第三話 目的
現在、イキシア達と場所を移動し、蓮の家に来ていた。
「随分と狭いところね? 本当に此処が家なの?」
はははっ、確かに、狭いけど、入って第一声に言わなくても……
「ま、まぁ、確かに狭いかもしれないけど、俺ぐらいの奴には、平均的な所だと……思う。でも、ここが狭いって言うなら、イキシアの家はどんな所なんだよ?」
軽い感じに言った蓮の言葉に、イキシアはぴくりと反応した後、少し表情に陰を落とし、静かに言った。
「――地獄よ」
イキシアの言葉を聞き、クロッカスが表情を曇らせた。
(じ、地獄って、イキシアは親に虐待とかされてたのか? それとも…………いや、人様の家庭環境に首を突っ込むのは、よくないよな)
「悪かった。狭いけど、好きな所に座ってくれ」
蓮は申し訳なさそうにイキシアに言った。 イキシアは部屋に上がると、フローリングの上に置いてあるローテーブルの前に座り、イキシアの背中を守る様に、クロッカスはイキシアの後ろに立っていた。
蓮は、冷蔵庫の中から、緑茶を取り出してコップにつぐと、ローテーブルの上に置いた。
「これは?」
ローテーブルに置かれた飲み物に対して、イキシアが不思議そうに蓮に尋ねた。
「これは? って、只のお茶だけど?」
そう、返した蓮にクロッカスが、ぐっと顔を寄せてきた。
「お嬢様は、緑茶と言う物をお召し上がりになった事は無いのだ。朝は、ダージリン。お昼は、アッサム。お夕飯は、ジャワ、と、決まっておるのだ」
(おいおい、何処のお嬢様だよ。ってか、マジでお嬢様なのか?)
そんな話をしていると、イキシアはテーブルの上に置かれた冷たいお茶を一口飲んだ。コップを持ち上げてから置くまで、全く音を立てず、完璧な作法だった。
「こくっ……。うん。これは、これで美味しいわ」
そう言って、イキシアは一人で、うんうんと納得していた。
「ところで、お菓子はないの? ティータイムには付き物でしょう?」
「お菓子?」
(全く、外人は皆、そうなのか?)
「え〜と、確か、買っておいたやつが……あった!?」
蓮は台所の下の棚を開けて、煎餅を取り出すと、皿に入れて、イキシアの前に運んだ。
「ほら、これでいいだろ?」
「これは何? ティータイムには、クッキーやケーキ、パイなどが常識でしょう?」
(こいつは……、駄目だ。完全に箱入りのお嬢様だ。)
「いいか、イキシア? お茶には、クッキーやケーキじゃなくて、煎餅の方が合うんだよ。騙されたと思って食べてみな」
イキシアは、少し躊躇しながら、一枚の煎餅をとって囓った。
パリッ!
そして、少しの間、口の中で煎餅の味を味わった後、また、一人で頷いた。
「これは、これで悪くないけど、硬い……」
「煎餅なんだから、当然だろ」
半分呆れながら見ていた蓮だったが、いつの間にかイキシアの煎餅を食べる姿をじっと見ていた。
それは、イキシアの煎餅を食べる姿が、まるで、ハムスターやリスの様に、歯でカリカリ、カリカリ、煎餅を少しずつかじっていて、すごく可愛らしくて、ちょっと癒されている感じがしたからだ。
そんな蓮の視線に気付いて恥ずかしくなったのか、イキシアは名残惜しそうに煎餅を置くと、一呼吸おいて蓮に視線を向けた。
「それじゃあ、そろそろ説明するわね」
蓮はイキシアの言葉を聞き、向かい側に座った。
「先ず、蓮は超能力って知ってるわね?」
「そりゃあ、もちろん知ってるさ」
「じゃあ、超能力って本当に存在すると思う?」
イキシアの問いに対して、考えるまでもなく、蓮は言った。
「あれは、タネがあるんだろう。宙に浮くのは透明なワイヤーだとか、切断した様に見せて、鏡を使っていたり」
蓮の言葉を聞き、イキシアはまた一人で頷いた。
「じゃあ、蓮は今言った様な、道具を全く使わない超能力って見た事ある?」
「多分、無いと思う」
正直、全部タネが分るわけじゃない。もしかしたら、そんな奴がいたかもしれないと言うレベルだった。
「うん。蓮の場合は、口で説明するより、実際に見てもらった方が早そうね」
そう言って、イキシアは蓮に何かを確認するように視線を向けた。
「いい? このお茶をよく見ていて」
イキシアの言葉を聞き、蓮はテーブルに置かれているコップに視線を向けた。すると、コップの中に入っているお茶が少しずつ宙に浮かび上がった。そして、浮かび上がったお茶は、空気中の水分を取り込み、肥大して行った。
「あ、な、ななな」
驚きの余り声も出せず、蓮の視線はお茶とイキシアの顔を行き来していた。
「どう? これで、信じてくれるかしら?」
蓮は宙に浮かぶお茶の周りを手で探ったが、ワイヤーや鏡といった物はなく、正真正銘、お茶だけが宙に浮いていた。
流石に、こんなことを目の前で見せられたら、否定しようがない蓮は、まだ疑問が残っていたが、イキシアの言葉に頷いた。
宙に浮いていたお茶は、何事もなかった様に、コップの中に戻っていった。
「じゃあ、次。蓮は数年前にあった流星群を覚えてる?」
「数年前の流星群?」
(いつだったか、正確には覚えていないけど、確か高校に通っていた頃に、そんなのがあった様な…………)
「確か、ニュースとかで取り上げられて、周期がどうのとかって、大騒ぎになってたやつだよな?」
「うん、正解」
そう言った後、一呼吸置き、イキシアの表情から笑顔が消えた。
「――じゃあ、その流星群で流れたのは、本当に星だと思う?」
突然のイキシアの表情の変化と共に、部屋の空気が重さを増した。
「ほ、星じゃないって言うなら、何なんだ?」
蓮は精一杯の言葉をイキシアに向けた。
「――神々の魂。それも、手のつけられないくらい、荒ぶった」
「神々の魂?」
先ほどのお茶といい、今度の話しといい、現実離れし過ぎている。
「そう、神々の魂。そして、荒ぶった神々の魂を治めるためには器が必要だった」
「器…………ッ!? もしかして、それが俺達、人間だって言うのか?」
「蓮は頭の回転がよくて助かるわ。その通りよ。神々は魂を治める器として、私達、人間を選んだ。そして、その代償として、選ばれた人間には、自らの持つ力の一部を与えた」
(なるほどな。それが、さっきのお茶を宙に浮かせた力ってわけか。……力?)
