第六話〜はみ出し者同士〜
気付いたらブックマーク数が30もあって、とても嬉しいです!
それと稚拙な作品を評価していただいて誠にありがとうございました!
おかげで筆が進み、本日も投稿できます。
貴族への宣戦布告という、センセーショナルで火薬庫に油でも撒き散らして爆発させて着火させるような剣呑なデビューも終わり、入学式がなんとか無事に閉幕してレイルは暑苦しい服装を脱ぎ捨てて学生寮への道を歩いていた。
パルス魔法騎士学院は遠方を実家に持つ生徒が大多数いるため、生徒は学院が用意している学生寮に基本的に生活する事になっている。
レイルと同様、もう会場に用の無い生徒が帰る姿もちらほらと見受けられるが、誰一人としてレイルに近付く者はいない。
あそこまで大胆な宣戦布告を貴族にしたのだ。今やパルス魔法騎士学院の全貴族が敵になったと言っても過言ではない。
平民の代表としてレイルには頑張ってもらいたいが、仲良くしたら標的にされるのではないかという怯えから、レイルには誰も近付こうとしないのだ。
まあ、例外もあるが。
「あっはっは! 傑作だったわよレイル! あのど腐れ貴族の怒った顔ったら、ざまあみろよ!」
「はわわ、メルネちゃん、言葉が汚くなってますよ」
痛快とばかりに、メルネは目元に涙を浮かべながら大爆笑していた。今日の一件でよほど貴族への鬱憤が溜まっていたのだろう。淑女とは言い難い言葉で大爆笑しており、それをクレーナはあわあわと慌てながら止めていた。
すっかり意気投合したようで、レイルは早くも友達ができたようだ。この光景を見たらレイルの父も喜ぶだろう。
「でもあんた大丈夫なんでしょうね? 貴族の全員に喧嘩売っちゃってさ。明日になったらいきなり袋叩きにあうかもしれないのよ?」
「私もレイルくんが心配です。それにレイルくんは、魔法が使えないと言ってましたし」
二人も、レイルの事は心配しているのだ。
カルナスと一悶着あった際にレイルの実力の一端は知っているつもりだが、それでも数の暴力というものは恐ろしいし、多勢に無勢という言葉もある。一対一ならばレイルは負けないだろうと二人は確信にも似た想いがあるが、それが一対二になればどうだ? 一対三は? 一対四は?……一対多の状況下では、流石のレイルも厳しいだろうと二人は危惧しているのだ。
そして最大の心配が、入学式の挨拶でレイルがカミングアウトしてしまった、魔法が使えないという決定的な欠点。
言わずもがなだが、剣を使うより魔法の方が強い。槍を使うより多くの敵を倒せれる。斧を使うよりも威力がある。弓を使うよりも遠くの敵を狙える。だからこそ魔法は強力な武器であり、それに長けている貴族たちが権力を振るっているのだ。それを使えないという事は、レイルの大きな欠点であり弱点だ。
だというのに、決定的なハンディキャップがあるというのに、レイルはたいした問題でもないかのように笑った。
「にはは、まあ心配するな。たしかに魔法が使えないって事は大変だし、それで俺も昔は苦労したさ。でも人間、一つの事に死ぬ気で打ち込めばイッパシなモンが身につけられるものさ。才能だけで胡座をかいていた連中に、負けるつもりは毛頭ないさ」
拳を強く握り締め、鋭い歯を覗かせて笑ってみせる。その瞳はギラギラと妖しい黄金色に輝き、逆にその障害を打ち破ってやろうという強い意志に溢れていた。
男の子という事もあり、レイルも他の男児に漏れず強さというものが大好きだ。そして自分より強大な力を持つ猛者と闘いたいと思い、それを打ち倒してやりたいと思っている。
ただ、他の男の子と比べてややスケールがデカいのだが、その願いは10歳の男児ならば持っていて然るべき小さな野望だ。
しかし、女の子には理解されないのが辛い所である。
「まったく……男って奴はバカなんだから。いい? 無茶だけはしちゃダメなんだからね?」
「そうです、大怪我とかしちゃったら大変なんですよ」
「ん、んぅ……まあ、頑張ってみるよ」
メルネには人差し指でビシッと釘を刺され、クリーナからは上目遣いで懇願される。さしものレイルも、二人の女の子にそう言われてしまっては頷くしかない。案外、勝つよりも難しいとレイルは心の中で思っていた。
二人とそんなやり取りをしていると、ようやく学生寮へと着いた。
しかしそれは多数の生徒が住む学生寮ではなく、レイル個人の学生寮であった。
「ちょ、ちょっと……なんなのよコレ……」
「はわわ……す、すごく大きいです……」
二人が驚くのも無理はない。目の前に建っているのは、三階建ての大きな屋敷なのだから。
