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ヘヴンズ・ドアー  作者: 浮草堂美奈
第二章 ジャック・ザ・リッパー編
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十話「―サムライ共の居場所、相場はどれっくらいだァ?」

 おかしい。

 飯塚幾之助は、無言で城中に向かう。袴姿の助手席には愛刀が居る。

「ワロージャ、まだ日本武士の動きはありませんか?」

「無い。後二分で現場に到着するが、爆破は続けるか?」

 既に本丸、二の丸は倒壊……。

 幾之助は目を伏せ、拳を握りしめた。

「やめましょう」

「了解」

 ウラジーミルが運転席の男に命令するのを、じっと見つめる。

 これは……日本武士は行動不能に陥っている? 

 あるいは――。

 誉を捨てる日本武士がそんなに?


 上質な革張りのソファに、アンドレアは寝そべる。淑やかとは言い難い。同じく高級品であろうという洒落たローテーブルに靴の儘足を投げ出し、赤いマニキュアを添えた手にはワインボトル。

 しかし。マフィアらしいと云えば、これ以上マフィアらしい女もおるまい。アンドレアは眼帯を軽くひっぱり、背後に声をかけた。

「オッタビオ」

 部下の名前を呼ぶと、縞のスーツを着こなした男が現れ、眉を顰める。

「ボス、その恰好はちょっと」

「あ?」

 ワインボトルから最後の一滴を直接口に落とすと、そのまま投げつける。

「アンドレアが男らしくて何が悪い」

 自分の名前が男性名であることを指して言っているらしい。オッタビオは大きく肩を竦ませ、首を横に振った。

「男らしいのと品が無いのとは違うよ。ボスは美人なんだからもったいないよ。ホント、普通に街であったら口説ない男いないんだからさー」

 クカカカ、独特の笑い声を立て、アンドレアは立った。

「おい、コートとアレ、持って来い」

「いいけど、ちょっとお転婆すぎて心配」

 まだ愚図愚図している部下の顎を軽く掴む。

「テメエが出ていきゃ挽肉ソースだが、俺が出て行った場合もそうか?」

 部下の顔色が若干青くなる。

「行ってきます! 俺は安全地帯から一歩たりとも出ないから、帰りの車の心配はいらないよ!」

「ああ、そうしろクソが。ついでにこれジャッポーネに聞いとけ」

 ニイと口角を吊り上げる。

「今ジャッポーネ共がおびき出そうとしてるサムライ共の居場所、相場はどれっくらいだァ? 十万以下言って来たら吊り上げろよ?」


 その男は酷く陰気な顔をしていた。

 顔立ちが悪いわけではない。

 むしろ細面の顔は黒い睫が若干細い目を覆い、整っている。

 それなのに、全身から湧き出る陰気な風情というのものが拭えない。

 背中を丸めて薄汚れたジャケットを着ている様はバケモノめいてすらいる。

 歳は十代の終わりから二十代前半だろう。頬があまりふっくらとしていない為、多少老けて見える。

 彼はポケットに手を突っ込んだまま、後ろを向いた。

「すまない。歩くの、早いか?」

 後ろを歩くのは和服の少女……艶やかな黒髪の下にぬばたまの瞳。

 そう、今現在行方不明のはずの依子であった。

「いえ、少し考え事を……」

「……」

 男の顔が少し顰められる。それが悪意ある表情でない事を、依子は既に理解していた。

「大丈夫ですよ」

「やはり、君を兄さん達の元へ返した方が良いかとも思うんだが……」

「いえ、本当に大丈夫です。ある意味、此処は一番の安全地帯ですから」

 男は暫く顔を顰めていたが、また歩き出した。

「あいつの声が近くなってきた。ただ、よく分からないのは、あいつも移動しているようだ」

「移動?」

「今まではこのロンドンが一番近かった。それにあいつを簡単に移動なんてできないはずだ」

「そう……なのですか?」

「人数が必要。目立つ」

「そう……ですか……」

「あいつはホントに巨大なんだ。俺の弟は、丈夫だけど巨大」

「それでも、移動していると思われるなら」

 依子は隣を歩き始める。

「急ぎましょう、ジャックさん」


 エミリーが顔をしかめる。

「如何いう事あるか?」

 マイケルは笑顔を崩さない。

「うん、だから、日本エリアには行かないよ」

 紅玉の視線がつ、と冷たくなる。

「約束守る。これ道徳の基本よ。基本できてないなら勉強しなおすよろし。頭に直接教本詰め込まれて大変ないか?」

 腰に下げた匕首に手をかけるのを、マイケルはまあまあと止める。

 エミリーは操縦している為、手を放さない。ただ言葉だけ寄越す。

「ホン、お前ちょっとイラつきすぎだぞ」

「この小僧の顔見てたら刻みたくなるある。それを我慢してるのに、今度は行き先変える、実行しても仕方ないね」

「待てって」

 マイケルは大仰に肩を竦める。

「だって、君達ヨリコって子を探してるんだろ?」

「それが如何したか? お前依子の事知らない言ってたある」

「もう! 君はどうしてそうせっかちかなあ! うちの部下が調べてくれたんだぞ! 依子がこの先、ロンドンに居るってね!」

「信用できないね」

 紅玉の方を向き、エミリーが告げる。

「本当だよ。大統領が無線を使ってたのを見た」

「……」

 相変わらず表情を怒りから崩さないのに、マイケルは大声で返す。

「それよりさ、彼女が見つかったのは偶然なんだよ! だって、僕ら合衆国が探していた彼と同じ場所に居たんだ! 幾らヴァルハラが実際の地球よりずっと狭いからって、こんな偶然ないよね!」

 活き活きとマイケルは云う。

「ジャック・ザ・リッパーと一緒に居るなんてね!」


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