出会い
春はもうすぐそこまで来ているというのに、日が落ちると空気は冷え切る。古めかしい煉瓦が城壁の威厳をを作り出している。当番の兵士はこれから詰所で見慣れた顔と二人、寒さと睡魔に耐え抜かなければならない。夜の門番はどうしたって気が重くなるものだった。そこでよくあるのは自分より階級が下の兵士、特に新兵に対する習慣となってしまったとさえ言ってもいい、いびりだった。
「いいよなぁ、女は夜番はないんだからよ」
交代のためにやってきた兵士の一人、痩せた男がこれまで番をしていた新兵二人に嫌味な調子で声をかけた。
「まったくだよ。それによぉ、お前女じゃねぇんだろ」
新兵のうち一人に、蔑みの視線がささる。長身痩躯を絵に描いたような体型に中性的な顔立ち。長髪ではあるものの、この国では男でも不思議ではない。間髪あけずにもう一人の新兵が反論する。
「かわいそうな目ね。それとも脳みそのほうかしら。アーサは女よ」
小柄で華奢、しかし女らしい体つき。つり目気味の大きい碧眼にすっと通った鼻筋に薄い唇。煌くような金髪をツインテールにしている、兵士だということが疑わしいほどの美少女だ。
ただ、どうやら気が強いらしい。怖じることなくきっぱりと言ってのけたのはいいのだが、言い方が悪く、火に油を注いでしまった。
「お前は確か、ロレイン・ベイルだったな」
今度は、中肉中背の三白眼の男が言った。仕事前だというのに酒を飲んでいたらしい。頬がやや紅潮している。
「お前は良いよなぁ、言わずと知れた美少女様だもんなぁ。さぞおモテになるでしょうなぁ!」
馬鹿にしたようなふざけた調子で男がった。
「アーサと言ったか。お前は、どこに行っても嘘つきだもんな」
「そうさね、隊内で知らぬものは居ない嘘つきだ。なんと言っても性別をいつわってるんだからよぉ」
アーサは床に目線を落とし口を結んでいる。ロレインは軽蔑の眼差しを男達に向け唇を噛んだ。
「なんだ、ロレイン。何か言いたいのかな?」
まるで幼子を馬鹿にするような態度だった。
「こいつが男だってのが嘘なら、恋人の一人でも紹介してみろよ」
「そんなまどろっこしいことしねぇでも脱げばわかることじゃねぇか」
言いながら下卑た、嘲笑ともつく笑い声を高らかにあげた。ロレインが耐え切れぬと言わんばかりに息を吸ったとき
「あ、こんなところに居た!」
闖入者が現れた。茶髪に碧眼の長身の男だ。
「なかなか部屋に来ないから。探したんだよ」
男は笑みを浮かべ駆け寄り、男達に見せ付けるかのようにアーサの肩に手を回す。
「た、い、ちょう」
男達が口をぱくぱくさせながら言った。酔って紅潮していた頬もいまや見る影もなく真っ青だ。
「二人に、なにを?」
隊長、ウィリアムは笑みを浮かべたまま言った。その笑顔も今の男達からすると威圧感しか感じなられない。
「ちょ、っと、その、少々世間話を…」
絵に描いたように目を泳がせ、慌てて答えた。
「世間話」
ウィリアムが繰り返す。声に表情はない。男達はいよいよいたたまれなくなった。ロレインは男達を睨みつけたまま何も言わない。肩を抱かれているアーサはうつむいたまま目を泳がせている。
短い沈黙の後、ウィリアムが息をはいた。
「そうなんだ。じゃあ、もういいかな?君達もそろそろ仕事に戻らなければならないだろう?」
「は、はい!」
男達は勢い良く大きな声で返事をした。
「それじゃあ、行こうか」
ウィリアムはアーサの肩を抱いたまま、ロレインを連れ兵士宿舎のほうへと歩き出した。