第五話 右手と能力
きりが良い所まで投稿したら、ちょっと、長くなってしまいました(汗
宜しければ、お付き合い下さい。
「お……僧! 起……ろ!!」
誰かの声がする……。何を言っているんだ?
「どきなさい」
パシーン!!
薄呆けていた意識が、一気に覚醒した。
「イってー! …………ん?」
蓮が目を覚ますと、そこには見慣れた天井があった。
「あれ? ここは、俺ん家か?」
そして、ヒリヒリするホッペに触れて、自分のすぐ側にいる二人の姿に気がついた。
「やっと起きたのね」
「イキシア? それに執事のオッサンも」
起きたばかりのせいか、蓮の頭はボーっとしていて、何故自分がこの場所で寝ていたのか思い出せずにいた。
パシーン! パシーン!
「イタ! イタタ! 何すんだ!?」
イキシアの往復ビンタが、蓮の両頬を正確に打ち抜いた。
「何してる? それはこっちの台詞よ。私の忠告を聞かなかったばかりか、自分の力量も省みず、ヒルガの仲間の一人と戦闘。クロッカスが仲裁に入っていなければ、間違いなく死んでたわね」
イキシアは冷たい目で蓮を見下ろしながら言った。蓮も今のイキシアの言葉を聞き、自分が何故此処で寝ているのか。自分に何があったのか。あの非現実的な出来事が一気に頭を駆け巡った。
「まぁ、いいわ。死ななかったんだし……それに相手の情報も掴めたわ。クロッカス」
「はい」
イキシアが名前を呼ぶと、クロッカスは一歩前に出て、すっと髭を撫でると蓮を見下ろした。
「蓮も聞いておくのよ」
「では……まず、今回小僧を襲った女は、鬼灯 萩と名乗っておりました。私が見ましたところ、彼女の能力は自らの体液を爆薬に変換し、そして爆発させる能力。恐らく、爆発させる時間なども自分でコントロールできるかと思われます」
クロッカスの説明に、一番身近で鬼灯の能力を見ていた蓮が話に割って入った。
「ちょっと、待ってくれ!? 今、オッサンが言ったことが仮に本当だったら、俺の後ろを歩いていた通行人を爆発させることなんて不可能だ。あの時、あの女は只、通行人を指差しただけなんだぞ!?」
「小僧、あれだけ近くにいて気づかなかったのか?」
「何のことだよ?」
「彼女は通行人を指差すと同時に、自らの体液で爆薬に変化したある物を飛ばしていたのだ」
確かに蓮は一番近くで鬼灯の行動を見ていたが、指を指した時に体液なんて飛ばしていた記憶がない。ましてや、何か飛ばしたのなら蓮もすぐに気づくはずだった。
そんな蓮の疑問を打ち消すように、クロッカスは答えを言った。
「気体だ。正確に言うなら、自らの体液を気化させた空気だな」
(空気!? それだったら確かに目に映らない。しかし、そんなもので正確な狙いが付けられるものなのか?)
