第15話 「関ヶ原へ」
8月も終わりに近づき、セミの声が少なくなってきた頃……、それは現実の世界のセミも同じように鳴かない時期になってきていた。
しかしながら数はと言うと、外の世界の哺乳動物は捕食され続けているようだが、昆虫や魚は俺たちが知っているのと変わりない数が生息しているらしい。
俺は日課のパトロールを終え、格納庫に戻ってきた。腹部ハッチを開け、機体から降りる。
今までの青いラインをいられていただけのガーディアンとは違い、ガーディランスは各部を青く塗装されている。白と青の比率が同じくらいだろう。
顔はみんなが乗っている尖ったサングラスのような目ではなく、俺が前に乗っていたV型のような目でもない。Y型……が一番近いか。Yの下の棒を少し短くしたような目をしている。
顔の両サイドには以前のような大きなブレードアンテナが一本ずつではなく、一回り小さなのが二本ずつ取り付けてある。体はあれから一ヶ月たったと言うのに、まだ武装は取り付けられていない。
人間で言うと、軽量鎧を着ているような様子で、他のガーディアンに比べるとずいぶんスマートだ。腰の両側に取り付けられているガン二丁が、西部時代のガンマンを連想させる。だが、背中に背負った巨大な槍が異質な時代感を生み出している。
ガーディランサー……。その名前に使われているように、この背中のランスが強力な特長……、巨大な威力を秘めた武器なんだろうと感じさせる……。
「ご苦労様……。いつも……悪いわね……」
「補習を受けるより、こっちのほうがずいぶんいいぜ。礼は俺が言いたいくらいだ」
格納庫に現れたシズカは、俺と並んでガーディランスを見上げる。
「性能はガーディアンの5倍以上。反粒子ライフルを超える性能を持つ反粒子ガンを二つ装備している。そして、正体不明の大型の槍……。これは、機体に使われているテクノロジーからすると、物理的に突き刺すとかのように使用するものじゃないわ……」
「反粒子ガンの複製は出来そうか?」
「とても無理。これは10年以上先の技術なの……。見本が目の前にあってもダメ。自爆したヨシトのガーディアンが持っていたライフルが精一杯だわ。元々あれは古いガーディアンを改修して作り上げた物だったし……」
「そうか……。じゃあこれは……外国のテクノロジーを使った物なのか?」
「アジアの各地にしか連絡は取れてないけど……技術は似たような……いえ、日本よりもかなり程度の落ちる性能の兵器しか持っていなかった。今ガーディアンの製造方法を伝えて……生産に励んでいると思うけど……。壊滅的な外国はあまり期待できない。この14年間で外国は蟲に襲われてボロボロ……。日本はまだ幸運だったわ」
「14年間……。あの蟲の城が来なかっただけ……ラッキーって事か。なら、日本の状況はどうなってるんだ?」
「この一ヶ月、工場はフル稼働。近くに蟲がいなくなったからエネルギーを惜しみなく使って全力でやっているわ。核ミサイルは以前の倍保有して…」
「核はあまり使いたくないな……。なんせ……」
「わかってる。……半年後には地上を歩きたいからでしょ?」
俺達は顔を見合わせて笑った。
「大丈夫。反粒子ライフル、反物質ミサイルの生産も軌道に乗っている。日本の各基地も、もうすぐすべてのガーディアンにそれを装備させるって事だわ。フィードバックダメージを減らす魔法の薬の配布も終わっている。これから人間の反撃が始まるわよ」
「……おっさんの思い通り……って感じかもな。俺は……未だにあの人を怪しいと思ってるんだけど……シズカはどう思う?」
「彼は怪しくないわ」
「え?」
俺は、自信を持って言い切るシズカに驚いた。
「私にはわかるの。好きだったから……。女の感ってやつね! あの人が私たちを騙すわけがないわ」
「だ……誰だよ? 昔の……彼氏?」
「ヨシト、妬いてくれてるの?」
シズカは目を輝かして俺を見ている。
「いっ……いや。ちっ……違う……。そんなに信用するような相手って……。高校の誰かか? 昔いた奴? それとも、今いる奴?」
「昔からいて……今もいる人。もちろん私が大好きだった……人」
「……俺の……前に? ……とか……」
俺は自分で言いながら恥ずかしくなった。記憶も無いのに何シズカの元彼づらしているんだか……。
「さあ……。どうかしらね……フフ」
シズカは含みを持たせて笑う。恥ずかしかったのもあって、俺はすねた振りをしてそっぽを向いてみた。
