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第三話 屋内プールでデートもどき ナンパ野郎って本当に実在するんだな

 朝、六時半頃。

「英太お兄ちゃん、起っきろーっ!」

「うぼぁっ! 育歩ちゃん、その起こし方やめろって。重い」

 英太はすぐに目を覚まし、苦しそうな表情でお願いする。彼の腹の上に思いっきり乗っかられたのだ。

「もう、英太お兄ちゃん、重いは失礼だよ。アタシまだ三〇キロちょっとなのに」

「いっててて」

 さらに強く密着されてしまった。

「早く起きて朝ご飯作ってぇー」

「分かったから早くのいて」

「おはよー英太、育歩ちゃん」

「エイタおはよー」

 潤子と乃々絵も寝惚け眼を擦りながらこのお部屋に入ってくる。

「育歩ちゃん、やっぱ今朝も俺が作らなきゃいけないのか?」

「当然でしょ。契約期間中なんだから」

「面倒くさぁ」

 英太は目覚めはすっきりとしていたが、だるそうに朝食作りをこなしていった。

 今朝はシリアル食品にキウイとバナナ。準備に要した時間は十分足らず。昨日以上の手抜きである。

 朝食後は食器洗い、

(育歩ちゃんと乃々絵姉ちゃんの下着に触れるのは、なんか罪悪感が……)

そして洗濯も今日は干す所まで英太一人でやらされたのであった。

          ※

九時ちょっと過ぎ。英太達は電車を乗り継いで近隣の東京サウスわくわくランドパークを訪れた。屋外プールもあるが、例年通り六月三〇日まで休業中だ。

みんなはガラス張り吹き抜け開放感たっぷりのドーム内へ。

「水着のお店寄って行こう! 私、新商品見たいっ!」

「俺は全く興味ないや」

英太以外のみんなはプールゾーンへ向かう前に、スイムショップへ立ち寄ることに。

「みんなはビキニとか紐パンとかTバックタイプの水着は着ないの?」

「潤子ちゃん、高校生の私には過激過ぎるよ」

「わたしはこれは無理です。こんなの着たら英太さんも目のやり場に困っちゃいますよ」

「Tバックのは、お相撲さん以上におしり丸見えだね。アタシはワンピースタイプの方が好き」

「ワタシもそれが一番落ち着くなぁ」

「みんなまだまだ子どもね。このタイプの方がトイレに行きたくなった時便利なのに。あっ、あの海パン、英太にぴったりかも」

 女の子みんなで楽しそうに商品を眺めている中、

(なんとも手持ち無沙汰だ)

 英太は店外の休憩所ベンチで携帯電話をいじりながら待機。

「英太お兄ちゃん、潤子お姉ちゃんがかっこいい海パン買ってくれたよ。ほら見て。キングコブラさん柄。これ穿いて」

「俺、そんな派手なのは着ないから。無駄遣いはダメだよ」

 五分ちょっとでみんな戻って来てくれた。

 いよいよプールゾーンへ。

(やっぱ女の子達はまだ着替え終えてなかったか。予想は出来てたが、カップルや家族連ればっかりだな)

 英太が一番早く着替えを済ませ、プールサイドへ。前方に広がる光景を眺めていると、

「英太、どう、似合う?」

 潤子が露出たっぷりのビキニ姿で現れ、こう問いかけて来た。

「似合わん」

 英太はろくに見ずに即答する。

「ひどいな英太。英太の高校も水泳の授業もうすぐ始まるでしょ? 特訓してあげよっか? あたしも水泳そんなに得意じゃないけど、クロールなら五〇メートルくらいはノンストップで泳げるよ」

「べつにいいって」

「あぁん、もう。それじゃ、いっしょにゴムボートに乗って遊ばない?」

「断る」

「英太ったら、照れなくっても。昔はよく遊んだじゃん」

 潤子はくすっと微笑む。

「英太お兄ちゃん、やっぱりキングコブラさん柄の穿いてくれてなーい」

「英太くん、この水着どうかな?」

「英太さん、お待たせしました」

「エイタ、これで目立たないかな?」

 他のみんなは露出の少ないワンピース型水着だ。

 乃々絵は恥ずかしいのかトロピカルなデザインのパレオも巻いていた。

「……似合ってる、似合ってる」

 英太は作り笑いを浮かべ、社交辞令のように言った。

「みんな、泳ぐ前に入念にストレッチをするよ。みんなアタシの後に続いてね。まずは膝屈伸から。いーち、にっ、さんっ!」

 育歩はノリノリだ。

「いっち、に、さん」

 掛け声を出して楽しそうにこなしていく潤子。

「……」

 聡葉は無言だが、やる気満々で育歩の動きに合わせる。

「周りの人は全然やってないのに、なんか恥ずかしいな」

「ワタシも。めちゃくちゃ見られてるよね?」

「俺もだ。今日は遊びだし、べつにやる必要なんてないよな?」

「こらこらみんな、真面目にやって」

 他の三人は照れくさそうに準備運動をこなしていった。

 首の運動で閉め、

「それじゃ、泳いでくるね」

 育歩はプールへ駆け寄りドボォォォンと飛び込んだ。

「ワタシも水泳の練習もしようと思ったけど、これだけ人多いと恥ずかしくて出来ないよ」

「私も泳ごうとは思わないな。ビーチボールで遊ぶ方がいいよ。ねえ英太くん、ふくらませてー」

「足踏みポンプ使ったら簡単だろ」

「それだと英太くんに見せ場を作れないと思って」

「作る必要ないと思うんだけど……分かった、分かった。ふくらませてあげる」

 英太は地球儀型ビーチボールの空気穴の部分を口にくわえ、息を吹き込んでいく。

「疲れたぁー」

 満タンにした時にはかなり息が切れていた。

「ありがとう英太くん、さすが男の子だね」

 望実から感謝されるも、

「英太、肺活量少なそうね。時間かかり過ぎ」

 潤子にくすっと笑われてしまう。

「英太くん、こっち投げてー」

「分かった。それじゃ俺はあの辺にいるから」

「英太くんもいっしょにビーチボールしよっ」

「俺はいい」

 英太は望実に向かって投げると、四人がいる場所から離れていく。

「英太ったら、せっかくのハーレムなのに。望実ちゃん、こっち投げて」

「潤子ちゃん、いっくよーっ。それーっ。あっ、ヤシの木の方へ飛んでっちゃった。ごめんね」

「ドンマイ、ドンマイ」

「ジュンコお姉さん、パス」

「それっ」

「乃々絵さーん、わたしのとこへよろしく」

「はいどうぞ。あっ、プールの中入っちゃった」

 四人は不器用ながらもビーチボールで遊び始める。

 それから五分ほど経った頃、

「あたし英太のとこ行って来るね」

 潤子は聡葉に向けてトスを上げるとそう伝え、ここから立ち去る。

(ガジュマルって独特な形だな)

