第七話〜物理という魔法〜
えっとですね、本当はこの話で戦闘させる予定だったんですよ。でも気付いたら、ほぼ説明だけで終わってた。何故こうなったし。
チートと謳っておきながら戦闘をさせないのは駄目ですよね。
読者の皆様には展開が遅いしテンポも悪いと思いでしょうが、今しばらくお待ちください。m(_ _)m
魔法騎士科であるレイルは、三つの学科の授業を自由に受ける事ができる。レイルのパルス魔法騎士学院での最初の授業は、魔法科での授業であった。
本来ならば騎士科の授業を受けようと思ったのだが、メイドのセラスの調べでは、もう一人の魔法騎士科であるレイラは騎士科の授業を受けるようで、そして担当の教師は貴族至上主義を掲げているので、最初の授業にはオススメできないと言われた。今回の魔法科の授業を担当する教師は、学院内でも評判が高いようだ。
「集まったかい1年生? 集まったら静かにして杖を振り回すのはやめなよ、誰かを吹き飛ばしたくないならね。あたしが今日の授業を担当する、セレーナ・レヴィルネイアだ。ちなみにもう夫がいるから、ガキ共は諦めるんだね」
紫根のローブにとんがり帽子、そして手には箒といった、いかにもな魔女の姿をしているセレーナは、自慢げに左手の薬指に輝くリングを見せる。
セレーナ・レヴィルネイア。
元は冒険者ギルドに所属していた冒険者であり、そのランクは上から二番目のAクラス。その実力が認められ、パルス王国の王立魔導士に属する事となった経歴を持つ女傑だ。
貴族であろうとなかろうと生徒には平等で接し、別段誰かを特別視する事もない。良ければ褒めるし悪ければ叱る、まさに教師にうってつけの性格をしている。
冒険者時代に培った技術はとても実戦的であり、その性格から一般の生徒たちからの評判は高い。
王宮勤めで知り合った騎士と結婚しており、現在も熱々の夫婦だ。近い内、妊娠して教師を辞めるのではと学院内ではまことしやかに噂をされている。
「さて、基本あたしは魔法の実技を担当しているんだが、軽い座学でもしようか。誰か人体と魔力との関係を説明できる奴はいるかい?」
始めての授業という事もあり、遠慮というか緊張しているというか、他の誰かが手をあげてくれるだろうという空気が漂っていた。
そこに手をあげたのは、負けん気の強い性格をしているメルネであった。
「えーっとあんたは、メルネ・スタッシュだったね。答えてみな」
「はい。魔力というのは大気に非常に溶けやすい性質をしており、それを防ぐために人間には魔力杯という機関が備わっています。同時に魔力杯には魔力を生み出す機能もあり、人間の体に魔力を留めている役割をしています。また魔力杯の大きさは先天的に決まっており、生まれつき魔力杯の大きい者が魔法を扱えます」
「完璧だね。よく勉強をしているようだ」
褒められて嬉しいのか、メルネは張っても虚しいだけの胸を張った。そして周りから、一般の生徒たちだけが小さな拍手。相変わらず貴族たちは平民を褒めるのが嫌なようで拍手をしようとすらしない。
「それじゃあ次は、魔法の仕組みを説明してもらおうかね。このクラスは引っ込み思案の連中が多そうだから、あたしが勝手に決めさせてもらうよ。……メルネの隣にいる女子、クリーナ・ベルネイト」
「ひゃい!」
噛んだ。突然セレーナに指名されて、慌ててしまったクリーナは思わず噛んでしまった。その事が恥ずかしくて顔を赤に染めるのだが、それがまた可愛らしい。
男子たちが微笑ましい視線を向けていると、悪い虫でも追い払うかのようにメルネがギロッと睨みつけて牽制する。
どうやらクリーナとお近づきになるには、メルネに認めてもらうかメルネの目を掻い潜らなけれないけないようだ。
メルネに勇気づけられて、クリーナはなんとかセレーナの問いに答える。
「えっと、メルネちゃんがさっき説明してくれた通り、魔力というのは大気中に溶けやすい性質をしています。この溶けやすい魔力を魔力杯から別の器へと移すのが魔法の仕組みでしゅ」
あ、また噛んだ。
「その通りだ。魔力というのは、例えるなら水によく似ている。コップから零せば、水は地面に染みて無くなってしまう。それを零さず別のコップに移すのが、魔法の仕組みさ。よく頑張って言えたね、クリーナ」
