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ヘヴンズ・ドアー  作者: 浮草堂美奈
序章 あるいは狂った人間の世界と命の物語、開始
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零話 あなたの撃鉄は起こせますか

 銃で撃ち殺されたら、アメリカンカントリーの店にいた。

 そこは木製の棚に、ぬいぐるみやティーセット、オルゴールが並ぶ店で、オレンジ色の光が店を暖かく照らしている。

 ルーカスには戸惑い以外の何も無かった。

 こんな店は二十四年の彼の人生で、入ったことなど一度も無かったし、入ろうと思ったことも無かった。 たまにいた女は入りたかったかもしれないが、連れて行ってやれる甲斐性なども存在しなかった。

 それより、何より。

 自分は殺されたはずだ。

 目の前で警官が自分を撃った事。腹部に入り込む、焼けつくような痛み。徐々に遠くなっていく意識。それらをはっきりと覚えている。

 それが何故、女子供向けの店にいる?

 何故シャツをめくりあげても、傷一つない?

 答えは出ない。

 しかし、店員は出てきた。

 白人の少女――十六、七くらいの赤毛に緑の瞳。こういった店らしい、シンプルなコットンのエプロンをしている。

 それから、同じエプロンをした東洋人の少女が二人。年齢は人種のため分からないが、チャイナ服と着物を着ていることから考えて、中国人と日本人だろうと思う。ルーカスの知識は浅い。

「あいや、早かったあるな。」

 チャイナ服の少女が、猫のようにこちらを見上げてきた。黒髪をレザーに切りそろえ、赤い薔薇と真珠の髪飾りをしている。

「新聞にはもう載ったじゃねえか」

 白人の少女の言葉にはっとする。

「新聞……」

 言葉を詰まらせるルーカスに、着物の少女が穏やかに話しかけた。

「初めは皆さん、驚かれるんです。ですが、こちらにいらしたという事は、もうどうしようもない事実。焦らず、ゆっくり受け入れてくだい」

 にこやかなその笑顔に、白人の少女が遮りを入れる。

「いいや、Halley! Halley! だよ。いいか、これを見ろ。マーケットに強盗に入ったルーカス・ハンソン。確かにアンタだな。まあ、間違いはねえさ。写真が載ってるんだから」

彼女が見せたのは、まだ折れ目もさほどついていない新聞。片隅の文字にははっきりと書いてある。『銀行強盗』『店員が撃たれて死亡』『容疑者はルーカス・ハンソン。警官に射殺される』

そして、自分の黒人特有の肌がモノクロでもはっきり分かる写真。

「お……ああ……」

 言葉にならない。

「じゃあ、ここは何処だ!?何処なんだ!?」

 絶叫する。自分は何処にいるんだ? どうしているんだ!?

「ここは―」

 着物の少女が言いかける。

 その先がいきなり続けられた。

「ここはヴァルハラ。天上の戦場よ」

 奥から出てきた白人女。三十路に入ったばかりか。ブロンドがやけに眩しい。

 はは……と乾いた笑い。

「つまりはあの世か」

 三十路の女が頬に手を当てる。

「そうとも言うけれど、ここは入口に過ぎないわ。そして、あなたがここですることは一つだけ」

「ざ、懺悔でもしろってのか」

 ふふ、と小さな笑い声。

「それは教会の仕事よ。見てわからないかしら? ここが何の店か」

 どう見ても、アメリカンカントリーの店だ。

「この店の品物から、好きな商品を選びなさい。深く考えなくていいわ。お代はその結果次第よ」

 そう言われても、こんな可愛らしい店に、ルーカスの望む何があるというのだろう。

 一面に並べられた、ぬいぐるみやオルゴール、キーホルダー。どれをとってもルーカスには縁のないものだ。

 まだ本人は気づいていないが、ルーカスは「商品を選ぶ」ことを受け入れている。その時点で、飲まれている。

 そして、ようやく見つけた。

 ゼリービーンスや、キャンディ、チョコレートなどが並んである棚を。

 人形型のジンジャーブレッドを手に取る。

「これをくれ」

 白人女は微笑む。

「そう、それがあなたの選んだものなのね」

 何か、含みのある言い方だ。

「それは、あなたのためのものなのかしら?」

 そうに決まっている。ルーカスの人生には、ひとのために物を買った事など、ありはしない。いつだって、自分のために買い、盗んできた。

 頷くと、白人女は自己紹介を始めた。

「挨拶が遅れたわね。私はサマンサ。ここの店長をしているわ。あなたと同じアメリカ人よ。あの赤毛の子も同じ、アメリカ人でエミリー。あの東洋人の子たちは、中国人の方が紅玉(ホンユイ)、日本人の方が依子(よりこ)。三人とも優秀な店員よ」

「いえ……そんな事は」

 依子が控えめに否定する。

「さて、この場所とあなたの行く道をお話しするわ」

 それこそ待ち焦がれていた事だ。だが聞くと、ルーカスは後悔した。

「ここがヴァルハラであることは言ったわね。ヴァルハラとは、やがて来る世界の終り(ラグナロク)の後、新たなる世界で覇権を握るため、各国勢力が永久の戦争をしているところなの。国々は、たまに手を組んだり、よく殺し合ったりしながら、世界の終りを待っているわ。あなたは、この戦争に強制的に参加させられるってわけ」

