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幻影学園  作者: 音哉
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第11話 「任務を断って!」


「……手に負えない数の蟲が現れ、基地をスリープモードにして隠れてから二ヶ月。そろそろ基地の活動を元に戻し、工場も通常稼動させなければいけないわ。機体の生産、修理、兵器の増産。やることは山ほどある。他の基地とも連絡を取りたいし……」


「まあ、蟲に見つからなくてラッキーだったよな!」


 ケンタロウの言葉に皆うなずく。俺達はガーディアンに乗って地上に出たときにようやく蟲相手に戦える。今の俺達はコンピューターの中だけに意識が存在し、体は近くの施設で眠ったまま。蟲が地下に入り込んできて襲ってきたら無抵抗のままやられてしまう。


「じゃあ、そろそろまた元通り蟲達を相手に戦いましょう、そう言うことか?」


 カズ先輩がそう言うと、シズカは首を横に振った。


「基地の全システムをいきなり元に戻した時、真上に蟲達がいたら……すぐに気がつかれて終わりだわ……」


「じゃあ……センサーだけ元に戻し、あたりを調べてから……って事ですか?」


 アキラの問いにもシズカは首を振る。


「センサーだけでも気がつかれる可能性がある。もちろん、地上にカメラも設置してなどもいないわ」


「センサー無しで、カメラも無し? なら自分の目で見に行かないとな! あはは!」


 笑うケンタロウの前でシズカは視線を落とした。


「待ってくださいケンタロウ君。それってひょっとして……非常に危険な任務なんでは……? 出たとたん蟲に囲まれたら……大変ですよ」


「その時は……基地に戻ってこないで」


「え?」


 アキラに向かってシズカはそうきっぱりと言った。


「詳しい説明にはいるわ。任務は基地周辺100kmの偵察。非常脱出口を使ってこの基地から少し離れた場所に射出され、そこから偵察任務についてもらう。多少の蟲は無視して、問題はこの間見た蟲の城が辺りに存在するかどうかが重要。


もし……それを見てしまったら……基地には戻らず、どこかへ隠れていて欲しいの。残念だけど、援軍も期待しないで……、いえ、送ることは無いわ」


「ちょ……ちょっちょっちょっ! 戻ってきちゃダメなわけ? この間は戻ってきてまた隠れたじゃん?」


 ケンタロウは水面を叩きながら聞くが、シズカは厳しい口調で答える。


「ガーディアンと基地との接続は、通常は狭く強い電波を使っている。細い鉄のワイヤーを想像してもらえればいいわ。でも、それだと周辺に蟲が潜んでいた場合、あっという間に基地まで辿られてしまう。


今回は、広く弱い電波を使うの。クモのような糸を大量にガーディアンに向かって放っていると想像してもらえればいい。これだと、なかなか蟲達に基地の場所を探知されないはず。でも、問題があるの。クモの糸を掴むには、ガーディアン自体の受信感度を最大まで引き上げなければならない。つまり、ガーディアンは夜に光る蛍のように蟲達からは見えると思う。基地まで帰ってきたら……元も子もないわ」


「待ってください! なら、蟲に見つかった蛍がどこかへ隠れたとしても……光を放っているんですぐに見つかるのでは?」


「そうね、見つかると思うわ」


 アキラに向かってシズカがそう淡々と言うと、みんなは静まり返った。


「……まっ……まあ、強制切断が半分前提の任務ってわけだよな? それほど問題じゃない…」


 ケンタロウの言葉をシズカは遮って話す。


「弱いクモの糸を、スリープモードに入っている基地の力で収容するのには困難を極める。受けるダメージは強制切断や撃墜時などの比じゃない」


「う……。マジで?」


「どのくらいですか?」


 アキラの問いにはシズカはすぐには答えなかった。その沈黙が、その次の言葉を俺に予想させた。


「一発アウト……。って感じか?」


 シズカは俺に向かってぎゅっと口を閉じたまま、頭を縦に振った。


 全員に沈黙が訪れる。しかし、すぐに笑い声を上げる人がいた。


「わっはっは! なら俺が行こう! 最上級生だってのに、全然目立ってないからな! ケンタロウやアキラは二年のくせに、ガーディアンに乗るのが早かったからって先輩風を吹かすし、ヨシトのヤローは良いガーディアンに乗ってるからって、いきなりリーダー気取りだ! ここは三年生の俺の顔を立ててもらおうか?」