そんな蓮の考えを見透かしたように、聞き手に回っていたイキシアが口を開いた。
「人ごみね」
「人ごみ?」
イキシアの一言を聞いた蓮は、やっと答えに辿り着いた。
「そうか!? 正確な狙いが付けられないから、当たる可能性の高い人ごみを狙ったんだ!」
「そう。蓮はその女にうまく謀られたのよ」
蓮は鬼灯の言葉を思い出すと、ギリッと、歯軋りをして拳を握り締めた。
「なぁ、イキシア。お前が言ってた男の仲間は、あんな奴等ばかりなのか?」
「わからない。でも、ヒルガの目的が達成されれば、いずれにしても、人間は死滅させられる」
蓮の中にあった小さな気持ちが、鬼灯との接触によって、大きく揺れ動いていた。
自らの望みのために人を虫けらの様に殺す。そればかりか、蓮が会った鬼灯は、人を殺すのを楽しんでいる様に感じた。
「――イキシア」
蓮は何かを決意した様な目で、イキシアに真っ直ぐ視線を向けた。
「初めて会った時、俺にも力があるって言ってたよな?」
「えぇ、言ったわ」
「それを使えば奴等と同じ事が出来るのか?」
「同じ事が出来るとは限らない。でも、力を使えれば、奴等と戦える。そして、自分の大切なものを守れる」
イキシアの口調は冷静で、蓮の質問に対し、一つずつ答えていった。
「――イキシア。俺に力の使い方を教えてくれ」
「いいの? それを知ってしまえば、戻れなくなる」
「構わない。俺の意志で決めた事だ」
イキシアは蓮の言葉を聞いて、小さく笑みを零した。
「そう。じゃあ、すぐに始めるわよ」
そう言ったイキシアはすぐに立ち上がった。蓮はいきなりのイキシアの行動に、その場を動けずにいた。
「何してるの、蓮? 早く立ちなさい」
「い、今からやるのか!?」
「当たり前よ。思ったが吉日。それに、あいつらは待ってくれない」
蓮はイキシアの言葉を聞き、足に力を込めて立ち上がった。
「そうだな。早速、頼む」
そうして、蓮は今、イキシアに連れられて、初めてイキシアと会った公園に来ていた。
「なぁ、イキシア。こんな場所でやって、誰かに見られたら不味いんじゃないか?」
(公園と言えば公共の施設。当然、他の人達もいるはずだ。それに、人と違った部分を見られるのは、俺だけじゃなく、見た人にも何らかの被害が出る可能性がある)
きょろきょろと辺りを見回していた蓮の様子を見て、イキシアがくすっと笑った。
「何を気にしているの?」
「だって、俺達の能力が、ばれたらやばいだろ?」
「大丈夫よ。この公園を今日一日、借りたから。今は私達以外、誰もいないわ」
「借りた!?」
(馬鹿な……俺は夢でも、見てるのか? 何で公共の施設を借りられるんだ? ってか、それ以前に、貸して良いものなのか?)
想像外のイキシアの行動に、俺の頭は真っ白になっていた。そんな俺の事などお構いなしに、イキシアは話を始めた。
「まずは力の代償部位と、その特製を知る事から始めるわ。蓮、両手を前に出して」
蓮はイキシアに言われた通り、両手を前に突き出した。
「良い? 今から私がこの鉄の玉を投げるから、蓮は動かないで」
「う、動くなって、避けなきゃ当たっちまうだろ?」
「良いの。今から、蓮の力の発動代償部位を見極めるんだから」
蓮が、諦めた様に溜め息を吐いた瞬間、イキシアは持っていた鉄の玉を、蓮目掛けて力一杯投げ付けた。
「なに〜〜!?」
流石の蓮も、何十と言う数の玉を投げられるとは思っていなかったので、咄嗟に体が反応して、避けようとした。
「動くな!!」
イキシアの一言で、蓮はその場に止どまった。しかし、目の前には、数十と言う恐ろしい数の鉄の玉が、蓮を襲って来ている事実は変えようがなかった。
「うっ、うわぁぁぁぁぁ!!」
その瞬間、蓮の中で何かのスイッチが入った。襲い来る鉄の玉が、全て、蓮の右手に吸い込まれる様に、張り付いた。その光景を見たイキシアは、やっぱりと、納得するように頷いた。
「やっぱり、右手か……」
イキシアは、蓮に近付いて行った。
「やっぱりって……、最初から知ってたんだな」
「知っていたわけじゃないわ。ただ、蓮と最初に会った時に、自分に向かって来たナイフの軌道を変えてたでしょう? そこからの推測よ」
「す、推測って事は、それが外れていたら…………」
その後の自分の姿を想像した蓮は、ゾッとした。
「でも、これではっきりした事が二つ。一つは、蓮の発動代償部位が右手だと言う事。もう一つは、蓮の能力が鉄などを吸い寄せたり、弾いたり出来る磁石の様なものだと言う事」
確かに、現状の情報からだと、イキシアの言う通りだ。
「それともう一つ、神の名は聞けた?」
「神の名? もしかして、さっき、頭の中に浮かんで来たやつなのか? 確かに、クロノスだったかな」
蓮の言葉を聞いたイキシアは、ふぅっと、小さい溜め息を吐いた。
「良い、蓮。神の名を軽々しく口にしてはいけない。私のウンディーネの様に、名前から能力を推測することも出来る。だから、他人に神の名をばらす事は、自らの弱点を教えるのと同じ行為になるのよ」
(なるほどな。俺もそれほどよく知らないけど、一人の神には、必ずと言っていいほど、神話があるからな。今のイキシアの話だと、他人に神の名を言う事は、タブーって事だよな。でも、俺に自分の神の名前を言ってくれたって事は、それだけ信用されてるって思って良いんだよな?)