「ウソだろ……」

 唇が渇く。

「逆に質問よ? 何もかもすべて失くしている、そう、命さえも失くしているあなたを騙してなんになるのかしら」

 何も、言えない。

「そして、あなたには選択肢が二つあるの。これはとてもラッキーな事よ」

「ふ、二つ」

「そう、二つ」

 サマンサが二本指を立てる。

「一つは、アメリカ領に行って、アメリカの国のために兵士になること」

 兵士。

「もう一つはね、実はソ連からアメリカ人を紹介してくれって話がきてるの。KGBの一員として、ソ連のスパイになるって道もあるのよ」

 スパイ。

「待ってくれ。ソ連はとっくに崩壊したはずだ」

「ええ、そうね。現世では」

 くるりと、エプロンが回る。

「だから、ここでのソ連人は容赦がないわよ。一度は失った国を、新たな世界で作ろうと躍起になってる。凍らない港を欲しがっていた現世の五倍怖いわね」

 体をすくませたルーカスに、ふふ、とまた笑い。

「冗談よ。まあ、現世とは時の流れ方が違うと、知っておけばいいわね」

 ルージュを塗った唇が動く。

「さあ、如何する?」

 待ってくれ。考えさせてくれ」

 ルーカスはようやくそう言った。全く頭がついていかなかった。ただ、分かるのは。

 どっちも嫌だ。

という事だ。

「すぐに決断できない男は魅力に欠けるある」

 紅玉がため息交じりに言うのを、依子が

「いえ、初耳でしょうから、仕方がないと思いますよ。お気になさらないでくださいね」

とフォローする。

「まあ、どうせ、来てからKGBに連絡打つつったし」

 あくび交じりのエミリー。

 どうしても、なのか」

「どうしても?」

 ルーカスは両手を開けて叫んだ。

「どうしても、そのどちらかにしないといけないのか!?」

 サマンサはすっと指を突き出した。

「第三の選択肢は自分で考える事ね。まあ、あればだけど」

 そして、時計を指さす。

「今は午後三時。午後七時まで連絡は待つわ。さあ、考えなさい。四時間で。あなたのもう一度の人生をどうするのかを」

「店の奥にダイニングがある。そこでじっくり考えな」

 エミリーの言葉に魔法にかかったように従い、店の奥へと入って行った。


 ダイニングもやはり木造のデザインだった。

 しかし、そんな暖かさを感じる余裕はない。

「大したものではありませんが、お召し上がりください」

 依子がコーヒーを持ってきた。薄いが、きちんと豆から淹れてある。

 しかし、味などしなかった。

 後四時間―。

 後四時間で、人生が決まる。

 ルーカスに愛国心は無い。

 国のために命を捨てるなど反吐が出る。

 しかし、KGBも恐ろしい。スパイなんて務まる自信はない。

 ぐるぐると時計の針と頭が回る。

 コーヒーはどんどん冷えていく。

 スラムで生まれ、学も無く、金も無く、揚句、金に窮してマーケットに入って射殺された。

「ついてねえよ……」

 それしか出なかった。

 その時、懐に固い感触を思い出した。

 サタデーナイトスペシャルと呼ばれる、安価で小型の銃。

 今日、マーケットの店員を撃ち殺したそれ。

「これさえありゃあ」

 第三の選択肢もあるのではないか?

 ここにいるのは女ばかりだ。

 しかも非力そうな。

 つまりは、ここでこちらの世界の金を盗めば。

 そして逃げれば。

 このクソッタレた選択肢を排除できる!

 それを思いついた瞬間、ルーカスの心臓の鼓動は、暴れんばかりに早くなった。

「おい! 悪いんだが」

 大声を出すと、先ほどの日本人が落ち着いた様子でやって来た。

「如何なさいました?」

「いや、水を一杯貰いたくてな」

「はい。畏まりました」

 依子は無防備に流し台に立った。

 その背後から、飛び掛かった。

 肩を掴んで、銃を突きつける。

「大人しくしろ!」

 掴んだ肩は細い。

 第一段階は突破した!

 そう思った瞬間、ルーカスの視界はぐるりと回った。

 そして、全身を叩き付けられる衝撃が走った。

「!?」

 叩き付けられたのが床で、それは依子に投げ飛ばされたためだと、理解するのに数秒かかった。

「テンチョやはりこうなったよ」

「やれやれ、KGBにはまた次のを、だな」

 ぞろぞろと入ってくる、他の店員たち。

 がちゃり

 依子からはブローニングM1918A2通称BAR、エミリーからは両手のリボルバー、紅玉からは布の付いた匕首が向けられた。

 非力な女だと思っていた。それが、化け物じみた女だった!

「畜生、畜生、なんでこんなについてねえんだ。俺の何が悪かったんだよ!? 生きるために仕方がなかったんじゃねえか!」

 吠えるルーカスに、淡々とした言葉が告げられる。

「人が死ぬのに、理由なんて必要ないのよ。人は誰でも死ぬわ。そして、人を一人でも殺したら、いずれ誰かに殺されるという、死のリングに参加しないといけないの」

(ワタシ)たちだって死ぬのはごめんよー」

「だけど、人を殺したら、嫌でも納得して死ななきゃいけねえ」

 紅玉とエミリーが交互に言う。

 そして、あなたは納得して死ぬことはできないでしょう。ですけれど」

 死にます。

 それがルーカスの最後の意識だった。

 発砲された弾丸と、切り裂く刃によって、ルーカス・ハンソンは二度目の死を迎えた。

 アメリカンカントリーの店のドアには、プレートがかけられた。

「ただいま清掃中。御用の際は呼び鈴を鳴らしてください。ヘヴンズ・ドアー」


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