 同じ頃、英太はベンチに腰掛け、プールサイドに生えている熱帯植物を観察していた。

「ねえ英太、望実ちゃんといっしょにこれに乗ってあげて」

 そこへやって来た潤子は、途中レンタルコーナーに寄って借りて来たビニールボートをかざす。

「嫌だって」

「あそこのカップルだってやってるでしょ?」

「俺と望実ちゃんはカップルじゃないし」

英太はベンチから立ち上がり、スタスタ早歩きで逃げていく。

「待って英太」

「しつこい」

 英太が不快な気分でこう呟いた矢先、

「英太くん、危なぁい!」

 望実の叫び声。

 ビーチボールが飛んで来たのだ。

「ぐわっ!」

 それは英太の後頭部に直撃した。

「ごめんね英太くん、わざとじゃないの。怪我はない?」

 望実はぺこぺこ何度も頭を下げて謝ってくる。

「望実ちゃん、俺は平気だから、気にしないで」

 英太は優しく伝えた。

「ねえ望実ちゃん、このボートに英太といっしょに乗ってあげて」

「えっ、それは、ちょっと、恥ずかしいな」

 望実は照れくさそうに笑ってためらう。

「ほら、望実ちゃんも嫌がってるだろ」

「あぁん、残念」

「エイタ、ノゾミちゃん、三〇秒だけでもいいから乗って」

「望実さん、英太さん、お願いします」

「それじゃ、乗ろっか、英太くん」

「あっ、ああ」

 英太と望実はプールに浮かべたビニールボートに乗っかると、向かい合った。

「なんかバランス悪いね。ちょっと動いたら落ちそう」

「そうだな」

けれどもお互い視線は合わせられずにいた。

「二人とも、はいチーズ」

 潤子に防水デジカメでちゃっかり撮影されてしまい、

「こらこら」

「潤子ちゃん、恥ずかしいよ」

 英太は苦笑い、望実は照れ笑いする。

「エイタとノゾミちゃん、本当のカップルみたい。サトハちゃんも、ヒデミチくんとこういうことしてみたいなって思ってる?」

「いやべつに」

「本当かなぁ聡葉ちゃん」

「本当です潤子さん」

 聡葉がむすっとした表情できっぱりと伝えた直後、

「うっ、うわぁ!」

「きゃっ!」

 英太と望実の乗ったボートが転覆してしまった。二人とも水中へ放り出される。

「やっほー英太お兄ちゃん、望実お姉ちゃん」

 育歩が水中から底の部分を手で勢いよく押し、バランスを崩させたのだ。

「こら育歩ちゃん、危ないだろ」

「育歩ちゃん、私びっくりしたよ」

 しかめっ面の英太と、にっこり笑顔の望実の反応を見て、

「えへへっ」

 育歩は得意げに笑う。

「育歩さん、ダメですよ、そんなことしたら」

 聡葉は叱らず優しく注意。

「はーい。ごめんなさい。アタシ、ウォータースライダーで遊んでくるねーっ」

育歩はそう伝えてその設備がある場所へ駆けて行った。

「わたしもウォータースライダーで遊ぼっと。あれ大好き」

 聡葉も後に続く。

「英太は望実ちゃんといっしょに乗ってあげなよ」

 潤子はこう勧めてくる。

「それはちょっと……」

「あの、英太くん、いっしょに乗って。一人じゃちょっと怖いから」

 望実に手首を掴まれお願いされ、

「わっ、分かった」

 英太は緊張気味に承諾した。

「英太と望実ちゃんは、二人乗り専用のあれに乗るべきね」

 潤子は三種類あるウォータースライダーのうち、最も傾斜が急なのを指した。

「いやいや、俺は緩やかな青色の方に」

「私もそっちがいい。もっと緩やかな子ども用の方ならもっといい。あれは見るからにものすごーく怖そう。ライオンさんの口からして」

「エイタ、ノゾミちゃん、カップルに大人気だからあちらに乗ってみて」

「あっちの方が絶対楽しいですよ。わたしもあれに乗るので」

「聡葉ちゃんも乗るなら、乗ってあげてもいいかな」

「しょうがない、一回だけだからな」

 望実と英太は雰囲気に推され決意を固める。

「潤子お姉ちゃん、アタシも身長制限クリアー出来たから、あの急なやつに乗るぅ。潤子お姉ちゃんいっしょに乗ろう!」

「いいわよ。よかったね育歩ちゃん」

「うん、四月の身体測定の時は139.6しかなかったから嬉しい♪」

 一四〇センチのラインを超えれて大満足な様子の育歩。

「すごく楽しそうにはしゃいでるね」

「よく楽しめてるな。俺には感覚が理解出来ん」

 乗ろうとしているウォータースライダーから急降下したカップルを見て、望実と英太は苦笑い。

 潤子と育歩の後ろに英太と望実。その後ろに聡葉と乃々絵が並んだ。

「もう順番回って来たわ。それじゃみんな、お先に」

「楽しみ、楽しみ♪」

 潤子と育歩、わくわく気分でゴムボートに乗り込み、

「それじゃ、行ってらっしゃい」

 お姉さん係員からの指示で出発。ちなみに育歩が前だ。

「英太くん、前に乗ってね」

「分かった」

 ついに順番が回って来た英太と望実は恐々とゴムボートに乗り込む。二人とも手すりをしっかりと握っていた。

「彼氏さん、怖がらずに頑張って♪ それじゃ、行ってらっしゃい」

 お姉さん係員からの気遣いの声もかけてもらっていよいよ出発。

 二人の乗ったゴムボートが、高さ十メートルの場所から急斜面を猛スピードで急降下していく。

「うわぁぁぁっ!」

「きゃぁぁぁっ!」

 落下地点でザブゥゥゥーンと高く水飛沫を上げ、二人ともずぶ濡れに。

「英太くん、大丈夫?」

「当然」

 ボートの動きが落ち着いたのちそんな会話を交わした直後、

「潤子お姉ちゃん、あれもう一回乗ろう!」

「うん! 今度はあたしを前に乗らせてね」

 プールサイドを走ってまた同じウォータースライダーの方へ向かっていく育歩と潤子の姿を目にした。

「育歩ちゃん、こういうの好きなんだね。私はもうこりごり」

「俺ももういい」

英太と望実はくたびれた様子でプールサイドに上がり、ゴムボートを仲良く持ち合って返却しに行く。

「ワタシ、けっこう恐怖を感じたよ」

「わたしも。でももう一回だけ乗りたいって感じたな」

 続いて落下した乃々絵と聡葉も返却場所へ向かい英太と望実と合流した。

 それから十分近く、四人で潤子と育歩が戻ってくるのを待つと、

「潤子お姉ちゃんとイルカボートで遊んでくるねーっ」

「英太も望実ちゃんとイルカボートで遊んであげなよ」

 育歩と潤子はそう伝え、いっしょに人工ビーチのあるプールの方へ向かっていった。

「ここのプール、ビーチでは今年から貝殻拾いも出来るようになったみたいだね」

「英太さん、わたし達といっしょに貝殻拾いしましょう」

「子どもっぽいから俺はいいや。俺、あの辺にいるから」

 英太は逃げるようにここから立ち去っていく。

「英太くん、大人の人もやってるのに」

「ワタシ、エイタの気持ち分かるな」

「英太さん不参加かぁ。スコップ三つ借りて来ますね」

 望実達が貝殻拾いをし始めてから一五分ほどのち、

「ん? あれは」

 そこから三〇メートルほど先の休憩ベンチに腰掛け、熱帯植物を眺めながら過ごしていた英太が、望実達のいる方へふと視線を向けると、異変が。

「きみ達、かっわいいね」

「おれらと遊ばない?」

 大学生と思わしき男二人組が望実達のもとへ近寄って来ていたのだ。一人は茶髪に染め、もう一人は髪は黒だがけっこう日焼けした褐色肌だった。

 背丈は二人とも一八〇センチ近くはあり、そこそこがっちりしていた。

「すみません、他に連れがいるので」

「あの、申し訳ないですが他を当たって下さい。わたし達よりももっと魅力的な若い女性他にもたくさんいらっしゃるでしょう? あそことか」

「ワタシ達、そんなにかわいくもないでしょう?」

 予想外の事態に三人とも戸惑い怖がってしまう。

「おれらきみらくらいの中高生くらいの子が好みやねん。遊ぼうぜ。なっ!」

「パフェ奢るから」

「いえ、けっこうですから」

 乃々絵が震えた声で断ると、

「まあまあそう言わずに」

 茶髪の方が乃々絵の腕をグイッと引っ張った。

(まさか、本当にナンパするやつが現れるとは。漫画やアニメみたいな展開って、本当にあるんだな。どうしよう? 勝てそうな気がしないし、でも、行かなきゃダメだろう)

 英太はこの事態にすぐに気付いたようだ。数秒悩んだのち、勇気を振り絞って彼らのいる方へ急いで駆け寄って行った。

「あっ、あのう」

 到着すると、

「あっ、英太くん」

 望実の表情が綻ぶ。

「ん? 彼氏?」

「いや、まあ、正式には違いますが、そのようなものでして」

 茶髪の方に問われ、英太はびくびくしながら答える。

「どっちなんだよ?」

 もう一方の男に睨まれると、

「ハハハッ」

 英太は苦笑いして、

 潤子姉ちゃん、助けに来てくれないかな?

