第三話〜再会〜
ひとまずこれで、書き溜めてた分は全部です。筆が進めば明日も投稿できそうです。
「えーっと、入学式の会場は……どこだ?」
パルス魔法騎士学院の敷地は広大だ。膨大な生徒たちが学ぶ校舎に、実技の授業で使われる多数の演習場。学生寮に食堂に礼拝堂にetc、etc、etc…………とにかく広い。まだ地理に慣れぬ者なら迷う事は必至であり、レイルもその例に漏れず現在進行形で迷っていた。
何か準備をする必要があるとかで他の人より早めに来いと通達されているので、他の生徒たちを見つけて一緒に会場に行く事もできない。
途方に暮れながらレイルは辺りを歩き回るのだが、一向に人の気配は感じられず、ポツンと一人で立ち尽くしてしまう。
「どうしよう、このままじゃ本当に遅れちまうかも。誰かに聞こうにもその誰かがいねぇし……騒ぎでも起こして人を呼ぶか?」
なんと危険な考えを口走るのでであろうか。流石に実行には移さないが、随分と他人をヒヤヒヤさせる性格をしているレイルである。
とはいえ、これ以上遅れてしまえば本当に騒ぎを起こしかねない。レイルとて初日から問題児にはなりたくない、況して初日から退学処分など、父の墓前に何て報告すればいい。
レイル適当に近くにある高い建物を目指した。その高さは、人が真っ逆さまに落ちれば出来たてのトマトケチャップが散乱する程の高さだ。その頂上を目指して、レイルは跳んだ。
飛んだ、ではなく跳んだのだ。膝を少し曲げてからの、驚異的な跳躍力。一瞬にして建物の尖端へと跳んだレイルは、学院の全貌を眼下に納める。
「うんうん、やっぱりこれが一番手っ取り早いな。これなら会場もすぐに見つかりそう……お、あったあった」
凄く強引な手段ではあるが、暴れられるよりマシだ。
無事に会場を見つけたレイルは、階段でも下りるような軽快さで建物から飛び降りて、何事もなく着地してスタスタと目的地を目指し始めた。
ちらほらとだが、段々と他の生徒たちの姿も確認できた。確証と共に安心感が出てきて歩みが軽くなったが、突然の喧騒にレイルの足はピタリと止まった。
「──あんたたちの方こそ謝りなさいよね!」
やけに気の強そうな声。見れば声のした方には、少ないが人だかりができていた。円を描く群衆に混ざり確認してみると、黒いローブにとんがり帽子の、魔法科の制服を着た小さな魔女と、胸当てを着けている騎士科の礼装に身を包んだ三人の騎士たちが言い争いをしていた。
小さな魔女の一人は地面に尻餅をつき、もう一人の魔女っ娘が庇うように立っているが、相手は男三人だ。多勢に無勢だろう。しかし負けん気が強い魔女っ娘なのか、男三人を相手にしても一向に引かない。
「あんたたちがこの子のローブを踏んづけて破ったんじゃない!? なんでそれで私たちが謝んなきゃなんないのよ!?」
「平民風情の小娘が粋がるな! お前こそこの方への非礼な言葉を詫びるべきだろ!」
「この方をどなたと心得る!? かのパルス国王と挨拶を交わしたファルナー伯爵家のご子息、カルナス・ファルナー伯爵であらせられるぞ!」
取り巻きらしいマッチョとガリガリのチビが、真ん中にいるやけに鬱陶しいサラサラヘアーを靡かせる男を紹介する。
というより、パルス国王と挨拶をしただけでそんな誇れる事なのか? 他人に言わせて恥ずかしくないのか? とレイルは心の中で思っているけど、どうやら本人は満更でもないご様子。引き千切りたいサラサラヘアーをこれ見よがしに掻き上げた。
「まあまあ君たち、落ち着きたまえよ。いくら怒鳴ったところで、無学な平民たちが分かるわけがないだろう? 貴族なら華麗に、そして優雅に力強く下々の者を屈服させるものだ。違うかね?」
「仰る通りでございます!」
「流石はカルナス様でいらっしゃいます!」
二人の典型的なわっしょいに気を良くして、燃やしたいサラサラヘアーを優雅に揺らしてみせるカルナスという貴族。同じ貴族であろう野次馬は賛同し、貴族でない者たちは心の中に怒りの火を灯す。
貴族という生き物は支配者階級に属しており、平民は支配されるべきだと教育されている。だからカルナスの言葉は、貴族からしたら至極正しい言葉なのだ。
だからといって、はいそうですかと頷ける訳でもない。
「ふざけるんじゃないわよ! 貴族以前に悪い事をしたら謝るのが人として当たり前の事じゃない!」
「ハッ! 平民が人としての道理を説くなんてやめてくれたまえよ。後ろの子ならば僕の召使いとして使ってやってもいいけど、君のような礼儀のなっていない子には……少し躾けが必要みたいだね」
「っ!」
カルナスの眼光が、鋭くなった。曲がりなりにも学院の試験を突破した生徒だ。その実力は確かなのだろう。
自前の剣なのか、無駄に宝石を付けて実用性が損なわれていそうな直剣を鞘から抜き放った。途端に剣呑となった空気に周りの女の子からは悲鳴があがり男の子たちも後退るが、小さな魔女だけは引かなかった。後ろにいる友達を守るために。
けど、そこに介入する者が現れた。
「──おいおい貴族さんよ、こんな喧嘩に光るモン出すなんて、少しやりすぎじゃねぇか?」