周囲から、温かい拍手が聞こえてきた。それがまた恥ずかしくて、クリーナは真っ赤な顔を俯かせてしまうのだが、それが男子たちの保護欲を掻き立てる。
本人の知らない所でマスコットキャラと認識されていくクリーナなのであった。
「それじゃあ最後に、魔法の属性と精霊について説明してもらおうか。期待の1年生、レイル。できるかい?」
セレーナがレイルの名を呼べば、生徒の全員がレイルへと視線を向ける。それだけ、レイルには注目が集まっているのだ。貴族たちからの反発、一般の生徒たちからの応援。相反する二つの感情がレイルに向けられている。
まあ、そのような勝手な期待や反発にレイルがわざわざ応えてやる義理は無いのだが。
「魔法は俺たちの魔力で行使されていると思われがちだが、実際は違う。俺たちの魔力を受け取った精霊が、その魔力の多さに比例して見返りをくれる。魔力とは謂わば通貨でしかない。人間には見えないが、精霊はあらゆる所に存在しており、中でも火・水・雷・風・土の五大属性の精霊たちが人間と最も親和性が高いと知られている。魔法の資質とは則ち精霊との親和性であり、高い親和性を持つ精霊だと少ない魔力でも多くの見返りをくれ、逆に親和性が低ければ多くの魔力を与えないと精霊は動いてくれない。俺のように魔力を持ちながら魔法が使えない人間は先天的に精霊に嫌われており、どんなに魔力を与えても精霊は絶対に動いてくれない。そのような奴は、俗に"白"と呼ばれている」
「完璧な説明だ。流石は学院の筆記試験で至上初めて満点を出しただけはあるね」
完璧に、淀みなく答えるレイルに圧巻され、少しの間を置いて拍手が鳴った。流石は一般生徒たちの期待、と惜しみない拍手が注がれており、それとは逆の感情を向ける者たちもいる。
そんな皆の感情など知らず、やるじゃないレイルとメルネに小突かれたりしながらレイルは和気藹々とやっていた。
「さて、最低限の知識だけは持っているようだね。それじゃあ皆お待ちかねの実技訓練でもやっていこうか」
その言葉に、生徒たちのテンションが上がった。セレーナの教育方針は、習うより慣れろだ。だから授業中は生徒たちにバンバン魔法を使わせる。
それに生徒たちも、まだ10歳の子供だ。大人しくお勉強するよりも、実際に動く方が楽しいのは当然である。
セレーナが杖を振ると、生徒たちから3mほど離れた地面から土塊の人形が生まれた。
土属性の初級魔法が一つ、【土壁】をセレーナが独自に改良して、この授業のために作成した練習用の的だ。
杖の一振りだけで多くの土の人形を生み出したセレーナの手腕に、多くの生徒たちから感嘆の声が上がった。
「まずはあの的に魔法を当てられるようにしな。それから次は、的を破壊するように頑張る事。いくら壊してもすぐに作ってやるから、安心してぶっ壊しな」
そうして始まった授業。生徒たちは自分の持っている杖を使い、思い思いに魔法を放っていく。それを見て、セレーナが改善点を見つけて指導していくというやり方だ。元Aランクの冒険者で王立魔導士に勤めているだけあって、その指導は的確で上達していく生徒たちが多かった。
「『横溢する血潮、其は焦熱の牙、灼熱と騒乱を引き連れ、敵を討て』──【火球】!」
詠唱と共に、メルネの杖から放たれた赤々と燃える火球。それは一直線に飛ぶと土塊の的へと着弾し、小さな爆発を引き起こして人形の上半身を吹き飛ばした。
まさかの一発で的に命中させて破壊するとは。生徒たちからは賞賛の声が響いた。
「やるじゃないかメルネ。どうやらあんたは火属性と相性が良いようだね。だけど魔力の流れが少し雑で、力任せすぎる。時間がかかってもいいから、次は魔力の流れを慎重に感じながらやってみな。そしたらもっと楽に魔法を使えるようになるから」
「はい!」
どうやら、メルネには魔法の才があるようだ。それに加えて、努力家でもある。セレーナに言われた事に気を付けながら、何度も失敗しながらも着々と魔法の精度を高めていく。
「『押し寄せる水、引き沈む水、垂れては落ち、重なる潮は弾けて消ゆる』──【水衝】!」
比べてクリーナは、少し苦戦していた。
人形に足元に溜まっていく水はどんどんと増え、激しく水飛沫を上げるが人形は無傷。ただ濡らす事しかできなかった。
