第8話 「経験……済み」
東京東部第22基地。ここには500人あまりの高校生がコールドスリープに入った状態で地下深くに収容されている。それらを管理維持するコンピューター施設と、ガーディアンを製造する兵器工場も同じ地下に併設されている。
その基地のメインブリッジは、戦闘での指揮や状況報告の司令室以外にも、コールドスリープ装置の状態管理や状況の変化に伴う基地としての方針などを協議する重要な部屋である。それは、仮想世界の中に設けてあり、逆に現実世界でメンテナンスを行うことは稀である。
そこにエレベーターであがってくる一人の人間がいた。彼女は扉が開くと、黒髪を揺らしながらブリッジに入る。中には、自分以外の管理者達がすべてそろっていた。
「……遅れた? 時間通りだと思ったけれど」
「いや、君は正確だ。我々だけ早く来て……少し話をしていたんだ」
シズカはつかつかと歩き、大垣の前に立った。シズカと大垣を含むすべての人間が立ったまま姿勢を崩さない。ここは仮想世界、立っていようと座っていようと疲れることは無い世界だ。
「私をのけ者にしてこそこそ話をしているなんて……、私にとっては良くない話みたいね」
「君にとって良くない? 君にとって良い事は我々にとっても良いことだ。だが、君は個人的感情を持つあまり、客観的に見ることが出来ない可能性があったのでね……」
「ヨシトの事?」
「ああ、その通りだ。彼は以後の戦いに参加させることに決定した」
シズカは目を大きく開けると、唇を震わしながら口を開く。
「そんなっ! 彼は健常者よ! あなた達の方が客観的に見れてないじゃないの!」
剣幕で声を荒げるシズカから目をそらし、他の管理者達の顔を見ながら大垣は続ける。
「ヨシト君の協力は現在のところ不可欠だ。反物質兵器はナイフ以外未だ完成しない。最低でもあと2ヶ月……いや、3ヶ月は必要だ。その間、戦力をわずかにでも失わないために、彼には例のガーディアンと共に戦場に出てもらう。ヨシト君が言っていた通り、あのガーディアンを他の者が起動させることは無理だったと言う事は君も知っているだろう」
「3ヶ月も出たら彼は間違いなく一度はやられて……健常者ではなくなってしまうわ!」
「それはわかっている。だが、彼はそう望んでいるし、ヨシト君のおかげで私達の基地だけじゃなく、東京東部……いや、東京全体の被害が減るだろう。そこに、反物質兵器が完成すれば、蟲に対して一斉攻勢をかけることができる」
「ここでの規則は法だわ! 犯すわけにはいかない! ヨシトは出撃させないわ!」
「……なら、君を管理者から一時外すことになる。管理者の賛成が多数ならば、即拘束することも出来る。君以外の管理者は全員、ヨシト君を戦場に送ることに賛成だ……」
「それでも私は反対する!」
シズカは部屋全体を睨み付けるようにしている。大垣は深いため息をつき、二呼吸ほど置いてからシズカを見た。
「この世界に残り、ヨシト君をサポートするほうが……、彼だけじゃなく、君のためにもなると思うがね」
「っ…………」
シズカは一度瞬きをすると、その目から涙が流れ落ちた。大垣はそれを見ないようにして、まわりに聞こえる声で言う。
「では、全員一致でヨシト君を特別に戦場に送る事に決定。彼には……人類のために死んでもらう!」
管理者達は無言でシズカの横を通り過ぎ、エレベーターへ向かって歩いて行く。誰もいなくなった部屋でシズカは一人、ずっと立っていた。
数日後、学校。
ヨシト達は窓際の席に集まり、みんなで弁当を食べていた。その弁当をヨシトは不思議そうな顔で見ている。
「しかしさ、俺たちって実際は腹減って無いわけだろ? でも減った気がするから弁当を食べる。凝っているよなぁ、プログラムって」
「そういえば、確かに出撃している時は任務に何時間かかろうと、お腹減りませんよね」
アキラは嬉しそうに卵焼きを口に入れた。
「んじゃ、どうせ太らないんだからさ、ステーキ大盛とかにしてくれないかな? 他にも、腐らないんだから刺身盛り合わせとかっ! いいとおもわねー?」
「あっ! それいい! 私ウニがいいー! ウニウニ!」
ハルミはケンタロウの意見に、両手を挙げて大賛成をしている。
「そんな意見って誰に言えばいいんだ? シズカにか?」
俺がそう言うと、シズカはゆっくりと首を横に振った。
「一人ひとりの意見は聞いてられないわ。すべてプログラムによりメニューがランダムに決められている。適当と言っても良いかもしれないわ。それは私やあなた達の名前と同じ」
「その世界が滅んだどさくさで本当の名前も住所も大雑把にしかわからなくなったのってさ、それじゃ、もう俺の親とかとは会えないって事か?」
