子か……。
さして珍しくも無いと、ハインリヒは声を張り上げた。
「通らせてくれ!」
その瞬間、彼は体を緊張させた。
双子から凄まじい殺気が放たれたのだ。
「ジルベール、テメエの錆び腐ったナイフでもいけるか?」
「ジャンヌ、錆び腐ってるのはテメエの腕だろ?」
メイドがMAS 49半自動小銃を抜いた。
執事が上着を開くと、無数のナイフが揃っていた。
ハインリヒはどうにか自陣に逃げ帰り、満足な装備をしていなかった事を悔いた。
彼以外の騎馬隊は全滅したからである。




