第5話 「ガーディアン」
しばらくその暗い通路を見つめていた俺にシズカが声をかけてきた。
「ブリッジに行くけど……一緒に行く? みんなの……戦いが見られるけど……」
俺は無言でうなずくと、シズカの後を付いて行く。
「ここは……歩くんだな……。一瞬で移動出来ないのか?」
「さっきのはサーバー間を移動しただけ。それに、ブリッジには直接転送できないの。プロテクトがかかっているから。行くにはこのエレベーターに見える乗り物に乗って、何重ものチェックを受けなくちゃならない……」
俺達は狭い空間に入り、上へ向かう。たまに、青い光が俺達の体を通過して調べているようだ。
「どうして……ハルミだけは代わりのダミーみたいな顔無し人形を置かなかったんだ?」
「それは、リターンが終わってすぐの4月。仮想世界のシステムメンテナンスが忙しくてなかなか手がまわらないの。蟲は時を選ばずに攻めてくるし。つい……後回しにしてしまって……。ヨシトみたいに矛盾に気が付いた人がいたとしても、システムから修正が自動で入るし……」
「あの、バチッってやつか……。それで、どうして俺達の世界には高校生しかいなかったんだ? あの学校だけしか世界が無かったんだ?」
「コンピューターの性能と容量は決まっているの。世界を丸ごと一つの世界にして、全員をコミュニケーションさせるなんて到底無理。だから、一つの小さなブロックごとに分けて管理している。私は大谷高校の管理者の一人。他にも社会人の地域ブロックとかがいくつも存在するわ。小中学校は……残念ながらさっき言ったようにもう無いけど……」
「そこから……冷凍障害が出た人間だけに真実を教え、戦わせる……わけか」
「ええ。実体が無くて実感がわかないからか、それとも地球の危機に瀕して正義感が目覚めるからか、断る人はいないわ。みんな……死ぬまで……戦ってくれた」
「地球をいまだ取り返せないって事は……全員戦死したって……ことだもんな」
俺達はようやくブリッジにたどり着いたようで、ドアが開いた。
「これが……ブリッジ……。指令センター? のようなところか……」
そこは限りなく広く、空間や床には立方体や正方形を描いたような模様が見える。空中にはいくつものモニターが浮かんでいて、それを何人かが見上げている。
だだっ広い場所に、モニターを見上げて立っている人間がぽつん、ぽつんといるだけの部屋だ。
「君が……システムの自動プロテクトを潜り抜けて……仮想世界だと言う事に気が付いた少年かね。報告が入っているよ」
髪の毛にゆるいパーマをかけ、ひげを生やしている男の人が俺に話しかけてきた。歳はおそらく30歳半ばくらいだろうか。
「あなたも……管理者? ……なんですか?」
「あはは。その通りだ。しかし、敬語はやめてくれたまえ。元は……君と同じ歳なんだから」
「えっ?」
「17年前、私達は大谷高校の生徒だった。しかし、コールドスリープする事無く生きた結果……。君達は若いまま、私達はおじさんやおばさん……ってわけだ」
俺はそれを聞き、回りをもう一度見回す。管理者と思われる人達の姿はさまざま。20歳くらいに見える人もいれば、もう少し上に見える人もいる。個人差があるとは言え……、とても全員同い年には見えない。シズカにいたってはどうみても高校生だし……。
「こらこら。君と同じく、ここにいる私達もマトリックス内に格納されたデータなんだよ。じゃないと、君達とこうして会話をすることができないだろ?」
「あっ……なるほど」
「ああ、冷凍睡眠ではないが、私達は別のシステムによって意識のコピーを作り出している。たまに本当の睡眠をとるためにこの世界から消えるのが君達との大きな違いかな? 姿に付いては……好きな歳や格好を選んでいる。私はほとんど実際の姿と変わらないはずだが……いや、少しまぶたを二重にしているくらいかなっ! あはは!」
「……。えっ……てことは……」
俺はシズカを見た。彼女も……実際は高校生では無く、歳は……。
「安心しなさい。シズカ君は……確かにもう高校生ではないが、かなり綺麗な美人さんだよ。姿も17年前の自分を登録して、そのまま使っている。シズカ君は主に生徒達を内部から観察する仕事についているからね。君のクラスにずっといたってわけだ。そして……君と付き合い…」
「大垣さん!」
シズカは急に大垣と呼ばれた男の話を遮った。
「ああっと……。喋りすぎたかな。そろそろ蟲と接触だ。モニターを見なさい」
大垣さんは何やらごまかすかのように話を変えた。
空中に浮かんでいる画面には猛スピードで飛行している機体からの映像が流れている。景色が流れるように過ぎ去っていくこの速さはリニア電車などの比じゃない。高速ジェット機よりも早いんじゃないだろうか。
