第九話 弟
「……こ、こ、は…………?」
鬼灯が目を覚ますと見知らぬ天井があった。
気を失った後、何が起こったのかわからない鬼灯は、ゆっくりと辺りを見渡した。
「ん? 目、覚めたみたいだな。何か飲むか?」
鬼灯の視線の先には、台所に立ち、ポットを火に掛けている蓮の姿があった。
「――!? お前は!?」
突然の事で驚いた鬼灯が身体を起こそうとすると、すっと小さな手がそれを制した。
「落ち着きなさい。別にあなたを殺そうってわけじゃないわ」
「イキシア? そうか……私は……」
鬼灯はそのままバタッ! と、布団に倒れた。
「――情けないわね。敵に捕まって生きているなんて……」
鬼灯は腕で表情を隠しながら、そう呟いた。
そこへ、蓮がおぼんにお茶とお茶菓子を乗せて来た。
「まっ、暗い話は置いといて、お茶にしようぜ」
そう言って、ローテーブルの上にコップとお茶菓子を置いていった。
「蓮、これは何?」
そう言って、目をキラキラさせながら、イキシアはローテーブルに置かれたお茶菓子を指差した。
「それか? 煎餅だよ。前に食べただろ?」
蓮の言う通り、確かに形は前に食べた煎餅に似ていたが、目の前にある煎餅は、前のに比べて、色は白かった。
「前に見たのと色が違うわ。前のは、もっと汚い色だったわ」
「食べ物に汚いは止めなさい。それに、その煎餅の色が違うのは味が違うから」
すると、イキシアは、恐る恐るお茶菓子に手を伸ばした。
「……嘘だったら、許さない」
何やら怖い言葉が聞こえてきたが、間違ないはないので、蓮は胸を張って待っていた。 イキシアはカリカリと煎餅を少しかじり、味を確かめると、一度、蓮に視線を向け、直ぐに戻し、また、カリカリと小動物の様に煎餅をかじり始めた。
その様子を鬼灯は、只、呆然と見ていた。
「どうかしたのか?」
蓮は何となく、鬼灯に聞いた。
「……私、あなた達と戦ったのよね? 命懸けで」
「――――」
蓮が何かを言おうとした時、煎餅をかじっているイキシアが声を掛けて来た。
「蓮、私は前のより、こっちの方がいいわ。今度から、これを出しなさい…………(カリ、カリ、カリ)……」
(またかよ。これから、俺が真剣に言おうとしてる時に……)
「…………ぷっ、あははははははは!!」
そのやり取りを見ていた鬼灯は、声を上げて笑い始めた。
「あはははは…………。あなた達、絶対おかしいわよ」
蓮はその時、初めて鬼灯の笑顔を見た。
戦っていた時のクールで冷酷な鬼灯ではなく、その笑顔は綺麗で優しく感じた。
「……初めて笑った。そっちの方が、全然似合ってるよ」
「――!?」
自分でも笑っている事に気付いていなかったのか、鬼灯は蓮の言葉を聞き、視線をそらすと、表情を戻した。
「笑う……もう、何年も忘れていたわ……」
鬼灯の表情は冷静なものだったが、口調には、寂しさが混じっていた。
蓮は鬼灯の言葉を聞き、引っ掛かっていた事を話し始めた。
「なぁ、確か戦う前にあんたが話していた、数年前の事件の事なんだけど…………」
突然、蓮の口から数年前の事件の話しを切り出された鬼灯は、驚きと共に、その話題を嫌う様に、話を変えようとした。
「数年前の事件? あれはもういいの。あなたを混乱させるために言ったんだから」
鬼灯はそう言ったが、蓮には聞かなければ収まらない理由があった。
「…………鬼灯 優……あの事件で死んだ被害者の一人だよな? 名字も同じだ。あんたと何か関係があるのか?」
――優。その名前を聞いた鬼灯は、ぐっと拳を握り締めた。そして、ゆっくりと話を始めた。
「…………優は、幼い頃、両親が死んでから、私のたった一人の弟であると同時に、たった一人の肉親だった。どんな事も二人で一緒に乗り越えて来た。
私は必死に働いて、優を高校に行かせてあげた。そんな時にあの事件が…………」
鬼灯の言葉が詰まり、表情に陰が帯びた。
「その犯人は、まだ捕まっていない。今も、どこかで生きている」
鬼灯の言葉を聞いた蓮は、話を逸らさず一言だけ言った。
「目的は復讐か?」
「それもある。でも、本当の目的は、再生と創造の神の力を持つ者を探す事」
