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幻影学園  作者: 音哉
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第9話 「蟲の城」

 すぐに目の前に蟲が現れた。奴らは核ミサイルでかなりのダメージを受けたようだ。向かってくる蟲は、手足が少なかったり、焼け焦げたような跡が在ったりする物もいる。それに向かって俺はライフルを構える。


[バシュッ]


レーザーを一発、蟲達の中心に打ち込んだ。その一本の光の帯に触れた蟲の体は光となって吹き飛ぶ。


このライフルから打ち出される反粒子のレーザーは、正物質に触れた瞬間、対消滅反応を起こし爆発するように弾け飛ぶ。反物質相手にどんな強固な装甲でも無意味、正物質である限り硬さなど意味を成さないということらしい。

 

敵が思ったよりも少ない。俺は目の前にある半透明パネルを見る。俺たち高校の8機以外にも、周りの基地からガーディアンが出ているようだ。それが比較的多く集まっている方向へ蟲達は進路を取っているようだった。


「こいつらは一体、何を考えて動いているんだ?」


「考えはわからない。でも、生命反応やエネルギー反応に興味を示すことは確認されている。より多いほうへ向かうわ。友軍を助けに行って!」


 シズカの声に従い、俺たちは蟲の進行方向へ飛ぶ。俺以外のガーディアンはライフルを装備していないので、手に持っているナイフで蟲の頭を刈り取ったり、体を切り分けたりして排除する。


「見て! ヨシト! ビートル型の蟲があんなに……」


 ハルミの言うとおり、一心不乱に友軍のガーディアン隊に向かっている蟲の軍勢の中に、いくつもの巨大なカブトムシのようなやつらが見える。高さだけでこのガーディアンの2倍、長さはガーディアンを3つ並べたくらい、30mはありそうだ。


「奴らは、核ミサイルの直撃以外では死なないんです!」


 アキラが泣きそうな声で叫ぶ。確かに、甲虫達は外殻がこげたり、一部はがれたりしている事から核ミサイルの攻撃を受けたことは間違いない。なのに、悠々と動いている。カブトムシをでっかくしただけの虫、ではないようだ。


 友軍のガーディアン達はその甲虫の足に取り付き、何とか反粒子レーザーナイフで足を切り取ろうとする。そうして動けなくする方法が一番の対抗手段のようだ。しかし、俺の持っているライフルならやつらの体に風穴を開けることが出来る。


 俺はレーザーを放った。その光は一体の甲虫を貫通、そして、その向こう側の甲虫の体も突き抜けた。動かなくなった甲虫に取り付いていたガーディアン達は驚いて回りを見回している。


「そ……それが噂のレーザー兵器か! 君達が大谷高校のガーディアン隊だな!」


 俺に対して通信が入った。大人の声だ。社会全体で戦っているのは、よく考えれば高校生の方が少数だろう。


「下がってください! カブトムシもどきは全部俺がやります! その他の蟲をよろしくです!」


 俺がそう言うと、足に取り付こうとしていたガーディアン達は飛んで後方に下がった。さすがに大人達、統制の取れた動きをしている。


 甲虫の周りにガーディアンがいなくなり、遠慮なく俺はライフルを放った。次々と奴らは大きな体の動きを止め、目から光をなくして巨大な残骸と化す。


「ヨシト! あれを見ろ! すごい数だぜ!」


 ケンタロウの声が響き、俺は周りを見回す。3時の方向に敵だ……。それも空を覆いつくすほどの蟲達。前回はビートル型蟲一体に対して100体の取り巻きがいた。今回は十数匹殺したので、多くても二千ほどの数のはずだが……。視界に入っている蟲はとてもそんな数では無い。数万……数十万はいるかもしれない。


俺はここに来てようやく一人では駄目だと気がついた。東京だけでこの数って事は、日本全体……世界全体では一体どれほどの数の蟲がいるのだろうか……?


