第九話〜勝利〜
ようやく消えた第九話を復元できました。読者の皆様には大変お待たせいたしましたm(_ _)m
書いている話が消えるのは本当に辛いですね。全く書く意欲というのが湧いてきませんでした。
デコーズとボコズのデコボコ兄弟、もとい岩石兄弟との闘いが終わり、兄弟がメチャクチャにぶっ壊した闘技場もすぐさま修復がなされ、レイルとカルナスは舞台の上で相対していた。
さっきの激しい戦闘を物語るようにレイルのズボンは破けているが、然れどもレイルは意気軒昂。その闘気は充足している。逆に物足りないくらいであった。
「さてさて、ようやくお前さんのご登場か。ったく、遠慮しねぇで三人一緒にかかってくりゃいいってのに、遠慮なんかしやがって面倒くせぇ奴だな」
「遠慮ではないさ。さっきの戦いでキミの動きはよく観察させてもらった。君を倒す算段は、もうついているよ」
「にはは、そいつは楽しみだ。さぞ俺を楽しませてくれるんだろうな」
「余裕でいられるのもここまでだよ。言っておくが、僕はあの兄弟よりも強い」
そう言って、カルナスは腰から剣を抜いた。その意匠は最初に会った時とは真逆であり、余計な飾りなどを付けておらず、質実剛健としていた。
長さは普通の剣とは変わらないが、やや肉厚な刀身をしており見た目だけでも頑丈だと分かる一振りであった。
「ほお、良い剣のようだな。あの時の鈍よりかはマシな物を出してきたようだな」
「この剣の材質は、竜種の鱗をも断つと言われているダグラマイト鉱石だ。君の馬鹿力では壊す事のできない剣を、本家から特別に借りてきた。君には些か過ぎた代物だろうけど、逆に栄誉だろう?」
「にっはっは、竜の鱗を断つってか? そいつは楽しみだなぁ。どれ、一回振ってみろよ」
相変わらず、レイルは笑顔のまま立っているだけだ。逆に、竜の鱗を断つと言われているその剣の一撃が楽しみで仕方なかった。
生物の頂点に君臨すると言われている竜の鱗は非常に頑強であり、並の武器では傷すら付けられないとされている。
自身の肉体の頑強さを疑わぬレイルにとって、最高峰の硬度を持つ竜の鱗すら断てると言われた剣は、最高の魅力的であった。何故なら、竜の肉体と自身の肉体を競う事になるのだから。
本来ならば竜種と直に会って力比べをしたいのだが、竜種はグランパル大陸でも殆んど目撃例が見られぬ最高の希少種だ。ならば、カルナスの持つ剣で比べようではないか。
──レイルはこの決闘で初めて、魔力杯から魔力を使った。
「ふん、頑丈さと馬鹿力だけがご自慢のようだが、これで終わりだよ!」
カルナスは駆ける。その手には竜の鱗を断つ名剣を携えて。
レイルは佇む。竜の鱗を断つという名剣を受けるために。
カルナスの持つ名剣は、たしかに本物である。その材料に使われたダグラマイト鉱石は非常に高い硬度を誇っており、その加工には熟練の技術が必要とされていて流通していない。
だがその強度は竜種の爪を防ぎ、過去の騎士たちもそれを用いて竜を討伐した事がある。素材としては間違いなく一級品の分類に入るだろう。
しかしだ、何事にも常に例外は付きまとい、時には常識に当てはまらない事もある。
それが今だ。
「──ぐっ!」
左肩から右の腹にかけて振るわれた、鋭い痛烈な一撃。だかカルナスの手から伝わってきたのは、硬い鉄の棒を地面に叩きつけたようよ、手が痺れてしまうそんな感触だった。
見れば、カルナスの剣はレイルの首にピタリと止まっていた。剣を押し込んだ痕はできているが、それだけだ。
かの名剣は、レイルを斬るには至らなかったのだった。
「……なんだ、魔力杯から魔力を使ったってのに、血すら流れねぇじゃんか。俺が知っている竜の鱗だと、その剣なんかポッキリ折っちまうぞ?」
レイルは、父のヴリトラと一緒に暮らしていた時に、何度も父と手合わせをしている。その時から竜に慣れ親しんでいるからこそ、初めてその剣を警戒したのだが、とんだ拍子抜けであった。
たしかに、ダグラマイト鉱石の剣は過去に竜種を倒してはいるが、そのどれもが竜種の幼体であったり最下位の竜種ばかりである。それでも十二分に凄い事なのだが、文字通りレイルは中身が違うのだ。
一級の鍛治師が打ち鍛え一級の使い手が振ればまた結果は違ったのだろうが、カルナスの場合はそのどちらでもない。故にこの結果は必定であり必然であった。