 こう思いながら数十メートル先で育歩とイルカボートで楽しそうに遊んでいる潤子の方をちらっと見た。

 二人ともまだ気付いていないようだ。

「こんなひょろい男よりオレ達と遊んだ方が絶対楽しいぜ」

 褐色肌の方が望実に近寄る。

「あの、やめてあげて下さい」

 監視員の人でもいいから早く助けに来てくれよっと願いながら、英太が俯き加減でぼそぼそっとした声でお願いすると、

「あぁ?」 

 茶髪の方に顔を近づけられる。

「とにかく、ここは、お引き取りを……この子達、迷惑してるんで!」

 英太はやや険しい表情を浮かべ、勇気を出して彼なりにきつい口調で伝えた。

「分かった、分かった」

「しょうがねえ」

 すると大学生風の男二人組は英太を睨んだのち舌打ちし、素直にここから立ち去ってくれた。

「殴られるかと思ったぁ」

 英太はホッと一安心する。けれども心拍数はなかなか治まらない。

「英太くん、ありがとう」

「エイタ、すごく恰好よかったよ」

「英太さん、男らしさを見せましたね」

 みんなから感謝されるも、

「いや、まあ、みんな無事でよかったよ」

 英太はまだ恐怖心でいっぱいで、照れくささは感じられなかったようだ。

「英太くん、あの怖いお兄さん達がまた私達のところに寄ってくるかもしれないから、いっしょにいて」

「分かった」

 それからしばらく英太も交じって貝殻拾いを楽しんでいると、

「ただいまーっ! イルカボートとっても楽しかったよ」

「あたしお腹すいて来たわ。そろそろお昼ごはん食べましょう」

 潤子と育歩が戻ってくる。

「私達、さっき怖い大学生風のお兄さん二人組にナンパされちゃったんだけど、英太くんがすぐに助けに来てくれて追っ払ってくれたよ」

 望実は嬉しそうにさっきの出来事を伝えた。

「英太、さすが男の子ね」

「英太お兄ちゃん格好いい! 正義のヒーローだね」

「いや、俺は特に何も出来なかったけど、みんな、お昼ご飯、何食べる?」

 英太は照れくささを隠すようにプールに隣接するファーストフード店の方へ目を遣る。

「わたし、ロコモコにしようっと」

 聡葉は他のお客さんが手に持っていたそのメニューをちらっと眺めて決断する。

「あたしはたこ焼きとアイスコーヒーにするわ」

「俺は富士宮焼きそばとフランクフルトにするか」

「アタシはチョコバナナクレープとストロベリージュースとフランクフルトにするぅ」

「私はトロピカルフルーツカレーにしよう。あとパイン味のソフトクリームも」

「ワタシは、お好み焼きとマンゴーソフトにするよ」

みんなお目当てのメニューを受け取ったあと、

「ここ、六人掛けのはないみたいだな」

「英太と望実ちゃんは、あっちの席に座ってね。さあどうぞ」

「みんないっしょがよかったけど、仕方ないね。英太くん、座ろう」

「……うん」

潤子→乃々絵→聡葉→育歩の並びで四人掛け円形テーブル席に、英太と望実はそのすぐ隣の二人掛け円形テーブル席に座った。

「英太お兄ちゃんのフランクフルトの方がアタシのより大きくない?」

 育歩は二本のフランクフルトをじーっと見比べてみる。

「同じだと思うけど」

「英太お兄ちゃんの方が三ミリくらい大きいよ。交換して」

「いいけど」

 英太は快く承諾。

「ありがとう。あ~、美味しい♪」

育歩はカプリといい音を立てて味わう。

「英太のフランクフルトは、もう少し大人になるまで望実ちゃんに食べさせちゃダメよ」

「潤子姉ちゃん、何下品なこと言ってんだよ」

「あいてぇっ」

 英太は耳元で囁いて来た潤子のおでこをぺちっと叩いておく。

「英太くん、私のカレー少し分けてあげるよ。はい、あーん」

 望実はカレーの中にあったパパイヤの一片をさじで掬い、英太の口元へ近づける。

「いや、いいって」

 英太は困惑顔を浮かべ、左手を振りかざして拒否。右手で箸を持ち、麺を啜ったまま。

「あーん、やっぱりダメかぁ」

 望実は嘆く。でも微笑み顔で嬉しそうだった。

「英太さん、お顔は赤くなっていませんが、きっと照れていますね」

「エイタ、一回くらいやってあげたら?」

 聡葉と乃々絵はにこにこ笑いながらそんな彼を見つめた。

「出来るわけないだろ」

 英太は苦笑いしながら伝え、引き続き麺をすする。

「赤ちゃんみたいで、恥ずかしいもんね」

 育歩はチョコバナナクレープを美味しそうに頬張りながら言う。英太の気持ちがよく分かったようだ。

「たこ焼きとアイスコーヒーだけじゃ少し物足りないな。かき氷買ってくるね」

 そう伝えて潤子は席を離れた。

「アタシは波の出るプールで泳いでくるね」

 育歩はストロベリージュースを飲み干すと、すぐに席を立ってその場所へ駆け寄っていく。 

「育歩さん小学生みたいに元気いっぱいね」

「そうだね。若さだね。パインソフトすごく美味しいよ。英太くん、少しあげるよ」

「いらねー。そんな酸っぱいの」

「酸っぱくないよ」

「それでもいらねー」

「もう、全部食べちゃうよ」

 望実はにっこり笑顔でそう伝え、最後の一口を味わう。

「エイタ、フルーツあまり好きじゃないもんね」

 乃々絵はマンゴーソフトを頬張りながら呟いた。

 それから約五分後、望実がカレーも残り僅かまで食べ終えた頃に、

「英太、望実ちゃん、ヤシの実ジュースも買って来たよ。はいどうぞ。二人で仲良く飲んでね」

 潤子が戻って来て、英太と望実の目の前に置いていった。

 まさにカップルでどうぞと言わんばかりに、ヤシの実にストローが向かい合わせに二本刺さっていた。

「俺、これは飲みたくないな。不味そう」

「私一人じゃ飲み切れないよ。英太くんも協力してね」

「飲み切れなかったら協力してあげる」

「たぶん飲み切れないよ」

 望実はカレーも平らげると、

「いただきます」

 ストローに口をつけ、美味しそうに飲んでいく。

「じゃあこれ、捨ててくるね」

 英太は席を立って、近くのごみ箱に紙皿を捨てに。

「予想通りの行動ですね」

「ワタシもこうなると思ってた」

「英太もいっしょに飲まなきゃ」

 聡葉と乃々絵と潤子は、ブルーハワイかき氷を頬張りながら二人の様子を微笑ましく観察する。

「もうお腹いっぱい。あとは英太くんが飲んで」

「やっぱり残したのか。まだ半分以上はあるな……やっぱあまり美味くはない」

 英太はこう思いながらも、もう一方のストローで快く飲んであげる。

 そんな時、

「みんなもうプール入らないのぉ?」

 育歩が戻って来た。

「俺はもういい。っていうか元々プール入る気なかったし」

「私ももういいな」

「ワタシもー」

「わたしもです」

「あたしももうじゅうぶん満喫したわ」

「そっか。アタシもじゅうぶん泳いだからもうここ出てもいいよ。これから映画を見に行きたい。ちょうど見たいのがあるんだ」

 こんな育歩の希望により、みんなはこのあとは泳がずに東京サウスわくわくランドパークをあとにし、隣接する大型ショッピングモールに立ち寄った。

 ここも家族連れを中心にかなり大勢の人で賑わっていた。

「育歩ちゃん、迷子にならないようにおてて繋いであげよっか?」

「潤子お姉ちゃん、アタシもうそんな歳じゃないよ。みんな、早く映画見に行こう!」

 育歩はそう叫んでせかし、一人で先へ進もうとする。

「イクホちゃん、そんなに急がなくても次の回余裕で間に合うよ」

 乃々絵は微笑ましくそんな育歩を眺める。

シネコンへ辿り着くと、

「これ、みんな見るよね?」

育歩は壁にいくつか提示されてあるポスターのうち、お目当てのものに近寄った。

「育歩ちゃん、まだそんな幼稚なの見たいんだな」

 英太はにこにこ笑う。それは、本日公開されたばかりの女児向け魔法もありのファンタジーギャグアニメだった。

「英太くん、私もこのアニメ大好きだよ。さすがに一人じゃ見に行きにくいと思ってたからちょうど良かったよ。次の回は一時半から始まるみたいだね。もうすぐだね」

「これ、CMで予告流してましたね。わたしもちょっと気になってたの」

「ワタシの好きな声優さんも何人か出てるし、けっこう面白そう」

「今大学で習ってる発達心理学入門の勉強になりそうだし、あたしも見ておきたいわ。動物キャラが中心でイケメンショタキャラもいるから、大友ウケは悪そうね」

「俺はこの辺で待っとくよ。チケット代の節約にもなるし、そもそも高校生の見るものじゃないし」

 英太は当然、見る気にはなれず。

「英太お兄ちゃんもいっしょにこの映画見よう。さっき英太お兄ちゃんの三倍くらいは年上に見えるおじちゃんが一人で入って行ったよ」

「仕方ない」

 育歩に背中をぐいぐい押されチケット売り場の方へ連れて行かれる。

「育歩ちゃん、これはどうかな? ゾンビがいっぱいよ」

