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幻影学園  作者: 音哉
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第4話 「戦う人類」

俺は一歩も動いてはいなかった。しかし、ここが教室じゃないことには間違いが無い。


俺達4人は、真っ白い空間にいた。


「ハルミよ」


 いつの間にか、シズカの後ろにベッドが現れており、そこにはハルミが寝ていた。俺はすぐにそばに駆け寄る。


「ハルミ! ハルミっ!」


 俺の呼びかけにもハルミは目を開けない。


「今はこのサーバーでフルチェック中。マトリックスは正常だけど……本体がかなり弱っている」


「サーバー? マトリックス? って……? シズカ、何を言っている?」


 俺はハルミの前髪をかきあげて、額に手を乗せる。熱はさほど感じられない。平熱ともいえる程度だ。


「ヨシト……。触っても無駄だ。マトリックスは正常なんだから……」


「だからマトリックスってなんだよ!」


 俺はケンタロウに、シズカに聞いた事と同じ質問を繰り返す。それには、隣にいたアキラが答えた。


「ハルミさんは……、いえ、ヨシト君やケンタロウ君、それに……僕も、実際はここにはいません。もちろん、先ほどいた学校の中にもいません。すべてはマトリックスで作られた物なんです。コンピューターが作った仮想世界、擬似空間。僕達の本当の体は別のところにあります」


「か……仮想世界……だって事はうすうす気が付いていた。なら、俺達はどうしてそんなところに閉じ込められているんだ?」


「閉じ込められているのとは違います。精神だけこの中に避難している訳です。それについては……シズカさんの方が……」


 アキラはシズカに目を向けた。彼女は落ち着き払った態度で話を始める。


「はじめから話した方が良さそうね。大前提が一つだけあるわ。それは、17年前に人類は絶滅の危機に瀕したの……」


「ぜ……つ……めつ?」


「ええ。地上に隕石が落ちてきた。それは突然の事だったわ。もちろん、衝突した際に多くの人が死んだ。でも……恐ろしいのはそれじゃなかったの……」


 ケンタロウとアキラが目を合わせて小さくため息を付いた。


「隕石から姿を現したのは……、正体不明の生物。姿かたちは昆虫に近いわ。カナブンやトンボ、ムカデ……クモのようなものもいる」


「それを更に気持ち悪くした物だよな。ムカデも空を飛ぶしよ」


 ケンタロウがそう言いながら視線をアキラに向けると、アキラも手に負えないとばかりに肩をすくめる。


「とりあえず私達はそれを蟲と呼んでいる。そいつらは瞬く間に地上を制圧したわ。当時の現代兵器、ミサイルはもちろん、プラズマ兵器も歯が立たなかった。人類は、地球に隕石が接近してきたのに気がついてから急遽作り上げた地下シェルターに避難をした。しかし、浅い場所に作られたシェルターには易々と蟲が入り込んできたの。人類は更に深い場所にシェルターを作って隠れた。でも……突然の危機に面した人類は……食料の備蓄に乏しかった。さらに、地下深くに作ったシェルターは時間の関係で……人数に対する十分なスペースを築く事が出来なかった。やむなく……人々を次々にコールドスリープさせた……」


「冷凍睡眠ってやつだ。凍らせたら何も食べないし、動かない。酸素も吸わない……って事だな」


 ケンタロウは「まいったまいった」と言うように、眉尻を下げて俺を見ている。


「だけど……ほとんど誰も実験したことが無かった人間のコールドスリープ。残念ながら、魚や爬虫類では見事に蘇生出来ても……人間では無理だった。すぐそれに気が付いた人類は手を打った。生き返れないのは脳のせい。脳の構造が複雑すぎるため、長期にわたって活動を止めると蘇生できなくなるの。そのため、脳の一部だけコールドスリープを解除して、半覚醒、わずかに活動させる。それは通常の100分の一以下の状態で」


「それじゃあ……。俺の……、俺達の本体ってのは……。その、コールドスリープ、寝ているって事なのか?」


「半分……正解ですね」


 アキラは俺にそう言うと、視線をシズカに向ける。


「そう……。あなた達は眠っている。だけど……私はコールドスリープに入らなかった。いえ、入らせてもらわなかった。17年前、ランダムに選出された人々は……『管理者』という仕事を与えられ……今なお、コールドスリープをしている人々を監視しているわ」