「なんか期待外れだな。どれ、それじゃあ俺も一発……」
「っ!? 【雷転】!」
「【槌拳】」
振るわれたレイルの拳は空を切るが、その拳圧は巨大な破城槌が如く地面を砕き容易に陥没させる。
当たれば必墜の一撃だが、カルナスは瞬くような疾さを得てレイルの攻撃を紙一重で回避する。あと数瞬でも遅ければ、その代償として手か足のどれかが持っていかれただろう。
「ほお、雷属性の俊足の加護か。それなら俺の一撃も避けれるな」
「馬鹿力と頑丈さだけでは、この僕には勝てないよ」
「それじゃあ、そこに疾さも加えてやろう──」
目の前の光景を、カルナスは疑わずにはいられなかった。
レイルの攻撃を避け、距離をとり彼我との差は5m程。しかしカルナスが瞬きをすれば、何時の間にか目前にはレイルが立っていた。
見えてなどいなかった。生物としての咄嗟の防衛本能であった。ただの直感で剣を腹に当てると、途轍もない爆発が腹に生じた。
何の事は無い。ただレイルがおもむろに足を振り上げて蹴っただけだ。しかしその威力は筆舌に尽くし難い。
剣はひしゃげる程に曲がり、腕の骨が軋む音が聞こえ、思わず腹の内容物を吐き出したくなる圧迫感。
カルナスは、宙を飛ぶという感覚を味わっていた。そして観客は思う。ただの蹴りだけで、人を飛ばす事ができるのかと。
地面に落ちたカルナスは二回三回とバウンドし、レイルに蹴られた衝撃で蹲り咳き込み。
「うっ! げほっげほっ、ごほっ! かはっ!」
「いやぁ、本当に丈夫な剣だなぁおい。それでいて柔軟でしなやかだ。ただ頑丈なだけじゃ、ポッキリ折れてただろうな」
「げほっげほっ! この、平民風情がぁ……貴族たる僕を足蹴にして、無事で済むと思うなよ!」
「無事じゃ済まねぇってか? 上等だぜ。だったらどうしてくれるってんだ?」
「僕の最大魔法で消し炭にしてくれる!」
天に手をかざせば、晴れていた筈の空が暗雲に包まれる。黒々とした雲の隙間からは、ゴロゴロと不穏な音が響き光が瞬く。
「『一条の光芒、瞬き痺れるプルタリウスの指、眠りを妨げる雷神の寝息、天を見ろ、空を仰げ、雲海に沈んでは浮上し、己の矮小さを知れ』──【雷神のいびき】!!」
それは、天上にて安眠をしている、雷神のささやかな寝息。それは暗雲を裂き、天上と地上を瞬きの間に切り裂きながら繋ぎ、一直線に落ちてきた。
雷属性の中級魔法──【雷神のいびき】。雷を司る雷と言われている雷神ゼウサリアが、寝ている際にかいたいびきが雷となって降り注いだという逸話を持つ、広域殲滅魔法。その雷は空を焼き、対象の周囲を雷撃と衝撃で消し炭にする威力を持つ。
本来は小隊から中隊規模の勢力に使うのであって、間違っても個人に使用していい魔法ではない。殺し過ぎだ。
余談だがパルス王国にも正当防衛のような法律はあるのだが、中級以上の魔法で殺傷した場合は正当防衛は適用されないとされている。
そんな規格外の魔法を真っ正面から受ければ、無事では済まないだろう。辺りは雷撃による衝撃で煙が覆い、熱気と焦げ臭さが漂ってきている。
「はあ、はあ、はあ、はあ……ど、どうだ、思い知ったか僕の力を。騎士でありながら中級の魔法を使える、この僕の方こそ魔法騎士科に相応しいんだ。身の程を知ったか、この平民め。くっくっく……くっはっはっはっは!!」
中級の魔法を使うために大部分の魔力を使い、激しく肩を上下させるカルナスであったが、高らかに笑い自身の勝利を唄う。
あの威力と規模の魔法を受ければ、まさに消し炭だ。事実、普通の相手ではそうだ。
だが、決して忘れてはならない。
レイル・ヴリトラは、どうしようもなく清々しいまでに普通ではないのだ。
「──けほ、けほ、久々に良い攻撃だった。文字通りシビれたぜ。ほら、ちょっと火傷もした」
煙の中から、咳き込む声が聞こえる。それはつまり、敵が健在だという事だ。その敵とはつまり、レイルである。手品とかで別人に変わった訳ではない。
レイルは咳き込みながら手で煙を払い、少し焦げてしまった白い髪を整える。その肩や手には小さな火傷があり、それはレイルを初めて傷付けた偉業である。
だが、本来はそんな火傷程度で済むような優しい魔法ではない。済んでいい筈がない。
あまりにも愕然とした光景に、カルナスは開いた口が塞がらなかった。