職人の手管が輝く金属細工の門に、様々な花が咲いている広い庭園、そしてレンガでガッチリとした造りをしている三階建ての屋敷。しかも渡り廊下の先には別館まであるではないか。
レイルたちの姿を確認すると、一人のメイドがやってきた。
「お帰りなさいませレイル様、お待ちしておりました」
「あ、セラス」
ピコピコ動く兎の耳が特徴的で、栗色の長髪に赤い目をしている兎人族のメイド、セラスであった。セラスはレイルの前で、恭しく頭を下げる。
「えーっと、セラス? なんかここ、俺が住むにはデカくないかなーって思うんだけど」
「そうでしょうか? 学院の誇りある魔法騎士科の方が住むのには、これでもまだ小さい方かと存じます」
「あー、やっぱり俺が魔法騎士科に入ったからなのね」
「当然です。レイル様は生徒の模範となってもらわねばならぬ身、学院で過ごす寮もそれに準じたものでなければなりません。それと今日より、レイル様の身の回りのお世話をさせていただきます、セラス・クルランテと申します。宜しくお願い致します」
どうやら、魔法騎士科に入った恩恵はレイルの想像を遥かに超えているらしい。
他の生徒は一部屋のみの学生寮なのに対して、レイルのは寮ではなく最早屋敷だ。ちなみに他にも魔法騎士科の生徒専用の学生寮があるのだが、この屋敷よりも大きいらしい。希望すれば高額な設備を置いてもらえたり、一級のシェフや楽団を雇う事もできるそうだ。
そして魔法騎士科の生徒には、一名のみだが使用人を雇う事ができるようだ。ちなみにレイナは、本家のクレイナル家から既にメイドを呼び寄せたらしい。
「はあ……俺としては、そんなご大層な扱いしてくれなくてもいいんだがな」
「何言ってるのよレイル、これもあんたの実力が認められている証なんだか、素直に受け取りなさいよね」
「そうです。レイルさんは凄い人ですから、これくらい当然です」
「やれやれ……そんじゃあ、ご厚意に甘えましょうかね。じゃあな、二人とも。また明日」
観念したレイルは、長い白髪をポリポリと掻きながら二人と別れ、大人しくセラスの先導に従って屋敷へと入った。
中に入れば見た目を裏切らない内装であり、広いエントランスホールで三階まで吹き抜けとなっている。天井には〈ランタン石〉という光を放つ魔石を取り付けたシャンデリアが吊るされて、部屋全体を明るくしてくれている。
レイルはそのまま、自分がこれから寝起きをする事になる部屋へと案内されたのが、そこも広くて立派であった。
三人分は寝れそうな天蓋付きのベッドに、金や銀を使った瀟洒な調度品の数々。しかも風呂まで完備しているという、人間が堕落してしまいそうな至れり尽くせりの内装であった。
朝からずっと動き続けていたレイルは、漸く落ち着ける場所に来れてベッドの上に座った。
「今日からここが、レイル様に暮らしていただくお部屋となっております。他にもこの屋敷のものは全て使って頂いても構いません。何かご不明な点がございましたら、私やこの屋敷に常駐している使用人たちにお聞きください」
「ありがとなセラス。ここまで色々としてくれて」
「お気になさらず。私はレイル様のメイドであり、その職務を果たしてるまでですから。……ですが、無礼を承知で一つだけお伺いしても宜しいでしょうか?」
「ん? なんだ?」
「レイル様はもしかして、貴族のお生まれではないのですか?」
ベッドに座ってプラプラと揺らしていた足を、ピタリと止めた。
予想外で突拍子もなく、しかしレイルの素性を言い当てた質問。まぐれや当てずっぽうならば、それはほぼ奇跡と言っていい。
逸らす事なく見つめてくるセラスの赤い瞳、レイルも逸らそうとしなかった。
「……なんで、俺が貴族の生まれだって思ったんだ?」
「この屋敷に入っても、貴方様は何一つ驚く事もなく、まるでこのような家に住み慣れているかのように振舞っているからです。一般の家庭に育ったのであれば、先程のご学友の反応が普通です。だからレイル様は、貴族の家柄ではないのかと疑問に思ったのです」
「そうか、こりゃマズったな。まあ別に隠すつもりではなかったんだけどさ。セラスの言う通り、たしかに俺が生まれたのは貴族の家だった」
特に秘密にするつもりはなかった。かといって公言するつもりでもなかった。セラスの確証を持った質問に、レイルはサラッと答えた。
流石に、クレイナル家で生まれたとか竜に育てられたという話はしない。子供だが自分の境遇が異質だとレイルは分かっているから。下手に混乱を引き起こすべきではない。