 潤子は他に上映されているホラー映画のポスターを指した。

「それは絶対に嫌っ!」

 育歩は顔をしかめ、すぐにポスターから顔を背けた。

「わたしもそれは見たくないです」

「俺も、進んで見ようとは思わんな」

「私もこういう実写のホラー映画はものすごく苦手だよ」

「ワタシもー」

「アタシは誘われたら見るけどね。中学生一枚、高校生四枚、大学生一枚」

 潤子が代表して、お目当ての映画六人分のチケットを購入。受付の人がその入場券と共に入場者全員についてくるオマケのおもちゃセットをプレゼントしてくれた。

チケット売り場向かいの売店でドリンクやポップコーンなどが売られていたが、みんなお腹いっぱいなため何も買わず、お目当ての映画が上映される5番スクリーンへ。

「望実ちゃん、周り幼い女の子ばっかりだから、やっぱり、俺達は入らない方が……」

「まあまあ英太くん。気にしなくてもいいじゃない。たまには童心に帰ろう」

 英太は否応無く、望実に背中をぐいぐい押されていく。

「英太さん、気にせずに」

「英太、幼い娘を連れたパパの気分になればいいじゃん」

 聡葉と潤子はその様子をすぐ後ろから微笑ましく眺める。

 真ん中より少し前の列の席で、英太は育歩と望実に挟まれるように座った。座席指定なのでそうなってしまった。育歩の隣が潤子、望実の隣が乃々絵、乃々絵の隣が聡葉だ。

(視線を感じる) 

 英太は落ち着かない様子だった。

 他に五〇名ほどいた客の、七割くらいは小学校に入る前であろう女の子とその保護者であったからだ。

 上映時間七〇分ほどの映画を見終えて、

「望実お姉ちゃん、とっても面白かったね」

「うん、私また見に行きたいな」

育歩と望実は大満足な様子で5番スクリーンから出ていた。

「英太、上映中一度も望実ちゃんと手を繋がなかったね。しかも途中寝てたし」

「退屈な映画だったからな」

「英太お兄ちゃんは面白く感じなかったの?」

「ああ。もろに幼児向けだし。育歩ちゃんと同じ年の子でも子どもっぽいからってこの映画見ない子の方がずっと多いと思うよ」

「幼児向けでもアタシはすごく面白いと思ったけどなぁ。英太お兄ちゃん、乳幼児向けのアニメや絵本とかを楽しんで見てあげることも、イクメンパパにとって大事なことだよ」

 育歩から注意された。

「はい、はい」

 英太は余計なお世話だといった感じの生返事だ。

「あっ! あのウーパールーパーのぬいぐるみさんとってもかわいい! お部屋に飾りたぁい」

育歩はシネコンに隣接するアミューズメント施設のクレーンゲームに視線を向けた。

「この異形の両生類、妙なかわいらしさがあるよね」

 潤子はにっこり笑う。

「育歩さん、あれは隅の方にあるし、他のぬいぐるみさんの間に少し埋もれてるから、難易度はかなり高いわよ」

「大丈夫! むしろ取りがいがあるよ」

 聡葉のアドバイスに対し、育歩はきりっとした表情で自信満々に言った。コイン投入口に百円硬貨を入れ、操作ボタンに両手を添える。

「育歩ちゃん、頑張れーっ」

「イクホちゃん、ファイトッ!」

「育歩さん、慎重にやれば絶対取れますよ」

「頑張れよ育歩ちゃん」

「育歩ちゃんならきっと取れるわ」

 他のみんなはすぐ後ろ側で応援する。

「みんな応援ありがとう。アタシ、絶対取るよーっ!」

育歩は慎重にボタンを操作してクレーンを動かし、お目当てのぬいぐるみの真上まで持っていくことが出来た。

 続いてクレーンを下げて、アームを広げる操作。 

「あっ、失敗しちゃった」

 ぬいぐるみはアームの左側に触れたものの、つかみ上げることは出来なかった。

育歩が再度クレーンを下げようとしたところ、制限時間いっぱいとなってしまった。クレーンは自動的に最初の位置へと戻っていく。

「もう一回やるもん!」

 育歩はとっても悔しがる。お金を入れて、再チャレンジ。しかし今回も失敗。

「今度こそ絶対とるよ!」

この作業をさらに繰り返す。

育歩は一度や二度の失敗じゃへこたれない頑張り屋さんらしい。

けれども回を得るごとに、

「全然取れなぁーい。なんでー?」

 徐々に泣き出しそうな表情へ変わっていく。

「あのう、育歩さん、他のお客さんも利用するので、そろそろ諦めた方がいいかもです」

 聡葉は慰めるように忠告したが、

「諦めたくない」

 育歩は諦め切れない様子。ぷくーっと膨れる。

「気持ちは分かるのですが……わたしも一度やると決めたことは、最後までやり遂げたいですから」

 聡葉は深く同情した。

「このままだと育歩ちゃんかわいそう。ねえ英太くん、取ってあげて」

「英太、ここはお兄ちゃんらしさを見せてあげなきゃ」

望実と潤子が肩をポンッと叩いて命令してくる。

「俺も、クレーンゲーム得意じゃないし。真ん中ら辺のスッポンのやつはなんとかなりそうだけど、あれはちょっと無理だな」

 英太は困惑顔で呟いた。

「ねーえ、英太お兄ちゃん、お願ぁい!」

「……分かった。取ってあげる」

 育歩に寂しがる子犬のようにうるうるとした瞳で見つめられると、英太のやる気が急激に高まった。クレーンゲームの操作ボタン前へと歩み寄る。

「ありがとう、英太お兄ちゃん。大好き♪」

 するとたちまち育歩のお顔に、笑みがこぼれた。

「さすが英太くん、男の子だね」

「英太さんの判断は正しいです」

「エイタ、年下の女の子に甘いね」

「英太、かっこいいよ♪」

 他の四人も、彼に対する好感度が高まったようだ。

(まずい。全く取れる気がしない)

 英太の一回目、育歩お目当てのぬいぐるみがアームにすら触れず失敗。

「英太お兄ちゃんなら、絶対取れるはず♪」

 背後から育歩に、期待の眼差しでじーっと見つめられ、

(どうしよう)

 当然のように英太はプレッシャーを感じてしまう。

「英太くん、頑張れーっ!」

「英太さん、ドンマイ!」

「エイタ、ご健闘を祈るわっ!」

「英太、頑張ってね」 

(よぉし、やってやろう!)

 他の四人からの声援を糧に英太は精神を研ぎ澄ませ、再び挑戦する。

 しかしまた失敗した。アームには触れたものの。

けれども英太はめげない。

「英太お兄ちゃん、頑張ってーっ! さっきよりは惜しいところまでいけたよ」

 育歩からも熱いエールが送られ、

「任せて育歩ちゃん。次こそは取るから」

英太はさらにやる気が上がった。

 三度目の挑戦後。

「……まさか、本当にこんなにあっさりいけるとは、思わなかった」

 取出口に、ポトリと落ちたウーパールーパーのぬいぐるみ。

英太は、育歩お目当ての景品をゲットすることが出来た。ついにやり遂げたのだ。

「やったぁ! さすが英太お兄ちゃん! だぁぁぁーい好き♪」

 育歩は大喜びし、バンザーイのポーズを取った。

「英太くん、おめでとう! 三度目の正直だね」

「英太さん、大変素晴らしいプレイでしたね」

「エイタ、ワタシ、感動したわ」

「英太おめでとう、イクメン力もさらにアップしたね」

 他のみんなもパチパチ拍手しながら褒めてくれる。

「たまたま取れただけだって。先に育歩ちゃんが、少しだけ取り易いところに動かしてくれたおかげだよ。はい、育歩ちゃん」

 英太は照れくさそうに伝え、育歩に手渡す。

「ありがとう、英太お兄ちゃん。ウッパちゃん、こんばんは」

 育歩はさっそくお名前をつけた。受け取った時の彼女の瞳は、ステンドグラスのようにキラキラ光り輝いていた。このぬいぐるみを抱きしめて、頬ずりをし始める。

「育歩ちゃん、幸せそうね」

 育歩はにこやかな表情で話しかけた。

「うん、とっても幸せだよ」

 育歩は恍惚の笑みだ。

「育歩ちゃん、楽しい思い出が出来てよかったね」

 望実は優しく微笑み、育歩の頭をなでてあげた。

 アミューズメント施設をあとにしたみんなは続いて、

「ワタシ、ちょっとこのお店に用事あるから」

乃々絵の希望により、モール内のアニメグッズ専門店に立ち寄った。

発売中または近日発売予定のアニソンBGMなどが店内に賑やかに流れる。

「乃々絵お姉ちゃんは、声優さんのイベントはよく参加する方?」

 育歩の質問に、

「ワタシ、声優さんのイベントはそんなに魅力は感じないの。特に女性声優さんの場合、客はディープな男の人ばっかりで怖いから」

 乃々絵は苦笑いを浮かべながら伝えた。

「そっかぁ。まあ気持ちは分かるな。アタシも一回お友達と見に行ったことがあるけど、また行きたいとは思えなかったから」

「ああいうの、男の俺から見ても怖いよ。秀道がよく見てるアニメイベントのブルーレイで声優さんが挨拶する度にうをぉーっ、とかオットセイみたいに叫んで、声優さんが歌ってる時はうぉうぉ叫びながらペンライト振り回してすごい激しく踊ってる集団」