 カズ先輩だった。先輩は俺達の前に出てきて、胸を張って見せる。それを見ると、ケンタロウがニヤニヤしながら口を開く。


「あれぇ? そうだったんですかぁ? 一応、俺は尊敬しまくりでしたよ? でも、ここはやっぱり先輩風を吹かしていいっすかね? 第一、カズ先輩よりも俺の方が累積精神ダメージ多いし。俺が行きますよ」


「待ってよ。ダメージなら私が一番多いじゃない!」


「女の子にこんな危険な任務させちゃあ、男として名誉に傷ついちゃうぜ! それに、ハルミはまだ心残り…あるだろ? 可能性、無いわけじゃないと思うけどな!」


 ケンタロウはハルミとシズカ、そして俺の顔を見ながら笑っている。


「ケンタロウにカズ先輩。残念だけどこの任務は、誰がやるかとっくに決まってるんだ。そうだろ? シズカ。 ……最初に俺に話があるって言ったもんな?」


 みんなは「あっ」と口を開けると、俺とシズカの顔を交互に見ている。


「待って! ヨシトはまだダメージ0でしょ! そんな人を行かせるなんておかしいよ! 戦力的にも一番弱っている私が行く!」


 ハルミは俺とシズカの間に立ち、俺の前で手を広げてシズカを睨んでいる。


「いいんだよハルミ」


 俺はそんなハルミの肩に手を置き、自分のほうを向かせた。


「周辺に蟲の城が無いかしっかりと確認してこなければいけない。雑魚に襲われても簡単に蹴散らせるのは今のところ俺のガーディアンだけだ。他の奴が出撃して、雑魚蟲にやられでもしたらそれでそいつは終わり。しかもまた次の奴を派遣しなければいけない。俺以外、この任務をこなせる奴はいないよ」


「でも……」


 ハルミは水の下で俺の手をぎゅっと握り締めてきた。そんな俺たちを見る事無く、シズカはプールサイドで体育すわりをしたまま、自分の膝を見つめて話を進める。


「管理者戦略会議で決まったわ。この任務はヨシトにやってもらう。そして、いきなりだけど、明日任務に出てもらう。急いで用意をしてね……」


「データだけの俺たちに用意なんてあるのかよ? 気持ちの整理ならいつでもついているぞ」


 シズカは顔を上げて俺の目を見た。


「いろいろ……。自分だけじゃなくて……周りの人と……挨拶とかも……」


「ちょっと待てよ! まるで死にに行くみたいじゃないか!」


 ケンタロウが久しぶりに真剣な顔をしながら声を荒げてそう言ってくれる。


「指令は伝えたわ。それじゃ、私は報告と仕事があるから……、これで失礼するわ。……プールはほどほどにね」


 シズカは冷たく言い放つと、立ち上がって更衣室へ向かって歩いていった。


「待てって! シズカ!」


 シズカの後を追おうとするケンタロウの腕をアキラが掴む。


「ケンタロウ君……。一番つらいのは……」


 アキラがそう言うと、ケンタロウは黙り、プールの水の中に顔を突っ込んだ。そして何か「ゴボゴボ」と叫んでいる。


「気にするな、ケンタロウ。それに、みんな。俺は戻ってくるから……別に挨拶はいらないよな」


 皆は俺を見つめ、息が切れて顔を上げたケンタロウも俺を見た。


「じゃ、管理者が機体の整備はしてくれていると思うけど、一応俺も見てくる。もしかしたら、ガーディアンをくれたおっさんから連絡が来ているかもしれないしな」


 俺はプールから上がり、後ろに手を振りながら更衣室へ向かう。そんな俺を仲間は黙って見送ってくれた。



 軽くシャワーで体を洗い流す。生身の体じゃない俺にこんなもの必要なのかとも思ったが、冷たい水が俺の頭を冷やし、ゆっくりと血をめぐらせる。そんな気がした。


 俺はここで死ぬわけにはいかない。蟲を春までに掃討し、ハルミをコールドスリープから出さなければいけない。だからと言ってこの任務を人に任せるわけにはいかない。俺の目的のためには、みんな貴重な戦力であるし、俺より戻ってくる確立が段違いに低いだろう。


