第6話 「希望の光」
空中からそれを見下ろしていたアキラが本部ブリッジに通信を入れる。
「ヨシト君が……ヨシト機が現れました! きょ……許可を出したんですかっ!」
「バカなっ! 出したのか? シズカ君!」
大垣がブリッジに戻ってきていたシズカに向かって叫んだ。
「だ……出してないわ。それより……見て、大垣君。本部のガーディアンの数に変化は無い。あの……ガーディアンは一体どこから……」
シズカはパネルを見ながらそう言うと、続いて大垣もチェックをする。大垣の目にも格納庫にある予備のガーディアンが減ったようには見えなかった。
そんな二人の頭上モニターからアキラの声が響く。
「それよりもです! ヨシト機から放たれたビームは……ビートル型の蟲の外殻を軽々と貫通しました! 何なんです? あの武器は!」
「び……ビートル型の……あの最悪の蟲の体を……射抜いただって?」
大垣とシズカは驚いた顔で顔を見合わせていた。
「アキラ! ハルミを連れて帰ってくれ! 強制切断ってのはまずいんだろ? なんとか……ソフトに収容してやってくれ!」
俺は通信でのやり取りを聞き、近くの機体はアキラだと確信してハルミの機体を空中でそのガーディアンに託した。
「わ……わかりました! しかし……ヨシト君、今の武器は……?」
「武器? レーザーか? 反粒子レーザーとか言うやつだ」
「反粒子レーザー? そ……それはまだ開発中……、試作段階にも達してない武器のはずじゃ……?」
「そうなのか? 普通にこのガーディアンとそのライフルは格納庫においてあったぞ?」
「そんな……。それに、管理者の許可なしでどうしてガーディアンに……ヨシト君は乗れたんだろう……?」
「細かい話は後だ! アキラ! 早くハルミを連れて帰ってくれ!」
俺達三機の目の前に、一目で百を超えだろうと思われる数の蟲の群れが見えた。
「わかりました! しかし、ヨシト君もすぐに逃げて! ビートル型の蟲は『王』です! 群れのリーダーを殺したから、報復に来たんだと思います!」
「ちょうどいいじゃないか! 一網打尽にするチャンス! これが効かなきゃ逃げるけどな! 反物質ミサイル……装填!」
「レーザーに続いて……、反物質のミサイル? 嘘でしょ! ヨシト君!」
アキラは何やら驚いたような声を出して俺から離れていく。
俺のガーディアンの腕、足のハッチが開き、そこから数十発の小型ミサイルが発射された。それは一メートル程度の小型ながら、蟲の群れの中で強い光を放ち、一つ輝くたびに蠢いている黒の群れに風穴を開けていく。
それでもわずかな生き残りが俺に向かって飛んでくるので、その方向に先ほどでかい甲虫をぶち抜いたライフルを構え、レーザーを発射する。そのビームにかすっただけで小型の蟲は光の塊になり砕け散っていく。
程なく、視界からすべての蟲を消し去った俺の周りに他のガーディアン達が集まってきた。
「ヨシト! どうやってガーディアンを……、いや、それよりその武器だ! どこで手に入れた?」
声の主はケンタロウだ。俺はその言葉で、このガーディアンに乗り込んだ時のことを思い出す……。
「お願い……。ヨシトはハルミに同情しているのよ……。忘れて……今年も私と一緒に……」
「……………悪い。浮気だと思って諦めてくれ」
俺はそういい残し、ガーディアンに飛び乗った。空いたままの腹部ハッチから入り込み、シートに座った。
「意識が……どうとか言っていたよな。基本的な部分は操作をしなくて、考えるだけで動かせるとか……。って言われても、逆に難しいぜ……。レバーとかあるほうがまだ……」
乗り込んだとたん、コクピットに光が点った。前面、左右、後方のモニターが作動する。まるでガラス張りのコクピットに乗ったかのように全方位に景色が映し出された。
