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 【 “17”と呼ばれし魔女  】  作者: お~とらいぶらり
 【 本編 (完結済) 】
10/21

 [ 10 形見 ]

 

 【“17”と呼ばれし魔女】――――≪コールド17≫(セヴンティーン)



★★★★★★★★★★★★★★★★★



「よう、いつからそこに居た?」


 蒼影は門の所まで出迎えに来ていた。


「主が門を出て()の方だ」


 沙雪は蒼影に一瞥をくれると、そのまま奥へ歩いて行く。


「へぇ、感心なこった」


 この主従に多くの言葉はいらないらしい。


「主に此処(ここ)で待てと仰せ遣ったのだ。()れに従ったまで」


 ある種、律儀である。



「俺の影から覗いてたのもか?」 


 蒼影に焦りの態度が現れる。


「むっ、気づいていたか」


「俺も感覚だけは“普通”じゃないんでな」


 過保護な蒼影が遠出をあっさり許すとは考えにくい。

 

「此度の件、主には黙っていてくれまいか」


「別にいいぜ。んで、どうやったんだ?」



 蒼影が身震いをすると、叉門の影から、漆黒の分身が歩み出た。


「集中をすれば、我が分身の視覚を共有できる」


「それじゃ、告げ口しに行くか」


 と言って歩き出す。


「なっ、お主!」


 振り返って舌を見せる。


「冗談だよ。さっき笑ったお返しだ」


 負けず嫌いな叉門だった。




 広間で待っていた沙雪に追いつくと。


「随分と仲良くなったのね」


「お蔭さんで」

 

 理由である当の本人はそのことに無頓着で。


「また、明日」


「……ん? …………ああ」


 就寝の挨拶だと気づいた時には、沙雪は既に自室に入っていた。




   ◆  弐  ◆

 


 翌日、一行は広間に集まっていた。


 蒼影がソファを移動させ、器用に絨毯を剥がす。

 沙雪は壁掛け時計の蓋を開け、振り子をいじる。


 すると、ソファの置いてあった場所に、地下室への階段が現れた。



「おいおい、隠し部屋かよ」


 沙雪と蒼影に着いて降りていく。

 薄暗い地下室に明かりが灯る。

 魔力灯に沙雪が魔力を注ぎ込んだのだろう。



 物置になっているらしい部屋で、厳重に仕舞われた細長い箱があった。

 沙雪はそれを渡してくる。


「こいつは……」


 見慣れない上等な桐の箱だ。

 そして、侍である叉門には、見慣れた長さ。



「あたしには姉が居たの。

 姉さんの旦那は刀鍛冶で、最後に(こしら)えたのがこの一振り」


 刀は侍の魂。切っても切り離せないものである。 

 愛刀は自らの分身と言っても良い。


 そして、刀鍛冶にとっては「子」同様の存在。

 だからこそ、軽々しく受け取って良い物では無い。



「そんなもんを、開けちまって良いのか?」


「あたしでは開けられないの」


 何かの力が働いているのかもしれない。





「でも、もしかしたら……あなたならば」


 侍の(さが)か、一目拝んでみたい気持ちはある。

 触れてみるくらいは良いだろう。

 封印が解けないのならば、それも叶わないことだ。



 恐る恐る手を伸ばす。

 封印に手を掛けた途端、パチッと何かが弾ける。


「何だ?!」


 次の瞬間には、封印がほどけていた。



「あなたは、この刀に認められた」


 箱を開けると、見事な意匠の刀が姿を現す。

 華美ではないが、質実剛健。

 色艶(いろつや)も良く、まるで新品のようだ。

 それでいて、成熟した趣がある。


 (つば)に親指を掛けると、吸い付いてくるような気がした。



(……お前は、俺を選ぶってのか。こんな、“ろくでなし”を)


