第12話 「時空震」
格納庫では二機のガーディアンが動き出した。白に青のラインが入っている0番機と、紫のラインが入っている予備ガーディアンだ。
「きゃぁ!」
紫ラインのガーディアンがバランスを崩して転んだ。それを俺のガーディアンが引き起こす。
「おいおい……。下手だな。それに……今のでケンタロウのガーディアンのアンテナ折れたぞ……。後で何言われるか……」
「しっ……仕方ないでしょ! 私は生身でレバーを握って操縦しているのよ! ヨシトみたいにガーディアンとリンクして、考えたとおり動いてくれるのとまったく違うんだから!」
言っているそばから今度は逆側にシズカは倒れる。ぶつかった黄色のラインが入ったガーディアンが派手に転んで、その腕が外れて転がった。
「アキラのガーディアンの腕がとれたぞ!」
「ち……違う! あれは調整中だから……簡単に取り外せたの!」
「本当かよ……」
「歩くのは難しいのっ! いったん空を飛んだら……大丈夫よ!」
「……じゃあ、行くぞ」
俺はダクトに入り、少し浮き上がると一旦空中で静止した。その足をハルミのガーディアンが掴んだ。……もちろん、二度三度空中で何かを探すような手の動きをさせてようやくだったが……。
「行くぞ!」
「ラジャ!」
俺はシズカのガーディアンを持ち上げ、牽引するようにダクトを上る。
「なんだよ、ラジャって?」
「一回言ってみたかったの」
「俺たち、誰もそんな言葉使わないぞ?」
俺は速度を上げてダクトを抜けていく。途中、いつもの出口に向かうルートから逸れ、右へ右へと誘導されて俺は飛んだ。通常の出口までの距離の10倍以上飛んだとき、ようやくシズカから声がかかった。
「そろそろ地上よ。用意はいい?」
「ああ、まかせろ」
俺は武器の状態と残弾を確認した。
最後の扉を抜けると地上に出た。そこはいつもの景色とはまったく違い、やはりかなり基地の真上からは離れているようだ。非常脱出口と言うだけあって、基地が攻められたときに蟲達から出来るだけ離れて逃げ出す出口と言う事であろう。
俺は外に出ると、すばやくライフルを構えて360度旋回をする。しかし、辺りに蟲の姿は無かった。
「……ちょっと……。ヨシト……。いきなりすごい速さでぐるぐる回らないでよ……。目が……まわっちゃって……」
見ると、まだシズカのガーディアンが俺の脚を持ったままくっついている。
「……離せよ」
「そんな暇なく回るんだもん……。私は生身の体なんだから……ヨシト達みたいに遠心力とか感じない体じゃないんだからね……。気分悪い、ちょっと待って……」
ようやく手を離したシズカだが、しばらくボーとした感じで動きを静止している。
「大丈夫か?」
「なんとか……。でも……綺麗だね……、地上。管理者やって17年……。久しぶりにこの目で外の世界を見る事ができた……」
シズカは感動しているようだが、その表情は俺にはうかがい知れない。
「なあ、どうして音声通信だけなんだ? 映像も送れよ?」
俺達はガーディアン同士で通信するときも、正面モニターの端にお互いの顔を表示させて話をする。しかし、シズカはどうしてか映像をONにしていないのだ。
「……故障しているみたい」
「そうなのか。……んっ? 管理者やって17年……って。そうか……確か……、シズカは実際に年齢を重ねているから……確か今は三十…」
「うるさい! 余計な事を言わない! 考えない!」
なにやら殺気を帯びた声に俺は黙ったが、どうしてかおかしくて、声を出さないようにして笑った。
「こらっ! 何笑っているの! 少年!」
あ……そうだった。こっちの映像はシズカに送信されているんだった……。
「ま…まあ、遊んでいる暇無いよな。さっさと任務にとりかかろうぜ」
俺が南へ向かって飛ぶと、シズカは多少機体を上下させながらだが付いてくる。あのガーディアンの胴体部分に、俺の良く知っているシズカではない、大人のシズカが乗っているって言うのは、何か不思議な気分だ。
南へ100キロ程飛んだが、蟲の姿は無かった。蟲と言うのはどうやっているのかわからないが非常に統率が取れており、はぐれた蟲などはほとんど見ない。しかし、もしそんな蟲に一匹でも遭遇すると、すぐに仲間を呼ばれるため、逃げるか殺すかを即座に行う必要がある。
「南は大丈夫だな。反時計回りに行ってみるか」
俺は東に向かいながら、たまに基地よりに近づいたり、離れたりしてくまなく蟲を探す。
そんな時、前方に小さな黒い点が見えた。
「ヨシト! 二時の方角!」
「ちっ!」
俺はライフルを放った。蟲はその光に触れ、同じように光になり拡散した。
「今のは仲間呼ばれてないよな?」
「大丈夫だと思うわ。でも……嫌な予感がする……。このまま北に向かえば……ひょっとして……」
「だからって言って帰っちゃ、いつまで経ってもこれの繰り返しになる。もう少し……様子を見てみよう」
俺達は北に向かって飛んだ。少しずつはぐれた蟲に遭遇する機会が増えてきた。南にはまったくいなかったって言うのに……。やはり北に何かいるのだろうか……?