「全高10m、重さ20t。開発に10年を要した人型戦闘兵器だ。ロボットと言ったほうが分かりやすいかな。ジェネレーターに重水素核反応炉を採用。破壊されて核爆発しても、幸いなことに地上には人間はいないしな。どうして人型かにはちゃんと理由がある。その手に握った反粒子レーザーナイフでしか蟲の装甲を貫けないのだ。現在開発中の反粒子レーザー、および反物質ミサイルはまだ実用段階ではない。以上、これが我々の戦力、『ガーディアン』と名づけた兵器の性能だ。名前には『地球の守護神』と言う意味がこめられている。しかしながら……まだ……これをもってしても蟲相手に有利とは言えない……」
大垣さんが別のモニターでガーディアンの全体像を映し出す。それは、頭部両サイドに二本のブレードアンテナを装備し、目の部分には赤く尖ったサングラスをかけているようなデザインだった。
体には重厚な装甲を施され、肉を切らせて骨を絶つを想像させる戦闘スタイルだと思わせる。……それは鉄の鎧に身を包んだローマ時代の騎士のように見えた。
近未来騎士。それが俺のガーディアンへの第一印象だった。
「ハルミは……どこなんだ?」
「一番上の列。右から三番目のモニターだな」
その画面の端に白く細い手が映っている。確かに、ハルミの手のように見える。
「ガーディアンは……実体? ってことだよな?」
「その通りだ。実際に工場で作り上げられた物だ。君が気になっているのは、どうしてマトリックスで出来た人が乗り込めるかだな? それは、ガーディアンのコクピット内に取り付けられているホログラム装置。それにより、データ内にしか存在出来なかった君達の体と精神を、光子により作り変える。つまり、光子生命体となって機体に乗り込むんだ。コクピット内の物に触れることは出来るが、操縦は触って行うものじゃない。君達とガーディアンとの間で通信によって行う。まあ、頭で考えた通りにガーディアンが動く……と言ったところだ。パイロットは常にガーディアンと接続し、更には本当の肉体とも双方向通信を行っているわけで……、機体を破壊され、それを切断されると言う事は……」
「脳にひどいダメージを与える……って聞いた」
「そうだ」
モニターは合計7つ.7体のガーディアンが現在あるってことか。いや、ガーディアンは予備などがあるかもしれない。重要なのは、7人しかパイロットがいないと言うことだ。
「君達健常者もガーディアンに乗り、全員で一気に攻めてはどうだと考えているかね?」
「……ダメなのか?」
「そんな危険は冒せない。相手が手の内を明かしているとは思えないからだ。下手すれば一瞬で人間が絶滅してしまう。それに、この基地は小さいので現在7機しかいないが、他の基地からはそれ以上の数のガーディアンが同時に出撃しているはずだ。むろん……それの数倍の蟲が……攻めてきていると思われる…がね」
大垣さんの横で、別の管理者が冷静な声で告げてくる。
「蟲と接触。6番機破損。やはり砲撃は無意味。全員反粒子ナイフを起動せよ」
俺はハルミの画面ばかりを見ていた。すると、その横に並んでいたモニターの一つが突然砂嵐になる。
「5番機大破。パイロット収容。フィードバックダメージ2%」
砂嵐になった画面に見入っていると、その横のハルミの画面が突然乱れた。
「3番機小破。戦列から離脱……いや、墜落。森に落ちた」
ハルミの画面は木の間を激しく揺れ動きながら突き進む画面になっていた。
「パイロット収容不可。強制切断を推奨」
「待って! ハルミちゃんのフィードバック総ダメージは80%を超えているの! 何とか通常収容できない?」
シズカが管理者の一人に向かって言った。
「通信システムが完全にやられている。収容…………不可。機体を持ち帰るしかないが……」
管理者の一人は、その目の前に現れた空中に浮かぶキーボードを叩き、シズカに向かって首を横に振って見せている。
「これで……機体が破壊されるか、強制切断をすれば……間違いなく……彼女は……」
シズカは俺に視線を向けてこない。
「……悪い。ハルミが死ぬところは見たくない。……ブリッジから出してもらう」
俺はそう言って大垣さんの顔を見た。彼は口を結びながらエレベーターの方へ視線を投げた。
俺は一人でそれに乗り込む。すぐに扉は閉まって下がり始めた。
「ハルミ……。待っていろ」
ブリッジに入るには何重にもプロテクトがあったようだが、出る分にはスムーズなようで、あっという間に下層に着いた。最初にこの基地に現れた場所だ。
俺はエレベーターから飛び出、ケンタロウやハルミが消えた通路に向かって走る。