「わかった。気をつける」
「では、次に行くわよ。次は、能力を自らの意志で、発動すること。今の蓮は、自分が危険な状況に陥らなければ、能力が発動出来ない。それをいつでも、思うままに使える様にする」
(使える様にするって……さっきみたいに、荒っぽいのか? ん〜、でも、イキシアの事だ。心の準備だけはしておこう)
蓮はイキシアの言葉を、まだか、まだかと待っていた。
「それじゃあ、あとは頼んだわ、クロッカス」
「はっ!?」
突然出た名前に、蓮は驚き、その男に視線を向けた。
「安心せい。すぐに使える様にしてやる」
「これから、クロッカスに蓮を攻撃させます。わざと危険な状況を作り、能力の発動を身体で覚えるのよ」
「そう言う事だ。小僧」
(やっぱ、こんな事なのか。予想していたとは言え、出来れば、当たってほしくなかった)
蓮が溜め息交じりで、クロッカスに視線を移すと、クロッカスは楽しそうに笑い、すでにやる気に溢れていた。
「行くぞ、小僧!」
その瞬間、クロッカスの着ている執事服は、筋肉の肥大によって見事に消え去った。
「な!?」
(ちょ、ちょっと待て!? なんだ、あの身体は!?)
目の前で起こった事に驚いている蓮の足下に、クロッカスの拳が突き刺さった。拳が突き刺さった場所の地面には、大きな亀裂ができ、一撃の破壊力をものがたっていた。
「な、なんだ!? じょ、冗談じゃないぞ! あんなのくらったら、死んじまうぞ!」
必死に逃げる蓮に対し、イキシアは離れた場所でその光景を見ていた。
「蓮、逃げていても、何も得られないわよ!?」
しかし、逃げる事で頭が一杯の蓮の耳に、イキシアの言葉は届いていなかった。すると、イキシアは自分の言葉を無視されたのが癇に触ったのか、自らの能力を使い、蓮とクロッカスを水の壁で包み、逃げ場をなくした。
「ちょ!? イキシア、なにすんだ!? これじゃあ」
振り返った蓮の頬をかすめ、クロッカスの拳が水の壁を打ち抜いた。
「どうした、小僧! お前の覚悟はその程度の物だったのか!?」
続けて、一撃、二撃と、クロッカスは拳を振るった。
「口で言うのは誰でも出来る。だが、それを実行しなかった時、己を裏切る事になる。小僧! お前は自分と向き合い生きていくか!? それとも、背を向けるか!?」
(くそ! 好き勝手言いやがって。俺は、あいつらのする事を見過ごせない。そして、どんな理由があろうと、その計画を阻止する。だから…………)
「だから……だから、こんな所でつまづいていられない!!」
ドクン!!
(来た! あの時、イキシアに鉄の玉を投げられた時と、同じ感じだ)
その瞬間、蓮の身体の血が熱くなり、全身を駆け巡った。そして、それと同時に蓮の右手の感覚が何かに奪われた様に消えていった。
「くっ!?」
始めよりも、より熱く、より早く、蓮の中を駆け巡る血液。まるで、血液中の鉄分が熱を帯びて、身体を焦がしている様だった。
「な、なんだ……は、始めの時と、違う……」
次第に蓮の身体は、炎に包まれた様に熱くなり、筋肉の筋の一本一本が悲鳴を上げ始めた。
「蓮、聞きなさい!」
「イ……キシ……ア……?」
昏倒する意識の中で、蓮の耳にイキシアの凛とした声が響いた。
「今、蓮の身体を巡っているものは、神の力そのもの。それをコントロールし、発動代償部位に集めるのよ!!」
「神…………発動代償部位……?」
その場に膝をついた蓮の様子にイキシアは、不安そうな表情をしていた。蓮はぼやけた視界の端に、イキシアの表情を確認した。
(イキシアの奴、何て顔してんだ? いつもの凛とした顔はどうしたんだよ? そんなに俺の事が不安なのか?)