「な、なんで、あの魔法を受けてまだ立っているんだ……」
「ただの身体強化だよ。何かの能力や魔法でもないし、それ以上でも以下でもない」
「嘘だ! 身体強化だけで、中級クラスの魔法を防ぎきれる訳がない! だって、あり得ないじゃないか!?」
「仕方ねぇな。俺に傷も付けた事だし、ちょっとだけ種明かししてやんよ」
聞かん坊に言い聞かせように、レイルは今までの異常の種明かしを始めた。
「魔力杯には魔力を生成するのとそれを貯めておく二つの役割がある訳だが、どうも俺は魔力を生成する能力が強過ぎるようでな、魔力杯の許容量を大きく超えちまったんだ。そうなると余剰魔力は外に垂れ流しになる訳だが、そうなると魔力を食う魔物どもが集まってきやがってな、これじゃあ人間の社会で暮らせないって事で、俺は第二の魔力杯となるモノを見つけた」
生物が呼吸をするのと同じで、魔力杯の魔力生成を止める手段は存在しない。魔力の生成を止めるという事は則ち、殺すという事だ。
グラスから零れた水は零れ落ちるように、魔力杯から溢れた魔力もまた体外へと溢れ出る。それが極微量であれば問題ないのだが、レイルの場合はあまりに多過ぎて魔力溜まりができる程だ。
それを求めて凶暴な魔物どもがやってくるので、それを阻止するためにレイルはある秘策を見つけ出した。
「俺たちの体内を駆け巡り内部を殆んど占めている存在……つまり血液に魔力を溶け込ませる事によって、余った魔力の消費先とした。そのおかげで、従来とは比べものにならない出力の身体強化を発揮する事ができた。それは握力であり腕力であり脚力であったり跳躍力であったり、そして回復力でもある」
そう言うと、小さな火傷は見る見るうちに治っていき、一切の傷跡も残っていなかった。これが、今までのレイルの常識外れなポテンシャルの全てである。
一般の身体強化は体外を魔力で覆い外皮を守っていたりしたが、レイルはそれを体内に留める事にした。そうする事で、レイルは人智からかけ離れた膂力を得る事に成功したのだった。
「まあそれでも魔力はまだ余っているからな。それで皮膚を強化すれば剣だろうが槍だろうが防げるって訳さ。これが種明かしだ」
「そんなの信じられない! 第一、血液に魔力を溶け込ませるなんて聞いた事ないし、簡単にできる訳がないだろ!?」
「俺が一言でも簡単だって言ったか? ここまでくるのに、俺がどれだけ必死の思いだったかお前は知らないだろうな」
レイルの行なっている事はたしかに画期的だが、誰もやろうとはしない。やろうとすら思わない。何故なら危険過ぎるからだ。
体内を目まぐるしく循環する血液に均等に魔力を溶け込ませるなど、気の遠くなるような集中力が必要だ。一歩間違えれば、変に血液が凝固して体内の血管を突き破ってしまう
危険性を孕んでいる。それなら属性魔法で身体強化の加護を与えた方が遥かに安全である。
レイルの場合はそれしか使えなかったし、それに頼らざるをえなかったのだ。生きていくためには必要だったから、文字通り死ぬ思いをしてまで修得する必要があったのだ。
その苦労は、レイルの体が語っている。
学院長のバルゲートをはじめ、実力者である数人の教職員には、レイルの体に刻まれた無数の見えぬ傷跡がまざまざと見えていた。回復して傷跡を消そうが、苦難によって刻まれた傷は決して消えないのだ。
ただ、それを知る者があまりに少ないだけだ。
「さてさて、これ以上はもう目新しい事は無さそうだな。楽しかったけど、これで終いだ」
「っ! 【雷転】!」
おもむろに緩慢な動きで拳を振り上げるレイルを警戒して、即座に距離を取るカルナス。
だが、もう何をやっても無駄なのだ。レイルにはあらゆる策も攻撃も通じない、逃げる事もできないのだ。
不意に、カルナスは万力のような力で腕を掴まれた。
「あぐっ! うぁ……っ」
「逃げるなんてつれねぇな。俺からの一発を受け取ってくれよ」
「くっそ、【雷】!」
腕を掴まれ、決して離さないレイルに向けて放たれる魔法。至近距離で顔面からモロに食らってレイルの顔面は爆ぜるが、そんな事ではレイルは止まらない。
煙が晴れればいつも通りレイルは無傷であった。レイルにとって、全ての攻撃は最早躱すにも値しないのだ。
