[ 10 形見 ]
【“17”と呼ばれし魔女】――――≪コールド17≫
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「よう、いつからそこに居た?」
蒼影は門の所まで出迎えに来ていた。
「主が門を出て此の方だ」
沙雪は蒼影に一瞥をくれると、そのまま奥へ歩いて行く。
「へぇ、感心なこった」
この主従に多くの言葉はいらないらしい。
「主に此処で待てと仰せ遣ったのだ。其れに従ったまで」
ある種、律儀である。
「俺の影から覗いてたのもか?」
蒼影に焦りの態度が現れる。
「むっ、気づいていたか」
「俺も感覚だけは“普通”じゃないんでな」
過保護な蒼影が遠出をあっさり許すとは考えにくい。
「此度の件、主には黙っていてくれまいか」
「別にいいぜ。んで、どうやったんだ?」
蒼影が身震いをすると、叉門の影から、漆黒の分身が歩み出た。
「集中をすれば、我が分身の視覚を共有できる」
「それじゃ、告げ口しに行くか」
と言って歩き出す。
「なっ、お主!」
振り返って舌を見せる。
「冗談だよ。さっき笑ったお返しだ」
負けず嫌いな叉門だった。
広間で待っていた沙雪に追いつくと。
「随分と仲良くなったのね」
「お蔭さんで」
理由である当の本人はそのことに無頓着で。
「また、明日」
「……ん? …………ああ」
就寝の挨拶だと気づいた時には、沙雪は既に自室に入っていた。
◆ 弐 ◆
翌日、一行は広間に集まっていた。
蒼影がソファを移動させ、器用に絨毯を剥がす。
沙雪は壁掛け時計の蓋を開け、振り子をいじる。
すると、ソファの置いてあった場所に、地下室への階段が現れた。
「おいおい、隠し部屋かよ」
沙雪と蒼影に着いて降りていく。
薄暗い地下室に明かりが灯る。
魔力灯に沙雪が魔力を注ぎ込んだのだろう。
物置になっているらしい部屋で、厳重に仕舞われた細長い箱があった。
沙雪はそれを渡してくる。
「こいつは……」
見慣れない上等な桐の箱だ。
そして、侍である叉門には、見慣れた長さ。
「あたしには姉が居たの。
姉さんの旦那は刀鍛冶で、最後に拵えたのがこの一振り」
刀は侍の魂。切っても切り離せないものである。
愛刀は自らの分身と言っても良い。
そして、刀鍛冶にとっては「子」同様の存在。
だからこそ、軽々しく受け取って良い物では無い。
「そんなもんを、開けちまって良いのか?」
「あたしでは開けられないの」
何かの力が働いているのかもしれない。
「でも、もしかしたら……あなたならば」
侍の性か、一目拝んでみたい気持ちはある。
触れてみるくらいは良いだろう。
封印が解けないのならば、それも叶わないことだ。
恐る恐る手を伸ばす。
封印に手を掛けた途端、パチッと何かが弾ける。
「何だ?!」
次の瞬間には、封印がほどけていた。
「あなたは、この刀に認められた」
箱を開けると、見事な意匠の刀が姿を現す。
華美ではないが、質実剛健。
色艶も良く、まるで新品のようだ。
それでいて、成熟した趣がある。
鍔に親指を掛けると、吸い付いてくるような気がした。
(……お前は、俺を選ぶってのか。こんな、“ろくでなし”を)
脳裏に刀がぼんやりと光る幻を見た。
肯う意思を感じた。
「頂戴、する……」
腰に帯びると、身が引き締まる想いがした。
沙雪と蒼影を地下室に残し、庭へ急ぐ。
今すぐに刀身を解放してやりたかった。
風を斬りたかった。
刀自身も、それを望んでいるような気がした。
音も無く抜き放つ。
……ヒュッ! 軽く一振り。
自分が刀に、そして風になったようだ。
刀が自身になったような錯覚。
意識が研ぎ澄まされ、拡がっていくような感覚。
残心――――血振り。 そして納刀。
無為自然に流れる一連の動作。
集中し抜刀すると、旋風旋風が巻き起こる。
手にしただけで、風を断ち斬れる鋭さが自身のものとなる。
『刀と一体になる』感覚を、叉門は体験した。
振り返ると、沙雪と蒼影も上がってきていた。
「お気に召したようね」
「手に馴染む…………こいつは『俺自身』だ」
感覚が収束し、“通常”に戻っていく。
「そう――ならそれは、あなたのものよ」
「ありがたく、受け取らせて貰う」
沙雪は、何か思案して。
「銘は、まだ無いわ。あなたが決めて」
「雪風……こいつが、そう言ってる気がする」
それから、叉門はしばらく“雪風”を振っていた。
◆ 参 ◆
叉門が広間で刀の手入れをしていると、蒼影が走り込んできた。
館の周囲を見回っていたが、すぐに戻ってきたのだ。
「主よ……何者かが、此の館を囲んで居る様です」
蒼影の警戒心は恐ろしく高い。
それは叉門も出会った時に実感したばかりだ。
「庭で出迎えましょう」
遮蔽物のほとんど無い広い庭なら、奇襲を掛けにくい。
そういう場所を選んで棲みついたのかもしれない。
さらに言えば、沙雪の能力を効果的に使える。
館の部屋を氷漬けにしてしまうのは沙雪達が困る。
叉門は“雪風”の鯉口を切り、刀身を僅かに露出させる。
研ぎ澄まされた聴覚が、館の壁と、塀越しの足音を聞き分ける。
「三十人ってとこか……」
再び刀を納め、帯刀する。
以前のナマクラ刀は、蒼影との戦いでボロボロになっている為、置いていく。
「蒼影、ちょっといいか?」
叉門は蒼影に耳打ちした。
◆ 肆 ◆