蓮が足と腕に力を込めて、立ち上がろうとした。しかし、腕も足も少し力を入れるだけで、もぎ取られてしまいそうな痛みが走った。
「ぐぅぅ……、俺の中にいる神。お前の宿主は俺だぜ。言う事を聞きやがれ!!」
その瞬間、蓮の中で何かが弾けた。そして、蓮の身体を包んでいた禍々しい雰囲気は、柔らかくて優しい風に変わっていた。
「…………待たせたな、オッサン。さっきのお返し、させてもらうぜ!」
「良い面になった」
二人の視線が重なり、同時に踏み出した。
「頼むぞ、クロノス」
素早さでは、クロッカスに分があり、蓮よりも先に一撃を繰り出した。先ほどまでの蓮だったら、ここで逃げていたであろうが、蓮はクロッカスの一撃を右手一本で受け止めようとしていた。
「血迷ったか!? 私の拳を腕一本で受け止められるとでも思っているのか!?」
ガィーン!!
「――!?」
蓮の右手とぶつかったはずの拳から、鋼鉄を殴った様な感覚が、クロッカスの腕を伝ってきた。
「誰の何が止められないって?」
驚いたクロッカスは、自らの拳が突き刺さった蓮の右手を見た。すると、蓮の右手が鈍い光を放っていた。
「あれは、鉄? ――!? なるほど、蓮は地面にある砂鉄で右手をコーディングして、自分の拳を鉄の塊にしたのね」
「くっ!?」
クロッカスは次に来る蓮の攻撃に対するため、素早くガードを固めた。
「オッサン。さっきまでのお返しだ」
並の一撃であれば、いくら鉄の拳だからと言え、クロッカスの筋肉の前に弾き返されていただろう。しかし、蓮の拳は、尋常の数倍の早さでクロッカスを打ち抜いた。
「ぐぅ……」
ガードしたクロッカスの腕には、蓮の拳の後がくっきりと刻まれていた。だが、その状況に一番驚いているのは、攻撃をした蓮本人だった。
「上出来だわ、蓮」
イキシアがそう言って近付いてくると、蓮とクロッカスを包んでいた水の壁も崩れていった。
「最後の一撃。何であんなに加速したんだ?」
蓮が独り言の様に、呟いた。
「恐らく、磁石の同極をくっつけた時に起こる反発の力ね」
その言葉を聞き、蓮はイキシアの方に視線を向けた。
「磁石の反発?」
「いずれにしても、蓮の能力はまだ進化する。そして、それを進化させられるかは、蓮次第……。それとクロッカス、傷は?」
クロッカスは、蓮の拳の後が残る腕を押さえながら、立ち上がった。
「問題ありません。このクロッカス、小僧の一撃で沈む程、老いてはおりません」
「そう。なら、早速、ヒルガの仲間が周囲にいないか、監視を開始して」
「かしこまりました」
そう言って、クロッカスは姿を消した。
イキシアは膝を地面について、呼吸を整えている蓮に手を差し延べた。
「お疲れ様」
「お疲れ様じゃねぇだろ。自分がやらしておいて」
「あら、私に間違いはないから安心しなさい」
「そんな自身、どこから沸いてくるんだよ」
蓮が苦笑いしながらイキシアの手を握った。
「取りあえず、蓮の家に行くわよ。狭いけど、ここからだと近いし」
「はい、はい。ありがとよ」
(なんだかんだ言っても、イキシアは周りにいる人を大切にしている。今だって、口ではあんな風に言ってるけど、家まで送ってくれる)
蓮はイキシアの新しい一面を見つけた気がした。そして、イキシアの事を少しずつ信用始めていた。