「撤退! 撤退よ! 全員直ちに収容するから基地に戻って! 戦略核ミサイルを撃ちつくす! その後スリープモードにはいってエネルギー反応を最小にし、蟲達をやり過ごすわ!」


 コクピット内にシズカの声が響いた。それに俺も従い、基地に向かう。俺がこのライフル一本と、残弾50発のミサイルで暴れたところで、あの黒い空の端っこを少しぼやかすくらいしか出来ないだろう。


 俺達は続いてダクトに飛び込む。すべて収容後、入り口の外側はカモフラージュでもされて蟲達からは見えにくくなるのだろう。


ダクトを下り、俺が格納庫へ着いたとき、大きな音と共に振動が伝わってきた。地下数百メートルの場所にあるだろうこの基地にまで響く威力。恐らくこの基地からだけじゃなく、すべての基地の核ミサイルが発射されたのだと思う。


 俺がガーディアンから降りると、次々にみんなも降りてくるのが見えた。今回は短時間の任務だったからとはいえ、誰もやられなかったようでホッとする。しかも、どのガーディアンも損傷は無いようだ。


基地は俺の想像よりも早いスピードでガーディアンを修理したり生産したりできるが、その他にも先ほど使った核ミサイルやガーディアン用の武器、装甲、反物質の精製などを同時にしなければいけないため、出来るだけ機体は壊さないほうが良い。


しかも蟲をやり過ごすためにスリープモードに入るという事は、おそらく生産工場の稼動を止め、しばらく何も出来ないという事になると思う。俺はもう現実の世界から仮想世界に戻ってきているというのに、どうしてか足音を響かせないようにして歩いてしまう……。


「現実を見たよなぁ……。ヨシト……」


 ため息を付きながら俺の肩に手を置いたのはケンタロウだ。


「……今まであんな群れ相手にどうやって戦っていたんだ?」


「無理無理無理! 無理にきまってんだろ。じっと隠れるのさ。今回みたいに息をひそめてな……。それに、さっきのあんな数は俺も見た事がない。あれがひょっとして……」


「蟲の城……ですね。世界各地に数個……多くても10個ほどだと言われている蟲の要塞です」


アキラもパイロットスーツのジッパーを下ろしながら話に加わってきた。


「城? 要塞? 何かでかいものが浮かんでいるってことか?」


「詳しくはわかっていません。何せ、人間はあれが現れるとすぐに基地に隠れちゃいますからね。外にカメラなんてしかけちゃ、電磁波をたどって基地が見つかっちゃいます。それで今までいくつもの基地が破壊されました……」


「スリープモードだからって安心するなよヨシト。今回も……いくつかの基地は見つかるかもしれない。見つかれば……終わりだ。ダクトの壁をあっという間にぶち破って奴らは入ってくる。……やりたい事は全部済ませておいたほうがいいぞ。シズカと付き合うなら早めに……。いい思いはすぐにしとけって事だ!」