しかし、もし自分が死んだときの事を考える。俺が死んでも、みんなで力を合わせてなんとか『今期中』に地上を手に入れて……ハルミを助けてくれたら……いいんだが。


 俺はコールドスリープが解けても目を覚まさない自分に、ハルミがキスしてくれている場面を思い浮かべた。ハルミが助かれば……それもいいかもしれない。


 服を身につけ、更衣室を出た。すると、建物の影から人が飛び出してきて俺に抱きついた。


「ヨシト……行かないで……」


「シズカ……」


 彼女は泣きじゃくっている顔を見られないように、俺の胸に押し付けてくる。


「任務は強制じゃないわ! 断って! そして……私と一緒にいて!」


「………」


「私は反対したの! ……したけど……」


「わかっているよ、シズカ。でも、志願だったとしても……俺が名乗りを上げた。俺が一番戻ってくる確立が高いことは管理者なら良くわかっている事だろ?」


「嫌! 管理者なんて……やめたい。ヨシトとどこかへ逃げたい! ……でも……」


「俺たちには逃げる場所なんて無い。そのために……地上を取り返さないと……な?」


 顔を上げたシズカの涙を俺は指で拭ってあげた。


「ちょうど良かった。機体のチェックに行きたいんだ。俺を格納庫まで転送してくれ。いちいち校舎まで戻って自分で転送する手間が省けたぜ。さっ……管理者さん!」


 俺がそう言って笑うと、一瞬にして周りの景色が変わり、格納庫に俺たちは抱き合ったまま立っていた。


「サンキュ、シズカ。じゃあ後は俺一人でいいから、お前は戻って…」


 俺はシズカの体を離し、自分のガーディアンへ乗り込もうとした。すると……ガーディアンと目があったのだ。奴は顔を俺のほうへ向け、じっと見ている。


《やっかいな任務を受けたなヨシト……。俺はお前をどうしても失うわけにはいかないのだ》


 ガーディアンが俺に向かってそう言った。いや、この声には聞き覚えがある。


「おっさん、久しぶりじゃないか。なら新しい武器とかくれないか?」


《悪いが……俺も蟲に見つからないようにこの数ヶ月おとなしくしていたものでな……。それに、お前に渡すべきものは今のところこれがすべてだ》


「まあ、とりあえずこの間の薬は助かったよ。ハルミが元気になった。礼を言えるときに現れてくれてよかったよ……」


「あ……あなたがヨシトにこのガーディアンをくれた人? 一体誰なの? どうして……こんな優れた武器を……? それに、どうやって私たちのシステムに介入できるの? 外国の人なの?」


 シズカはガーディアンに向かって問う。現在の人間は蟲に気づかれないように、近くの基地と必要最小限の連絡を取り合うだけだ。外国の施設と連絡を取れるような電波を発することは自殺行為になる。つまり、今俺たちは近くの基地以外に人間が生存しているのかどうかはわからない。もし生きているのなら、俺たちより優れた技術を開発していてもまったく不思議は無い。


 ガーディアンは少し首を動かし、シズカを見た。そして、そのまま黙っている。しばらくの間、格納庫内にそんな不思議な時間が流れたが、ガーディアンが一言、言葉を放った。


《シズカ……。すまなかった》


「えっ……」


 シズカは戸惑った表情を見せる。当然だ、巨大ロボットから謝られる機会などそうそうない。……と、言うのは冗談で、……二人は知り合いだったのだろうか……?


「だ……誰? 私の事を知っている人なの?」


 ガーディアンを操っている人物がシズカの知り合いだったとしても、今は正体を明かす気が無いようで、その質問には答えなかった。


《シズカ、この任務にはお前の助けが必要だ。人類が蟲を打倒するために、ヨシトはどうしても失うわけには行かない。これは絶対なんだ》


「私にとってもヨシトが必要なのはそう。でも、どうして人類全体にも必要なの? ヨシトのガーディアンに搭載されている武器ならもうあらかた問題をクリアして、あとは生産に入るだけだけれど……」


