[ 4 蒼影 ]
【“17”と呼ばれし魔女】――――≪コールド17≫
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「叉門だ。姓は先祖が捨てた」
影に応えて、男は名乗った。
小手調べは終わり――。
次は、“何か”仕掛けてくる。
叉門の読みは、外れたことが無かった。
「我は蒼影。主より賜りし名也」
建物の陰からゆらりと前足を一歩、踏み出して嘯く。
「へっ、獣の名乗りを聞くってのは初めてだな」
男は柄を握りしめ、歩幅を半歩拡げる。
飛び道具があるわけではないらしい。
いかに速くとも、それを見越して刀を振るえば良いだけだ。
獣が弾機を利かせ、地面から建物の側壁いを跳躍し、
さらに跳び移って叉門の反対側へ回り込む。
「お前ぇさんのスピードも見慣れてきたぜっ!」
振り返りざまに斬り上げる。
今度こそ影に深々と刀が食い込――と思ったのも束の間。
手応えが無く叉門はたたらを踏む。
「なにぃっ!?」
斬ったはずの影は、虚空へ薄れて消えていく。
呆然とする叉門の横から猛然ともう一つの影が襲い来る。
「ぐうっ!」
間一髪、体を捻って致命傷は避けた物の、脇腹に激痛が走る。
服をちらと見ると三本の切れ目ができていた。大きな爪跡だ。
影は、素早く距離を取った。
一度目の交錯から、反撃を警戒しているらしい。
刀を構えなおす。
「いってぇ、どんな品玉を使いやがった?」
月明かりの下、獣が尻尾を優雅にくゆらせ立ち止まる。
その後ろから、もう一匹の狼が現れる。
大きさは同じ、形も同じ。
しかし、色が違った。
後ろから出現した狼は、さらに濃く、夜の闇に溶け込む蒼。
「我が名は蒼影。主より賜りし名だ」
獣は低く、しかしはっきりと言った。
◆ 弐 ◆
「蒼い影……『幻影』を操るのか……こいつぁ見間違うわけだ」
ニヤリ、と叉門は嗤う。
あの程度で勝負が決してしまっては面白くない。
蒼影は踵を返し、再び闇に溶ける。
「退いた……わけねぇよな」
姿が見えなくなってもなお、その殺気は遙か遠くから向けられている。
反応が遅れれば、一貫の終わりである。
圧倒的な速さの前に、叉門は刀を振るうことすらなく倒されるだろう。
叉門は腰を低くし、息を深く吐いた。
身じろぎ一つせず、待ち受ける。
シン――と静まり返った夜のしじまに、梟の声。
……………………………ッ…………………
第六感と言っても良いほどの、微かな兆候。
研ぎ澄まされた感覚が、風の振動と、土の響きを伝えてくる。
まだ、解らない。
……………………タッ………………タッ…………!
感じられる。微かな動きが。
昼間ならば、おそらく姿が見えるか見えないかくらいの距離。
闇に蠢く影を、塊として認識する。
左右、2つの影。
『幻影』を斬った時に手応えが無かった。
おそらく実体は無いのだろう。
「・・・・・・どっちだ?・・・・・・」
少しずつ幅を狭めてくる。
叉門の構えた場所で合流する算段だろうか。
瞬間、叉門は左に飛び退り、大振りで左上から袈裟掛けに振り下ろす。
どちらが本物か判別できなかった為、高速の突進を逆手に取り、
一振りで両方を斬るタイミングで刀を振るったのだ。
近い方が本物だとすると、蒼影の肩口に直撃する間合い。
反対とすれば、蒼影の前脚に当たると見込んだが、いずれでも無かった。
蒼影と『幻影』は二体共、叉門の頭上を跳び超え、翻って爪を閃かせる。
迷ったが最後、その隙は致命的で――
ブシュゥゥッ!
盛大に血が噴き出す。
鮮血に地面を染めていたのは、蒼影だった。
叉門は、後ろを向いたまま、刀を振り抜いていた。
「言ったろ? 風が、お前の位置を教えてくれるってな」
高く跳躍するほど、体躯を支える足に、地面に負担が掛かる。
着地した音を、叉門は聞き逃さなかったのだ。
「己……!」
叉門は常人よりも優れた五感を持っている。
冒険者ギルドで言う技能の≪鋭敏感覚/エクストラセンス≫の類だ。
中でも≪鋭敏聴覚/エクストラヒアリング≫のランクは常識外の化け物である。
「話にならねぇ。本気で掛かって来いよ」
蒼影は三度、闇に溶け込む。
助走をつけ、全力で挑んでくるつもりだろう。
叉門は音に集中し、目を瞑る。
目視では判別しきれない。
ならば、余計な情報を遮断してしまった方が良い。
蒼影と『幻影』は、左右が目まぐるしく入れ替わり、螺旋を描く。
…………タッ………タッ……タッ……タッ…タッ……
「左……右……左……右……」
左右が交互に入れ替わり――――叉門は目を開く。
「右だ!」
ガチッ!!
刀と爪が火花を散らす。
叉門に牙が迫る。
「蒼影、お止めなさい」
凛と透き通った声が、両者の耳に届く。
そこには、浮世離れした美しさを持つ少女が、居た。
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