 脳裏に刀がぼんやりと光る幻を見た。

 (うけが)う意思を感じた。



「頂戴、する……」


 腰に帯びると、身が引き締まる想いがした。


 沙雪と蒼影を地下室に残し、庭へ急ぐ。

 今すぐに刀身を解放してやりたかった。

 風を斬りたかった。


 刀自身も、それを望んでいるような気がした。





 音も無く抜き放つ。




 ……ヒュッ!   軽く一振り。



 自分が刀に、そして風になったようだ。

 刀が自身になったような錯覚。

 意識が研ぎ澄まされ、拡がっていくような感覚。




 残心――――血振り。 そして納刀。



 無為自然に流れる一連の動作。



 集中し抜刀すると、旋風(つむじかぜ)旋風が巻き起こる。

 手にしただけで、風を断ち斬れる鋭さが自身のものとなる。

 『刀と一体になる』感覚を、叉門は体験した。



 振り返ると、沙雪と蒼影も上がってきていた。



「お気に召したようね」


「手に馴染む…………こいつは『俺自身』だ」


 感覚が収束し、“通常”に戻っていく。


「そう――ならそれは、あなたのものよ」


「ありがたく、受け取らせて貰う」


 沙雪は、何か思案して。


「銘は、まだ無いわ。あなたが決めて」


雪風(ゆきかぜ)……こいつが、そう言ってる気がする」


 それから、叉門はしばらく“雪風”を振っていた。




   ◆  参  ◆



 叉門が広間で刀の手入れをしていると、蒼影が走り込んできた。

 館の周囲を見回っていたが、すぐに戻ってきたのだ。


「主よ……何者かが、此の館を囲んで居る様です」


 蒼影の警戒心は恐ろしく高い。

 それは叉門も出会った時に実感したばかりだ。


「庭で出迎えましょう」


 遮蔽物のほとんど無い広い庭なら、奇襲を掛けにくい。

 そういう場所を選んで棲みついたのかもしれない。


 さらに言えば、沙雪の能力を効果的に使える。

 館の部屋を氷漬けにしてしまうのは沙雪達が困る。



 叉門は“雪風”の鯉口を切り、刀身を僅かに露出させる。

 研ぎ澄まされた聴覚が、館の壁と、塀越しの足音を聞き分ける。


「三十人ってとこか……」


 再び刀を納め、帯刀する。

 以前のナマクラ刀は、蒼影との戦いでボロボロになっている為、置いていく。



「蒼影、ちょっといいか?」


 叉門は蒼影に耳打ちした。




   ◆  肆  ◆



 沙雪と叉門が、噴水の前まで歩き、止まる。

 正門まで遮る物はない。

 見えない所から動揺と、殺気が生まれる。



「隠れてないで出て来いよ」


 それに応えてか、(かんぬき)ごと門が吹き飛ぶ。

 正面には、白衣をまとった細身の男。


「お招き戴いたからには、正々堂々と行こうか。

 僕はクレイダス。研究者だ」


 嫌味たっぷりに言いながら、歩いてくる。

 覆面で顔を隠した供を数人連れている。

 荒事はこいつらに任せているのか。



「おぉ、これはこれは、ミス・セヴンティーン。

 噂通り、数百年前のままの姿」


 沙雪のことを知っている。

 ただの物盗りなどではない。


「随分と、ふざけた訪問ね」


「探したよ。隣のエリアまで追いかけてきてしまった」


 沙雪が沈黙する。


「てめぇら、何が目的だ?」


 『数百年前』を知って、なお近づいてくる者……。


「そちらの“魔女”は、想像がついているみたいだけどネ」


 横を見ると、沙雪が震えている。



「まさか……、残っていたなんて……」


 あの沙雪に、あからさまに感情が溢れ出している。

 それは驚きと、恐れと、――怒り。



「そうだ。お前の姉を殺した“組織”の後継者だよ」


「どうして姉さんを!」


 これほど強い語気の沙雪は初めて見る。


「必要な犠牲だった。実験は失敗に終わったがね。

 まぁそれも、礎となる」


 怒りの炎が吹き出す。


「実験、ですって? あんた達のくだらない遊びの為に!!」


「遊びとは心外な。我々は大真面目だよ。崇高なる目標の為」


 男はいよいよもって饒舌だ。

 自らの研究をひけらかしたい欲を抑えられないらしい。



「そこの男は――あながち部外者、というわけでもないか」


 叉門の刀を目にし、独りごちる。


「まぁ良い。死人に口なしだ。一緒に片付ければ済む」


 クレイダスは咳払いをし、続ける。



「人類が長年掛けて追い求める不老長寿の夢。

 それを明らかにしようというのだ!