「ヨシト……。もうすぐ人間の大攻勢が始まるわ。その前に……ハルミに告白したらどう?」
「なっ……」
俺はシズカの方を一瞬向いたが、自分の顔が赤くなっていることを感じ取ってすぐに顔をそらした。
「お前は……それで良いのか? 本来は……俺とシズカは恋人同士になって……」
「ううん……。私が間違っていた。無理やりあなた達を引き離した結果……。私たちを待っていたのは不幸な未来なの。ハルミは死に、私は悩んだ末……。そして、ヨシトはずっと苦しむことになるのよ……」
「……? 何の話をしている? 俺はもう冷凍障害だ。ハルミと共に……あと半年後に死ぬ」
「違うの……。もし……あの人が現れなければ……そう言う未来になったって事……」
「あの人って……おっさん? そう言う…未来?」
「今は……言えないけど……。そのうちに話す……。私の……罪を……」
「……ああ」
俺はシズカにそれ以上は何も聞かなかった。
二学期の始業式を前にしたある日、午後の補習へ出るために学校へ来た俺にアキラが興奮気味に、いや、何か堪えきれないように俺に話しかけてきた。
「聞きました? またケンタロウ君が玉砕したんですよ!」
「マジかよ……。これで4連敗か……」
「ヨシト君は知らないと思いますが、春休みにシズカさんにも告白しているんですよ! 5連敗中です!」
「あいつ……この高校の振られ記録をどこまで伸ばす気だ……。もう十分殿堂入りしていると思うけどな……。相手はどうせ隣のクラスの女子だろ? 新しいパイロット、8号機の」
「つり橋効果って言うんですか? パイロットになって不安な女の子ばかり狙っているみたいですけど……。何が悪いんですかね?」
「軽さだろ……」
俺の返事をわかっていたアキラはプッと吹き出して笑う。
「いやぁ! ヨシト助けてー」
そこへハルミが逃げるようにして俺達のところへ走ってくる。追っているのはケンタロウだ。
「だからハルミ! 背中に糸くずがついているって!」
「そんな事言って! ケンタロウってばブラを触ってくるのよ!」
「ちょっと線をなぞっただけじゃん!」
「だから近寄るなっ!」
ハルミはそばに置いてあった生徒の机の上から辞書を手に取り、その角で思いっきりケンタロウを殴った。
ケンタロウはうつ伏せに倒れてぴくぴくと体を動かしている。
「ヨシトから何とか言ってあげてよ!」
俺に向かって口を尖らすハルミだったが、その後ろからケンタロウの嬉しそうな声が聞こえてくる。
「フフフ……。ハルミのパンツ……丸見え……」
見ると、顔を上げてハルミのスカートの中を下から覗き込んでいるケンタロウがいた。
「死ねっ!」
「ぐぇっ!」
ハルミはケンタロウの背中を踏みつけて歩いていった。
「バカに磨きがかかっているな……。これも冷凍障害の症状の一種か?」
「パイロット適正も……疑う必要がありますね……」
俺とアキラが唖然として踏み潰されたゴキブリのようなケンタロウを見ている時、校内放送がかかった。
それは先生や放送部の生徒の声ではなく、シズカの声だった。
「部活の遠征の日にちが決定しました。9月15日です。私達は東側に位置する東軍なので縁起が良いですね。以上」
「ぷっ!」
それを聞いて俺とアキラは腹を抱えて笑い出した。
「珍しく……シズカさんにしてはユーモアを交えてきましたねっ!」
「あはは……。あれはユーモアっていう部類に入るか? まあ、努力は認めるけどな!」
クラスメートはそんな俺たちを見て首を捻っている。世界の実情を知らなければわかるはずもないし、何より、仮想世界に気がついていない生徒はわかったところでプロテクトによりその部分の記憶は奪われる。しかし……。
「今のどういう意味だよ二人とも……」
「ヨシトぉ。さっきのシズカ何を言っていたの? 9月15日に出撃だって事はわかったけど……」
ケンタロウとシズカまで首を傾げながら俺たちに向かって不思議そうな顔をしている。
「お前ら何言ってんだよ……。9月15日はその昔、関が原の合戦があった日だろうが?」
「ですね。東軍である徳川家康が勝利した戦いです。敵はアフリカ大陸に本拠地を構える蟲達。その東にいる僕達を東軍、蟲達を西軍に例えたわけです」
「ああ……。それで縁起がいいって事か……」
「なるほどぉ……」
「せっかくシズカが頑張って考えた冗談だ。みんな本人の前では笑ってやれよ!」
俺達はシズカがいないというのに、教室で大笑いを始めた。
……本当の戦いの幕開けまで……あと20日という晴れた日の事だった。