「再生と創造?」
「なるほどね。その力を使って、弟を生き返らせようとしたのね」
隣にいたイキシアが、鬼灯の言葉の意味を説明するように言った。
「でも、人を生き返らせるなんて事を、人がやっていいはずがない。それは、あなたもわかっているはずよ」
「わかってるわ。だから、神の力にすがったのよ。私達を創った神なら、もう一度、創る事が出来るんじゃないかって……
そう思っていた時に、ヒルガの計画の話を聞いて、私の思っていた事は間違いじゃないって確信した。だから、そのためにこの手を汚し、ヒルガの計画遂行のため、力を貸した」
「それでたくさんの人達を殺したの?」
イキシアは静かに。そして自らの感情を抑える様に言った。
「そうよ。私に出来る事はそれぐらいしかなかった…………」
「そう……なら、殺し続ければいいわ」
「お、おい、イキシア!?」
イキシアの言葉に、聞いていた蓮は驚いて、話しに割って入った。
「何よ、蓮? 私は本当の事を言っただけよ。この女はこれからも人を殺し続ける」
冷徹に言ったイキシアに対し、鬼灯もその言葉を受け止めていた。
「既に手を汚してしまった私には、その方法しかない」
「おい、おい……」
「…………っと、まぁ、今までの話しは、あなたが今のままだったらと言う前提よ。なら、どうすればいいと思う、蓮?」
イキシアのいきなりの問いと、口調の変化に戸惑いながら、蓮は少し考えた後、
「……そうか!? 変わればいいんだ!!」
「正解。でも、正確には、私達が変えるのよ」
「俺達が変える?」
「そう。今のままじゃ、何をしても殺しの道を選ぶ。それは決して良い事じゃないけど、悪い事でもない。それしか方法を知らないだけ」
イキシアの言っている事は、間違っていないと蓮自身も理解した。
今の鬼灯は例えるならば、生まれたばかりで、泣く事でしか自分の気持ちを表現できない、赤ん坊の様なものだ。
蓮はふーっと、深く息を吐いた。
「なぁ、あんた、これから行く宛はあるのか?」
突然、全く別の事を聞かれた鬼灯は、驚いた表情のまま答えた。
「行く宛なんてないわ。あったとしても、あなた達に負けた私に行く場所を選べる権利なんて、あるわけないでしょ」
その言葉を聞いた蓮は、少し考えた後、
「なら、俺達と一緒にいないか?」
「――ちょ!? 蓮、何を言っているの!?」
蓮の言葉に声を上げたイキシアだったが、それ以上に鬼灯は驚いている様だった。
「だって、どうせ鬼灯の身柄はイキシアが預かるんだろ? それだったら、一緒にいても同じじゃないか。それにこいつは、そんな悪い奴じゃない」
「あ、あのね、蓮。だからと言って、出来る事と出来ない事が……」
あらかた、蓮が何も考えていないであろう事はイキシアもわかっていたが、蓮の性格から止めても無駄と判断したのか、深くため息を吐いた。
「……わかった。でも、条件はつける。能力を使わない事。出歩く時は、私か蓮のどちらかと一緒に行動する事。そのどちらかでも破れば、あなたの身柄は私が預かる。――蓮もそれでいいわね?」
「ありがとう、イキシア」
しかし、話のまとまった蓮、イキシアとは対照的に、鬼灯の表情は曇っていた。
「あんた達、本当に私をここに置いておくつもり? 私が、生きて敵の手中にいるなんてヒルガ達が知ったら、必ず私を消しにくるはず。そうすれば、あなた達も只ではすまないわ」
「そう。それは、探す手間が省けて好都合だわ」
「ばか? 私を消しに来る奴は、私よりも強い力を持っているのよ!?」
鬼灯の言葉にイキシアは笑みを浮かべた。
「そんな事は承知よ。そいつらを倒して行けば、いずれヒルガにたどり着く。それが近道なら、どんなに険しくても超えてみせる」
イキシアの瞳は強い決意に満ちていた。
イキシアとヒルガの間に、何があったか蓮は知らないが、イキシアの強い瞳は頼もしい反面、もろく、壊れてしまいそうに感じた。
「きっと大丈夫。イキシアは一人じゃない。俺もヒルガって奴の計画を止めたいからな」
そんな二人の表情を見た鬼灯は、呆れた様に言った。
「好きにしな!」