第七話 反撃
「…………ぐっ…………」
蓮は震える手足に力を込めて、何とか立ち上がった。しかし、右手をかばった代償に左半身に大きなダメージを受けていた。
左腕を伝った血は、蓮の指先からポタリと地面に落ちた。
「上出来ね。イキシアを呼ぶ餌には、ちょうどいいわ。さっきの爆発で、あっちに位置は教えたからね」
「ぐ……ぁっ!」
(イキ……シア……駄目だ。来たら……あいつの罠に掛かる)
叫ぼうとしても、動こうとしても、蓮の身体は言う事を聞かず、立っているのが精一杯の状態だった。
その間、鬼灯は爆弾の結界を張り巡らせていた。
「さぁ、その傷だと、今度のはかわせないわね。イキシアが助けに来るか。死か」
鬼灯が不気味な笑みを浮かべ、すっと腕を上げ、蓮を指差した。
「残念。間に合わなかったみたいね」
その瞬間、先ほどと同じ様に、蓮の周りの空気が火を吹いた。
「くっ!?」
蓮は覚悟を決めた様に、目を閉じた。しかし、蓮の耳に爆発音と共に、ぼこっと言う、水の中で気泡が割れる様な音が聞こえてきた。
蓮が驚いて目を開けると、蓮を守る様に水の壁が、前後左右に作られていた。
「はぁ……はぁ……、ま、間に合ったみたいね」
声のした先には、汗を流し、呼吸を乱し、普段の姿からは想像出来ない、イキシアが立っていた。それでもイキシアは、蓮の姿を確認すると少し安堵の表情を浮かべた。
「あなたがイキシア?」
「そうよ。私に用があるなら、私に言いなさい」
鬼灯はイキシアの姿をじっと眺めた。
「ふぅ〜ん。――随分、お子様ね」
「なっ!? 私は、19才の立派なレディーよ! 今の言葉、取り消しなさい!」
「あら、そう。なら、言い換えましょう。成長出来ないのは、残念ね」
鬼灯は自分の胸をイキシアに見せつける様に強調した。
「うっ……」
スカッ、スカッ、っと、胸を触ろうと空を切るイキシアの手。空しさと悲しみが手を取り合って、イキシアの心を襲った。
「ま、負けた…………」
イキシアは、がくりと肩を落とした。
(――って、シリアスな展開なのに、何やってんだよ…………)
「イキシア! 成長は負けたかもしれないけど、若さはお前の勝ちだ!」
「…………そうよ!? それなら私の勝ちよ!!」
そこまで言ったイキシアは、蓮の姿を見て、現実に戻ってきた。
「――って、何言ってるの、蓮! 状況がわかってるの!?」
(それは、こっちの台詞だ! って、言うとややこしくなるだろうな)
蓮はぐっと唇を噛み締めて、その言葉を胸に閉まった。
「蓮。取りあえず、それで止血をしなさい」
そう言って、イキシアは蓮にハンカチを渡した。しかし、蓮は受取ったハンカチが余りに綺麗で高価な感じがしたので、血で汚してしまうことをためらっていた。
「遠慮しないで、その代償はあいつに払ってもらうから」
イキシアは鬼灯に鋭い視線を送った。だが、さっきまでのやり取りがあったせいか、重要な事を蓮は忘れていた。
「代償? いいわよ、払ってあげる……。でも、払うのは、あんただけどね!!」
「――なっ!?」
そう、鬼灯はイキシアの周りに、爆弾の結界をはっていたのだ。
「イキシア!?」
蓮が声を上げたのは、既にイキシアが火に飲み込まれた後だった。
「……イキ……シア?」
呆然と眺める蓮に対し、爆煙の中から凜とした声が響いた。
「何て顔してるの、蓮? 私がこれくらいで殺られるとでも思った?」
爆煙の中から姿を表したイキシアの身体は、一点の曇りもない水に守られていた。
「なるほど、あなたは水を使うのね? なら、これはどう?」
鬼灯は服のポケットから飴を二、三個取り出すと、それを口に含んだ。
「ふふ……」
不気味に微笑んだ鬼灯の視線は、イキシア、そして、蓮に向けられていた。
「――!? 蓮を!?」
鬼灯は口内にある飴を、蓮とイキシア、それぞれに向かって吐きだした。
イキシアは直ぐに、自らを守る水の半分を使い、蓮への攻撃を防いだ。しかし、まさにその行為を鬼灯は待っていた。
「ふふふ……、イキシア。あなたの能力は、既にある水だけしか操ることができないようね。その証拠に、あなたは自らを守る水を蓮のために割き、ダメージを負った」
「だから、何?」
イキシアは自らの能力が言い当てられようが、表情一つ変えずに言った。
「自分の弱点がバレても、表情一つ変えず、相手に動揺を見せない。だけど、弱点がバレて、いつまで持つ?」
