[ 2 叉門 ]
【“17”と呼ばれし魔女】――――≪コールド17≫
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――影が、あった。
男の行く先を遮るように、影があった。
一瞬、立ち止まる。
再び、歩を進めようと踏み出すと――。
「斯様な刻に橋上に在る汝は、我が主の客也や?」
うずくまっているかのような影から、誰何の声が掛かる。
男は軽い口調で、
「俺は今日、そこの酒処で呑み明かすと決めた。
だから安酒を呑んだ」
答えになっていない応えを返し、続ける。
「そして、この道をまっすぐ進むと決めた。
だからここは俺の道だ。
俺が何であろうと、お前が誰であろうと、まかり通る」
二言目は低く、重みのある声で。
「主の命により、今宵、この橋は客以外通さぬよう仰せ遣って居る」
ゆらりと影が立ち上がり、月夜に照らされる。
夜目に慣れるに従い、おぼろげながらも正体が見えてくる。
四つ足で這う大きな人物……と、考えをすぐに革める。
全身を覆う毛皮、力強い爪、剥き出しの牙。
獣だ。
犬? ――いや、これは犬ではない。
ノプチーニの古来種、“狼”だ。
人語を解するとは、魔獣の類だろうか。
「通ると言ったはずだぜ。――邪魔するなら、叩っ斬る」
男は、そう言って、刀を抜く。
「我の姿を見ても怖れぬ、か……」
少々、含みのある物言いだった。
狼は姿勢を低く、四肢に力を込め始める。
「犬っころに怯えるほどガキじゃないんでな」
再び、男の軽口。
「ふ……言ってくれる!」
裂けた口の合間から、牙がギラリと光った。
その言葉が、開始の合図だった。
狼は黒がかった紺、蒼系統の色をした毛並みで、闇に溶け込みそうだ。
男は刀を正眼に構え、相手との間合いを測る。
ブレる輪郭でかろうじて大体の位置を捉え、足音と風を切る音で速度を知る。
まずは互いに小手調べか。
刀を左に倒し、胴の高さで振りぬく。
タッ!
「――ッ!」
影が刀を飛び越える。
切っ先が足に触れるか触れないかの高さと速さ。
こいつは――。
わざとぎりぎりで避けやがった。
先程とは逆、同じような距離で影は向き直る。
「今度はこっちから行くぜ」
男は大上段に振りかぶり、跳躍した。
斬るには程遠い間合い。しかし、獣はその距離を一瞬で詰めて交差する。
着地するまでに、魔獣は男の後ろにぐるりと回り込み、反転している。
「我が速さを侮ったか?」
大振りの後は、隙だらけだ。
男は弾丸のような体当たりに飛ばされ――るわけではなかった。
大振りというには浅い斬り込み、そして、一歩横に動いて突進を回避する。
あまつさえ、刀を水平に残し……
ザシュッ!!
「グウゥ。
我が余力を残している事、見抜いて居たか。
まるで後ろが見えているかのような動き……恐れ入る」
跳び退り、再度向き直り。
浅い傷口から、微かに血が流れる。
「風が、お前の位置を教えてくれるだけさ」
柄を顔の高さに、切っ先は天に向け、男は八双に構える。
「禍つ獣である我よりも優れた聴覚を持つと申すか……。
汝、名は何と?」
「――叉門」
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