第7話 「俺とハルミとシズカ」
翌日の学校。昼休みに、俺、ハルミ、シズカ、ケンタロウとアキラは集まった。ハルミは弱り始める前、以前と同じように元気になり、顔色もまったく悪くない。
「疑問がいくつもあるわ。まず、ハルミやパイロットが飲んだ薬だけど……」
シズカは昨日の間に調査分析がある程度終わったようで、それについての話を始める。
「あのアンプルは一種のプログラムだった。もちろん、データ上に存在するだけのこの世界の住人、ヨシトが手にしているだけでもちろんアンプルの形をしたプログラムだと言うのは当たり前のことなんだけど…」
「そ……そうか……。おっさんに渡されていつの間にかポケットに入っていたってのは……、プログラムだったって事か……。いまいち仮想世界と現実の世界の区別がつかないぜ……。本物の飲み薬かと思ってた……」
シズカはそんな俺をみてクスリと笑う。
「あのプログラムは見たことも無いようなアルゴリズムをいくつも使っていて、結果から見ると、今まで受けたフィードバックダメージを縮小させるものみたい。いえ、本体の脳が受けたダメージをソフトウェアで回復させているのかもしれないわ。
今あの薬を複成中なんだけど、完成すれば人類にとって大きな防護服となるわ。残念ながらダメージを全部消せるわけじゃないから、リターンがくれば死んでしまうことには変わりないけど……。それでも、途中戦死者がかなり減ると言う事は、大きな戦力」
「そうか……。それでも……ハルミやケンタロウ、アキラがあと一年弱しか生きられない事に変わりはないのか……」
俺は肩を落とすも、ハルミが元気になった事を考えると、あの誰だかわからない怪しげなおっさんに感謝した。
「ヨシト、あの薬とガーディアンをくれた人物は一体誰なの? 私達管理者よりも進んだ技術を持っている事には間違いないけれど……。それに、ヨシトを移動させた事から、単独で独立しているサーバーも持っているようだし、ガーディアン建造の工場も持っている。
それを私達のシステムに追跡されないようにしながら、こちらのサーバーに干渉をしてくる。そんな人がどうして私達に表立って協力をせずに、ヨシトだけに連絡を取ってきたのか……?」
「助けてはくれているんじゃないか? 薬をくれたし、武器や機体をシズカ達管理者に見せても良いって言ってたし」
「そう! それよ! ヨシトの旧型ガーディアンを調べたところ、ソフトウェアの不具合は書き換えられ……と言うか、新しいものに載せかえられていた。機体の設計ミスも取り除かれ、それどころか私達に解析不能な装置まで積み込まれていたわ。あれは……何?」
「えっ? 装置? それについては……聞かされてないな……。こちらからの連絡方法も聞いてない。また必要があれば連絡してくるかもかな。……あっ! もう一つ! あの機体は俺だけしか乗れないようにしてあるって言っていた。他の奴がのっちゃうと、都合が悪いみたいな感じだったかな?」
「そう……。怪しい人だけど……同じ人間なら協力してくれているのかもしれないわね……。またコンタクトとって来たら教えてね」
シズカは一度視線を下げ、すぐに俺の目を見て凛々しく言った。
「それと、ヨシトがあのガーディアンに乗ることはもう無いわ。……私が乗せないし」
「え? どうしてだよ? シズカも見たろ? 俺が乗ったあのガーディアンが蟲を消し飛ばしたところを」
「それは勝手に出て行っただけ。許可を出したわけじゃないわ。健常者に出撃はさせない。例外は認められない!」
「何を言っている! あのガーディアンは俺しか動かせないって言っているだろ! 俺が出て行かなくちゃどうすんだよ!」
俺は机を叩いてそう言ったが、シズカは物怖じする様子も無く、俺を睨むように見ている。
「新しい武器はすぐに生産に移してみせるわ! すべてのソースは簡単に開放されるようになっていた。後は少しの技術的問題をクリアするだけよ!」
「ならせめて、その武器が出来るまで俺が出る!」
「ダメ! 一度でも撃墜されたら、もう健常者では無くなるのよ! あと、一年弱しか生きられなくなる!」
「上等じゃないか! それならば遠慮なく一年間出撃させてもえらるんだろ?」
「絶対ダメ! ここから出さないわ!」
「俺の好きなようにさせろ! 人間を守り、お前達を守る! それの何が気に食わない!」
「嫌よ! ヨシトが死ぬなんて! あなたはずっと私と……!」
「俺の元彼女だからって命令するな! お前は自分のために人類を犠牲にする気なのかよっ!」
「人類は守りたい! でも、ヨシトも守りたい! ヨシトは死ぬ必要が無いのよ!」
「のうのうと長生きなんて出来るか! 俺は今輝きたい! 必要とされているのは今だ!」
にらみ合っている俺とシズカのそれぞれの肩をぽんぽんと叩き、ケンタロウは苦笑いを浮かべている。
「あのな……。ここは……、お前達だけじゃないんだけど……」