《ガーディアンや武器などどうでもいい。ヨシトの存在が必要なのだ。蟲を滅ぼすには……この時代に生きるヨシトが必要不可欠なんだ》


「……この時代?」


《頼むシズカ……。俺が……言えた義理じゃないことは百も承知だ。だが、……だが、人類のために命をかけてくれないか?》


 ガーディアンは直立不動のままだったが、俺にはシズカに向かって頭を下げているように見えた。


「あなた……。その……、喋り方……って……。まさか……」


《お前の命を奪ってしまった俺だが、……もう一度……俺に命をくれないか? 俺は……俺達は絶対に蟲を滅ぼしてみせる!》


「……それが……、ヨシトのためや私のためになるのであれば……、もちろんやるわ。……しばらく会ってなかったからって……私の性格を忘れたの?」


《感謝する》


 二人は、シズカとガーディアンは見つめあったまま何やら心を通じ合わせているようだ……。ひょっとして……前彼? いや、前彼は俺だったはずだから……前々彼? 昔亡くなったガーディアンのパイロットとかってとこか? 今はハルミが好きな俺だが、なぜか若干ジェラシーを感じてしまっていた……。



 翌日、司令室に大きな声が響き渡った。


「ば……バカな! そんな事は許可できん!」


 大垣さんだった。彼は他の管理者に視線を投げる。すると、当然のように全員一致でうなずいて大垣さんを見ている。


「管理者自身が出撃するなんて……ありえん! 前例が無いぞ! それに、生身の体で行くのがどれだけ危険かわかっているだろ! 撃墜されたら、物理的に死ぬのだぞ!」


《今回の任務、撃墜されたら死ぬのはヨシトも同じ、フェアだわ》


「し……しかし! インターフェースが違う! シズカ君はろくに操縦の訓練を……。管理者達すべてだが、訓練をほとんどした事が無いはずだ!」


《操縦方法なら頭に入っているわ。後は……女は度胸って言葉に従うだけ》


「くっ……ヨシト君のことになると……本当に頑固だな、君は……」


 大垣さんは振り返って後ろを見て言う。


「君達パイロットの口からも何とか言ってやってくれ!」


 話を聞いていたケンタロウを初めとするガーディアン操縦者達は全員小さく笑っていた。


その中で、ハルミは列を抜け出してエレベーターに向かおうとする。


「おい、どこ行くんだよハルミ。ヨシトの任務を見届けるんじゃないのか?」


「シズカだけずるい! それなら私も行くっ!」


 ケンタロウ、大垣さん、さらにはモニターに映っている俺やシズカ一人ずつに頬を膨らまして見せたハルミはエレベーターに乗り込もうとする。しかし、その肩をケンタロウが掴んだ。


「だから俺たちじゃだめなんだって! ガーディアン二機で行ったら光が二倍になってよけい目立つだろ! シズカがなら……現実世界にある生身の体で動けるシズカなら、ガーディアンに乗っていても基地との通信を行わず単独で動ける。光を放たないホタルになれるわけだ!」


「ぶぶぅ!」


 ハルミはモニターの向こうで困った顔をしているだろう俺に向かっておかしな鳴き声をあげて不満を訴えているようだ。


《大丈夫よハルミ。ヨシトが見つかっても、私がきっちりとこの虫かごに回収してきてあげるから!》


 シズカは自分の後ろに置いてある黒い箱を指差している。ポータブルサーバー兼電波ブースター。俺がやられた瞬間、サーバーに収容して、辺り一体に強力な電波と共に俺を送り出す。スリープモードに入っている基地と言えども、それなら俺をキャッチできるだろうという事だ。


その後、シズカは森や谷の合間に姿を隠す。基地と双方向通信を行う必要が無い生身の体のシズカはガーディアンの動力を切れば、完全に物と一体になれる。生体から放たれる微弱な電磁波も蟲達は感知できるが、それはガーディアンのボディに遮蔽されて計算上は大丈夫だろう……と言う事だ。


《ハルミ……。私の命に代えても……ヨシトを必ず送り返す。約束するわ》


 シズカの真剣な顔を見ると、ハルミも大垣さんも黙った。シズカはその一瞬を逃さず、格納庫からダクトへ通じる扉を何かしらの操作で開けた。


「いかん! ロックがはずされた! すぐに閉めろ!」


「だめだ! パスワードが書き換えられた! さらに上書きするのに数分はかかるぞ!」


 大垣さんや管理者達は大慌てだ。しかし、ケンタロウやアキラ達パイロットはそれを見てケラケラと笑っている。


「なんさか……駆け落ち? っぽくね?」


「あっ! それぴったりですよ! ケンタロウ君!」


 それを聞いてさらに怒り出すハルミを見て、余計パイロット達は笑うのだった。




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