「私は恥ずかしがり屋さんだし怖がりだから、声優さんは絶対無理だなぁ」

 英太と望実も苦笑いを浮かべる。

「ワタシも声優を職業としてやるのは無理。でもアフレコ体験はしてみたいな」

「わたしも同じく」

「アタシもしてみたーい。楽しそう」

「あたしの通ってる大学の学園祭、去年はアフレコ体験コーナーもあったみたいよ。今年もそのイベントあったら連れてってあげるよ。十一月上旬でまだまだ先だけどね」

「ワタシめっちゃ行きたい。ジュンコお姉さん、楽しみに待ってるね」

「アタシもーっ」

「私も。あったらいいな」

「わたしも一回体験してみたいです」

「俺は全然興味ないや」

「アニ研の子の自主制作アニメのアフレコだから、あまり期待は出来ないと思うけどね」

「それでもじゅうぶんよ。それじゃワタシ、トーンと原稿用紙買ってくるね」

 乃々絵はそう伝えてお目当ての画材道具コーナーへ。

 他のみんなは文房具などのキャラクターグッズコーナーへ立ち寄る。

「ナ○トの下敷きとノートと、ボールペンも買おう」

「育歩ちゃん、無駄遣いはし過ぎないようにな」

「はい」

 育歩がお目当てのグッズを籠に詰めている時、

「お待たせー」

 乃々絵が戻って来た。籠にはB4サイズの漫画原稿用紙と数種類のスクリーントーンが。

「乃々絵お姉ちゃんはグッズは買わないの?」

 育歩が尋ねると、

「うん。黒○スとか銀○とか暗○教室とかの新作グッズ欲しいのいっぱいあるけど、ここは我慢。今月の小遣い無くなっちゃう」

 乃々絵は商品棚から目を背けた。

「それじゃ、そろそろお金払ってここ出よっか?」

 望実がそう言った直後、

「あっ! ちょっと待って」

英太はコミックコーナーにいた誰かに気が付き、近寄っていく。

「やぁ、笹島君ではあ~りませんか。奇遇ですねぇ」

 秀道であった。

「秀道、また同じやつ保存用、鑑賞用、布教用の三つ買うつもりなのか」

 英太は秀道が手に持っていた籠の中を眺め、呆れ気味に呟く。

「笹島君、この三つは全く違うものですよん」

「タイトル同じだろ」 

「これはラノベをコミカライズしたものなのですが、作者と出版社がそれぞれ違うのですよん。アニメが始まる前に、原作コミカライズ版も買おうと思いまして」

 秀道はにこやかな表情で主張した。

「表紙は確かに違うけど、なんか、どれも同じような絵柄に見える」

 英太は若干呆れ顔だ。

「笹島君、全く違うではあ~りませんか。目をよく凝らしてみましょう」

 秀道に軽く鼻で笑われてしまった。

「こんにちは秀道さん、ここに来るならいっしょに参加してくれればよかったのに」

「やっほー、秀ちゃん、奇遇だね」

 聡葉と望実は嬉しそうにご挨拶。

「どっ、どうもぉ。僕、この近くでやってる科学博見に行った帰りでして」

 秀道は緊張気味にご挨拶。

「英太のお友達の丸尾くんもどきくん! 久し振りね」

「ヒデミチくん、お久し振り。また痩せたような」

 潤子と乃々絵も秀道の姿に気付くと、彼の側にぴょこぴょこ駆け寄っていく。

「あっ、どうもどうも」

 秀道はけっこう緊張気味だ。彼の心拍数、ドクドクドクドク急上昇。そんな彼に、

「この子が英太お兄ちゃんの親友の秀道お兄ちゃんかぁ。お金持ちのお坊ちゃんって感じね。はじめまして」

 育歩は爽やかな表情と元気な声で挨拶した。

「こちらの、子が、笹島君にイクメン候補育成指導しているという……」

秀道はますます緊張してしまう。年下の現実の女の子は特に苦手なのだ。

「その通りよ。アタシの名前は乳井育歩っていうの。今、英太お兄ちゃんちでお泊りさせてもらってるんだ」

 育歩は爽やかな笑顔で伝える。

「そうでしたかぁ」

 秀道は居心地が悪くなったのか、

「じゃっ、じゃあね」

会計を済ませるとそそくさこのお店をあとにした。

「秀ちゃん逃げちゃったね」

「秀道さん、そんなに慌てなくてもいいのに。シャイな性格をなんとかしてあげたいです」

 望実と聡葉は彼の後ろ姿を微笑ましく見送った。

「サトハちゃん、ヒデミチくんに絶対恋心持ってるでしょう?」

 乃々絵はにこりと笑い、聡葉の肩をポンッと叩く。

「乃々絵さん、そんなことは全くないからね」

「いててて、ごめんねサトハちゃん」

 きっぱりと否定され、両ほっぺたをぎゅーっと抓られてしまった。

(聡葉ちゃん、照れ隠ししてるわね)

