第一話 炎と女と出会い
蓮は、床に置いてあるカゴの中の商品を手際良く棚に陳列していく。
何の変哲もない、何処の街中にでもあるコンビニで、蓮はバイトをしている。
名前は、竜胆 蓮。
高校を卒業して、何もすることがなかった蓮は、自分が暮らして行くだけのお金を得るために、バイトを始めた。かれこれ、もう、3年になるだろう。
最近では、蓮より勤務年数が長い人は皆、止めていってしまったため、一番の年配になってしまった。
続けるのは、別に給料が良いからじゃない。でも、仕事に相応の給料だと思うから、バイトを続けている。
ガーっと、入口の自動ドアが開き、お客が来た様だ。
「いらっしゃいませ」
蓮はいつもの様に、軽く言葉を発し、お客様を出迎えた。
(何だ、またあの女か……)
その女は、最近、店の前に陣取ってタバコを吹かしているヤンキーみたいな女で、蓮のバイト先によく来るのだ。名前なんて知らない。だが、あの女が店の前にいると、怖がって他のお客が入ってこないため、店の方はガラガラになっていた。
(まぁ、俺は楽だから良いけど……。只、問題なのが、その女は近くで見ると、結構、可愛かったりするから困るんだよな)
女は、店に入ってくると一直線にプリンやケーキ並ぶコーナーに行き、紙パックのジュースを一個持ってレジに行った。
蓮も女に合わせてレジに向かった。
「いらっしゃいませ。こちら一点で、105円になります」
そして、蓮がジュースを入れる袋を取ろうとした時、ちぎった一枚の袋が、静電気か何かで蓮の手にくっついた。手にくっついた袋を、一度取っても、まるで何かに吸い寄せられる様に、ビニールの袋は蓮の手にくっついた。
「あれ? っ、この」
女は蓮の手にくっついたビニールの袋をじっと見た後、
「――そのままでいいよ」
っと、放り投げる様にお金を置き、ジュースを持ってそのまま出て行った。
「ありがとうございました」
蓮は一応マニュアル通りの挨拶をして、女を見送った。
「ってか、どんだけ、静電気を帯びてるんだよ」
蓮が少し荒く、くっついたビニールの袋を剥すと、先ほどと違い素直にとれた。
「何なんだよ」
しかし、そんなことに蓮は深く気にすることなく、また、商品の陳列を始めた。
でも大きな問題にならなくてよかった。あの女が切れて、言い掛かり何か言って来たら、最悪だったからな。そんなのは、自分が損するだけで、何にも得になることがないから………
「お疲れ」
そう言って、後からきた奴に挨拶をして、蓮はいつも通りの帰路についた。
同じ様に回る毎日。朝起きてご飯を食べ、バイトに行って、終わったら帰る。他の奴から見れば、つまらない人生だろうが、俺は別に構わない。それが俺の人生だから………
今日も、賞味期限ぎりぎりで、店頭に出せなくなった弁当を片手に、家のドアを開けた。
蓮の住んでいるのは、家賃6万程のワンルームのアパートで、バイト先から歩いて15分程の場所にある。鍵を開けて中に入ると、壁にあるスイッチを入れて電気をつけた。そして、冷蔵庫の隣に置いてある電子レンジに弁当を入れてスイッチを押した。
蓮は暫く、レンジの前で待ち、チン!っと言う音が鳴った後、温め終わった弁当を部屋の真ん中にあるテーブルに置き、床に座ってテレビのスイッチを入れた。そして、テレビの液晶から流れてくるニュースに何となく耳を傾けた。
『本日未明、○○市の公園で、男性の死体が発見されました。男性の体には、無数の刺し傷があり、今月、○○市で起きた殺人事件の被害者の外傷と同じ事から、警察では、同一犯の犯行と見て、捜査を進めています』
「なんだよ。また、こんなニュースか……」
蓮は、箸を口に咥えたまま、テレビのリモコンを右手で持ち、チャンネルを変えようとした。
「あれ?」
しかし、蓮がいくらリモコンのボタンを押しても、チャンネルは切り替わらなかった。
「おっかしいな。電池も変えたばっかだし……」