「雨雲?」
そう思ったが違った。いや、そう思いたかった。北の空が黒いのは、あの日見たのと同じ、蟲の群れだ。それは密集し、蟲だとは思えないくらい真っ黒の塊になっている。
「ヨシト……離れましょう! まだ気が付かれてないわ!」
「……見ろ! あれは……基地が襲われている!」
「え……」
黒い球とその周辺を飛び回る数万の蟲はある一点にとどまっているようだ。モニターを拡大させると、地面に向かって蟲達は飛び込み、姿を消している。
「あ……あの位置は……9番基地だわ……。人口一万人規模の……、一桁台ナンバーの大型コールドスリープシェルター……」
シズカは位置を確認したようで、声を震わしてそう言った。
「一万……。俺たちの高校の20倍の規模の基地か……」
「一桁ナンバーは当然のように蟲に見つかりやすいの……。あれは残り少ない大型基地なのに……」
「くそ……」
「ダメよ! 逃げましょう! 私達が行ったところで何もできない!」
シズカは俺が機体と武器システムをチェックしに下げた視線に気が付いたようで、厳しい口調で言う。
「しかし……」
「ヨシトはハルミを守るんでしょ! 今死んでどうするの! 世界が滅んでもハルミだけは守る! そうでしょ? ……私も……そうなんだから……」
「…………撤退しよう」
俺はまさに断腸の思いで基地に背を向けた。そうだ、今俺はここで死ぬ危険を冒すわけには行かない。
……しかし、振り返ったそこにはおそろしい物が数匹浮かんでいた。
「蟲だ! バカな! レーダーには何の反応も!」
俺たちを見つめる蟲。それは透明の羽を持つ蛾のような蟲だった。それが数匹俺たちの前に浮かんでいる。
「新種だわ! レーダーにうつらない蟲なんて……」
すぐさま俺はライフルですべて打ち落とした。しかし、振り返らずとも後ろから蟲の羽音が迫ってくるのがわかる。
「シズカ逃げろ!」
俺は振り返りざまライフルを放つ。先頭の数十匹の蟲は消滅したが、そんな事は問題にならない数の蟲が俺達に向かって飛んでくる。
「何言っているのヨシト! 見つかったときの作戦は決まっているでしょ! 何のために私がいると思っているの!」
「そ……そうだった!」
俺達は後退を始める。左には荒野、後ろには岩場、右には少し先に森が見える。理想は俺をシズカのサーバーに収容、基地に飛ばした後、俺の機体と共にシズカは隠れるという事だが……、場合によっては俺の機体を放棄する事も視野に入れている。なんとしてもシズカはうまく隠れてもらわないと……。俺の頭には先ほど基地を襲っていた蟲達の姿がよぎる。
「シズカ! もう隠れて俺を収容体勢に入ってくれ! 今から俺が派手に暴れる間になっ!」
「わ……わかったわ! (私の命よりも……ヨシトだけは生かさないと……。彼がそう言っていたなら、きっとヨシトは人類を救ってくれる。じゃなきゃ、彼が私をこんな危険な任務に行けなんて……言うわけがないもの……。言う人じゃないもの……)」
俺はシズカが森に降りて消えたのを確認すると、体の各部に隠されている反物質ミサイルの弾頭を起動させた。残段は50発。
「とりあえず10発!」
長さ1mほどの小型ミサイルで炸裂範囲は狭いが、その範囲の中での威力は核ミサイルに匹敵する。おまけに散弾のようにミサイル内にパケットされた反物質が詰め込んであり、それが突き刺さった蟲も消滅をする。
幾つかの光が蟲の群れから放たれる。すると、一瞬のうちにガラスの彫刻が砕け散るかのように蟲達が小さなかけらになって飛散した。だがそれでも、俺が身を隠す暇も無く、津波のように蟲が押し寄せてくる。
「くそ……。これじゃ最後は自爆しかないぜ……。核爆発の前に何とか収容を頼む」
「当然よ! わかっているわ!」
シズカの声に俺は安心をする。迫り来る群れに俺はもう10発のミサイルを見舞ってやった。
「はは! ざまあみろ。残弾はあと30発だ。まだまだやれるぜ! ……って……おい……」
「どうかしたの? ……ヨシト?」
ミサイルが爆発して放たれた光の向こうから、黒い大きな球があらわれた。それは……ドーム。そう、子供のときに初めて見たドーム型野球場を思わせる様子だった。
「やばい! 蟲の城が来ている! すぐ目の前だ! もう通信はするな!」
その城は俺を見つめている気がした。やはり城ではなく……中に何か……大きな蟲がいる気がする……。
「吹っ飛べ! 全弾惜しみなく受け取れ!」
俺のガーディアンの手足についているハッチが開く。そこから一斉に蟲の城へ向かって30発もの反物質ミサイルが飛び出していく。