沙雪と叉門が、噴水の前まで歩き、止まる。
正門まで遮る物はない。
見えない所から動揺と、殺気が生まれる。
「隠れてないで出て来いよ」
それに応えてか、閂ごと門が吹き飛ぶ。
正面には、白衣をまとった細身の男。
「お招き戴いたからには、正々堂々と行こうか。
僕はクレイダス。研究者だ」
嫌味たっぷりに言いながら、歩いてくる。
覆面で顔を隠した供を数人連れている。
荒事はこいつらに任せているのか。
「おぉ、これはこれは、ミス・セヴンティーン。
噂通り、数百年前のままの姿」
沙雪のことを知っている。
ただの物盗りなどではない。
「随分と、ふざけた訪問ね」
「探したよ。隣のエリアまで追いかけてきてしまった」
沙雪が沈黙する。
「てめぇら、何が目的だ?」
『数百年前』を知って、なお近づいてくる者……。
「そちらの“魔女”は、想像がついているみたいだけどネ」
横を見ると、沙雪が震えている。
「まさか……、残っていたなんて……」
あの沙雪に、あからさまに感情が溢れ出している。
それは驚きと、恐れと、――怒り。
「そうだ。お前の姉を殺した“組織”の後継者だよ」
「どうして姉さんを!」
これほど強い語気の沙雪は初めて見る。
「必要な犠牲だった。実験は失敗に終わったがね。
まぁそれも、礎となる」
怒りの炎が吹き出す。
「実験、ですって? あんた達のくだらない遊びの為に!!」
「遊びとは心外な。我々は大真面目だよ。崇高なる目標の為」
男はいよいよもって饒舌だ。
自らの研究をひけらかしたい欲を抑えられないらしい。
「そこの男は――あながち部外者、というわけでもないか」
叉門の刀を目にし、独りごちる。
「まぁ良い。死人に口なしだ。一緒に片付ければ済む」
クレイダスは咳払いをし、続ける。
「人類が長年掛けて追い求める不老長寿の夢。
それを明らかにしようというのだ!
浪漫に溢れているではないか」
それで、沙雪というわけか。
「生命力の転移、それがこの計画の主幹だ。
ミス・セヴンティーンの一族の血に、高い適性があることが解っている」
叉門は、沙雪の肩を引き戻す。
腸が煮えくり返る思いは同じだ。
しかし、頭に血が昇った状態では、敵の思うツボだ。
それに、情報はなるべく引き出した方が得策だ。
「しかし、転移先が変わってしまうとは……血縁に反応したのかもしれん。
もしくはあの女が死に際に小細工をしたか。
いずれにせよ、課題は山積みだ」
またブツブツと独り言を始めた。
今もなお、頭の中は研究でいっぱいらしい。
「え……」
沙雪が狼狽えている。
それに気がついたのか、クレイダスが再びこちらに注意を向ける。
トクン。
「あぁ、知らなかったのか」
目を、背けて来ただけなのかもしれない。
「そうとも」
トクン……。
呪いだと思っていた。
「お前に異常な力が宿ったのは――」
ドクン……、ドクン……。
無意識に、思い込もうとしていたのだろう。
『姉の生命力が流れ込んだからだ』
閃光が弾ける。
脳裏に、あの日の出来事がフラッシュバックする。
――倒れた姉が、こちらに手を伸ばす。
――振り下ろされる刀。
――力を失う姉の腕。
――突き立ったままの刃。
――拡がっていく血だまり。
――姉の体から、白い光が満ちる。
――眩しくて目を開いていられなくなり……。
――気がついた時には、周囲の全ての物が氷つき。
――自分を中心として円を描くように、白銀の空間が生まれていた。
この身を包んでいるのは呪いではなく、姉の加護であった。
それを認めるということは、姉の死を「真に受け入れる」ことであり――――。
「嫌ぁぁぁぁぁっ!!」
沙雪の髪が、服が、浮き上がる。
「沙雪!」
叫んだが、沙雪の耳には届いていない。
「ちぃっ!」
叉門は仕方なく、後ろに疾る。
手加減無しの≪凍れる白銀の拾七/コールドセヴンティーン≫。
辺り一帯に『マイナス17℃の冷気』が吹き荒れる。
クレイダスは慌てる様子も無く、数歩下がりつつ、ポケットに手を突っ込む。
供の者達が、小型の盾をかざし、クレイダスの前に立つ。
「我が組織を壊滅寸前に追い込んだ異能の力。
数百年もの間、対策もせずに来たわけではないのだよ」
マジックパック――魔法が封じ込められた筒を2つ解放する。
≪耐寒/コールドレジスト≫
≪魔法盾/マジックシールド≫
寒さをしのぐ魔法と、魔法耐性の強化魔法である。
沙雪からクレイダスまでの距離はおよそ16m。
吹雪は17mを越えて届かないことは、数百年前の惨状から調査済みだ。
丁度、射程ギリギリの所で、耐える実験を兼ねている。
「ふむ……ダメージは無いとは言え、流石に肌寒いな」
最も近くに居た叉門が、一瞬で範囲外に出られるわけが無い。
「暴走して同士討ちとは、露払いの手間が省けたか」
吹雪はまだ続いている。
敷地の周囲を見張る手数を残し、門から第二陣が突入してくる。
ここまで予定通りだ。
「魔女は吹雪を即座に再使用できないはずだ。
吹雪が収まり次第、拘束しろ!」
17秒が経過すると、視界が戻ってくる。
男達が、吹雪の吹き荒れていた範囲の中心、沙雪に突撃する。
「おいおい、大勢で掛かるなんて、ちょいと大人気ないだろ」
噴水の上に、刀をかざした叉門が立っていた。
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