蓮は、リモコンを左手に持ち替え、右手でバシバシっと、リモコンを叩いた後、再びボタンを押した。
「こんで、どうだ?」
すると、何もなかったかの様に、チャンネルは切り替わった。蓮は、機械の気まぐれか、っと思い、そのまま弁当を食べ続けた。
弁当を食べ終え、一休みした蓮は、部屋の隅にあるベットに寝転がり、買って置いた漫画本を読み始めた。雑誌何かは、大抵、バイトの休憩時間に店頭に置いてあるやつを読んでるため、買ってまで読む気にはならなかった。漫画本に関しても、本当に好きな物しか買わないでいるため、部屋はすっきりとしていた。
今、読んでいるのは、何処にでもある、選ばれたやつが、悪の魔王を倒しに行くファンタジーものだ。
蓮は小さい頃からこの手の正義の味方に憧れていた。
昔はよく、苛められてる奴を、自分がぼこぼこにされながら助けていた時期もあったが、段々、年齢を重ねて現在が見える様になってくると、自分の行動がどれだけちっぽけなものか理解してしまった。
それからの蓮は毎日を、日課の様に過ごす様になった。結局、蓮が学んだのは、いくら正義の味方面したところで、結局、誰も救えない。只の自己満足で終わるのがオチと、言うことだった。
「ふぁ〜……明日もバイトだし、そろそろ寝るか」
蓮は、壁についてるスイッチをパチっと切り替え、電気を消した。
次の日の朝。
いつもと同じ様に、目覚まし時計が鳴り響く。朝食は、バイト先のコンビニで買って置いた菓子パンをかじって終わりだ。服を着替え、寝癖を直し、いつもと同じ9時40分に家を出る。バイト先までは歩いて15分の短い道のり。いつもと同じ景色が流れて行く………はずだった。
それはいつも通り、家から歩いて5分程の場所だった。目に入ったのは、いつもバイト先のコンビニの前にいる女だった。その女を囲むように、がたいの良い男が3人いた。4人は何かを話した後、そのまま、近くの空き地に歩いて行った。
「喧嘩か?」
(大の男3人に、女一人でかなうわけないだろう?)
見て見ぬ振りをして歩き出そうとしたが、蓮は何故か気になってしまい、こっそりと後をつけていった。
空き地につき、蓮は見つからないように身を隠しながら様子を見ていた。
「薺!! われにやられた仲間の借り、きっちり返してもらうで!!」
男の言葉を聞いた薺は、嘲るように笑った。
「はっ? 大の男が何言うかと思えば、そんなことかい!?」
「な、なんだと!?」
「そいつらには忠告したはずだよ? 何ならあんたらにも忠告しといてやるよ。――あたしに触れると、火傷じゃすまないよ」
挑発的な薺の言葉をきっかけに、3人の内の1人が、薺に飛び掛かっていった。
「こぉの、クソアマ〜〜!!」
男は勢いよく薺の胸ぐらを掴んだ。その瞬間、何が起こったのか、薺の胸ぐらを掴んだ男の全身が、紅蓮の炎に包まれ、炎上していた。
「な、なんだこれ? 火? アチィ!? み、水、水だ! 水をくれ――!!」
男は全身火ダルマになりながら、地面の上を転げ回った。
「こっ、こっちだ!!」
別の男が空き地の隅にあった排水溝の蓋を開けた。男は必死で排水溝の中に体を入れ、汚水で炎を消したが、全身のタダレ具合から見ても、重度の火傷をしていることは間違いなかった。
「あ、兄貴……やっぱりやばいですよ。この前もあの女に触れた奴は、皆、体が燃えているんですよ」
兄貴と呼ばれた男は、がしっと下っ端の頭を掴んだ。
「われは何見とったんや?」
男は、近くに落ちていた太い丸太の様な木を拾った。
「ようは、薺に触らにゃ良いんじゃろうが!!」
「へぇ〜。馬鹿な奴等ばっかだと思ってたけど、少しは頭も使える奴がいるんだな?」
「てめぇ!! 兄貴にむかって!?」
下っ端が一歩踏み出そうとした時、太い丸太が下っ端の前に現れ、進路を塞いだ。
「あ、兄貴?」
「取り乱すんじゃなか。すぐにわからしちゃる」