 潤子はふふっと微笑む。

「アタシ次は文房具屋さん行きたいな」

 育歩の希望によりそこへ向かっていく途中、

「あら、あなた達もここへ来てたのね」

 保泉先生とばったり出会う。娘の梨音ちゃんをベビーカーに乗せていた。

「あっ、保泉先生!」

「ここに来ていたとは……」

「こんにちは保泉先生。学外でもよく会いますね」

 思わぬ再会の仕方に望実、英太、聡葉は少し驚く。

「保泉のおばちゃんだぁっ!」

「こらイクホちゃん、おばちゃんは失礼でしょう。エイタ達の担任の保泉先生、昨日振りですね」

 育歩と乃々絵は思わぬ再会に喜んでいた。

「この子が梨音ちゃんだね。かっわいい!」

「赤ちゃんって本当にかわいいね」

 その二人は初対面の梨音ちゃんに目をきらきらさせる。

 この時、梨音ちゃんは気持ち良さそうにすやすや眠っていた。

「今日は梨音のベビー服と絵本とおもちゃを買いに来たの」

「どうも、はじめまして」

 旦那さんもいた。背丈は一六五センチで低め、痩せ型、それほどイケメンでもないが、ほんわかとしていて優しそうな雰囲気を漂わせていた。

「ほっちゃんの旦那さん、マ○オさんっぽい」

 潤子はそんな第一印象を抱く。

「良きパパって感じの人だね」

 望実が褒めると、

「いやいや、それほどでも」

 旦那さんは謙遜してにこやかに笑う。

「おじちゃんは何歳?」

 育歩が知りたそうに質問すると、

「三一歳だよ」

 旦那さんは快く教えてくれた。

「思ったより年上だ。まだ二十代半ばに見えますね」

 聡葉はこう褒める。

「そうかな?」

 旦那さんは陽気に笑った。

 その直後、

「ふぇぇ、ふぇぇぇ」

 梨音ちゃんが起きて、泣き出してしまった。

「おしっこ出ちゃったみたいだから、おむつ替えてくるわね」

 保泉先生が梨音ちゃんのおむつに鼻を近づけながらそう伝えると、

「保泉のおば、お姉さん、おむつ交換、英太お兄ちゃんにやらせてみて下さい」

 育歩はこうお願いする。

「そうねえ。出来るようになっておいた方がいいかも」

「俺には無理ですよ」

 英太は嫌がるが、

「笹島英太君だったね。ぜひやってみてくれ。勉強になるから」

 旦那さんも快く承諾。

「いや、俺まだ高校生だし早過ぎますって」

「高校生でも、保育科とか生活科とか家政科とかの子だと保育実習で赤ちゃんのおむつ交換やってるよ」

 育歩は笑顔で伝える。

「俺普通科だから。それに、その保育実習も事故防止のために人形でやるんじゃないのか?」

「笹島くん、将来のためのいい経験になるからぜひやってみて。手助けするから」

 保泉先生からウィンクされお願いされると、

「まあ、一回だけなら」

 英太は仕方なく引き受けた。

「英太お兄ちゃん、本当のパパらしく頑張ってね。さあ行こう!」

 そういうわけで英太は育歩に手をぐいっと引っ張られ、強引に授乳室へ連れて行かれてしまった。旦那さん以外の他のみんなも授乳室へ。

「梨音ちゃん、おむつ換えまちゅね」

 保泉先生がおむつ交換台に娘の梨音ちゃんを寝かせると、

「あぁ~」

 梨音ちゃんはすぐに泣き止んでくれた。

「英太お兄ちゃん、スキンシップも大事だから赤ちゃんを褒めてあげて」

「どう褒めればいいんだよ?」

「おしっこいっぱい出てよかったねぇ。とかって」

 育歩からそう教えられ、

「えっ、その、おしっこ。出て、よかったな」

 英太は照れくさそうに作り笑いをして棒読みで言う。

「うぇぇぇ! うぇぇぇ!」

 すると梨音ちゃんは大声で泣き出してしまった。

「保泉先生、どうしましょう?」

 英太は戸惑う。 

「大丈夫よ。梨音ちゃん、おしっこいっぱい出てよかったでちゅね」

 保泉先生が赤ちゃん言葉をかけて微笑みかけると、

「ああぁぁぁ、きゃはっ」

 梨音ちゃんは泣き止んでにっこり微笑んでくれた。

「さすがほっちゃん」

「さすが本物のお母さんだね」

 潤子と望実は感心する。

「いよいよおむつ交換よ。笹島くん、梨音ちゃんの両足を上げて、おしっこついちゃったパンツを脱がしてね」

「はい」

英太がその作業をしようと恐る恐るおむつに手を触れたら、

「あぁぁぁ、あぁぁぁ~ん!」

 梨音ちゃんはまた泣き出し暴れ出してしまった。

「どうしよう?」

 戸惑う英太。

「梨音ちゃん、ちょっと待っててね」

 保泉先生が抱きかかえてあやして大人しくさせる。

「ありがとうございます。それじゃ、外すよ」

 英太は今度は泣かせることなく汚れたおむつを外すことに成功。

「くさっ」

 思わず本音が漏れてしまう。う○こじゃなくて良かったぁ。とも思っていた。

「次はこのタオルでお尻の回り拭いてあげてね」

 保泉先生から手渡されると、

「分かりました」

 英太はやや緊張気味に、梨音ちゃんのお尻周りをその専用タオルで丁寧に拭いていく。

「きゃはははっ」

 すると梨音ちゃんはにっこり微笑んでくれた。

「ははっ」

 英太も思わず微笑む。

「梨音ちゃん気持ち良さそうだね」

「梨音ちゃん、かっわいい。アタシも自然に笑顔になっちゃうよ」

「癒されますね」

「うん、エイタも嬉しそう」

「英太、イクメン経験値アップしたね」

「笹島くん、とっても手際よかったわ。梨音ちゃん、きれいになったね。きれいなおむつ履かせるからね」

 他のみんなも楽しそうに梨音ちゃんの笑い顔を眺めた。

「テープで止めるやつよりは簡単そうだな」

 英太が新しいパンツタイプのおむつを履かせようと足に触れたら、

「あぁぁぁ、あぁぁぁ~ん、あぁぁぁぁぁ~ん!」

 梨音ちゃんはまたまた泣き出し暴れ出してしまった。

「どうしよう?」

 またも戸惑う英太。

「梨音ちゃん、ちょっと待っててね」

 保泉先生が抱きかかえてあやして大人しくさせる。そののち、交換台に梨音ちゃんをそっと寝かせ、履かせやすいように両足を上げさせた。

「笹島くん、今がチャンスよ」

「あっ、はい」

 英太は慎重におむつを履かせる。

「よぉし、出来た」

 装着完了し、ホッと一安心。

 次の瞬間、

「おめでとう笹島くん、梨音もとっても嬉しがってるわ」「英太くん、おめでとう」「英太お兄ちゃん、よく出来たね」「英太さん、お見事でしたね」「エイタ、すごく手際良かったよ」「英太、上出来だったわ」

 他のみんなからパチパチ拍手された。

「笹島くん、今からこの出来なら将来素敵なパパになれるわ。いい経験になったでしょ?」

 保泉先生からにこにこ笑顔で問われ、

「はい、まあ。作業自体は簡単だけど、赤ちゃんが暴れると難しいですね」

 英太は照れくさそうに伝える。

「きゃははっ」

新しいおむつに換えてもらって、満面の笑みを浮かべて満足げな様子の梨音ちゃんに、

「次はおっぱいの時間でちゅよぅ」

 保泉先生がにっこり笑顔でこう話しかけると、

「保泉先生、おっぱいあげるところ、私も見ていいですか?」

「保泉先生、わたしも見たいです!」

「アタシもーっ!」

「ワタシも、見たいな」

「ほっちゃん、見せて見せて」

 望実達は強く要望する。

「いいわよ」

 保泉先生は恥ずかしがることなく快くOKしてくれた。

 母親の貫禄である。

 ただし、

「笹島くんは、見るのやめて欲しいな」

 こんな条件付きだ。

「俺、全く見たいとも思いませんから」

 英太はきっぱりと主張して授乳室から早足に出て行った。

 休憩所の長椅子に腰掛けてのんびり待っている旦那さんのもとへ。

「何とか無事成功しました。おむつ換える途中、娘さんを一回泣かしてしまって申し訳ありません」

「べつにかまわないさ。ぼくがおむつ替えやってもいつも嫌がられて大泣きされちゃうからね。きみ、女の子いっぱい連れてたけどモテモテだね」

「いや、あの子達は姉と近所の幼馴染なんです。あの子達には、昔からショッピングとか遊びによく無理やり付き合わされてて。荷物係的な感じで」

「ハハハッ。やはりそうか。ぼくと同じだな。ぼくにも姉二人と妹一人がいてね、しょっちゅう無理やり付き合わされたものだよ。女の子向けの下着売り場や水着売り場に連れて行かれた時はいつも居心地悪く感じてたよ」

「俺も同じ経験ありますよ」

「そうか。ぼくは姉に生理用品無理やり一人で買いに行かされたこともあったな。記憶にあるだけでも十回以上は」

「それは大変ですね」

「分かってもらえて嬉しいよ。ぼくの中高時代の男兄弟ばかりの友人には、羨まし過ぎるとか言われたけどね。きみの連れてた女の子達、地味な格好の子ばかりだけど、きみはどう思う?」

「まあべつに、地味でいいと思います。俺、渋谷や原宿にいるような派手な格好の女の子は苦手だし」

「それで良いぞ。きみも将来の結婚相手には、おしゃれに関心のない地味な子を選んだ方がいいよ。おしゃれにやたら拘る子は、服だけじゃなく宝石とかアクセサリーとかブランド物の高価なバッグや財布や化粧品や香水とかにも余計な大金を使うからね」