「あった……」
すぐに見つかった、……目的の物が。それは10mほどの高さの人型兵器。もちろん、ガーディアンだ。
「待って! 行かせない!」
女の声が格納庫で反響した。
「シズカ……行かせてくれ。モニターを見た感じ、ケンタロウやアキラにとてもハルミを助けに行く余裕は無いようだった」
振り向くと、俺を見つめるシズカがいた。
「ダメよ! ヨシトにはまったく冷凍障害の兆候は無いわ! でも……、もし戦闘でやられてフィードバックダメージが来たら……。冷凍障害が始まる。次の……リターンに耐えられないわ!」
「やられないとは言わない。いや、やられるだろう。しかし、このままハルミを見殺しにするわけにはいかない! あいつは……俺にとって大切な……奴なんだ……」
「行かせない! そして、行くことが出来ない! ここにあるガーディアンは仮想世界の物。実物じゃないわ。乗り込めば連動して本物のガーディアンに乗り込むことになるけど、それは当然管理者の認証が必要になる。ヨシトは絶対に動かすことが出来ないのよ!」
「なら認証してくれ! 頼む……シズカ!」
俺はシズカの両肩に手をかけ、強く揺すった。だが、俺を見つめる目の光は弱まる事が無い。
「絶対に出来ない!」
「どうしてだ! ルールか? 放って置いても死ぬような人間は切り捨てる。それが管理者の仕事だからかっ!」
「違う! あなたが……ヨシトが好きだから!」
「―――っ!」
俺は涙を流しているシズカに言葉が詰まった。
「ヨシト……行かないで……。お願い……。行けば……一年しか生きられなくなる……」
「……どうしてだ? どうして……そこまで……。確かに告白は受けた。だが……、まだ俺達は知り合って一ヶ月だ。……それほど……」
「違う! 違う……違う! 私は……あなたと……ずっと……付き合っていた。何年も……何年も……」
「何を……? はっ……。もしかして……リターンの……前に……?」
シズカは口をぎゅっと閉じたままうなずく。
「しかし……俺は……ハルミが好きだ。それなのに……どうしてシズカと付き合う……事になるんだ?」
「ヨシトは……今回ハルミが病気になって、ようやくそれほどまでの強い思いに変わったの。それまでは……小さな恋心だったはず。私の入り込む余地があった……」
「入り込む……余地?」
「本当は……映画を見た後、カフェで私が告白したとき……。あそこでヨシトはOKの返事をくれるはずだったの。去年も…一昨年も…その前もそうだった」
「……待ってくれ。それじゃあ……シズカが俺好みの映画のチケットを持っていたのも……。あっ……コーヒーには砂糖を二本入れることを知っていたのも……全部……」
「だからっ! ハルミが死ぬのは……かわいそうだけど、避けられない事よ! そのために……あなたも今年で命を終わらせる必要は無い! リターンがくれば全てを忘れて……また来年……私と……」
「……」
うつむく俺にシズカは近寄り、俺の首に手をかけ……唇を重ねた。
「なつ……何をっ……!」
俺はシズカから顔を背けた。
「どうして? 今まで何度もしたじゃない……」
「それはっ……。記憶に無い事だ。俺とは……別人だ!」
「お願い……。ヨシトはハルミに同情しているのよ……。忘れて……今年も私と一緒に……」
俺はシズカの手を振りほどき、後ろ向きに歩くとガーディアンに近づいて行く。
「…………悪い。浮気だと思って諦めてくれ」
そう言い放ち、ガーディアンに飛び乗る。空いたままの腹部ハッチから入り込み、シートに座った。
「だから……私が許可しないと……動かないって言っているのに……。あれ……。うそっ! ヨシトが……」
シズカはあたりをキョロキョロと見回した。
「ヨシトの存在が消えた……。そんな……。このサーバーにはいない。どうして……? 管理者でもなければサーバー間を移動させることは出来ないはず。プロテクトがかかっているブリッジにいる大垣さんが出来るはずも無いし……。他の管理者はヨシトの事をろくに知らないはずだわ……。一体……どうやって……? それとも……別の誰かが?」
シズカはヨシトが乗り込んだガーディアンのコクピットを覗き込んだ。中には誰も座っていなかった。
「アキラ! ハルミはどこへ行った?」
「わかりません! それより……敵がっ!」
ケンタロウの一番機、アキラの二番機は蟲の攻撃をかいくぐる。あの爪がかすれば一瞬で装甲が持っていかれる。本物の昆虫のように攻撃が直線的なのが救いだ。しかし、数が多いので、手に持っている蟲に対して唯一の有効武器『反粒子レーザーナイフ』を突き立てることは難しい。