「ちょっと待ってくれ。ひとまず、俺の状態はどうでもいい。ハルミだ。ハルミは一体なんの病気なんだ? コールドスリープしているって言うのに……どうしてこの世界で弱っているんだ?」

 

 それにはケンタロウが答えた。 


「ヨシト……教室で見たよな? 顔のない生徒を。あれは本来お前のような人間には、普通のクラスメートに見えるように、錯覚するように処理されている。コンピューターの性能に限界があるから、そこまで作りこめないんだ。ならどうしてそんな人間を置いているか……。最初からいないと思わした方が楽じゃないか……そう考えないか?」


「それが……ハルミと何の関係がある?」


 ケンタロウは眉間にしわを寄せながら続ける。


「もともとはいたんだ。だから、今も矛盾が生じないように『いる』と思わせている。17年前にいた……そいつらは……、死んだ。クラスの半分は……、17年の間に死んでしまったんだ。俺達はその半分の生き残りって事だ」


「どういうことだ? 俺達のクラスの半分……って事は、ひょっとして……学校の半分の生徒は……もう、いないって事か?」


「ご名答。その通りだ。そして、ハルミもその……病にかかっている。先は長くない……」


「なっ……なんだと……」


 俺はケンタロウの胸倉を掴もうとしたが……その手をぐっと握って下ろした。


「なんの病気だ?」


「簡単に言いますと、長期冷凍障害です。脳が……死んでしまうって事です。仮想空間を作ってそこで生活をして生きながらえて来たわけですけど……限界が来て近いうちに……脳が死んでしまうって事です」


 アキラは悲しそうな顔をして俺に言った


「ちょっと待て。確か……ケンタロウは教室で言ったよな。あと一年ハルミは生きられるって。それが『近いうち』になったのはどうしてだ? どうして短くなった?」


「そ……それは……」


 ケンタロウもアキラも目をつぶり、唇を噛んでいる。


「私が……そうしたの。人類の……ために」


 シズカが堂々とした表情で俺に言った。俺はシズカに手が伸びそうになるのを耐える。


「シズカが? いや、管理者が? って事か?」


「そう。冷凍障害が発生した者は次のリターンにはほぼ耐えられない。発症してすぐなら……ケンタロウやアキラのように耐えられることが多いけど……。それでも二度目は無理。ハルミの場合は4月に発症したから一年後のリターンで確実に死んでしまう」


「まて! ケンタロウや……アキラも?」


 二人は目に悲しみを浮かべながら恥ずかしそうに笑っている。


「病気になった人達は……戦場へ向かうの。どうせ……長くて一年ほどで死んでしまう命だから……」


「戦場? ……ひょっとして……蟲と戦っているのか!」


「だから気持ち悪いって言っただろ? 蟲を実際に見ているんだからさ、俺達は」


 ケンタロウは俺にVサインをして見せてくる。


「なら、ハルミも戦場へ行っているって事か? あのハルミが? しかし、ケンタロウ達と違って、どうしてハルミだけ弱っているんだ!」


「……俺達は生身の体じゃない。だから、この意識をマトリックスに格納しているわけだが……。マトリックスがやられると……その衝撃は精神にフィードバックされる。脳にダメージがくるってわけだ……。ハルミは……残念だが……奴らにやられすぎている……」


「なっ……んだと!」


 俺はついに我慢できなくなり、ケンタロウを掴むと、下に叩き伏せた。


「なぜハルミを戦場に行かせる! お前達は何をやっている! そもそも、リターンってなんだ! リターンを回避することが出来たらハルミは死なないんじゃないのかっ!」


 ケンタロウは俺の下で、俺の目を見ながら口を開いた。


「リターンは回避できない。すべての人間が一斉に行うからな。例外は無しだ。リターンをしなければ全員コールドスリープから目を覚ましたとき、脳の年齢と体の年齢差で精神と体が崩壊をし、下手すれば死んでしまうからだ……」


「だから! そのリターンとは何だと聞いているっ!」


「リターンは……。記憶を消去して、もう一度一年を繰り返すことだ。つまり、俺達なら毎年記憶を消して、高校二年生をやり直している。こうすることによって……脳はいつまでも体と同じ年齢でいられるって……わけだ」