「俺は貴族の中でも優れた家柄に生まれちまってさ、男だから跡取りにも期待されていたんだ。だけどほら、俺は魔法が使えないからさ。世間では事故で死んだ事にされて、森のど真ん中に捨てられちまったのさ。ただそれだけ」
「そう、だったのですか……。申し訳ありませんレイル様、お辛い過去を暴く真似をしてしまって」
「気にするなって。たしかに辛かったけどさ、そうして今の父さんに拾われて、この学院にも通えるんだから。巡り巡って、良い事じゃんか」
良い事。セラスはそんな風に割り切れなかった。レイルのように笑顔で、辛い過去を受け止めれる神経はしていなかった。
たしかにレイルも、過去の記憶は苦くて辛くて痛々しいものばかりであったが、ヴリトラに拾われてからの幸せな記憶もたしかにあるのだ。苦痛が多いだの幸福多いだのと、そんな話ではない。辛さと幸せの両方があるからこそ、今の自分があるのだとレイルは割り切っているのだ。
そんなレイルが、いまだ過去を引きずっているセラスにはとても眩しく見えていた。
だが、相手の痛みを探った以上、こちらの痛みも曝け出さねばならない。セラスとはそういう性格のメイドであった。
「私は幼い頃に、剣闘用の奴隷として貴族に飼われていました。そこを学院長が私を買って奴隷から解放して頂き、以来この学院で働かせて頂いておりますが、貴族の方はどうしても苦手だったんです。だからレイル様も貴族ではないのかと、疑念を持ってしましました」
パルス王国だけに限らず、グランパル大陸には奴隷という文化が定着している。戦争で敗戦した国民が奴隷に落とされる事もあるが、殆んどは獣人族やエルフといった人間ならざる種族であった。
特に獣人族は頑丈で力強く、言葉は悪いが奴隷として最適の種族だ。過酷な肉体労働を強いらせたり、容姿の良い者ならば貴族や金持ちたちの性欲の捌け口にされたりと、およそマトモな扱いはされない。
セラスの場合は、奴隷同士や魔物と戦わせて金銭などを賭ける剣闘用の奴隷として飼われていた。勝てば死ぬまで戦わせてられ、戦えぬ体となれば二束三文の値で娼婦として飼われる。女性としての最低限の尊厳だけは守り通したセラスであるが、それでも貴族への不信感や不快感というのは拭い去れるものではない。そして、奴隷だったという過去も簡単に割り切れる事もできない。
「うん……そっか。そりゃ大変だったな」
だけどレイルは、そんな簡素な一言だけで済ましてしまう。同情をする訳でもなく、蔑む訳でもなく、一緒に泣く訳でもなく、まるで日常で交わされる言葉のように、レイルはセラスの過去をあっさりと受け止めた。
セラスはそれが酷く心地良かった。同情されれば惨めなだけだし、当時の辛さを分かってないクセに泣かれたくもない。ただ普通に何事もなく、それを受け入れてくれるのが嬉しかった。
「だけどセラスが貴族が嫌いって言うなら、ちょっと困ったな」
「困った、というと?」
「ほら、捨てられたとはいえ俺も一応は貴族の生まれだろ? だったら、俺もセラスが嫌いな貴族って事になるのかな?」
「ご心配には及びません。レイル様はどう見ても、貴族とは思えない品格をお持ちですから」
「へいへい、どうせ俺は粗暴ですよーだ」
セラスは自分の変化に驚いた。そういえば、最後に笑ったのはいつだったろうか。気付けば、セラスは自然と笑みを浮かべていたのだった。奴隷の時から封じ込めていた筈の感情が、少しだけ表に出てきたのだ。微かだが大きな変化に、セラスは内心では動揺していた。
「それじゃ、このまま俺に仕えてもセラスは大丈夫なんだな?」
「はい。改めましてレイル様にお仕えしようと思います」
「お互いはみ出し者同士、これから仲良くやっていこうな」
セラスは、レイルに仕えるようにと命じた際に、学院長に言われた言葉を思い出した。
『レイル君の側におれば、きみにも良い影響をもたらしてくれる筈じゃ』
言われた当初はそんな事ないと思っていたが、あながち間違ってはいなかったようだ。セラスはこれまでにない期待感を抱き、改めてレイルに仕えようと気持ちを新たにした。
レイルの部屋から出たセラスは、廊下に誰もいない事を確認すると、おもむろに両手の人差し指を唇の両端に当てて、上に引っ張った。
「……私、まだ笑えたんだ」
それは不恰好であったが、たしかに笑顔であった。
正直、これで漸く一日が終了したんですよね? なんか長いプロローグを書いているよう感覚でした。
明日からは学院での授業が始まりますし、漸く主人公の戦闘が書けそうです。ちまちまと長い話ばかり書いててすみません。
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