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第二話〜入学試験〜

 グランパル大陸には大小様々な国家があるが、その中でも強大な国力を持つ五つの国家を指して、五大国と呼ばれている。その一角であるパルス王国の王都、バレークロックがレイルの目的地である。

 そこにはパルス王国が運営している教育機関、パルス魔法騎士学院が設立されている。レイルはそこに通うようだ。

 魔法や騎士といった言葉が並んでいるが、別に魔法や武勇に優れていなくても入学はできる。

 知識に優れた者はパルス王国の文官として召し抱えられるし、大きな商業ギルドで働く事も容易だ。魔法や武勇に優れていれば、王立騎士団や王立魔導士に入る事もできるし、冒険者ギルドで名を上げる事もできる。卒業後の進路が自由であり、また過去の卒業生も様々な分野で名を馳せており、入学希望者は後を絶たない。


「──じゃあなガキンチョ! 試験頑張れよぉ!」

「ありがとなオッちゃん!」


 馬車で走る去る年配の男性に、笑顔で手を振るレイル。本来ならば徒歩で王都まで行くつもりだったのだが、道中で魔物に襲われている商人を助けた際に、そのお礼として王都まで乗せてってくれたのだ。

 レイルならば走ればすぐに王都まで行けるので、馬車で行くのにあまり利点は無いのだが、折角の好意を無下にはできないし、何より料理をご馳走してくれるので断れなかった。食に関しては少し貪欲なレイルだったりする。


 さてそれで王都に着いた訳なのだが、王都というだけあって、いや中々に立派である。其処彼処が活気で溢れており、人との関わりを絶っていたレイルは少し困惑していた。街の人からしたら、レイルは田舎者のように映っただろう。

 過去の自分を見て懐かしい者や微笑ましく見つめている者、貧乏人と蔑んだり嘲笑したりする者と、周りの反応は様々だ。そんな人々の思惑や視線など気にせずに、レイルは学院へと向かう。

 幸い、学院は大きな城の外観をして目立ちに目立っているので、迷わずに向かう事ができた。


 やはりというべきか、学院は試験をする生徒たちで大いに溢れていた。

 これからの試験に緊張をしている者、既に合格をしていると自分の力を疑わない者と、多種多様な人物像が窺える。

 レイルはとりあえず、試験の受付をしている所まで行ってみた。……なるべく美人な人の所に。


「あの、学院の入学試験を受けたいんですけど」

「事前に予約は済んでいるかしら? 飛び入りの試験だと、受験料は倍の金貨2枚よ」

「わかりました。金貨2枚っすね」


 年々増える入学希望者の中には、いきなり入学をしたいなどと言う者がいるので、学院としては倍の受験料を徴収している。

 ちなみにグランパル大陸での貨幣には鉄貨・銅貨・銀貨・金貨の4種類があり、それぞれ100枚で上の通貨に両替できる。金貨は、その中でも最も貨幣価値の高い通貨なのだ。正確には金貨よりも上の通貨があるのだが、一般の生活ではまず金貨までしかお目にかかれないので、割愛しておく。

 しかし金貨といっても、その価値は高い。王宮に勤めている者や貴族を除けば、大手の商人か上位の冒険者しか獲得できない通貨だ。それを容易く2枚も出したレイルに、受付の女性は顔を上げた。


 紫紺の髪を結い、高そうな銀縁の眼鏡に左目の泣き黒子。そこにメロンでも隠し持っているのではないかという豊満なバスト。白衣を着ているという事は、おそらく保険医だろうか。