男は丸太を振り上げ、薺に向かって振り下ろした。
薺は唸りを上げて向かってくる丸太を軽く横に飛んでかわした。しかし、男は振り下ろした丸太の軌道を力任せに変え、薺の避けた方向に軌道修正した。
「なっ!?」
薺は咄嗟に体を守るように、腕を交差させた。そして次の瞬間、ドカ!! っという鈍い音が響き渡り、薺の体は地面を転がった。
「がぁ〜はっは!! 所詮はこんなもんじゃ」
高らかに笑いあげる男とは裏腹に、体を起こした薺の瞳は、視線で男を刺し殺せると思う程、鋭いものになっていた。
「――お前、覚悟は出来てるんだろうね?」
薺の声のトーンが低くなり、言葉を発した瞬間、ごく僅かに薺の左の靴底が爆発した。その爆発はよく見ていないとわからないくらい小さい物だったが、薺の体は、まるで弾丸の様な速さで男との距離を一気に詰めた。
「なんだ!? あいつは何処に行った!?」
一瞬だった。男は視界から薺の姿を完全に見失った。
そして、恐怖からか、持っていた丸太をがむしゃらに振り回し、自分の身を守ろうとした。しかし、すでに薺は男の懐に潜り込んでいた。
「じっくり、その体に刻みな」
薺の指が男の体に触れた瞬間、一人目の男と同じ様に、紅蓮の炎が男を包みこんだ。
「ぎゃぁぁぁ!? 熱い!! 熱い!!!」
ごろごろと、熱さに耐え切れず地面を転がる男を、薺は見下ろしていた。
その光景を見た蓮は、恐怖から、早くその場を立ち去ろうと、来た道を全力で走った。
ザッ!
「!?」
蓮が走りだす際に、僅かに出た音に薺は気がついた。その時、薺の瞳は、男達と戦う前に戻っていた。薺は目の前で炎に焼かれ転げ回っている男に近付いて行った。
「もう、いいよ。戻りな」
誰に言っているのか、薺がそう言葉を発すると、男を包んでいた炎が少しずつ散って行った。
「あんたらもこれに懲りたら、二度とあたしに近付くな。――――今度は本当に火傷じゃすまないよ?」
「は、はい!」
薺が男にガンを飛ばすと、男は怯えて切って、声を裏返しながら返事をした。
「ちっ! また、つまらない喧嘩をしちまった」
薺は愚痴をこぼし、その場を去っていった。
「っ、はぁ! はぁ!」
蓮は先ほどの光景を見た後、逃げるように全力で走った。こんなに走ったのは何年ぶりだと思いながら、蓮は空を仰ぎ呼吸を整えた。
「はぁ、はぁ…………。そ、それにしても、あの女は何だったんだ? あの炎にしても、マジックにしては出来過ぎてる」
一度に頭を疑問が巡ったが、次の瞬間、蓮は忘れることにした。それが、変な事に巻き込まれないための、蓮自身の理論だった。
「いつも通り…………いつも通りだ」
何回か呪文の様に繰り返した後、蓮はいつも通り、出勤した。
蓮はバイトの制服に身を包み、いつもと同じ様にレジに立った。ガー! っと、自動ドアが開き、俺にとって今日、初めてのお客様が入って来た。
「いらっしゃいま………せ!?」
挨拶をして、お客の顔を見た瞬間、蓮の笑顔は引きつってしまった。
驚くのも無理ない。先ほどまで喧嘩をしてましたとでも言う様に、服は土だらけ、おまけに傷まで………って、傷?
よく見ると、薺は左足を庇う様に、ひょこひょこと歩いていた。
「うっ!?」
(多分、最後のあの小さな爆発で、火傷でもしたんだろう)
思い当たる節があった蓮は、先ほどまで怖がっていた自分が嘘の様に薺に声を掛けた。
「あ、あの、怪我ですか?」
急に声を掛けられた薺は、少し驚いた様な表情をして振り向いた。
「あ? あんたには関係ないだろ?」
すると、薺は蓮を無視するように、商品の棚を見始めた。
「お探しの商品はこちらですか?」
そう言って蓮は、商品棚から持って来た、湿布、消毒液、包帯を差し出した。それを見た薺が、じっと蓮の顔を見た後、にやりと笑った。
「ふぅ〜ん……。あんただったんだ、覗いてた奴」
「!?」
(な、何で俺だってわかったんだ!?)
