[ 12 因縁 ]
【“17”と呼ばれし魔女】――――≪コールド17≫
★★★★★★★★★★★★★★★★★
「な……貴様、あの吹雪をどうやって!?」
噴水の陰に入り、吹雪に追いつかれる時間を稼いだ。
そして、ギリギリの所で、後ろ手に吹雪を『斬った』。
“雪風”に認められた使い手だからできた芸当だ。
「手の内をぺらぺら喋るのは、負け犬の仕事だぜ」
安い挑発。
「あいつからやれ!」
咄嗟の駆け引きならば、百戦錬磨の叉門に一日の長があるようだ。
わざと目立つように噴水の上に登ったのだ。
沙雪は近接戦が得意には見えないし、錯乱状態だ。
多方向から沙雪に攻撃されては、全てを防ぎきれない。
注意をひきつけ、数を減らすのが狙いだ。
噴水から飛び降り、一刀のもとに、切り伏せる。
転回し、一人目の身体を盾にして回避、二人目を薙ぎ払う。
二人目を蹴り飛ばし、怯んだ敵に突きを見舞う。
一連の流れで三人を下すと、敵中に斬り込んで行く。
機先を制してタイミングを乱せば、一対一に持ち込める。
「止むを得まい、そこまでだ!」
叉門は舌打ちする。
茫然としたままの沙雪の喉元に、短剣があてがわれている。
クレイダスは意外に冷静だった。
「武器を地面に置け。鞘もだ」
“雪風”を置く。
これだけ人数が残っていては、奇襲も難しい。
「噴水まで下がって膝をつけ」
叉門が言われた通りにすると、クレイダスは手下に刀と鞘を回収させる。
沙雪を連れたまま門の方に後ずさる。
「その侍を殺せ!」
覆面達は手にした獲物で叉門を滅多打ちにし始める。
と、その時。
『アオォォォォン!』
『ワオォォォォォォン!!』
複数の獣の遠吠えが聞こえる。
続いて、ドドドドドド……という地響き。
「大変です! 博士! 狼の群れが!!」
見張りの一人が駆け込んでくる。
間も無く、門から十匹以上の狼が走りこんでくる。
覆面達は恐慌状態に陥る。
「クッ、引け、引き上げろ!」
覆面達が蜘蛛の子を散らすように逃げる中、沙雪を引っ張っていくクレイダス。
群れを引き連れてきた一際大きな狼が飛び掛るが、素早くかわして短剣で斬りつける。
しかし、手応えはなく、クレイダスは体勢を崩す。
その狼は霧散し――。
後に続く一匹が体当たりをし、打ち倒す。
その隙に沙雪を背に乗せ、走り去る。
「でかした、蒼影!」
「くそっ! ……まぁいい。媒介の方は手に入れた!」
襲撃者、クレイダスは退散した。
「危ない所だったぜ」
数発殴られたが、大した怪我ではない。
「遅くなり申した」
「大手柄だ。
お前が援軍を呼んでこなけりゃ、俺は殺されてたし、沙雪も……」
見れば、正気を取り戻した様子の沙雪。
「みっともない所を見せてしまったわね」
「平気か?」
「ええ、もう大丈夫」
憑き物が取れたようである。
沙雪が手を当て、怪我を冷やしてくれた。
ひんやりと気持ちが良い。
「……二人とも、ありがとう」
蒼影と叉門は顔を見合わせ、微かに笑った。
「狼共に、何かご馳走するか」
「すぐ用意するわ」
「かたじけない。我がまだ『普通の狼』だった折の、群れの子孫だ」
いつしか、沙雪の廻りには、狼達が集まっていた。
◆ 弐 ◆
「状況を整理するか」
狼達にお礼をし、山に返した後、三人……二人と一匹は、沙雪の部屋に居た。
「沙雪の姉さんを殺したのは、クレイダスの組織で、その目的は、不老長寿。
実験、つまり儀式を行った所、姉さんの生命力が、近くに居た沙雪に移った。
組織のやつらにすれば、それは予定外だった。
組織は目的が達成できず沙雪を追いかけた。
沙雪は壁を越えて、このエリアにやってきた。