 女性は眼鏡をクイっと上げて、レイルの浅黒い肌を観察した。


「……あなた、珍しい肌の色をしてるわね。生まれつきなの?」

「いえ、去年ちょっと」

「面白いわぁ、何か強力な魔法を使っての反動かしらね? 血が変色しているようにも見えるけど、髪の毛もその後遺症かしら……」

「わあっ!?」


 どこかうっとりと恍惚とした表情を浮かべた女性は、いきなりレイルを引き寄せた。

 頬と頬が触れてしまいそうな距離。すぐ近くには、男ならば挟まれたいと思ってしまう大きなメロンが二つ実っている。

 細い指でレイルの胸板を撫でたり体をまさぐる。そして耳に吹きかけるように、女性は口から音を零す。


「さ・い・け・つ。させてくれない?」


 背筋を撫でられるような、こそばゆくて甘い響き。その前には、男なら条件反射ではいと答えてしまいそうな、色気という魔力があった。

 幸か不幸か、人間との関わりを絶ったレイルは性に関しては全くの抵抗を持っていなかった。燃えるように顔を真っ赤に染めて、あたふたと慌てだした。


「えっと、あの、その、またのご機会にさせていただきとう存じ差し上げまする!」

「あぁん、待ってぇ」


 それが良かったのか、あまりに動揺してしまったレイルは、女性を振り払ってメチャクチャな言葉と共にピューっと逃げ出した。後ろからは女性の呼び止める声が聞こえるが、それに応じてしまったら、何か大切なモノとかが失われそうな気がした。きっと、お婿に行けない体になってしまいそうだ。


 走って沸騰した血を覚ましたレイルは、ポケットに何か入っているのに気が付いた。

 取り出してみると受験番号が書かれている紙と、住所と地図が描かれて紙が入っていた。


『採血させてくれる気になったら、私の家まで来て。ミレアナ・レディミナール』

「っ……!」


 さっきの女性、ミレアナを思い出して、レイルはまた顔を真っ赤にしてしまう。というより、あの短いやり取りで連絡先を入れるなんて、実は相当の手練れではないだろうか? なんて事を思いながら熱を冷まして、レイルはようやく試験会場に着いた。


「あの、試験を受けたいんですけど」

「はいはい、受験番号は……お持ちのようですね。最初は筆記試験、次は実力査定に魔力検査です。筆記試験のための道具はお持ちですか? 無ければ銀貨1枚で購入してください」

「わかりました。持ってないので買います」


 値段の割りには質素な見た目だが、やはり少し割高な値段になっているのだろう。こういう所で少しでも運営資金を捻出しているのか、経営者の努力が見られる。

 筆記具やそれら一式の道具を購入して、レイルは試験に臨んだのだった。


 結論からして、レイルは無事に試験を突破できた。

 久遠に近い時を生き、膨大な知識を保有している竜に育てられたレイルもまた、父であるヴリトラに多くの知識を教えられた。大陸の歴史や難しい計算など、解くのに逡巡する必要すらない。

 そう簡単に満点など出せない試験を容易く突破したレイルであったが、問題は後の二つの試験だった。


「──これより実力査定を始める。お前ら武器は持ったな? 方法は何でもいいから、目の前の鎧を着た案山子に攻撃しろ。別に壊せなくても大丈夫だからな」


 筋肉隆々とした逞しい試験官の言葉が合図となって、皆は一斉に鎧を着ている案山子に攻撃を始めた。

 力任せに武器を振り下ろす者、武器の扱いも知らずへっぴり腰で振る者、魔力で身体強化して案山子を破壊する者、武器に魔法を付与して攻撃する者、剣を使う者、槍で突く者、斧を振る者、弓で射る者、実に様々であった。

 そこにレイルもいたのだが、非常に難儀していた。


「──むんッ!!」


 一閃、裂帛の気合と共に剣を振り下ろすが、その膂力に耐えきれず剣は砕けた。では槍を使ってみれば、初速に耐えきれず粉微塵となった。ならば斧を使えば、斧頭(ヘッド)がすっぽ抜け遥か彼方へと飛んでいった。だったら弓ならばと、矢をつがえて引き絞り、放った瞬間に弓と弦が弾け飛んで矢も消えてしまった。


「ええと……レイル、とかいったな? 構えはいいんだが、武器とか壊しちゃ駄目だろ流石に」

「すみません。どうも力の加減ができずつい壊してしまうんです」

「つい、じゃないだろ。これ以上壊されちゃ試験にも支障が出る。もうお前は別の試験でも受けろ」


 と、こんなやり取りをして試験官から追い出されてしまった。

 そして次の魔力検査が始まったのだが。


「検査は簡単。この水晶に触れて魔力があるかどうか測定して、魔力があれば得意な属性を調べるだけです。さあ、触れてください」


 なんか度がキツそうな眼鏡をかけているオバさんに言われるまま水晶に触れたレイルだったが、失明してしまいそうな真っ白な光が輝いたかと思うと水晶が砕けてしまった。

 光るという事は魔力がある証拠なのだが、そこに得意な属性となる色が浮かび上がる筈なのに、光が強すぎて確認できないと言われてしまい、何度も水晶を触るがその度に水晶が砕けてしまい、まともな検査などできなかった。