「コンピューター、パソコン、そう言うものの中にデータとして入れられていた情報は全て消えたと思ったらいいわ。でも、物理的な証拠、生徒証や大人なら免許証でわかる人も多い。管理者達が手の空いたときに調べているけど……、今は生き残ることが大事。その作業は後回しにされているの」
「父さんや母さん……。生きていればいいけど……。バラバラになって17年か……」
俺も弁当の卵焼きを口に放り込む。その様子をアキラはじっと見ている。
「なんだよ? アキラ」
「あのですね、さっきから思っていたんですけど……ヨシト君のお弁当だけ少し違わなくないですか?」
その言葉に、なぜかシズカが反応を見せたことに俺は気が付いた。
「……? どういうことだ?」
「ヨシト君の卵焼き……どうして焦げ目が付いているんしょうか? 僕やケンタロウ君、ハルミちゃんのは綺麗な卵焼きだっていうのに……。あっ! ちょっと食べさせてください!」
アキラは俺の弁当の卵焼きを箸で突き刺し、口の中に入れた。それをなぜか手を伸ばして阻止しようとしたシズカだったが、アキラに食べられたのを見ると顔をそらした。
「あっ! こっ……これ! 甘い! 甘いですよ! 砂糖が入っているタイプの卵焼きです!」
「それが……どうしたんだ? 俺は甘いのが好きだから、砂糖が入っている卵焼きで別にいいけど?」
「僕だって甘いのが好きですよ! なのに、お弁当に入っているのはスタンダードな塩味です! 甘い卵焼きなんて一度も入っていた事がありません!」
「……ちょっと待てよ。シズカの……弁当にも焦げ目の付いた卵焼きが入ってねーか?」
ケンタロウがそう言いながら覗き込むと、シズカは自分の弁当を手で隠した。
「もしや! シズカさん! ヨシト君だけに特別なお弁当を用意していませんかっ! 自分にも……。もしかして手作り? て…手作りプログラムみたいなのを特別に……?」
珍しく、シズカの顔が赤くなっている。
「ずりぃ! ずるいぜシズカ! さっき一人ひとりの意見は聞けないって言っていたじゃねーか! 横暴だ! 職権乱用だ!」
ケンタロウは立ち上がり、「ステーキよこせ」と騒ぎ立てる。その横でハルミもぷーっと頬をふくらませている。
「シズカずっるーい。そんなことされちゃ……勝てるわけないじゃないのぉ……」
俺は何やら居心地が悪くなり、残っていた卵焼きを全部口に放り込む。うん、うまい。さすが俺の元彼女。味付けは完璧に俺好みだ! ……なんて自分で言って照れるな……。
「僕は次から洋食にしてください! ドリア、グラタン、リゾット、パエリア…」
「俺はステーキ! 但馬牛に佐賀牛、神戸牛に松阪牛! 部位はサーロインオンリーね!」
「私は魚介! タイにヒラメにマグロに、ウニ! ウニ丼!」
「ちょっ……ちょっと待ってよ……」
シズカは困った顔をしているが、三人は更に詰め寄る。
「他の管理者に報告しましょうよ!」
「そうだな。彼氏をえこひいきしている管理者がいるってよぉ」
「ずるいよ! ずるいずるい……。いろいろずるい!」
「わかった! わかったから……。もう…わかったわよ……」
シズカは両手で顔を覆いながら、がっくりと諦めてうなだれた。
次の日から俺たちの弁当は……いや、アキラ、ケンタロウ、ハルミの弁当は豪華絢爛な物となった。しかも日替わり。そんな弁当を持ってくる三人に対して、データを調整されているためか、なんら不思議な顔をしないクラスメート。
俺はシズカがそんな事をして他の管理者達に睨まれないのかと心配になったが、そう言ったことは無かったようだ。
管理者達は、俺とシズカに負い目があるので、みて見ぬ振りをしていることを後で知った……。
そんなある日、授業中の学校にレッドアラームが鳴り響いた。俺は窓の外の雀を数えるのを中断し、シズカを見た。
……リターンを知ってから授業に身が入らないのは仕方が無い、どうせ忘れるんだから……。
シズカやケンタロウ達は立ち上がり、顔を見合わせている。その瞬間には身代わりの顔なしマネキンがもう席に座っていることに驚かされる。
「ちょっと待て!」
俺が席から立ち上がって叫ぶ中、シズカが手をかざすとケンタロウとアキラが消えた。そして、俺の目の前でハルミが消える。
「シズカっ!」
俺が逃がさないとばかりにシズカの肩を掴むと、彼女は姿を消す事無く俺を見た。騒ぎ立てる俺に、教師もクラスメートもまったく気が付かない様子でそのまま授業を続けている。
「ハルミはダメだ! 俺が戦う!」
「……ハルミには戦ってもらう。……そして、あなたにも戦ってもらうわ……。ヨシト……」
「だからっ! ……はぁ? ……俺も戦えって……言ったか?」
シズカは厳しい目をしながら俺を見ていた。
「ええ、あなたには例の蟲を軽々と駆逐する武装を持つガーディアンで出てもらうわ」
「……わかった」
俺はどうしてシズカの気が変わったのか不思議だった。ほんの数日前は絶対に俺を出撃させないと言っていた彼女だったのに……? しかし、俺はその理由を問う事はもちろんない。この展開は俺の希望していたことだ。