それでも組織は諦めずに、数百年研究を続けながら追いかけてきた。
ざっとこんなとこか?」
沙雪が言葉を継ぐ。
「補足するならば、あいつらが姉さんを刺した刀は
“雪風”の兄弟とも言える刀だったの」
「『真打』と『影打』か」
刀匠が刀を打つ時は、一般的に数本を同時に製作する。
その内最も出来の良い物を「真打」、それ以外を「影打」と呼ぶ。
「“雪風”を『媒介』と呼んでいたから、儀式に必要な物だったのかもしれないわ」
「沙雪の血だけじゃなく、“雪風”も狙ってたのか」
沙雪は蒼影の毛並みを撫でながら、うなづく。
「でも、なんでここが解ったんだろうな」
「それはきっと……封印を解いたから」
「げ、あの直後じゃねーか」
「魔法の道具を感知する魔法もあるのよ。
あたしの血を探知して、嗅ぎ付けられていたのかも」
「どんな執念だよ……」
叉門も、蒼影の背中をわしわしとする。
「さて、本題だ」
沙雪と蒼影を見る。
「あなたは、遠くに逃げれば良いわ。
あいつらはあたしと刀に用があるだけのはずだから」
「俺がそんなまだるっこしいことすると思うか?」
頑固さは既に知っている。
「言ってみただけよ。でも、本音の半分でもあるわ」
そこで、一息ついて、
「もう半分は……あの刀は、姉さんと義兄さんの形見だから。
それに、次はきっと、姉さんの末裔が、狙われる」
「俺はもう“雪風”と一心同体だ。だから、取り戻す」
「主の御心のままに」
三者三様ながら、気持ちは一つだった。
「次に、戦力の確認だ。
沙雪のアレは切り札だが、敵にも手の内は知られてる」
「発動までに17秒。一度使ったら、その後は17分使えないわ」
「隙も大きいわけか」
腕を組む。
「さっきみたいな、手で触れて冷やすとかはどうだ?」
「直接触れないと、効果は無いわ。
それと、攻撃するほどの冷たさは無い」
「応用は、その場その場で考えるしか無いな」
蒼影に向き直る。
「影に潜れるのは、『幻影』だけか?」
「我自身も潜り得るが、幻影に比べ消耗が激しき也。
尚、攻撃されれば回避の術は無い」
「こいつも使い所次第だな」
多少の作戦を練った後、沙雪がポツリと言う。
「組織の居場所が解らないわ」
「それは俺に任せろ」
自信満々の叉門。
「封印を解いてから間を空けずに襲撃が来たってことは、
そう遠くない所に拠点があるってことだ」
「それはそうね」
「俺と“雪風”は一心同体だ。なんとなく、方向が解る」
直感だけで生きてきた男の感覚は、あながち外れてもいなかった。
◆ 参 ◆
蒼影の鼻も頼りつつ、組織の拠点を探り当てた一行。
「二人か……しょっぱなは勘付かれずに行きたいな」
見張りの様子を伺っている。
「あたしの存在を魔法で感知されているかもしれないわ。
対抗する手段を持っていないから」
「いずれにせよ、時間は掛けられない……よし、原始的な手段で行くか」
また叉門は蒼影に耳打ちした。
「むぅ……相解った……」
蒼影が反対側に回り込む。
「キャンキャン!!」
可愛らしい子犬のようなの鳴き声だ。
叉門は吹き出すのを堪えた。
きっと、蒼影が人間なら、顔を真っ赤にしているに違いない。
見張りの片方が、蒼影の居る方に近づいていく。
当然、入り口に残ったのは一人である。
小石を投げる。
残った見張りが、音に気を取られている間に、肉薄する。
「なっ、うわぁ! てっ、敵しゅ……」
ドサッ。
気絶させた後、蒼影と合流する。
見張りの二人の武器をはぎとり、入り口から見えない所に縛り付けておく。
狼の群れで撃退したせいか、抵抗してくる手勢は少なかった。
研究一筋の非戦闘員もいた。
一室に固まっていたゴロツキどもは、氷漬けにした。