目の前には半透明の操作パネルがある。恐らくこれもホログラム映像なんだろう。しかしそれも計器類しか見当たらなく、ハンドルや操縦桿のようなものはない。
とりあえず俺は、このロボットが動いているところを想像し、椅子の上で走っているときのように腕を振ってみる。だが、残念ながらガーディアンはピクリとも動かない。
「時間が無いってのに……動けよ!」
「良くここまでたどり着いた。さすが俺の目を付けた男だ」
「おわっ……!」
突然誰かの声がしたかと思うと、前面モニターの隅に映像が流れ出した。それは相当電波の悪い状態のテレビのように、砂嵐のようなスプラッシュが入り乱れているが、確かにその向こうに人が立っているような気がする。
「あ……あんただな。保健室とかで声をかけてきたのは?」
「そうだ、お前があの箱庭の世界から戦いの世界へ出てきてもらわないことには始まらないからな」
「……始まらない? ……まあ別にあんたの思惑なんてどうでもいい。俺はハルミを助けられたらそれでいいだけだ! 口ぶりからすると、あんたの計画には俺がこのガーディアンを動かすってのも含まれているんだろ? 早く教えてくれよ!」
「そう急くな。今お前とガーディアンの接続を終えたところだ。格納庫扉が開くと共に行け」
俺の前でゆっくりと扉が開いていく。その奥にはダクトのようなものがあり、上に続いているようだ。ダクトの幅はこの機体の大きさから考えて、あまり余裕があるとは言えない。
「初操縦で……いきなり難関だな……」
「ここは地下工場だ。蟲に発見されないために仕方が無い。多少ぶつけてもガーディアンは平気だから気にするな」
「あんたに心配されなくても、時間が無いからすぐに行くけどな!」
ダクトを抜ける。そう考えた時、ガーディアンは前に歩き出した。そして、ダクトの下まで来ると、俺が上を見上げると共に飛び上がった。
「うわっ……。本当に動いている……。これは仮想世界の話じゃないんだよな?」
そう言ったとたん、ガーディアンはダクトに右腕をこすりつけた。
[ガガガガガガ……]
それと共に機体が振動し、俺は揺れる視界に目を回しそうになる。
「マジっぽいな……」
ダクトはいくつもの扉で塞がれていた。しかし、俺のガーディアンが近づくと、それは一枚、また一枚と開いていく。
何度か機体を壁にぶつけながら飛ぶ。そして、ある扉が開くと、強い光に俺の目は眩んだ。
「まぶしい! ……目が……。なんだこの感覚……」
俺は目が開けられないだけではなく、頭痛までした。ようやく少しずつだが目が慣れ、辺りの景色を見る。そこは、茶色の大地、遠くに森も見える。
「これが……本当の……、現実の……地球?」
何も無かった。文明の跡……人間が存在した痕跡が。むしろ、俺達が住んでいた高校が現実で、こちらの世界が仮想現実と言ったほうが納得できる。
目の前の半透明計器パネルに赤い点と青い点が映し出された。すべては入り乱れて動いているが、一つだけ動かない青い点がある。
「これがハルミだな!」
俺はそれがある方向に向かって飛び立った。頭の中ではガーディアンの腕や足が取れてもいいから全力で……そう願って飛んだ。
「これから簡単に機体の特長、そして、お前のやるべきことを説明する」
そいつは俺にいろいろと話を始めた。
※ ※ ※
俺は戦いを終え、ケンタロウ達と共に格納庫へ戻ってきた。そこは俺がガーディアンに乗り込んだ場所とはなぜか違い、いくつものガーディアンが並んでいる。いや、俺が最初に来て、シズカと話をしたのはこの格納庫だったはずだ。なら、さっきのガーディアンが一体しか置いていなかった格納庫はどこだったのだろうか……。それにもう、先ほど俺にいろんな事を教えてくれた怪しい男も姿を現さない。