レイルは魔女っ娘に向けられた剣を直に握り、無理矢理に下ろさせる。その光景に女の子たちの悲鳴が聞こえた。
だってそうだろう。直接剣を握るなんて、常識的に考えて誰もやらない。自分から進んで手の肉を切らせる輩などいないだろう。
しかし、レイルの手からは血が一滴も流れていなかった。
「それに女の子を相手に多人数で寄って集ってよぉ、男のする事じゃねぇよな?」
「なんだい君は? いきなり現れて無礼な輩だね。早くその薄汚い手を僕の輝かしい剣から離したまえよ」
「そ、そうよ! 突然出てきてなんなのよ!? 早く手を離さないと切れちゃうわよ!」
「にはは、なんだお前、俺の事心配してくれるのか?」
「ばっ、ばかな事を言ってんじゃないわよ!」
悪戯っぽく笑みを向ければ、魔女っ娘は面白いように顔を真っ赤に染めてしまった。気が強いが優しい所もあるのだと、レイルは面白そうに魔女っ娘を見ていた。
なんだか見ていて微笑ましいやり取りだが、現在レイルはオモチャでない本物の剣を握っているのだ。それに、相手にされていないカルナスからすれば、面白くない事この上ない。
「ふっふっふ、どうやら、その手はいらないみたいだね。ならば望み通りに──っ!?」
飛び散る鮮血に、蹲る平民に平民どもの悲鳴。それをカルナスが想像していたが、それが現となる事はなかった。
剣が、抜けないのだ。
どんなに力を込めても、レイルの手から抜けてくれない。必死に上下左右に揺らしながら抜こうとしても、動く気配すらしない。
本来ならば、その刃で汚れた血を地面に流している筈なのに、本来ならば、情けなく蹲って許しを請いている筈なのに。カチャカチャと、刀身から音がなるだけであった。
本来ならば起こる筈の現象が起きないという現象に、カルナスは驚きを隠せなかった。
「カルナス様、どうしたというのです!?」
「早くこんな平民なんて懲らしめてやってくださいよ!」
「うるさいお前たち! くぅ、貴様、いったい何をした!?」
「何って、ただ剣を掴んでいるだけだが? そんなに離してほしけりゃ離してやるけどよ」
「うわぁ!?」
不意に剣を掴んでいた手を離され、バランスを崩してカルナスは盛大に尻餅をついた。いっそ芸術的なまでに理想的な尻餅をついたカルナスに、周囲からはクスクスと嘲笑が聞こえてくる。とんだ赤っ恥だ。
怒り心頭で顔を茹でたように真っ赤にさせていたカルナスだったが、グニャリと曲がった剣を見て顔を青ざめた。これでは鞘に入らず使い物にならないであろう。それに見た目だけが豪勢なこの剣を作るのに、どれだけの資財を無駄に投げ捨てただろうか。折角の入学祝いが入学初日で壊れたなど、笑えない。
青ざめた顔を次は憤怒に染め、忙しい奴だなぁとレイルは一人で思っていた。
「あらら、脆すぎてつい曲げちまった。まあ許せよ。次はもっと頑丈な物でも買ってもらうんだな」
「このっ、無知で無学な平民風情がッ! この剣は、我がファルナー家お抱えの鍛治師にして、多くの高名な騎士たちが賞賛しているガウダンの作だぞ!? 貴様如き平民が、一生をかけても稼げない程の額がする一品なのだぞ!」
「知らねぇよ、んな奴。見た目だけに拘ったって、いざという時にてめぇの命を守れねぇんじゃゴミと同じだろ。今のお前みたいにな」
「殺すッ! 殺す殺す殺す殺す殺すッ! 貴様は絶対に殺す! 殺して我が家の番犬の餌にしてくれる!」
怒りで我を失っており、自制心というのも喪失していた。元より貴族はプライドだけで生きているような生き物だ。それがズタズタに傷付かれたとなれば、何かのタガが外れる事は目に見えていた。
瞳には殺意の火を灯し、カルナスは魔力を迸らせる。あきらかに魔法をぶっ放すであろう空気を感じ取り、野次馬も取り巻きたちも逃げ出した。
その中でもレイルは二人の魔女っ娘を守ろうと二人の前に立つのだが、剣呑となった空気を凛とした声が斬り裂いた。
「──そこまでだ、カルナス・ファルナー伯爵。学院内での私闘は慎んでもらおうか」
その声に、その顔に、周囲の生徒の視線が釘付けとなった。
砂金の如き煌びやかな髪をお団子状に結い、整った目鼻立ちに澄んだ青空のような蒼の瞳。輝く銀の甲冑に描かれているのは、竜を貫く騎士の紋章。この紋章を持つ事が許されているのは、グランパル大陸でも一つの家系のみ。
生まれながらの勝者、聖騎士、竜殺しの末裔、魔を統べる者、王家の守護者……。その輝かしい数々の名を欲しいままにしている一族の登場に皆が驚いており、レイルもまた驚愕に目を見開いていた。
羨望の眼差しを向ける皆とは別の感情で。
「────……レイラ、お前もこの学院に」
彼女の名はレイラ・グストーブ・ガルナンテ・バルツ・ホストバーナ・クレイナル。
レイルとは血を分けた、双子の妹である。
双子の兄妹という事であえて名前を似せていますが、もし見づらいという事であれば別の名前をつけます。実際、作者も書いてて迷う時があります。
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