 浪漫に溢れているではないか」


 それで、沙雪というわけか。


「生命力の転移、それがこの計画の主幹だ。

 ミス・セヴンティーンの一族の血に、高い適性があることが解っている」



 叉門は、沙雪の肩を引き戻す。

 はらわたが煮えくり返る思いは同じだ。

 しかし、頭に血が昇った状態では、敵の思うツボだ。

 それに、情報はなるべく引き出した方が得策だ。



「しかし、転移先が変わってしまうとは……血縁に反応したのかもしれん。

 もしくはあの女が死に際に小細工をしたか。

 いずれにせよ、課題は山積みだ」


 またブツブツと独り言を始めた。

 今もなお、頭の中は研究でいっぱいらしい。


「え……」


 沙雪が狼狽(うろた)えている。

 それに気がついたのか、クレイダスが再びこちらに注意を向ける。




 トクン。



「あぁ、知らなかったのか」



 目を、(そむ)けて来ただけなのかもしれない。



「そうとも」



 トクン……。



 呪いだと思っていた。



「お前に異常な力が宿ったのは――」



 ドクン……、ドクン……。



 無意識に、思い込もうとしていたのだろう。



『姉の生命力が流れ込んだからだ』



 閃光が弾ける。

 脳裏に、あの日の出来事がフラッシュバックする。




――倒れた姉が、こちらに手を伸ばす。


――振り下ろされる刀。


――力を失う姉の腕。


――突き立ったままの刃。


――拡がっていく血だまり。


――姉の体から、白い光が満ちる。


――眩しくて目を開いていられなくなり……。


――気がついた時には、周囲の全ての物が氷つき。


――自分を中心として円を描くように、白銀の空間が生まれていた。




 この身を包んでいるのは呪いではなく、姉の加護であった。

 それを認めるということは、姉の死を「真に受け入れる」ことであり――――。



「嫌ぁぁぁぁぁっ!!」


 沙雪の髪が、服が、浮き上がる。


「沙雪!」


 叫んだが、沙雪の耳には届いていない。



「ちぃっ!」


 叉門は仕方なく、後ろに(はし)る。


 手加減無しの≪凍れる白銀の拾七/コールドセヴンティーン≫。

 辺り一帯に『マイナス17℃の冷気』が吹き荒れる。



 クレイダスは慌てる様子も無く、数歩下がりつつ、ポケットに手を突っ込む。

 供の者達が、小型の盾をかざし、クレイダスの前に立つ。



「我が組織を壊滅寸前に追い込んだ異能の力。

 数百年もの間、対策もせずに来たわけではないのだよ」


 マジックパック――魔法が封じ込められた筒を2つ解放する。



≪耐寒/コールドレジスト≫



≪魔法盾/マジックシールド≫


 寒さをしのぐ魔法と、魔法耐性の強化魔法(バフ)である。



 沙雪からクレイダスまでの距離はおよそ16m。

 吹雪は17mを越えて届かないことは、数百年前の惨状から調査済みだ。

 丁度、射程ギリギリの所で、耐える実験を兼ねている。


「ふむ……ダメージは無いとは言え、流石に肌寒いな」



 最も近くに居た叉門が、一瞬で範囲外に出られるわけが無い。


「暴走して同士討ちとは、露払いの手間が省けたか」


 吹雪はまだ続いている。


 敷地の周囲を見張る手数を残し、門から第二陣が突入してくる。

 ここまで予定通りだ。



「魔女は吹雪を即座に再使用できないはずだ。

 吹雪が収まり次第、拘束しろ!」


 17秒が経過すると、視界が戻ってくる。


 男達が、吹雪の吹き荒れていた範囲の中心、沙雪に突撃する。




「おいおい、大勢で掛かるなんて、ちょいと大人気(おとなげ)ないだろ」


 噴水の上に、刀をかざした叉門が立っていた。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆★★★★★★★



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