 自分で言って、自分で興奮したのか、ケンタロウは顔を赤くして俺の背中をバンバンと叩いてくる。


「なになに? 何のはなしぃー?」


 そこにぴょんぴょんと跳ねるようにハルミが歩いてきた。本当に元気になったようで、俺の顔がほろこぶ。そんな俺とハルミの間にケンタロウが割って入り立ちはだかった。


「突然だけど、ハルミちゃん、俺と付き合わない?」


「えー。どしてぇ?」


「だって、ヨシトの奴ってシズカと付き合う運命なのに、全然なんもしねーわけよ。俺たちが付き合ってこいつの道筋をはっきりさせてやろうよ!」


「んー。でもケンタロウはヤダ」


「な……なんでよっ!」


「だって軽いもん」


「かっ……軽くねーって! なあアキラ!」


「…………」


 アキラは無言で顔をそらした。そこに更衣室へ向かうガーディアンの他の女子パイロットが通りがかる。


「また告白してるのぉ。見てよ、ケンタロウがまたやっているよ!」


「俺たちの短い一年。その前に俺たちが出会えたのは神様のおぼし召し……ってやつ?」


「えー。私のときは宇宙の意志って言われたけど……」


 2人はクスクスと笑いながら通り過ぎて行った……。その間銅像のように固まっていたケンタロウだったが、突然アキラの肩に手を回して叫んだ。


「さあ! シャワーでも浴びにいこうじゃないか、友よ! 次こそ協力してくれ!」


「えー。次のガーディアンのパイロットに、また女子が入ったときもチャレンジする気ですかぁ……。懲りないなぁ」


「数うちゃ当たる!」


「それが軽いって言われるんですって……」


 アキラはケンタロウに背中を押され、無理やり走らされて通路の奥に消えていった。それを目で追っていた俺とハルミだったが、ふと視線を合わせ、笑い合う。


「見た目は悪くないんだけどな……。ケンタロウはちょっと性格が……」


「明るすぎるよね!」


 俺たちは他には誰もいない格納庫で二人してうなずく。


「ヨシトは……。シズカと付き合うべきだよ。毎年付き合ってるんだから! 私のことを心配してくれたのなら、もう大丈夫! 一人で何でも出来るくらい回復しちゃったんだからっ!」


 ハルミは体を左右に曲げ、「おいっちに、さんしっ」と言いながらラジオ体操を始めてみせる。


「だって……覚えてないからな。それに、俺とシズカは、本来の付き合いだすタイミングを逃してしまったらしい。さあ、これからどうなることやら……」


「でも惹かれあう運命の二人なんだから……。きっとどこかでくっつくんだよ! 磁石が引かれあうように……ね?」


「はは……。最近のどたばたで……まだそんな気は全然しないって言うか……。さっぱりだ!」


「私は……だぁーれとも付き合うことの無かった17年間、ぷらすぅ、繰り返した17年。合計34年も誰とも付き合う事が無かった寂しい人生。それで、今年がその最後の年になっちゃうわけだ。それはそれで真っ白で綺麗かもしれないけど……」


 ハルミはうつむいたまま、俺のすぐ目の前に立った。


「ちゅ…チュー……。…………くらいはしたかったかも……」


 そして、少し恥らうような表情をしながら、ハルミは俺に顔を向けた。


「だ……誰もいないから……仕方なしにだよ! よ……ヨシトしかいないから……。だっ……大サービスで……」


 俺がハルミの肩に手を置くと、びくんと体を震わせた。しかしその瞬間、格納庫内に声が響き渡る。


「基地は省電力モードに入ります。速やかに生徒達は学園サーバーに移動してください」


 シズカの声だった。ハルミは深いため息を付きながら下を向いて言った。


「管理者様は……全部お見通しのようですねぇ……。ちょっとくらい彼氏を貸してくれても……」


 俺はハルミの肩に置いたままの手でぽんぽんと二回叩いた。


「眠り姫様。また……今度な」


「えっ……。眠り姫って……何?」


 俺はハルミに笑顔を見せると、通路の奥に向かって歩き始める。そんな俺にハルミは付いてくる。


「ヨシトぉ。眠り姫って……なにぃ? ……もしかして……寝ている私の……王子様になってくれる……の? コールドスリープしている……私の本当の体の……」


 ハルミは俺の右側から顔を出したかと思うと、すぐに左側から俺の顔を覗き込んで歩く。


「その時って……私……カチンコチンだよ。いいの? 冷たいよぉ。解凍して解けたらすぐにチュッってして、お墓に埋めてくれる?」


「……眠り姫ってのは、王子様がキスしたら目を覚ますんだよ。知ってるだろ?」


「でっ……でも、私は……もう……死んじゃ…」


「死なさないよ。……絶対にな」


 俺はハルミの肩を抱き寄せ、そう言った。ハルミはわけのわからないような表情をしていたが、染まった頬がかわいかった。




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