「もしかして、イキシアが初めに言ってた俺の力って?」
イキシアは、蓮の言葉を聞いて満足そうな笑みを浮かべた。
「本当、蓮には説明しやすいわ。そう、蓮も神々に選ばれた人間。そして、神々の力を与えられた特別な存在。私は神々に力を与えられた人間を、レクイムと呼んでいるわ」
蓮は自分の身体に視線を落とした。
「力は身体の一部を神に預ける事によって使用できるけど、その部位は神が選択する。蓮」
名前を呼ばれた蓮は、反射的に顔を上げ、イキシアに視線を向けた。すると、先ほどまで透き通る様に青かったイキシアの左目だけが、真っ赤に染まっていた。
「イ、イキシア?」
「私の発動代償部位は、左目。赤く染まった間だけ能力の使用が許される」
「お、お嬢様!?」
後ろで静観していたクロッカスが、慌てた様子でイキシアに呼び掛けたが、イキシアはそれを腕で制した。
「良いのよ。協力をお願いするのに、こちらの情報を隠していては、失礼にあたるわ」
イキシアに言われると、クロッカスはそのまま元の位置に戻った。
「ちょ、ちょっと待った。協力ってなんだ?」
「勝手に話しをして、ごめんなさい。今までのは、只の基礎知識。ここからは、私達の目的」
「イキシアの目的?」
すると、イキシアは気持ちを落ち着かせる様に、お茶を一口飲んだ。
「お嬢様、そのお話は私から……」
「ありがとう。大丈夫よ」
今のイキシアとクロッカスの様子からすると、かなりの理由があるのだと言う事はわかる。
蓮もどこか緊張して、握った手のひらには、じっとりと汗が滲んで来ていた。
「先ず、単刀直入に言うわ。私達の目的は、ヒルガと言う男の計画を阻止する事」
「その計画ってのは、どんな事なんだ?」
「人類の再生よ」
「人類の再生?」
「そう。人類の再生と言えば聞こえはいいかも知れないけど、実際は、この地球上のあらゆる生物を殺し、新しい人間による、新しい世界を作る事。それが、ヒルガと言う男の描いている理想の世界」
(全ての生物を殺し、新しい世界を作るだって? そんなの、どう考えたって人間の力で出来る事じゃ…………)
そこまで思考回路が回った瞬間、蓮の中で一つの答えが浮かび上がってきた。
「なぁ、イキシア。もしかして、イキシアが追っているヒルガってのも、神々に選ばれたレクイムってやつなのか?」
「くすっ……。蓮の言う通り、ヒルガもレクイムよ。そして、ヒルガの仲間も」
「仲間って。イキシアが追っているのは、ヒルガって男、一人じゃないのか?」
「ヒルガの計画に賛同してる者達がいるの。ヒルガの計画は実行するまで、それなりに準備が必要なの」
(だから、その準備期間に計画事態を阻止されない様に守る護衛、か)
「っで、イキシアはその計画を阻止するために追ってきたと……。それと、協力を求めているところを見ると、思っていたより、敵の人数が多くててこずっている」
イキシアは蓮の言葉に頷き、改めて真直ぐ蓮の目を見た。
「その通りよ。私とクロッカスだけでは、ヒルガの計画を阻止するのは難しい。だから、私達と同じ能力を持つ人に協力を求めている。――蓮、私達に力を貸して」
蓮は暫く考えた後、
「悪い……。少し、時間をくれ」
「――わかったわ。明日の夕方、もう一度ここにくる。それまでに決めて置いて……クロッカス」
そう言って、イキシアは立ち上がり、玄関に向かっていった。そして、ドアの前で立ち止まった。
「それと、一つだけ忠告しておくわ。明日、私が来るまでは外に出ないことね。既に、ヒルガ男の仲間がいる可能性もあるし、レクイム同士、不思議と引きつけあう。今の蓮がそいつらに出会ったら、間違いなく殺される」
イキシアはそのままドアを開けて、クロッカスと一緒に出ていった。
「お嬢様。あやつをほおっておいてよろしいのでしょうか?」
「そうね。頭の回転は良さそうだけど、まだ、完全に信じていない。時間が立てば、私の忠告など忘れてしまうでしょう。念の為、クロッカスは蓮の様子を見ていて。何かあったら、すぐに報せなさい」
「かしこまりました」
クロッカスはイキシアに一礼すると、何処かに姿を消した。