ガーディアンの腹部ハッチを開け、ちょうどパイロットが渡れる高さに作られている通路に俺は飛び移った。その通路には、シズカを先頭に何人もの人間が立っており、俺を見ている。
「管理者が勢ぞろい……ってとこかな?」
後ろから足音がするので振り返ると、反対側からケンタロウとアキラが走ってきた。
「ヨシト! お前、だからこのガーディアンどうしたんだよ!」
「良く見ると……細部が僕達のと違っていますよ、ケンタロウ君…」
二人は俺のガーディアンを見上げている。そう言われて、俺も周りの機体と比べてみると、確かに俺のガーディアンは少し違う。
ケンタロウ達のガーディアンの頭部、目は尖ったサングラスをかけているようなデザインなのに対し、俺のはV字ゴーグルのような形だ。それ以外にもアンテナの取り付け位置や、ボディに取り付けられている装甲の形や場所が若干異なっている。
「これは、7年前の初期型ガーディアンよ。ソフトウェアに欠陥、機体にも重度の設計ミスがあったから廃棄された……はずなんだけど……」
シズカが俺を見ながら言う。ここは仮想世界、実物のガーディアンは現実世界の格納庫に置いてあり、すでに調べは付いているようだ。
「へぇ……。昔のか……。でも、初期型のほうが俺好みのデザインって感じ! どう思う? ケンタロウ」
「ばっか、初期型なら第一世代ガーディアン。今、俺達が乗っているのは第二世代型だぜ。性能が違うぜ!」
「武器は俺のほうが進んでいるみたいだけどな!」
「だから、その武器どうしたんだよ!」
そこに低い声が割って入ってくる。
「その通りだ。君が持っている武器は、我々が開発中で喉から手が出るほど欲しい反粒子レーザー砲に反物質ミサイルだ。共に我々人類が今だ完全に制御する事が出来ない反物質を利用したテクノロジー。君がどこからガーディアンを手に入れたかは分からないが、それよりもその武器を量産出きる事が出来れば、蟲への反撃が……、いや、殲滅が可能になるだろう。君の出撃の件は後回しで、是非、その武器を調べさせてもらいたい」
大垣さんは俺に向かって頭を下げた。
「もちろん良いよ。ケンタロウやアキラにもこれを持ってもらわないと……足手まといで仕方ないからな!」
「なんだとぉ!」
「……ヨシト君の言うとおりですって…。ケンタロウ君……」
アキラはケンタロウの肩に手をかけ、苦笑いをしている。
「くっ……。確かに蟲の塊をあっという間に消滅させたその武器さえあれば……」
ケンタロウは冗談を俺と言い合っているような表情から一転、真剣な目をして言う。こいつらがしているのは本物の戦争だ。出来るだけ死傷者を少なく、地球を取り戻したいと本気で考えている。
「ヨシト。私の方は他にも聞きたいことがあるわ。ガーディアンの入手、そして、あなたは一時どのサーバーからも姿を消したこと。他に…」
「あっ! そうだ! シズカ、悪いけどそれは明日学校でとかにしてくれないか! 俺はハルミに渡すものがあるんだ! アキラ! ハルミはどこだ!」
「え……と、このサーバー、基地内の医務室ですけど……。この通路、僕達が来た方へまっすぐ行って、右に曲がればすぐに見つけられると思いますけど……」
「サンキュ!」
「ちょっと! ヨシト!」
シズカの声を背中に受けながら、俺はケンタロウとアキラの間をすり抜け、通路を走った。突き当りを右に曲がるといくつか扉が並んでいて、その一つに赤十字のデザインが描かれている物がある。恐らくここだ。
自動ドアを抜けるといくつかのベッドがあり、その一つにハルミが寝ていた。他にも今回の戦闘でダメージを受けたと思われる人もいる。
「ハルミ、大丈夫か?」
声をかけると、ハルミは目を開いた。
「ヨシト……。助けてくれてありがとう……」