「その考え、俺にもよく分かります」

「そうか。嬉しいよ」

 旦那さんと英太、意気投合していたその頃。授乳室では、

「いっぱい飲んでね」

 保泉先生がブラをはずし、梨音ちゃんに母乳を飲ませていた。

「梨音ちゃん、美味しそうに飲んでるね」

「ほっちゃんの乳首、いい形してるもんね」

「わたし達にもこういう時期があったっていうのは、なんか不思議」

「アタシも癒されるよ」

「ワタシも」

 他のみんなは真剣な眼差しで眺める。

「お腹いっぱいになったみたいだね。おいちかったでちゅか?」

 保泉先生が梨音ちゃんの背中をなでながら赤ちゃん言葉で問いかけると、

「ぁあぁ~」

 娘の梨音ちゃんは満面の笑みを浮かべてくれた。

「あたしもほっちゃんのおっぱい飲みた~い。飲ませて~」

「こらこら笹島さん」

「あいでっ」

 保泉先生は潤子に軽くでこぴんしたのちブラを着け、半袖ブラウスのボタンを閉じて梨音ちゃんを抱きかかえる。ここにいるみんなは英太と旦那さんが待っている場所へ。

「保泉先生、これからのご予定は?」

 聡葉が尋ねると、

「スカイツリーに行く予定よ」

 保泉先生は楽しそうにこう伝えた。

「それでは、わたし達とはここでお別れですね」

「よかったら、あなた達もいっしょにどう? 電車賃と入場料は全額先生が払うよ」

「皆さんもぜひどうぞ」

 保泉先生と旦那さんは誘ってくれるも、

「アタシはいいよ。ゴールデンウィークに家族で行ったばかりだから」

「保泉先生、家族水入らずの時間をお楽しみ下さい」

「そこは家族で楽しむべきだよね」

「ワタシ達がいると邪魔になるもんね」

「それに、高額な入場料負担させるのは悪いもんな」

「ほっちゃん、ご家族で楽しんで来て」

 みんな丁重にお断りした。

「べつにかまわないんだけど、気遣ってくれてありがとう。先生今日はとっても楽しめたわ。では月曜日に元気でね。梨音ちゃんもばいばいしましょうねぇ」

「あぁぁぁ」

「皆さん、さようなら。またどこかでお会いしましょう」

「まったね、ほっちゃん、梨音ちゃん、イクメンパパの旦那さん」

「ばいばーい、梨音ちゃん、おじちゃん、保泉のおばちゃ、んじゃなくてお姉さん」

「保泉先生、梨音さん、旦那様、さようならです」

「梨音ちゃん、ばいばーい。保泉先生、旦那さん、さようなら」

「保泉先生、これからもワタシの弟達のことをよろしくお願いします」

「それじゃ、また」

これにてお別れ。

「私達も、そろそろ帰ろっか?」

「そうだな。もう四時半過ぎてるし。あっ、その前に、今夜の夕食と明日の朝食の材料買って帰らないと」

 英太達は一階食品売り場へ。英太がカートを押して、望実はその横を並ぶようにして歩き、他のみんなはその後ろをついていく。

「英太さんと望実さん、新婚夫婦みたいになっていますね」

 聡葉からにこにこ顔で突っ込まれ、

「そうでもないだろ」

 英太は困惑顔。

「そう見えるかなぁ?」

 望実はちょっぴり照れた。

「英太お兄ちゃん、今夜は何を作ってくれるのかな?」

「今夜はすき焼きにしようと思う。育歩ちゃんがいる最後の夜だし、ちょっと豪華にしようかなっと」

「英太お兄ちゃん、アタシのためにそんなことしてくれるなんて優しいじゃん」

「いや、べつにそういうわけじゃ。俺も食いたいと思ったし。あっ、この長ネギ安いな」

「エイタ、天ぷらも作って欲しいな」

「乃々絵姉ちゃん、勘弁して。揚げ物はむずいから」

 英太は野菜コーナーですき焼きの材料をどんどん籠に詰めていく。

 続いて精肉コーナーへ。

「英太、この宮崎牛のが食べたいな」

「潤子姉ちゃん、これは高過ぎだろ。こっちのオーストラリア産のにするから」

「えー、かわいい育歩ちゃん最後の夜なのよ」

「英太お兄ちゃん、アタシもこのお肉が食べたいな」

「英太くん、買ってあげなよ」

「エイタ、ワタシもこれが食べたい」

「英太さん、ここは奮発すべきですよ」

「まあ、いいか。父さんの金だし」

 英太は結局わりと高めのすき焼き用牛肉を選び、籠へ。

「エイタ、暑くなって来たし、そろそろアイスも買っとこう」

「そうだな」

 英太達は続いてアイスコーナーへ。一箱八本入りくらいのアイスパックを三箱、買い物籠に詰めた。他に食パン、お味噌、りんごジャムなども。

会計を済ませ、

「英太くん、この入れ方はダメだよ。潰れちゃうよ」

「そんなに気にしなくても……」

 英太と望実、仲良く協力して買った物を袋に詰める。

「このジュゴォォォーッて出てくるの面白いよね」

アイスを入れた袋の方には溶けないように、育歩が専用機械にコインを入れてボタンを押し、粉状ドライアイスを入れた。

ここを最後に、みんなはショッピングモールをあとにする。

 地元駅へ戻り、自宅への帰り道を歩き進んでいる頃には、午後六時を回っていた。

「そういえば育歩ちゃん、駅降りてから急に大人しくなったね」

「遊び疲れちゃったのかな?」

 望実と潤子はついさっきまでとは様子が違う育歩に疑問を抱いた。

「育歩ちゃん、なんか顔がちょっと赤いぞ」

「育歩さんお熱あるんじゃない?」

「それっぽいわ」

 英太と聡葉と乃々絵もすぐに育歩の異変に気付く。

「なんかアタシ、今、すごくしんどくって」

 育歩はゆっくりとした口調で答えた。

「育歩ちゃん、本当にお熱があるよ」

 望実は育歩のおでこに手を当ててみた。

「大丈夫ですか? 育歩さん」

 聡葉も心配そうに問いかける。

「まあ、なんとか」

 育歩はそう答えるも、ぐったりしていた。

「育歩ちゃん、乃々絵姉ちゃんの部屋までおんぶしてやろっか?」

 英太はふらふらした足取りで歩いていた育歩に、優しく声をかけてあげる。

「ありがとう、英太お兄ちゃん」

 育歩は囁くような声で礼を言うと、英太の両肩に手を掛けた。

「しっかり掴まってて」

英太は優しく伝え、育歩が背負っていたリュックもいっしょにおんぶしてあげる。

「英太くん、心優しい」

「エイタ、またもお兄さんらしいとこを見せたね」

「英太さん、男らしいです」

「英太、本当のお兄ちゃんらしいわね」

 英太の気配りに、望実達は感心したようだ。

 六時半頃に自宅へ帰り着いた英太は、

「母さん、父さん、育歩ちゃんが熱出した」

すぐさま両親に報告。

「あら大変。疲れちゃったのかしら?」

「育歩ちゃん、知恵熱かな?」

 両親は心配そうに接してくれる。

「育歩ちゃん、もう少しで部屋に着くからな」

 英太は育歩をおぶったまま階段を上り、乃々絵のお部屋へ向かっていく。乃々絵と潤子もあとをついていった。

「さあ着いたぞ育歩ちゃん」

「ありがとう、英太お兄ちゃん」

辿り着くと、ベッドの上にそっと下ろしてあげた。

「あたしも幼い頃は遊び疲れて熱出すことよくあったなぁ」

 潤子は懐かしむ。

「おねんねする前に、パジャマに着替えなきゃ」

育歩はリュックを床に下ろすとすぐに立ち上がり、スカートを脱ぎ下ろした。みかん柄のショーツが露に。マイバッグから取り出したパジャマのズボンを穿くと、続いて普段着の上着を脱いで、シャツ一枚姿となった。ブラジャーは当然のようにまだ付けていない。

