[ 6 拾七 ]
【“17”と呼ばれし魔女】――――≪コールド17≫
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「主、おいででしたか……」
途端に蒼影は、電撃を受けたかのように跳ねあがり、叉門から離れる。
どちらも、構えは崩さない。
少女は近くの屋根から、蒼影の傍らにふわりと降り立つ。
「その人は、『客人』よ」
招かれた覚えは無い。
「……宜しいので……」
少女と叉門の間に立ち塞がったまま、獣は問う。
「たった今、認めたわ」
「御意に」
有無を言わさぬ威圧感。
二回りも大きな魔獣が、恐縮している。
「蒼影と渡り合うなんて……強いのね」
数度の交錯で致命傷を与えられず、叉門には厳しい戦いであった。
体力自慢だが、魔獣である蒼影には程遠いはずだ。
「手なづけるほどじゃない」
警戒とも賞賛とも取れる軽口。
「あたしは『17』と呼ばれている女。セヴンティーンでいいわ」
背丈の半分程もある髪。月を反射した白銀が闇夜に輝く。
まったき白というわけでもなく、よく見ると地は水色に近い。
「知らないおじさんについて行っちゃいけないって習わなかったか?」
このエリアでは見られない豪奢なドレスの裾を翻し。
「ついてくるのはあなたよ、宿無しさん」
蒼影は既に臨戦態勢を解き、主に付き従う。
「ガキは趣味じゃ無いが、俺も男だ。同衾するなら歯止めは効かないぜ」
冗談だが、蒼影の耳がピクリと動く。
「部屋はいくつもあるわ」
「大屋敷か! ありがてぇ」
どういう流れか、侍は野宿しないで済むようだ。
◆ 弐 ◆
良からぬ魂胆があって、招かれた可能性は捨てきれない。
しかし、あのまま戦っていたら……ゾッとする。
少女と狼、双方を相手取って生き残れるか怪しいものだ。
毒喰らわば皿までと、叉門は思い切る。
薄暗い夜の帳の中、“17”の後姿だけが眼を引く。
所狭しと民家が続き、突然、寺の門らしきものが現れる。
がっしりした門と塀に遮られ中は見えない。
まさに隠れ家といった趣か。
「ここよ」
“17”が開けた扉をくぐると・・・・・・中には、別世界が広がっていた。
「ここは……どこだ?」
「見ての通り、お寺よ。
……だった所、と言った方が良いかしら」
暗闇を照らす明かりは、提灯やロウソクではない。
細い柱に、丸い光の球が下がっている。
叉門の鋭い視覚は、そこかしこに見慣れない物を捉えている。
「豪華な屋敷だな……」
芝生と花壇が広がり、奥には直線的な建築様式の館。
横長の箱に、等間隔に窓が開いていると形容すれば良いのか。
まったくもって寺には見えない。
通路の正面中央には石垣で覆われた水場があり、真上に水が噴き出している。
「噴水……ってやつか?」
「ノプチーニではあまり見ないでしょう。ライトクシアの様式ね」
ライトクシアは『壁』によって隔てられた、隣のエリアだ。
「他の『えりあ』に詳しいってことは……もしかすっと」
「ええ、あたしは『称号者』よ」
こともなげに言う。
「マジかよ……」
この世界は、『壁』によって6つに分かれている。
その壁を通れる者を「称号者」と呼ぶ。
「あの『壁』を越えて来たのか」
「そうよ」
「称号者なんて、ほんとに居たんだな……」
理解の範疇を越えている。
元来、直感で生きている叉門は、難しく考えるのをやめた。
◆ 参 ◆
寺の跡地を丸ごと使っているだけあって、館の前の庭は広い。
栄えていた寺だったのだろうか、民家いくつ分もの土地を使っている。
しばらく歩き、館の正面に着く。
正面から見るだけでも、窓が八つある。
人の倍くらいある扉をギギィーッと開き、少女はスタスタと入っていく。
叉門は慌てて歩を進める。
蒼影は時折、叉門を振り返る。
『客人』にランクアップしたからか、殺気はかなり薄まっている。
二階の一室の前で、少女が待ち構えていた。
憮然とした表情をしているように感じられ――
「なぁ、『せぶんてぃーん』とやら」
「何?」
慣れない響きに、戸惑いつつ呼びかける。
「俺、なんか機嫌悪くするようなことをしたか?」
「いいえ」
端的な即答。
嘘をついているようにも感じられない。
蒼影の方を盗み見ると、気だるげな視線を返してくる。
何を言っているのだこいつは、とでも言いたげな風である。
無表情――これが彼女の「平常」、なのだ。
◆ 肆 ◆
「この部屋は自由に使っていいわ」
“17”に続いて部屋に入る。
「立派なもんだな」
決して多くの物があるわけではないが、叉門からすれば贅沢である。
辺りの民家は、雑魚寝が一般的だ。
またも見慣れない物が目に入る。
四角い台に、薄い布団と枕が置かれている。
「こいつがライトクシア流の寝床か」
「ベッドよ。ノプチーニの人は随分低い所で寝るものだと思ったわ」
「畳で寝るのも味があるもんだぜ」
「……そう……」
“17”は叉門を睨んでいる。
もしかすると、「睨む」ではなく、ただ「見ている」だけなのかもしれない。
ベッドから離れると、頑丈そうなつくりの縦長の木箱があった。
「こりゃなんだ? お、開いた」
手前が外れる蓋のようで、その一辺が蝶番で本体に固定されている。
「冷たくて気持ちが良いな」
中からひんやりとした空気が流れ出す。
先程の姿勢で黙ったままの“17”が、ようやく反応する。
「それはレイゾウコ。食べ物などを保存しやすくする」
「西瓜を川で冷やすのは知ってるが、こいつは一体どうなってるんだ?」
“17”は『レイゾウコ』の前に立ち、その中に手をかざした。
少女の周囲に青白い光の粒が明滅し、踊り出す。
髪やスカートが浮き上がり、波打つ。
≪凍れる白銀の拾七/コールドセヴンティーン≫
“17”の手から、『白い霧』が勢い良く溢れ出す。
霧が触れた指先に熱を感じた。
それは凍えてしまいそうなほどの冷気。
寒さよりも痛みが先に来るのは、危ない。
咄嗟に手を引く。
「おい、大丈夫なのか!?」
「あたしは“普通”じゃないのよ」
耐性があるのか、使用者には効果が無いのか、“17”は平然としている。
「魔法、か……。俺にはできない芸当だ」
“17”が手を下ろし、霧も収まる。
「手加減するのは一苦労。
本来ならば、この部屋は17秒間、マイナス17℃の冷気に包まれる」
「物騒だな」
「微調整はできないの――『呪い』の副作用だから」
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