「やめておけ。お前が上級魔法をぶっ放せるってなら話は別だが、そうじゃねぇならもう俺には勝てねぇよ。観念して歯を食いしばっておきな」
「僕が、この僕が負ける筈なんてないんだ! 【光明】!」
「おっ」
生物としての反射だ。カルナスの手から放たれた強烈な光を浴びて、レイルはつい両手で目を覆う。
そこでレイルから解放されたカルナスは即座に距離を取って、最後の全魔力を振り絞った。
「僕は貴族だ! そして貴様は平民だ! 貴族たる僕に、平民が勝っていい筈など無い! でないと、でないと僕は……」
そこにあるのは、怯えであった。
カルナスの家系は由緒正しき貴族至上主義を掲げる貴族の一家だ。当然、平民などが見下すなどあってはならない。
しかし入学式の日にカルナスは大衆の面前で大恥をかかされており、しかも大貴族であるクレイナル家からその情報を通達されたのだ。
パルス王国最大の貴族が、貴族の資格無しと一声発すれば、伯爵家の一つや二つなど簡単に潰す事ができる。
だからこそ、カルナスにとってはこれが最後のチャンスなのだ。
敗北の先に行き着く所は、幼いカルナスでの容易に察せられる。だから家に無理を言って、高額なダグラマイト鉱石製の剣を取り寄せたのだ。これで負けたとなれば、追放は免れないだろう。
故に不退転。カルナスに敗北の二文字は許されないのだ。
「『来たれ雷鳴、稲穂の如く首を垂れて、叫べ轟き、絹を裂いて、其は我が刃となりて震えよ』──【雷装】!」
天上から降る稲光。それはカルナスの剣に直撃すると、剣はバチバチと音を鳴らして雷を帯びていた。
各属性の魔法にある、符呪と呼ばれる分類の魔法だ。
武器や防具、または己の体に魔法を宿らせ、その威力を高める基本魔法。おそらくこれが、カルナスの最後の攻撃となるだろう。
「仕方ねぇな。そっちが諦めないなら、少し痛い思いをしてもらうぞ。絶対に力を抜くな、じゃなきゃ死ぬぞ」
レイルにとって、最早カルナスの攻撃の一切は脅威となり得ない。だからカルナスには降伏をしてもらいたかったのだが、カルナスの貴族としての誇りが許す訳がない。
相手が挑んでくるのであれば、それに応じてやるのが礼儀というものだ。若干辟易としながらも、レイルは構えた。
正真正銘、これが両者にとって最後の攻撃。カルナスは五体に残った力の全てを注ぎ、駆けた。
「うおおおぉぉぉあああ!」
「──【槍脚】」
金属が砕け散ったような、甲高い音。
カルナスが死力を尽くして放った突きと、レイルが放った一直線に伸びた蹴りが激突すると、カルナスの持っていた剣はレイルの蹴りに耐えきれず砕け散ってしまった。
最高の鉱石として知られているダグラマイト鉱石によって作られた剣が、ただの蹴りで破壊されるという異常現象を目の当たりにしたカルナスが止まっている間、レイルは蹴りを放った脚を地面に突き刺し、それを軸にして回転蹴りをカルナスに打ち込んだ。
呆然としていたカルナスの胴に、レイルの回転蹴りは吸い込まれるように入っていき、鎧を砕きカルナスを吹き飛ばす。
弾丸となったカルナスによって壁は壊れ、砂煙が舞う。それがレイルの攻撃の凄まじさを物語っている。
砂煙が晴れると、カルナスは崩れた壁の瓦礫に埋まりっており、気を失っていた。
最早、戦闘を続行するのは不可能。
「勝負あり! レイル・ヴリトラの勝利!」
審判であるセレーナによって告げられた、カイルの勝利を揺るぎないものにさせる言葉。
貴族の生徒も一般の生徒も、その事態を理解できずに一瞬の静寂か包み込んだ。
しかし、だんだんと言葉の意味を理解してきた一般の生徒たちは、貴族に勝ったという興奮に震え、あらん限りに歓声と拍手をした。
その大歓声は万雷の如く、鳴り止まぬ喝采の拍手は雨のように、レイルただ一人に注がれたのだった。
少し、執筆の方針を変えようかなと思います。
今までは勢いだけで書いておりましたが、そのまま書いていくと所々に矛盾が散見しており、辻褄を合わせていくのが難しくなってきました。
なので、よくプロットを練ってからこれからはお話を書いていこうかと思います。
なので、プロットを練り込む作業と既存の話を修正する作業で、今まで以上に更新が遅くなります。
なるべく早く済ます予定ですが、読者の皆様には今しばらくお待ちください。
何かあればすぐ活動報告にて記載いたします。