おかげで中枢部までスムーズに進んだ。
とある一室に入ると、警報が鳴り響いた。
「侵入者よ、よく来たね」
「その声は、クレイダス!」
クレイダスの姿は見えない。
「まぁ、ゆっくりしていきたまえ」
前後の扉が閉まる。
「ちっ、罠か!」
「その部屋は侵入者しか入らないように出来ている。
ここの構造自体がね」
轟音と振動。
「こいつはやべぇな」
水が流れ込んでくる。
「凍らせても、脱出できない……」
「ここじゃ俺らが凍え死ぬ」
部屋中に水がいっぱいになる。
打開策が思いつかないまま、濁流に飲まれ、叉門達は意識を手放した。
◆ 肆 ◆
「お目覚めかい」
「うう……お前は……クレイダス!」
気がつくと、どこかの台の横になり、
手首・足首・腰・腕などが厳重に縛りつけにされている。
周りには沙雪も同じように寝かされている。蒼影の姿は見えない。
「丸腰で来るとは愚か者め」
「俺は、あいつから刀を貰った。だから、あれは俺の刀だ」
「気に食わないな、立場を解らせてやる」
叉門の顔を殴りつける。
「へっ、蚊が止まったくらいにしか感じねぇな」
クレイダスの顔が醜く歪む。これではどちらが殴ったか解らない。
「どこまでも僕の意思にはむかうやつらめ!
いいさ、もうじき僕は目的を達成する。
その時は貴様達は用済みだ」
目的は例の『不老長寿』か。
部屋の中心には、“雪風”が繋がれた台座がある。
生命力を移し変える儀式に使う装置だろうか。
部下が沢山いるかと思ったが、二人くらいしかいない。
酷く、怯えている様子だ。
「何をするつもりだ?」
「フッ……愚か者でも僕の研究に興味があると見える」
クレイダスは少し機嫌を持ち直し、踵を返す。
両腕を腰の後ろで組み、ゆっくりと歩く。
「生命力の転移というのは……貴様達にも教えてやった通りだが。
特殊な能力の発現は未知の領域だった。
だが、魔法科学の発展と共に、我が組織の研究により、解明されつつある」
そこで、一息つく。
「『精霊力』、つまり身体的な生命力とは別に、『自然と同調する能力』と
魔法や異能の相関関係があることが解ってきたのだよ」
抑揚がつき、声が大きくなる。
「その精霊力を操ることができれば、数百年前と同じことを!
異能を意図的に発現させることも可能というわけだよ!」
完全に自分の世界に陶酔している。
「その為に、沙雪を利用しようってわけか……」
「ん……? あぁ、その女、沙雪と言うのか。
貴様も生命力はかなりの数値を示しているからな。
“魔女”ほどの『不老』は手に入らなかろうが……」
「その呼び方をするんじゃねぇ!」
激する。
どれだけの哀しみを背負っているのか知らない者が、そう呼ぶことに苛立ちを覚えた。
「“魔女”と言われるのが腹立たしいか?
そろそろ“魔女”も目覚めているかもしれないな。
“魔女”の耳に入ると困るのか?
それとも貴様、“魔女”のことがそんなに――」
ギリギリと歯噛みをした。
今まで、誰かの為に行動することには関心が無かった。
何故、そこまで激しい怒りを覚えるのかは自分でも解らなかった。
――その時
ガッシャーン!
“雪風”の台座に、影を落としているのは、立派な毛並みを持つ獣。
「あの時の狼か! 一体どこに!?」
蒼影は沙雪の影に潜りこみ、ずっと機会を伺っていた。
部下達が部屋を出て行き、クレイダスが叉門に掛かりきりになった、この時を。
“雪風”を咥えて、音も無く部屋から走り去る。
「小癪な! その狼を捕らえろ!」
追いかけてクレイダスも部屋を出ていく。
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