次の瞬間には俺とシズカは格納庫へ移動していた。目の前には俺のガーディアンがある。
「……綺麗になってないか?」
この間は少し古ぼけたような、くすんだ白色の機体だった。しかし、今は真っ白に塗られ、ところどころ青色のラインが入れられている。
「私が……やっておいたの。ヨシトは……青色が好きでしょ?」
「さすが…………シズカだな!」
俺は『元彼女』と出かかった言葉を飲み込み、そう言った。今はハルミの方が好きだ。傷つける事は出来ない……。
「じゃあ、言ってくる! ……って、ん?」
ガーディアンに飛び乗ろうとした俺の袖をシズカが掴んでいた。振り返ると、その口は何かを言いたげにパクパクと動かしている。
「……どうかしたか?」
「あ……いえ……。き……気をつけて……」
「任せておけ!」
俺は笑うと、ガーディアンに乗り込みハッチを閉めた。
「行かないで……ヨシト……」
俺にその声は聞こえなかった。
「0番ガーディアン、ヨシト機出撃用意。機体状態、オールグリーン。武装、重装攻撃型。反粒子ビームライフル接続完了。反物質ミサイル、残弾50。ダクトに移動。発進どうぞ」
どの管理者の声かわからなかったが、合図と共に俺はダクトが続いている先を見上げる。すると同時にガーディアンが空中に浮かび上がった。
そして俺は上へ、上へと進む。初めて出撃したときと同じように、次々にダクトを塞いでいる隔壁が開いていく。なかなか気持ちの良い様子だ。
目の前にダクトの終点、その先に光が見えると同時に俺は目をつぶる。ゆっくりと開けると、そこは明るい地上世界。仮想世界と比べると、こちらのほうが光はちらついていて、明るさにバラつきがあるように感じる。あたりは荒野だが、この間の出撃した場所に比べると少し景色が違う。やはりこのガーディアンをもらった格納庫は違う場所にあった施設のようだ。
「遅いぞヨシト!」
通信でケンタロウの声が響く。その後にアキラの声も聞こえてくる。
「また勝手に出てきたんですか? シズカさんに怒られますよ!」
「いや……今回は許可をもらった。お前達がだらしないから手伝ってやれってさ」
「ヨシト! みてみて! 私こんなことも出来るんだよ!」
目の前にピンクのラインが入ったガーディアンが現れ、空中で後ろに宙返りをして見せてきた。この間助けた、ハルミが乗っている3番機だ。
「バカな事やるんじゃない。大体どうしてお前らはまだここにいるんだ? やけにゆっくりしているな?」
「え? 聞いてないのかよ? これから蟲に向かって…」
「ごめんなさい。遅くなりました」
ケンタロウの通信に割って入ってきたシズカの声が聞こえてくる。
「蟲大隊にこれから戦略核ミサイルを撃ち込みます。各自指示に従って分断された蟲を掃討。いいわね?」
「核……かよ」
地上に人間はいないとは言え、さすがに核を使うという言葉には抵抗がある。しかし、人間対人間ではなく、侵略してきた未知の宇宙生物相手だ。俺は自分に仕方がないと言い聞かす。
「発射10秒前! 防御姿勢をとりつつ、突撃用意。衝撃波をやり過ごしたあとすぐに作戦開始。……初めて核爆発を見るヨシトに言っておくけど、あなた達は人間じゃない。放射能は気にしないで」
「……わかってる」
「全機0番機を守って! この機体は我々にとっての、現在唯一の切り札! 失うことは許されない!」
そこにケンタロウがおどけたように言う。
「墜とされるのが嫌なのは……人間のため? それとも自分のため?」
「……っ。ケンタロウ、覚えてなさい」
「言いすぎですよ……ケンタロウ君……」
アキラも呆れているようだ。
「でも! ヨシトは健常者なのに戦いに参加してくれてる! 一度でも撃墜されちゃったら……私達と同じになる! 私はヨシトの盾になる!」
俺の前面モニターに映っているハルミの頬はぷっくりと膨らんでいる。
「いいんだよ。俺はお前らのために戦う。それにハルミ。お前は俺の前に絶対出るな。……キスもしたことない奴が……先に死ぬんじゃない」
「なっ……。なによっ! ちょっと経験あるからって……偉そうにしちゃって! どうせ去年の話で、今年はまだのくせに!」
「………」
「え……。まさか……。ちょっとヨシト! 今年も……もう……」
その時、大地が地震のように揺れたと感じた。見えない何かがガーディアンにぶつかってきたような衝撃を受け、機体の姿勢が崩れる。
「よし! OKだな! 行こうぜ!」
「まっ……待ってよ! ヨシト! ごまかすなぁ!」
飛び出したブルーのラインが入った俺のガーディアンに続き、イエロー、グリーン、ピンクのラインが入ったガーディアンが続く。その他にも先輩やら後輩やらの機体が一緒に飛んでいく。総勢8機。俺たち大谷高校のガーディアン隊だ。