第六話 再戦
読んで頂いている方々、本当にありがとうございます。
やっと、バトルに戻ってきました。
色々とあるのですが、更新できました。
是非、感想なんかもらえると、作者自身のモチベーションも高まります。
では、本編をお楽しみ下さい………………
家に着くと、イキシアは蓮に向かって、相変わらずの口調で言った。
「いい? 今日はゆっくり寝て、体力を回復させなさい」
蓮がイキシアと会ってからまだ一日だが、そんな言葉も気にならなくなっていた。
「わかったよ。今日はありがとな」
蓮がイキシアの背中越しにそう言うと、イキシアは少し顔を赤くし、照れた様に言った。
「べ、別に蓮のためじゃないわよ!? ただ…………そう、戦力を失いたくないだけよ!!」
(全く、あんなハチャメチャな特訓を考えた奴が、何言ってんだか…………)
蓮は込み上げる笑いを押さえながら、イキシアの背中を見送った。
「……俺の、力か……」
そして、自分の右手を見て、改めて、そう小さく呟いた。
イキシアに出会ってから、とんとん拍子に話が進んで、蓮の中では不思議な感じだった。そして、これから自分に降り注ぐであろう戦いへの不安が、蓮の中で生まれていた。
しかし、身体は疲れきっているようで、ゆっくりと重たくなっていった。そして、蓮の瞼も同調する様に下りて行った。
「綺麗な月……」
高層ビルの屋上で長い髪を風になびかせ、鬼灯は月を見上げていた。
「――あの月が真っ赤に染まったら、もっと綺麗になる」
鬼灯は月に向かい手を伸ばし、握りつぶす様に拳を握った。
「優…………」
その名前を口にした鬼灯の表情は、寂しそうだった。そして、先ほどまで激しく吹いていた風は、まるで鬼灯を慰める様に、優しく包みこんだ。
「――行って来るよ、優。もう少しだからね…………」
夜の月に照らされた高層ビルの屋上から、人影が消えた。
「蓮!!」
バン! っと、勢いよく、部屋のドアが開いた。
蓮は寝ぼけている身体を起こし、その人物を確認した。
「イキシア?」
蓮は自分が長時間眠っていたのかと、目覚まし時計を確認した。
「まだ、朝の6時じゃないか。こんな時間にどうしたんだ?」
「十分に休めた?」
イキシアの話す雰囲気はどこかピリピリしていた。蓮は自分の身体を確認するように動かした。
「大丈夫。元気一杯だ」
イキシアは蓮の言葉を聞くと、表情をさらに険しくした。
「そう……、蓮、準備をしなさい!」
「準備って、何のだ?」
「さっき、クロッカスから報告があったわ。街で数人の身体が、いきなり吹き飛んでいるそうよ」
蓮はイキシアの言葉で、一気に目が覚めた。そう、蓮の中では、犯人の顔が既に、浮かんでいたからだ。
「あのヒルガって奴の仲間の女だな」
「急いで、蓮! そいつを見つけて止めるのよ!」
「それで、その場所はどの辺りなんだ!?」
急いで仕度を整えた蓮は、イキシアと共に家を飛び出し、クロッカスから報告があった場所へと走っていた。
「この先のビルの前よ!」
イキシアが指をさした先のビルの前には、警察や野次馬が集まっていた。そして、まだ、警察が来て時間が経っていないせいか、ビルの硝子や道路に飛び散った物はそのまま残っていた。
その惨劇を見た蓮は思わず口に手を当て、込み上げる胃液を押さえ込んだ。
「ひ、ひでぇ…………」
「蓮! ぼぉ〜っと見てないで、手分けしてその女を捜すわよ! まだ遠くに行ってないはず」
イキシアの後を追いかけようと走り出した蓮の視界に、ちらっと薄気味悪い笑みを浮かべた女が入ってきた。
「――!?」
バッ! と、蓮は視線を向けるが、その場所に人の姿など無かった。
「蓮!? 蓮!!」
「うわぁ!? なんだ?」
いきなり目の前にイキシアの顔があり驚く蓮に対し、イキシアは気にする素振りも見せずに言った。
「良い? 手分けして探すと言ったけど、戦う時は一緒よ。蓮はまだ、能力を使えるようになって日が浅い。それに相手の女は、人を殺すことを平気でやるわ。まるでおもちゃを壊すように……」
イキシアはそう言うと、連絡用の携帯を蓮に手渡し、走って行った。
「――!?」
イキシアの背中を見送っていた蓮の視界に、またも薄気味悪い笑みを浮かべた女が入ってきた。蓮はその女のいた場所に近づいていった。確かに一瞬だったが、あの顔は忘れることはできなかった。
そして、ビルの間の脇道を入っていくと、空き地があり、女はその中心に立っていた。
「鬼灯、萩……」
鬼灯は蓮の姿を確認すると、笑みを浮かべた。
「また会ったわね」
「あれだけ派手にやってくれれば、馬鹿でも気づくだろうよ」
蓮の言葉には、明らかに怒りが混じっていた。鬼灯を見るその瞳も、今にも爆発しそうな感情を抑えているようだった。
「何でイキシアじゃなく、俺だけに姿を見せた?」
「別に理由はないわ。只、少し話がしたかっただけ…………」
蓮の気のせいか、鬼灯の表情が一瞬寂しそうに見えた。
「三年前、この街である事件が起きた。下校途中の男子高校生が、何者かにナイフで刺され死亡。犯人はみつからず、今もこの街でのうのうと生きている」
その事件は、蓮も知っていた。自分と同じ年の高校生が襲われた事件。しかも、これだけ近くで起きたのなら、明日は我が身かもと自然と耳に入ってきた。