アキラも、コホンと咳払いをしてケンタロウに続いて言う。
「僕達は……リターン前から蟲と戦っているからその情報は残してあって、知っていましたけど……。二人とも言っちゃいけないことを……言いましたよ……」
「……えっ?」
俺は興奮していたあまり、二人が何を言っているのか理解出来なかった。しかし、周りを見回すと、俺たちの輪の中でポカンとした顔をしている者が一人いた。
「ヨシト……。何……、『元彼女』って……? 誰が? もしかして……シズカが?」
「…………はっ!」
しまった。自分のためにもハルミには知られてはいけないことを……言ってしまっていた……。
「そっか……。前回の二年生の時……。ううん。高校二年生の間、毎回付き合うことになる彼女がいて……、それはシズカだったんだ。……お似合いだもんね。……よ……よかったね! やっと彼女が出来るみたいで! 私は心配だったんだよ!」
ハルミは下唇を噛みながら、俺の顔を笑顔で見ているが、その視線は俺に合わせては来ない。
「そっ……それじゃあ、ヨシトはシズカと付き合うのなら、私は誰と付き合うのかな? まっさか高校二年生にもなって誰とも付き合わないとか、私に限ってないよね? ねっ?」
おどけた様子でケンタロウ達にハルミは聞くが、ケンタロウとアキラは顔を一度見合わせると、ハルミに向かって首を傾げる。
「うっそ! 彼氏無しで……まさかの17年? 都合生まれてから34年間彼氏無しですかぁ? こわぁ……。私……こわーい!」
ハルミは口に両手を当て、目を見開いているが、そっと両手を下ろすと、いたずらっぽく俺を見た。
「でもさぁ……。ヨシトとかみんなはチューとか済ませているんだろうけど……。実際はしてないのよね? 仮想世界だけの話……。本物は……ベッドでおねんね……でしょ? じゃあ、みんな同じじゃない! 妄想だけの話! へっへーんだ!」
そう……言われてみれば、その通りだ。昨日格納庫でシズカから受けたキスも……。その前の年にひょっとして付き合っているシズカと交わしたであろうキスも……、現実にある体の唇同士が触れたわけじゃない……。の……ノーカンか? なのか?
「はい! 管理者様へ質問!」
ハルミはシズカの目の前にいるというのに、何度も片手を上げて「はい! はい!」と叫んでいる。まるで自分は答えたいのに先生がなかなか当ててくれない事をもどかしく思っている子供のようだ。
「な……何? ハルミ……」
シズカはハルミの迫力に少し体をのけ反らせながら聞いた。
「フィードバックダメージが100%を超えて戻って来れなくなった人や、リターンに耐えられなくてこの世界から消えてしまった人たちは……どうなるんでしょうか? お墓に埋められちゃうとか?」
「い……いえ、今の技術では蘇生は出来ないけど、念のためそのままコールドスリープさせているわ……。だからと言って、期待はしないでね……」
「そっか! なら私の体はずっとそのまま残っているって事ね! じゃあ、王子様が来たときも綺麗なままよね! 王子様……私の初キス、奪ってくれたら……死んでいても感動しちゃうなぁ。……遺書でも書いておこうかな……」
ハルミがそんな話をしている間、俺はあることを考えていた。
「ちょっと! 聞いているの、ヨシト! あなたが蘇ったとき、同じ起きた人の中でいい男がいたら……寝ている私の初キスをその人にあげてくれちゃってもいいって話をしているのよ! カチンカチンに凍っちゃってて、つ……冷たいかもしれないけど、夏なら気持ち良いと思うし!」
俺の背中をべしべしと叩くハルミには構わず、俺はシズカに聞く。
「なあ、シズカ……。もしかして……、この一年間で……蟲を全滅させることが出来たら……。全員コールドスリープから開放されるのか? リターンを受けずに……済むんじゃないのか?」
「え……そ……それは……そうだけど……。無理よ。それは無理。一年では到底無理。蟲の数はあなたが想像しているよりもずっと多く、地球上のほとんど全てを埋め尽くしているわ」
「全滅させることが出来たら……ハルミだけでなく、ケンタロウやアキラ達みたいな後一年しか生きられない者達も、俺たち健常者たちと共に目を覚まし、同じように生きて……地上を歩けるってことだよな?」
「だから……絶対無理よ! それにヨシトは戦いに出られない! これは私だけじゃなくて、管理者全体の意志よ!」
俺は一つの確信があった。なぜ俺を助けてくれたあの男は、俺にガーディアンを与え、ハルミを助けてくれたのか? 助けたとしても、ハルミはこの一年で死んでしまう命だ。
もしかして……、あの男は、この一年で蟲を倒す手はずを整えるために動いているんじゃないだろうか?
なら願ったりだ。あいつは俺を利用するつもりかもしれないが、俺もそれに協力してやる。シズカには悪いが……この一年は忙しくなりそうだ……。蟲を……一年で全滅させてやる……。俺はそう考えた。