「育歩ちゃん、半袖のパジャマで寒くないか?」

英太は心配してあげる。育歩の下着姿には特に気にならなかったようだ。

「うん、大丈夫。んっしょ」

育歩は暗闇で光るフォトプリントパジャマに着替え終えると、すぐさまお布団に潜り込んだ。英太に取ってもらった、ウーパールーパーのぬいぐるみを隣に置いて。

「育歩ちゃん、お熱計ろうね」

それからほどなく母がこのお部屋に入って来て、育歩に体温計を手渡す。

「うん」

 育歩はパジャマの胸ボタンをはずし、わきに挟んだ。

 一分ほどして体温計がピピピっと鳴ると育歩はそっと取り出し、自分で体温を確かめる。

「37.8分もある」

 育歩はしんどそうに、不安そうに呟く。

「大丈夫よ育歩ちゃん、微熱だから今晩しっかり休めば朝には治ってるから」

 母が優しく伝えてあげると、

「よかったぁー」

 育歩はホッとした表情を浮かべた。

「あっ、育歩ちゃん、鼻水が垂れてるわよ」

潤子はとっさに、学習机の上に置かれてあったボックスティッシュから何枚か取り出し、育歩の鼻の下にそっと押し当ててあげた。

「ありがとう、潤子お姉ちゃん」

 お礼を言って、育歩は鼻をシュンッとかむ。

「イクホちゃん、気分は悪くないかな?」

 乃々絵は優しい声で尋ねる。

「ちょっと悪いかも。でも、吐きそうなほどじゃない」

「晩ご飯は、食べれそう?」

「あの、お母様、固形物は食べる気がしないけど、コーンポタージュが、食べたいな。あと桃も食べたい」

 育歩はゆっくりとした口調で希望を伝えた。

「コーンポタージュと桃か。英太が用意してあげて」

 母はにこっと微笑みかける。

「えっ、俺が作るの?」

「材料は揃ってると思うから。育歩ちゃんも英太に作って欲しいでしょ?」

「はいお母様。英太お兄ちゃん、作って来て」

 育歩から弱弱しい声でお願いされると、

「それじゃ、作ってるよ」

 英太はやる気アップ。

「ありがとう、英太お兄ちゃん。楽しみに待ってるね」

 育歩はとても嬉しそうな表情を浮かべる。

「少し待っててね」

 英太がこのお部屋から出て行き、キッチンでコーンスープ作りに励んでいる時、

「英太くん、育歩ちゃんのために元気が出る食事作ってあげるなんてえらいっ!」

「いやぁ、母さんに頼まれただけだから」

 望実も駆け付けて来てくれた。英太に顔を見せた後、乃々絵のお部屋へ向かう。

「こんばんは育歩ちゃん、絵本読んであげるよ」

おむすびころりんの絵本を持って来ていた。

「ありがとう望実お姉ちゃん」

「望実ちゃん、気が利くわね。将来確実に立派なママになれるわ」

 潤子は深く感心する。

「そうかなぁ? それじゃ、育歩ちゃん、読むね。むかし、むかし。あるところに」

 望実がこのお話の最後まで読み終えた頃に、

「お待たせ育歩ちゃん。インスタントで悪いけど」

英太が戻ってくる。約束どおり、コーンポタージュを作ってあげた。もう一つのお皿に皮を剥いて雑に切られた桃も。

「それでじゅうぶんだよ。ありがとう英太お兄ちゃん、食べさせて」

 育歩はとっても嬉しそうな笑みを浮かべる。

「それじゃ、あーんして」

 英太は熱々のコーンポタージュを小さじですくい、ふぅふぅして少し冷ましてから育歩のお口に近づけた。

「あー」

育歩は口を小さく広げて、幸せそうに頬張っていく。

風邪引いてる時の育歩ちゃん、より幼く見えるな。

 英太はそう思いながら眺めていた。

「熱出した時って、お母さんの手料理がいつも以上に美味しく感じられるよね」

 望実はにこにこ顔で呟く。

 育歩はコーンポタージュを全部飲み干し、桃も全部平らげて、

「とっても美味しかった。ごちそうさまぁ」

 満面の笑みを浮かべる。汗も全身からびっしょり流れていた。

「お体拭いてあげるね」

「ありがとう、お母様」

「どういたしまして。ちょっと待っててね」

母は機嫌良さそうにそう告げて、お部屋から出て行った。

数分のち、

「遅くなってごめんね育歩ちゃん」

 母はお湯を張った洗面器と、二枚のバスタオルを手に持って戻ってくる。そのセットを、育歩の枕元にそっと置いた。

「待ってましたー」

育歩は寝転んだまま、小さく拍手した。

「俺、薬用意してくるよ。母さん、風邪薬は確かタンスの一番上だったよな?」

「ええ」

 英太は気まずく感じたのか、お部屋から出て行った。

「英太お兄ちゃん、いなくなっちゃった」

 育歩は寂しそうに、小さな声で呟く。

「英太ったら、育歩ちゃんの裸を見るのに罪悪感に駆られたのかしら? 育歩ちゃん、お体拭くからパジャマ脱いでね」

「うん」

 母に頼まれると、育歩はゆっくりと上体を起こす。パジャマのボタンを外して上着を脱ぎ、次にシャツも脱いだ。きれいなピンク色をした小さな乳房が露になる。

「育歩ちゃん、お腹は痛くない?」

「うん、大丈夫」

「よかった。それじゃ、拭くね」

 母はお湯で絞ったタオルで育歩のお顔、のどくび、うなじ、背中、腕、わき、お腹の順に丁寧に拭いていく。その後に乾いたタオルで二度拭きしてあげた。

「ありがとう、お母様。汗が引いてすごく気持ちいい」

 育歩は恍惚の表情を浮かべた。

「育歩ちゃん、パジャマ着せるからバンザーイしてね」

 望実に言われると、

「はーい」

 育歩は素直に返事し、両腕をピッと上に伸ばす。

 望実はシャツとパジャマの袖を通してあげ、ボタンも留めて着衣完了。

「次は下を拭き拭きするね。下着脱がすよ」

 続いて母は育歩のパジャマズボンとショーツをいっしょに脱がし、下半身も丁寧に拭いてあげる。

「ふぁ、んっ、気持ちいい」

 おへその下からおしりにかけてなでるように拭かれた時、育歩はぴくんっとなり思わず甘い声を漏らす。

「きゃはっ」

足の裏を拭いてあげた時にはくすぐったがって、かわいい笑い声を出した。

「はい、拭き終わったよ。足上げてね」

 母は同じように乾いたタオルで二度拭きし、ショーツとズボンを穿かせてあげた。

「おば様、慣れてますね」

 望実は感心する。

「そりゃぁ昔、英太と乃々絵と潤子のおむつを交換してあげたことが数え切れないほどあるからね。三人とも交換する度いつも大声で泣いて暴れ回ってて大変だったわ」

 母は使ったタオルを絞りながら微笑み顔で言う。

「なんかアタシが赤ちゃんみたいで恥ずかしいよぅ」

「ワタシもなんか照れくさいな」

「あたしもちょっと」

 育歩と乃々絵と潤子は照れ笑いする。

 それからほどなくして、

「母さん、育歩ちゃんの体、拭き終わった?」

 英太はお部屋の外から小声で問いかけた。

「うん、もう大丈夫よ」

 母がこう答えると、英太は安心してお部屋へ足を踏み入れた。

「これ、薬」

そして小児用のメロン味の風邪薬を溶かした水を母に手渡す。

「育歩ちゃん、次はお薬飲もうね」

 母はそれを育歩の口元へ近づけた。

「これ、苦いからいらなぁい!」

 育歩はぷいっと顔を横に向ける。

「育歩ちゃん、わがまま言わないの」

 母は笑顔でなだめる。

「アタシこんなの飲まなーい」

 育歩は頬を火照らせながらぷくーっとふくれた。

「お薬飲まないのなら、坐薬を使おうかなぁ」

 母がにこっと微笑みかけると、

「えっ! やっ、やだやだやーだぁ。お薬、飲むよ、飲むよ」

育歩はびくーっと反応し勢いよく上体を起こし、お薬を受け取ってちびちび飲み干していく。 

「育歩ちゃん、坐薬が怖いんだね。気持ち分かるなあ。お尻にぷちゅって入れるの、私もちっちゃい頃風邪引いた時お母さんにしてもらったことがあるけど、逃げ回ってたよ。予防接種並の怖さだよ」

 望実は深く同情する。

(坐薬というと、俺にも嫌な思い出があるな)

 英太は、幼い頃風邪を引いた時に母に取り押さえられ坐薬を入れてもらい、その様子を姉二人とお見舞いに来た望実と聡葉にばっちり見られた非常に恥ずかしい過去を思い出してしまった。

「あたしは座薬を使った方が良いと思うけどなぁ。早く効いてくるし」

 潤子はにこにこ微笑みながら意見する。

「坐薬、怖い怖ぁい。それじゃアタシ、もうおねんねするよ。おやすみなさーい」

育歩は苦虫を噛み潰したような表情でこう告げて、お布団にしっかり潜り込んだ。

それからすぐに、

「あの、風邪うつしちゃうと悪いから、今夜はみんなアタシと別のお部屋で寝てね」

 ひょこっとお顔をお布団から出してこう伝えて、再び潜り込んだ。

「育歩ちゃん、もうぐっすり寝ちゃってる。の○太くん並の早さだね。お大事に。早く良くなってね」

 望実はそう伝えてお部屋から出て、自宅へ帰っていった。

「イクホちゃん、おやすみ」

「育歩ちゃん、ぐっすり寝て早く元気になってね」

「育歩ちゃん、お大事にね。英太、育歩ちゃんお休みだけど、夕飯作り全部頼むわね」

「母さん、やっぱそうなるのか」

 他のみんなも静かにお部屋から出て行く。

英太はキッチンへ向かい夕食作り。並行して風呂も沸かす。給湯器は直っていた。

夜八時頃に夕食完成。

「エイタ、味が濃い」

「英太、味が濃過ぎるからもう少しお醤油少なめにした方が良かったと思うわ」

「乃々絵姉ちゃん、母さん、俺はそんなに濃く感じないぞ」

「おれもな」

「あたしも」

キッチンテーブルにて育歩以外のみんなですき焼き鍋をつつく。

(明日きっと食べるだろうな)

 英太は育歩のために、一人分別のお皿に入れて残してあげた。

「乃々絵、そんなに引っ付かれると暑いよぅ」

「ごめんジュンコお姉さん」

 この日の夜は、乃々絵は潤子と同じベッドで寝ることにしたのであった。


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