(確か、その時に襲われた奴の名前は…………)
蓮の中で思い出せそうで思い出せなかった。それは何故かわからない。名前は気に止めていなかっただけなのか。それともそこまで興味を持っていなかったのか。だけど、蓮の中で何かが引っかかっていた。
「そんな奴らがいるこの世界を必要だと思う? それを正すためには、ヒルガの計画。そう、人類の再生しかないのよ」
その鬼灯の言葉に、蓮は先ほどまで考えていたことを忘れ、反論した。
「お前の言ってる奴らってのは、一部の人間だけだ。ちゃんと働いて暮らしている人もいる」
「蓮、例えば、ダンボール一杯に詰めたみかんの内、一つが腐っていたとしたら、他の綺麗なみかんはどうなると思う?」
「……………………」
蓮は答えなかった。いや、答えなかったのではない。答えは既に出ていた。
「蓮もわかっているんでしょう? 一つが腐っていれば、他のみかんも腐っていく。人も同じよ。一人が腐っていれば、それは伝染病の様に人から人へと移り増えていく。それを止めるには、もう、人と言う生き物を作り直すしかないのよ! そう、腐っていた物を綺麗に排除しないとね……。そのために、私達の計画を邪魔するイキシアを消さなくちゃいけないのよ」
蓮にも、鬼灯の言っている事は理解できた。
「さぁ、蓮。私達に協力して、計画の実行を…………理想の世界を作るのよ」
イキシアと出会っていなければ、蓮は鬼灯の言葉を受け入れていたかもしれない。だが、今は、イキシアと出会い、人の温かさって言う物を久しぶりに感じた。人間は悪だけではないと感じられた。
「理想の世界? お前達が考えているのは、俺の理想じゃない。それにイキシアにも手を出させない! お前は俺が、ここで止める!!」
そう言って、蓮は右手を鬼灯に向けた。
「交渉決裂ね…………残念。じゃあ、死なない程度に痛めつけて、イキシアを誘き出す餌にしてあげる」
(来る!?)
鬼灯の指が蓮に向かって伸びていた。それを見た蓮は、すぐにその標準から逃れるため、横に転がった。すると、鬼灯の指から放たれた空気の爆弾は、目標を失い、空き地の壁を破壊した。
「大人しくした方が、早く終わるわよ?」
自らの優位に、鬼灯は口元を緩ませた。
(余裕か……なら、その油断している隙に、こちらは仕掛ける!)
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
イキシアとの特訓で掴んだ発動の感覚。蓮は右手に意識を集中させた。そして、蓮は右手を砂鉄でコーディングし、クロッカスに放った一撃と同じ様に拳を加速させ、鬼灯の腹部を殴った。
「なっ!?」
その瞬間、鬼灯は自らの能力を使い、足下を爆破させた。その爆風により、瞬時に身体を吹き飛ばし、蓮の一撃を交わした。だが、これは、自らにもダメージが及ぶため、緊急の場合のみに使う技だった。
「は、はずれた!?」
「なに、今のは!? まさか、この短期間で能力を使えるようになったって言うの?」
今の蓮の一撃を見て、鬼灯の表情は一編の油断も無いものに変化した。そして、鬼灯は立ち上がると、蓮との距離を取った。
「初めて会った時は、鉄パイプを壁から引き剥がし、そして、地面に落ちた鉄パイプを自分の手に吸い寄せていた。右手が鉄の様になったのは、多分、砂の中にある砂鉄を使ったから……………………」
鬼灯は、冷静に蓮の能力を分析し始めた。
その鬼灯の変化に、蓮の背筋に寒気が走った。
「何なんだ、この感覚は?」
そして、鬼灯の分析が終わったらしく、距離を開けたまま、蓮を指差した。
蓮はすかさず横に飛び、爆弾の標準から身体を外すが、一向に爆発は起きなかった。不思議に思った蓮は、直ぐに顔を上げ、鬼灯を確認した。すると、既に次の攻撃体制を作り、蓮に標準を合わせていた。蓮はまた横に飛び、交わそうとするが、爆発は起きなかった。
鬼灯と蓮は、その後も、数十回その行動を繰り返した。
(なんだ? フェイントだとでも言うのか? 爆発しないのなら、こっちから仕掛ける…………!?)
痺れを切らした蓮が、自ら仕掛けようと視線を鬼灯に向けた。その瞬間、鬼灯の口元が緩み、笑みを浮かべた。その笑みを見た蓮の身体は、凍り付いた様に動かなかった。
「ふふふ、準備完了」
鬼灯の言葉を聞き、蓮は両腕をクロスさせ、身を守ろうとした。
「……?」
しかし、鬼灯からの攻撃はなかった。
「蓮。あなたに、私の能力の一部を教えてあげる。私の能力は体内の唾液を他の物と混ぜ合わせ、爆弾に変える事。そして、その爆弾は自らの意志で爆発をさせることができる」
鬼灯が言った事は、蓮も想像出来ていたので、驚きは少なかった。むしろ、何故、鬼灯が自分の能力を話したのか、それが蓮には不気味に思えた。
「蓮? あなたが避けた私の爆弾は幾つ? それと爆発していない爆弾は何処にあると思う?」
「――――!?」
蓮は自分の周りを見回した。
「――正解」
(まずい!? 爆弾に囲まれた!?)
その瞬間、蓮の周りを漂う空気が、轟音を立てて、火を吹いた。
「うゎぁぁぁぁぁ!!」
そして、蓮を包んでいた爆煙が、少しずつ薄れて行くと、その中心に蓮は倒れていた。
「あっと。ついムキになっちゃったわ。まだ生きてるわよね?」