「ハルミは次撃墜されたら……終わりだ。ヨシトに申し訳が立たないぞ!」
「じゃあケンタロウ君が蟲を引き付けてくださいよ! 僕が離脱して助けに行きますから!」
二人は、前面モニターの隅に表示されているお互いの顔を見ながら通信をする。それ以外のモニターは殆ど全て真っ黒に、表示された蟲の映像に埋め尽くされている。
「くそっ……友軍はどうしてるんだっ!」
「同時攻撃しています。しかし……数が多すぎて……周りは敵だらけです!」
「うちの高校、生存機は?」
「センサー画面見る暇ないからって僕に聞かないでくださいよ! ……残り4機! ……とかそのくらいです。きちんと数えてたらやられちゃいます!」
「おまえらぁ! 無駄口ばかり叩いて……ぐわぁ!」
「カズ先輩がやられたっ! まずいですよ!」
「こう言っちゃなんだけど……いつもハルミがわざと囮役として突っ込んでくれてたんだよな……。今頃気がついた……。……惚れちゃいそ!」
「ダメです! ハルミちゃんはヨシト君の物ですから!」
「じゃあ、シズカはどうすんだよ!」
「それも……ヨシト君の物です!」
「言うことが違うよな! モテ組みはよおぉぉぉ!」
ハルミは森の中でガーディアンを動かそうとしていた。しかし、駆動系にダメージがあるらしく、弱弱しいガーディアンの力では木に挟まり込んだ機体を動かして脱出することは困難だった。
「今日は……みんなの役に立てなかった……。せっかく……多分ヨシトが見ていてくれたのにな……。私が頑張っているところを見せる、最初で……最後のチャンスだったのに……締まらないなぁ……私って……」
そこに、一機のガーディアンが何かを探すようなそぶりをしながら降りてきた。
「あっ! あのカラーリング、アキラ君だ! おーい!」
しかし、そのガーディアンは横から現れた猛スピードで突っ込んでくる黒い塊に体当たりをされ、はじきとばされた。
「うわぁぁぁぁ」
「アキラ君!」
アキラのガーディアンは地面に叩き落され、破片をばら撒きながら転がる。
「び……ビートル型の蟲……。こんなのまで来てたんだ……」
それはカブトムシやカナブンなどの甲虫のような姿だった。その特性も似ており、そのぶ厚い殻に、短い反粒子ナイフは通らない。鉄鋼弾を跳ね返し、プラズマ弾やミサイルでも傷一つ付かない強度の外殻だ。
倒すとしたら、エンジンを暴走させての至近距離の重水素核爆発しかない。しかし、自爆をすれば、放射線や電磁波のため、強制切断以上のフィードバックが発生し、下手すれば一発で廃人、コールドスリープに入っている本体は永遠の眠りについてしまう。
「アキラ君! 動ける? 逃げて! 私は自爆する!」
「まっ……待ってください! ハルミさんの精神損壊状態で自爆すればもう戻って来られませんよ!」
「わかってる! でも……でも今こいつをやっておかないと……。それに! 私はどうせもう終わり。強制切断のダメージでも……帰って来れないからっ!」
「ダメです! 目の前で自爆させたら……ヨシト君になんて言えば……」
「一言言っておいて! ずっと好きだったって!」
「は……ハルミさん……」
「早く離れて! 巻き込んじゃうぞっ!」
ハルミは目の前に現れたキーボードを操作する。
「自爆モードON。認識番号17Y2―3 6485723!」
《自爆しますか? パスワードをお願いします》
ハルミのコクピットに合成音が流れた。
「自爆しちゃいます! パスワード! ヨシト大好きっ!」
《パスワード一致 いつでも自爆できます》
「アキラ君! 離れて!」
「そんな……そんな……こんな終わり方……。ヨシト君……こんな終わり方って……無いですよ!」
アキラの機体は上昇し、ビートル型蟲とハルミの機体から離れた。蟲はアキラのガーディアンには見向きもせず、ハルミの機体へと向かってくる。そのおぞましいとげの生えた数十本の手足がハルミのガーディアンを包み込んだ。
「うわぁ……。きっもーい。こんなのに抱かれて死ぬなんて……。ヨシトに抱かれて死ぬのと……すっごい違い。あの時教室で死んでおけばよかったかな……」
ハルミは寂しそうな笑顔でキーボードを叩こうとした。
……そのとき
「ハルミー!」
「えっ……。ヨシト?」
ハルミの機体に聞き覚えのある声が響き渡った。そして次の瞬間、甲虫の体をレーザーが貫通した。目の光が消えた大型の蟲を、新たに現れたガーディアンが蹴り飛ばす。
「ハルミ! 生きているか?」
「よ……ヨシト? ヨシトが乗っているの?」
音声通信だけを送るそのガーディアンは、寝転がっているハルミのガーディアンを抱き起こした。
「一年……世話……してやるって言ったろ!」
「よ……ヨシト……。ヨシト……」