そう言いながら体を起こし、ハルミは俺に抱き付いてきた。
「ちょっ……、ま……待てよ……」
俺は顔を赤くして部屋を見回す。すると全員、なぜか俺に背中を向けるように寝返りを打った。
「おわっ! 全員起きてやがる! ……じゃなくて、それよりも先に……これ」
俺はポケットから茶色のアンプルを出し、それをハルミに差し出した。
「……これ何? プレゼント? 私栄養ドリンクはあまり飲まないけど……」
「いや……変なおっさんがくれて……。多分俺を助けてくれた人だから、害は無いと思うんだけど……。これをハルミに絶対飲ませろって約束させられたんだ」
「……飲むの? 怖いなぁ……」
そう言いながらハルミは俺の胸に顔を押し付ける。良く見ると息は荒く、顔も青い。腕にも力が無く、かなり無理をしているようだ。
「いいから……飲めって。毒の薬を飲ますためにあのおっさんが何かを企んでいるなら、ちょっと大掛かりすぎるしな」
俺はアンプルの蓋を取り、その先をハルミの口に近づけた。
「少しで良いらしいから……口を開けろ」
「……口移しなら……飲むけど?」
「バカいってんじゃねぇ。ほら」
俺はハルミの口にそれを注ぎ込んだ。
「にが……」
両目をぎゅっとつぶりながら、ハルミは俺に向かってべぇっと舌を出して見せてくる。
「それだけか? なんとも無いか?」
「うーんと……。あれっ? 体が……。……あれ? すっごく……軽くなってきた……」
ハルミはベッドから両足を出して、床に立って俺に顔を向ける。いつの間にか青白かった顔色は元に戻り、俺の腕を掴んでいる手にも力が戻ってきている。
「うわぁ……。栄養ドリンクって効くんだ! これから毎日飲もうかな!」
両手のこぶしを胸の前で振り、そして笑顔を向け、ハルミは元気だと俺にアピールしている。とてもこれは演技だとは思えない。
「ヨシト! 何をしたのっ! ハルミが……!」
慌てた様子でシズカが医務室に入ってきた。その後ろにケンタロウとアキラもいる。
「えっと……ドーピング?」
俺は手に持っていたアンプルをシズカに向けて左右に振って見せる。
「ハルミのフィードバックダメージ、脳障害率が80%から一気に20%に下がったわ! それ……何なの!」
「ん……と、変なおっさんからもらったんだ。まずハルミに飲ませて、その後に基地のパイロットに飲ませろって。舐める程度の一口ずつで良いらしい。ケンタロウ、アキラ、それに医務室にいる人や他のパイロット達にも飲んでもらわないと……。次誰飲む?」
俺がそう言ったとたん、後ろから複数の人間が飛び掛ってきた。
「俺だっ! 俺に飲ませろ!」
「バカ言うな! 次は俺だ!」
すぐに俺の手からアンプルを奪い、それの争奪戦が始まった。
「慌てるなよ……。浅ましいよなぁ。なあ、アキラ」
「まったくですね。フィードバックダメージが減る魔法の薬とはいえ……仲間内で争うなんてかっこ悪いですよねー」
ケンタロウとアキラはその様子を見てため息を付いている。しかし、医務室にいた男達は一向に納まる気配がない。
「つ……次は俺だっ! ハルミちゃんの次は……俺だぁ!」
「渡さねぇ! 間接キスは俺だ!」
それを聞き、笑っていたケンタロウとアキラの目が鋭く光った。
「バカ言ってんじゃねぇ! ヨシトは次に俺を指名しただろ! 俺の番だ! カズ先輩どけぇ!」
「あ……あれはたまたま、近くにいたケンタロウ君の名前を僕よりも先に呼んだだけですよ! 僕にも権利があります!」
ケンタロウとアキラもその争いに加わる。まるで、花嫁が投げたブーケを奪い合う女性達のようだ……。
「お前ら……。そっちが目的で次を争っていたのかよ……。ある意味、平和な奴らだな……」
俺はハルミと目を合わせて笑った。