鬼灯はポケットから飴を取り出し、口に含み、空に向かって吐きだした。そして、足元に落ちていた石を拾い上げ、空を飛ぶ飴に投げつけた。石は見事に、全ての飴に命中し砕け散った飴は、蓮とイキシアに雨の様に降り注いだ。
「蓮!?」
イキシアは蓮と自分の頭上に壁を作り、降り注ぐ爆弾の雨を防ごうとした。しかし、蓮と距離があったため、二人を守れる広範囲の壁を作るには、水が足りなかった。
すると、イキシアは足りない分、自らを守る水を使い蓮の守りを固めた。
「あぁぁぁぁ……」
「イキシア!!」
爆弾の雨が降り止むと同時に、蓮の頭上にあった水の壁は、強度を失い、パシャ! っと、蓮に降り注いだ。
「――水が……これって……」
蓮の脳裏に最悪の場面がイメージされた。 次の瞬間、地面を濡らした水が集まり、爆煙の中に吸い込まれていった。
「――イキシア? 無事なんだな!?」
「…………な、なんとかね」
消え去りそうな声が聞こえた後、イキシアは蓮の側に移動してきた。
「はぁ……はぁ……。蓮……」
そして、イキシアは囁く様に、視線を鬼灯に向けたまま、蓮に話し掛けた。
「あと、少しだけ動ける?」
蓮は自分の手足の感覚を確認するように、一度動かした。
「……大丈夫だ。何かあるのか?」
蓮は震える足を手で押さえつけ、ゆっくりと立ち上がった。
「私があの女の注意を引くから、蓮はその間にあの女の足下にある地面を思いっきり殴って。但し、手加減は無しよ。地面を割るくらいの勢いでいきなさい」
(地面? あいつに攻撃をするんじゃないのか?)
蓮は一度、イキシアの表情を確認する。すると、イキシアは鬼灯に視線を向けたまま、臨戦態勢に入っていた。
「いくわよ……」
イキシアは鬼灯に向かって走り出した。そして、鬼灯の前に行くと、水を地面に集め、トランポリンの容量で高く飛び、落下の勢いを加えながら鬼灯の頭上に落下していった。イキシアの手には、水を強固に固め、刀を模った形の物が握られていた。
「はぁぁぁぁぁぁ!!」
「ちっ!」
鬼灯はイキシアの攻撃を横に飛んでかわした。しかし、イキシアも簡単には逃がさなかった。さらに水の刀を振るい、鬼灯の意識を自分の攻撃を避けることに集中させていった。
(まだ……)
「はぁぁぁぁぁぁ!」
「くっ! しつこい!」
イキシアの攻撃に対して、鬼灯は感情を高ぶらせた声で言った。
(今だ!?)
その瞬間、蓮は自らの足と地面の磁極を同極に変え、一歩で数メートルの距離を移動した。そして、先ほどまで鬼灯が立っていた辺りの地面に向けて、砂鉄でコーディングした腕を加速させ、一気に打ち抜いた。
すると、蓮の腕に、ガゴ! っと言う、鈍い感触が伝わった。
「な、なんだ!?」
地面に突き立てた蓮の腕の先から、何かの圧力を受けて、腕を押し返された。そして、その圧力の正体はすぐにわかった。
「うわぁ!? なんだ、これ!? …………水?」
「やっぱりあったわね。周りはビルに囲まれているのに何で此処には何も立てず、空き地にしてあるか。それは、この下に水道管が何本も張り巡らされているため、工事を行いたくても、行えなかったのが原因」
蓮の拳で破壊した水道管が破裂し、地面から水が噴出していた。空高く舞い上がる水は、まるでイキシアを慕うように、イキシアの下に集まっていった。
「これだけの水があれば、蓮を守ったままでも、十分に戦えるわ」
「この事を初めから知っていたの?」
「知っていたわけじゃないわ。あなたが飴を砕き、空から攻撃をしてきた時、いくつかの爆弾が地面に落ちて爆発した」
「――!?」
イキシアの言葉を聞き、鬼灯はその時イキシアが立っていた場所に視線を向けた。すると、イキシアが立っていた辺りの地面から、僅かではあるが、水が染み出していた。
「そういうことね。私の攻撃はあなたの弱点を補う結果になっていたのね」
水を得たことにより、状況は逆転した。しかし、鬼灯の表情に変化はなかった。
「私もまだまだね…………。でも、まだ最後の力が残っている…………」
その瞬間、鬼灯の身体から煙が上がった。 それが何を意味するのかわからない蓮は、下手に動く事が出来ず、距離をとって鬼灯の出方を伺っていた。
だが、蓮とは対照的にイキシアの表情は険しく、一瞬たりとも鬼灯から視線を外さなかった。
「これが私の最後……そして、貴方達の……」