何度やっても人形に傷一つ付ける事すらできず、クリーナはションボリとしてしまう。
「魔力の流れは悪くないし、精霊との相性が悪い訳でもない。クリーナ、もしかしてあんた、攻撃系の魔法が苦手じゃないかい?」
「はい、回復とかは得意なんですけど、攻撃となると……」
「優しいんだねクリーナは。だけど、クリーナが遠慮すると精霊たちも遠慮しちゃうのさ。奴らは魔力以外にも、使う側の気持ちで動くからね。大事な友達とか家族でもいい。その人たちを守ると思ってやってごらん」
「は、はい!」
クリーナは深く目を閉じて、独り言のように呟きながら集中する。セレーナに言われた通り、大事な人たちを守るために。
集中が最高潮に達して魔法が放たれると、さっきよりも水の勢いが強まっている。
破壊とまではいかないが、人形の腕だけは吹き飛ばす事に成功して、メルネと手を握り合って大喜びしていた。
皆の様子は概ね順調。さてレイルはというと。
「さて……う〜ん、どうしたもんかねお前さんは?」
「どうしましょうね?」
セレーナも腕を組み、二人は途方にくれていた。
魔法科の授業では、当たり前の事だが魔法を使う。そして魔法が使える生徒しかいない、いない筈なのだ。だけどレイルは、その前提から大きく外れている。
そもそも、魔法の使えない者にどうようって魔法を教えればいいのだろうか。流石のセレーナでも、頭を悩まさずにはいられない。
「レイル、あんた本当に魔法が使えないんだよね?」
「そうですね。これっぽっちも、さっぱりです」
「困ったねぇ……。レイル、魔法以外で何か魔力を使ったものってできるかい?」
「魔力ですか? だったら、身体強化系ならある程度は」
「身体強化か、そりゃまた珍しいね。本当は騎士科の教師の方が詳しいんだけど、あたしも冒険者時代に使った事があるから、見てやるよ」
魔力での身体強化は、一般的にはまず使われない技術だ。身体強化の基本的な仕組みは体外を魔力で覆ったりするものであり、そして魔力は大気中に溶けやすい。だから効果は瞬間的なものであり、持続させるとなると恐ろしく燃費が悪い。
土属性の魔法には体を強化させるものもあるし、使うとしたらよほど土属性との相性が悪い者か、瞬間的に攻撃を回避するぐらいしかない、非常に使い勝手が悪い技術なのだ。
魔法が使えない者には相応しい代物だと、一部からは嘲笑が聞こえるがレイルは気にせず構えた。
中腰にして右足を引き、腰に拳を乗せる。
えらく堂に入った構えにセレーナは内心で驚き、周囲の生徒は緊張で固唾を飲んだ。
魔法の使えない、魔法騎士科のレイル。入学式から貴族たちに喧嘩を吹っかけたレイル。そのレイルがこれから何をするのか、周囲は興味深く観察した。
何かとんでもない事を仕出かすに違いないと一部の生徒は思い、きっと無様な姿を見せるに違いないと一部の生徒は思う。
まったくの真逆の期待が込められているが、果たしてレイルはどちらの期待に応える事となるのか。その答えはすぐに明かされる。
「──【砲拳】」
ドン! と力強く踏み込まれた右足と共に、腰に乗せていた拳が空を切って放たれる。
真っ直ぐに伸びた拳は大気を叩き、その衝撃はまさしく砲弾となって人形に着弾。ベコッと胸部を陥没させたかと思うと綺麗に胸には空洞ができあがった。
限界まで強化された肉体によって放たれた、魔法などではなく拳圧という純粋な物理。見ようによっては魔法とも思える物理であった。
離れた人形に拳で穴を空けるという怪奇現象に、魔法という神秘を行使する生徒たちも開いた口が塞がらなかった。
ただ二人だけ、この異常現象を引き起こした本人であるレイルと、辛うじて平静を保っていたセレーナだけが平常であった。
「……身体強化については、あたしがとやかく言えるレベルじゃないね。魔法が使えないってのが本当に惜しいよ。これから魔法科の授業は、座学とかやってた方がいいかもねぇ」
魔法とは全くベクトルの違った異質な才能に、それを育てられない不甲斐なさに歯噛みしながら、セレーナはしみじみと呟くのであった。
お約束します。次で戦闘します。初めての戦闘描写ですが上手く書けるよう頑張るつもりです。
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