 でだしの筆記試験が良かっただけに、散々たる残りの試験結果にレイルは落ち込んでいた。


「はあ……父さん、もしかしたら俺、学校に入れないかも」


 夕焼け空に一人で呟くが、それに返してくれる者は誰もいなかったのだった。



 ***



 パルス魔法騎士学院。それはグランパル大陸に存在する五大国が一角、パルス王国が運営をしている教育機関である。その実績から年々多くの入学希望者が訪れ、その合格者を選ぶ作業に教師たちは追われていた。何せ、合格者によって学院の評判も上下するのだ。その作業に間違いがあってはならない。

 その最終確認として学院長が書類に目を通すのだが、これがまた辛い。


「ふむ、相変わらず多いのう。最近は目もボヤけてきて腰も痛いし、この作業は老体に堪えるわい」


 そう愚痴を零すのが、パルス魔法騎士学院の学院長。バルゲート・グロン・レズバーズ・フォン・デュレンドル・アルバート・ダルムネアだ。種族はエルフ、今年で518歳だ。

 パルス王国の王家とも知己の間柄であり、何代か前の王に頼まれて学院長の座に座ったのだが、最近ではその選択を間違ってしまったのでは考え始めている。

 バルゲートは紅茶を飲み干してから、老体に鞭を打って再び仕事に戻る。

 パラパラパラと、何百枚にも及ぶ書類に書かれた情報を読み解きながら、本当にこの学院で学ぶに相応しいや否やを定めていると、一枚の書類を見てピタリと動きを止めた。


「ほうほう、レイル・ヴリトラとな。面白い名じゃな」


 膨大な記憶の海から情報をサルベージする。

 その名を聞いたのは、実に400年振りだとバルゲートは笑みを深くした。

 ヴリトラ。またの名を"遮るモノ"。その出会いは411年前までに遡る。

 グランパル大陸を滅亡の危機に陥れたとされる伝説の邪竜。それが発見され、討伐すると大陸各地で討伐隊が編成され、その中に当時まだ若かったバルゲートも、魔導士隊に加わってヴリトラを討とうと参加していた。

 結果からいうと、討伐は大失敗。数十万規模で編成された討伐隊は完全に壊滅した。あれは戦いというより、ヴリトラの一方的な大虐殺であった。高名な騎士達の剣で傷付ける事は叶わず、高位の冒険者たちの槍を弾き、悪名を轟かせた山賊たちの斧を砕き、あらゆる魔法を無効にして、その腕の一振りだけで討伐隊を半壊にまでさせた。当時から既に最高の魔導士として名を馳せていたバルゲートですら、生き残る事で精一杯だった。

 兵を無駄に死なせた大失態を当時の王が歴史の闇に葬ったため、今ではそれを伝える歴史書は無い。

 生き残った、というより戦意の無かった者のみを見逃してヴリトラは去ったのだが、もしもう一度会えるのなら、何故見逃したのかその理由を訊いてみたい、と古い友人のような感情を抱いていたのだが、過去の回想に現を抜かしている訳にはいかない。


「この子の試験結果、実に面白いのう。筆記は満点じゃが、それ以外は測定不能か」


 筆記試験の問題はバルゲート自らが監修しており、満点を出す事はほぼ不可能となっている。というのも、流通の少ない歴史書の一文にしか載っていない問題や、バルゲートのように長寿で実際にその場面を見ていない者では答えられない問題を数問散りばめられているからだ。

 それを満点。そして試験官が書く備考欄には、問題を最も速く問いていたと書かれていた。そして実力査定では、素質はあるが加減ができないと。魔力検査では測定器の水晶が壊れたと記されている。

 実に面白い内容に、バルゲートは笑みを深くした。


「今年の学院は面白くなりそうじゃのう。それなのに文官科に入学させるのは、あまりに勿体ない、勿体ないのう」


 学院にはそれぞれ三つの科がある。知識に秀でた者を集めた文官科。魔法に才のある者は魔法科。武勇に優れた者ならば騎士科。以上三つの学科があるのだが、ただ一つ、特例として三つの科の授業を自由に受ける事が可能な、第四の学科がある。文武両道、選ばれた者にしか与えられぬ、特別な道。


「この子には、魔法騎士科で頑張ってもらおうかの」


 文官科の上に魔法騎士科のサインが書かれ、その書類は他の書類たちの中に埋まったのだった。

誤字とかありましたらご報告お願いします。

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