「なっ……。まてよ……。17年前に隕石がって……。もしかして、俺達は17回も高校二年生を繰り返したって事か?」


「まあ、俺とアキラは今回が最後だけどな。次からは……あの顔無しモデルが俺達の代わりをつとめるってわけだ。仲良くしてやってくれよ……」


 ケンタロウは抵抗する事無く、俺に向かって笑っている。


「リターンは……二年生が終わった後の……春休み頃って……わけか……?」


 俺はケンタロウに馬乗りになっていた状態から立ち上がった。ケンタロウは、埃もついていないだろうに、汚れを払う振りをしながら起き上がる。


「なら……ハルミを戦わせてやらないでくれ……。その、リターンまで……生きながらえさせてやってくれ……。頼む」


 俺はシズカに向かって頭を下げたが、彼女からは返事は返ってこなかった。その代わりに、誰かが俺に対して答える。


「ダメなの……。今人類は劣勢……。ううん、ずっと劣勢。少しでも人手がいるの……」


「ハルミ!」


 いつの間にかハルミは目を覚ましていた。俺はハルミのそばへ行き、手を握り締める。


「それに……私はぐっすり眠っているヨシトを……守りたいの」


「バカっ……。なら……俺が! 俺を行かせろ!」


 俺は振り返ってシズカに向かってそう言った。しかし、シズカはゆっくりと首を横に振る。


「それは出来ない。健常者は……、人類を絶やさないために行かすことは出来ないの……」


「どうせやられたら全滅なんだろ! なら俺を行かせろ! ハルミはずっと休ませるんだ!」


「出来ない! 出来ないのよ! ……もう……、子供はいないから……」


「俺は子供じゃない! 高校生だ!」


「……年齢かな。脳が未発達だったからか……。もう……小学生や中学生。それ以下の子供は……生き残ってないの……。高校生のあなた達が……最も若い人間なのよ……」


 俺を戦いに行かせないためについた嘘……だとは思えない。そんな遠まわしな嘘をつく理由が無いからだ。


「くっ……。それでも俺は……。……待てよ。コールドスリープは……人をいつか蘇生させるためのシステムだよな? なら、ハルミを……ハルミを今蘇生させたらどうなるんだ? 冷凍障害は……どうなるんだ?」


「それは……治る。何事も無かったかのように起き上がる。だけど……」


「それをやってくれ! ハルミを……生き返らせてやってくれ!」


「それも……出来ない。ハルミだけを……特別扱いは出来ない……」


「どうしてだ! 一人ぐらい……いいじゃないか! シズカは管理者なんだろ! なんのための管理者だよ!」


「できないのよ……」


 シズカは涙を流して俺を見ていた。彼女から目をそらし、視線を下げた俺にハルミの声がかかる。


「ヨシト……。ケンタロウ君やアキラ君も同じ。でも、そんな人達を全員生き返らせちゃったら……。その人数を養える備蓄がシェルターには無いの……。それに……今までそれをしない事で死んでしまった人達もたくさんいるし……」


 そう言われて、俺はケンタロウとアキラの顔を見た。


……申し訳無いことを言ってしまった……。そんな俺の様子を見てケンタロウは「まっ、俺達は別に生き返らなくてもいいんだけどな」と、言って笑う。


 

 そんな時、部屋全体が赤く光りだした。アラームのような音も鳴り響く。


「蟲だっ! シズカ! サーバー移動を!」


 ケンタロウがそう言った次の瞬間、俺達は基地のようなところに立っていた。ケンタロウとアキラは制服姿ではなく、いつの間にか白いパイロットスーツのようなものを着ている。


「行くぜ! アキラ!」


「はいです!」


 二人は通路の奥に走っていった。


 ベッドに寝ていたハルミも体を起こす。布団の下にはやはりパイロットスーツを着た体が見える。


「ハルミ……。やめるんだ……」


「ダメっ! ケンタロウ君やアキラ君も危険なのは同じ! それに……ヨシトを守らなきゃ! ……地球を平和にして……冷凍睡眠から覚めたヨシトに……本物の地上をまた歩いてもらうの。そして……子孫を残してもらって……あれ……。どうして……私嬉しいのに……涙が……」


 ハルミは両手で頬を流れる涙を拭った。


「私が……。私達がダメでも……。後に続く人達がきっと……きっと平和を取り戻してくれるよ。ヨシトは健康そうだから……それまで障害が現れずにずっと眠っていると思う。私の事……忘れないでね。私がいなくなった後、顔のない人形が私の代わりをするみたいだけど……そこに私の写真貼り付けて……ずっと……忘れないで……」


 ハルミは涙でくしゃくしゃになった顔を俺から背け、立ち上がると、ケンタロウ達が消えた通路に向かって駆けていった。


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