「あ、あの……何の事でしょうか?」
蓮がしらを切ろうとすると、薺は少し口調を強くして言った。
「あんたの持ってる湿布…………消毒液と包帯はわかる。でも、何であたしの怪我に湿布が必要だとわかった?」
(――最悪のへまをした。確かに、何も聞いていないのに、いきなり湿布を出すなんて、こいつの怪我を知っていると言ってるようなもんだ)
薺は困惑している蓮の手から、湿布、包帯、消毒液をパシッと取った。
「まぁ、邪魔しなかっただけいい。これ、貰ってくわ」
薺が店を出て行こうとした時、蓮は何となく引き止めてしまった。
「ひ、一人じゃ、治療しにくいだろ? よかったら、俺に手伝わせてくれないか?」
「…………ふん、まっ、いいよ。あんたの言った通り、一人じゃやりずらいしな」
「よかった。じゃあ、こっちに来て」
そう言って、蓮は薺を連れ、奥にある休憩室に入って行った。
「それじゃあ、ここに足、乗っけて」
そう言って、薺の前に台を置いた。薺はドカッと台に足を乗せ、椅子に座った。
薺の靴底は、爆発したと思われる位置が綺麗に削り取られて、その部分から覗く薺の足の裏には、軽い火傷の跡があった。
「ちっ! いつもなら、こんなぼろい靴履いてる時はやらない様にしてるんだけどな」
薺はぼそぼそと愚痴をこぼしていた。いずれにしても、このままだと消毒も出来ないので、蓮は薺の履いている靴を脱がそうとした。
「靴、脱いでもらってもいい?」
「ほら」
薺は履いていた靴を脱ぎ捨てた。
(へぇ〜、こいつ、足、綺麗だな)
などと、ちょっと以外に思いながら、薺の足を見ていると、台に乗せてる足と反対の足が、蓮の顔面にスタンプを押す様に、めり込んだ。
「ぶっ!?」
「な・に・み・て・んだ・よ!! 気持ち悪い!!」
き、気持ち悪いはないだろ!? そこはむしろ喜ぶところ……
「ぐぇ!?」
薺の足に力がこもり、蓮の顔面が歪んだ。
「お前、今、変なこと考えただろ? 早く、済ませな。じゃないと……」
「す、すいません」
蓮は気を取り直すと、まず、消毒液をガーゼに染み込ませ、ちょんちょんと、傷口に触れた。
「イッテェ!? お前、もっと優しく出来ねぇのか!?」
「や、優しくやってると思うけどな」
その後も、蓮は薺の蹴りをくらいながら、何とか応急処置を終えた。
「へぇ〜、なかなかのもんだな。サンキュー」
そう言うと薺は手を振り、扉に手を掛けた。しかし、俺には一番聞きたいことがあった。
「あ、あのさ……」
「ん? まだ、なんかあるのか?」
「さっきの喧嘩の時の炎………あれは、本物か? マジックの様に見えなかったけど、一体………」
蓮がその話を口にすると、一瞬、薺の目の色が変わったが、すぐに小さく笑うと、
「ばぁ〜か! どうやったも何も、自分のタネ明かす奴が何処にいるんだよ! じゃあな! っと!?」
そう言って、休憩室から出て行こうとした薺が、何かを思い出した様に立ち止まった。
「お前、名前なんて言うんだ?」
「名前?」
また、唐突な質問だな。
「俺は、蓮。竜胆 蓮だ」
「蓮か……。あたしは、薺! 柊 薺だ!」
そう言って、薺は上機嫌で背中越しに手を振り、休憩室から出て行った。
「なんだ? まぁ、いいか。さぁて、そろそろ俺も仕事に戻らなくちゃ」
薺に蹴られた鼻を擦りながら、蓮は後片付けをして、フロアに戻った。