[ドドドドドドドォ――――――ン]
俺と城の間に光の壁が出来た。俺はその光の壁に向かってライフルを構える。当然のように壁が消え去ると見えてきた。黒い大きな物体が……。
「おぞましい……な」
それは巨大なイモムシのようだった。イモムシと違うのはその大きさと、下に生えている数千本の細い足だろう……。
外殻も備わっているようで、イモムシのように柔らかそうな表面ではない。とげとげしい木の表面を思わせる質感だ。上部には数千の羽のある蟲がへばりつき、全体を持ち上げているようだ。
「何とか……この場所から引き離さないと……」
こいつはちょうどシズカが隠れている森の真上で止まった。このまま俺を収容して基地に飛ばせば、その電波をキャッチされてシズカはあっというまに蟲の餌食だ。
俺は何発かライフルを見舞ってやった。だが、効果があったのかどうか分からない。あまりに巨大な質量だからと思われる。ライフルから放たれる反粒子で出来たビームがいくら突き刺さろうと、対消滅を起こす爆発がイモムシの大きさからすると小さすぎる。
「弱点は……目か?」
目を狙ってみるが効果は無かった。イモムシを支えて空中に浮かび上がらせている蟲を狙おうかとも思ってみたりしたが、墜落などさせたら余計シズカが危ない。
「自爆……したところで……、あの巨体にどれほどのダメージが与えられるか……。下手したら外側を焦がしただけで終わるかもしれない……」
蟲の城は動かなかった。そして、その体から無数の蟲が湧き出してくる。こいつは……蟲としての攻撃力がすごいとかではなく、もしかして蟲の生産工場なのじゃないだろうか?
増えていく雑魚が俺を襲ってくる手は激しくなっていく。打ち落としつつ、逃げるような動きを見せているつもりだが、一向にイモムシは乗って来ない。
「もしかして……シズカがいることに気がついているのか? いや……それならばすぐに襲うはずだ。何か気配を感じているというか、怪しんでいる? ってとこなのか……?」
俺は思い切って逃げ出し、蟲達を釣る……と言う事は出来ない。すぐにシズカを助けに行ける距離から絶対に離れることは出来ないからだ。
「逃げろ。奴らが追ってこないなら好都合だ。お前だけ逃げることが出来たらそれで今回の任務は完了だ」
モニター画面の隅におっさんが映っている。いつものように不鮮明で人がいるかどうかくらいしかわからない画像だ。
「出来るわけないだろ。あのでかい奴の真下にシズカがいるんだ」
「シズカは見つからない。そのためにつれてきた」
「確証はあるのかよ? 俺が離れたとたん襲われたらどうする?」
「そうだとしても、彼女は覚悟ができている。お前を恨むことは無い」
「あんたはシズカの知り合いだろ? いいのかよ?」
「……俺は一度シズカを殺してしまった。もう一度殺したくは無い。しかし……人類を救うためにはこれしか手が無い」
「俺は……違った。ハルミが生きていればそれで世界は言いと思って戦いに出たが……それは違ったんだ……。俺は……誰よりも先に死にたい。みんなを俺よりも後に生かしたいんだ。例え……俺の命で全人類が救えるとしても……、この命、目の前で苦しんでいる人がいたとしたら……危険を冒して助けたい。例え全世界の人が恨もうとも……俺の命は好きに使わせてもらう。ハルミや……シズカのためにでも!」
「小さいな。お前のやろうとしていることは自己満足だぞ。知っている人間の喜ぶ顔が見たいだけだ」
「なんとでも言え」
「そして優柔不断だ。ハルミとシズカ、どちらにするんだ? 決めかねている部分があるだろ?」
「う……うるさい。な…なんとでも言え」
「そしてバカだ。ハルミの時はシズカを泣かせ、今回はハルミを泣かせる事になるかもしれんぞ?」
「わかってる! な…なんとでも……。うるさい!」
「だからいつも学食で『イチゴオーレ』を買おうか、『バナナオーレ』を買おうか、5分も悩むんだ」
「だからっ……って……えっ? どうして知ってるんだ? ……それを」
「ふふ……。相変わらずだなヨシト。確かめたかったんだ、お前が……どういう奴だったのかをな」
急におっさんの口調が変わる。まるで……懐かしい人を目の前にした時のような感じだ。
「どういう……奴……だった? ……『だった』ってなんだよ。俺と……会った事があるのか?」
「時空震を使うぞ。前面パネルの赤と黒の部分を同時に押せ。お前の脳を認証するように作ってある」
「じくう…しん?」