「信じられない!」
アーサの腕を握ったまま、ロレインが拍子抜けしたような顔でウィリアムが消えた特別宿舎のほうを見つめた。
「・・・。ごめんね」
ぼうっとしていたロレインは突然の謝罪に「え」と声を漏らした。
「私のせいで、絡まれるし、団長に、目をつけられて・・・」
声がどんどん小さくなり語尾はそれこそ蚊の羽音のようだった。
「ううん。頭にきただけよ。団長も。あんな人の下で働くくらいなら町工場でこき使われた方がいいわ」
本心からそう思っているのだろう、けろっとした顔で言う。
「それより」といってロレインはアーサの肩をつかみ、自分と同じ目線にして向かい合わせる。
「ウィリアム団長の噂、知ってる?」
先程ロレインが『噂には聞いていた』と言っていたことを思い出すが、アーサがウィリアム団長に関して思い当たることは何も無かった。
アーサにとってウィリアムは、自分が所属する兵団の団長、つまるところ遠い上司という認識と知識しかない。
「やっぱり。アーサは疎いものね」
やや呆れたように言うロレインに、思わず謝りそうになるが、その前に再びロレインが話し始めた。
「あの団長、一言で言ったら相当な女好きらしいわよ」
アーサは表情を固まらせた。女好きな上司、まるでお話の中の人みたいだ、とウィリアムの認識を改めた。
「他人事じゃないのよ?」
「・・・え?」
「さっき言ったでしょ?恋人だって思われたって!それにあいつ、付き合おうって言ったのよ!?」
「うん」
「信じられない!」
ロレインが憤慨しているのは、アーサが鈍いせいでもあるのだがそれとは別に、ウィリアムのあの態度のせいでもあるようだ。
アーサはウィリアムの態度について憤慨するロレインが、いまいち分からない。ウィリアムは付き合うことを強要していないし、すぐに手を離して行ってしまったのだから冗談の可能性のほうが大きいと思う。そもそも、茶髪に碧眼、肌は女性よりも白くきめ細やかである。整った顔立ちにすらりとしていながら服の上からでも分かる筋肉にあの上背。それに加えて団長と言う地位。女好きの噂があろうとも寄り付く女の人は数知れず、だろう。アーサに声をかけるほど困ってもいなさそうだ。
ぷりぷりと怒っているロレインにそういう旨を伝えると、ロレインは脱力したように肩の力を抜いた。
「あんまり大きい声で言うことじゃないから、場所を変えましょう」
そういうとロレインはアーサの腕をつかみ、ずんずんと女子宿舎内へと進んでいった。
しばらくお休みします。