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幻影学園  作者: 音哉
10/22

第10話 「ああ……スク水」

 スリープモードに入ってから2ヶ月が経った。基地のセンサー類はすべて切られているので、原始的に振動などによって判断するしかないとの事だった。他の基地との連絡も当然行われないので、まったくの隔離された施設となっていた。もちろん、それはどの基地も同じなわけである。


蟲の城はこのあたりに人間が大勢いると感じたのか、それともただの気まぐれなのか、ずいぶん長い間この辺りの地上をうろうろしているらしい。


 いつの間にか暑い季節になっていた。7月下旬。一学期の終業式も終わり、俺たちは夏休みに入った。俺は毎日家でだらだらとテレビゲームをしたり、アイスを食べたりと退屈な日々を送りながら……と、言う事はまったくなかった。


なんせ俺には、俺達には自宅と言う物が存在しない。俺達が仮想世界を体験しているこのコンピューターの性能と容量から、学校とその周辺しか世界は存在しないのだ。となると、どうなるか。……こうなったようだ。


「こんなバカな事ってあるかよ!」

「ありえねーよなぁ!」

「気が付くって事がこんなに辛い事になるとは……ですね……」


 俺とケンタロウとアキラは、三人集まって教室でブーブー文句を言う。そう、夏休みに入ってまで学校に来ているのだ。補習と言う名の下に……。


「冬休みだって絶対ないぞ!」


「俺達に盆や正月は来ないって事かよ……」


「お……お年玉……も無いですよね。だってこの世界は高校生だけだし……」


「遊びに行こうぜ! 遊びによぉ!」


 俺は机を叩いて言った。そう、大体この世界の性格がわかってきた。学校から帰るといつの間にか次の日の朝になる。その間、俺たちは睡眠をとっているかのように無意味にデータを休まされているようだ。


土日もそう。遊ぶ予定を立てていない週末があれば、金曜日下校すれば、あっという間に月曜日の朝になる。もしそのときに蟲が攻めてくれば、俺たちは気が付けば格納庫、といった風にたたき起こされるのだろう。


「でも……どこいくよ……。もう……商店街も飽きたしなぁ……」


 ケンタロウの言うとおり、俺たちには学校周辺の商店街しか遊びに行く場所が無い。臨時にテーマパークや海、山といったようなプログラムも起動させる事が出来るらしいが……残念ながら今はスリープモードで隠れている時期なので、余計な機器は動かせないという事だ。


「最後の夏なんだよ! それが……その思い出が『補習』だなんてないよっ!」


 いつの間にかハルミも話しに加わっていた。怒りの大きさに比例しているのか、その頬は限界まで膨らんでいる。


「海行きたい! うみうみうみうみ! ヨシト! 連れて行って!」


「そうは言ってもさあ……。この間試したろ?」


 少し前、俺とハルミは学校帰りに新しいお店を探そうと、商店街を抜け、大きな道路を真っ直ぐに北に向かって歩いた。すると、いつの間にか俺たちは南側から商店街にたどり着いてしまったのだ。おそらく東にあるけば西からでてくるのであろう。


「やだっ! 海に行きたい! 記念! 記念に行く!」

「だからさぁ……」


「あっ!」


 アキラが何かを思い出したように声を出した。そして、何かをたくらんでいるような顔を俺達にみせる。


「海は無理かもしれませんけど、学校にはプールがあるじゃないですか? 補習なんてほったらかして、行きません?」


 それにはなぜかケンタロウが強烈に反応をみせる。


「うぉぉぉ! それいいっ! 採用! アキラ! 天才! ハルミ行こうぜ!」


 そして、ハルミの手を掴んで教室の外へ向かおうとする。


「ちょ……ちょっと待ってよぉ。水着がないよぅ」


「気にするなって! 下着で泳げばいいんだ! 俺は子供のころよくやったぜ? ぬれるのが嫌なら下着も脱いで泳げばいいんだよ!」


「何言っているのよぉー。そんなの出来るわけないでしょぉ!」


「どうせ俺たちの本当の体を見られるわけじゃないし! 大丈夫だって!」


「もう! この……変態!」


 ついにはハルミからお尻を蹴り上げられ、ケンタロウは教室の扉に頭をぶつけた。しかし、その顔は白目をむきながらも嬉しそうな表情のままだった……。



「スク水着 ああスク水着 スク水着 ……夏の日の俺、会心の一句」


 しかし30分後、俺達はプールサイドに立っていた。ケンタロウは目を細めながら何やら俳句を読んでいるようだ。スク水着……、スクール水着は季語なのかどうか気になるところだが、夏を現す言葉で問題ないかもしれない……。やるなケンタロウ……。


「じろじろ見るな!」


[バシャーン!]


 ケンタロウはハルミにプールに突き落とされても、満足げな顔をしながら浮かんでいる。


「購買部で買ったばかりの水着だから……白ゼッケンが付いていないのが残念ですよねぇ!」


 アキラも目をキラキラと輝かせてそう言う。まったくこいつらと来たら……。俺は普通にビキニとかの方が好みなんだけど……。それって普通だよな?


「ヨシト! 泳ぐの教えてよぉ……」


 ハルミはいつの間にか俺のそばへ来て腕を引っ張っている。俺はハルミの顔を見ながらため息を付いた。


「お前……まだ泳げないのかよ……。一年生の時言ったろ? 水難事故とかに遭う確立を減らすために、泳げるようになっとけって……」


「ヨシトが教えてくれないからでしょ! 去年私を海に連れて行って、教えてくれたら良かったのに!」


「じゃあ誘えよ? お前何も言わなかったから……泳げるようになったか、ジムのプールにでも通ったのかと思ったけど……?」


「もう! シズカと付き合えて、ほっ……んと! 良かったね! ヨシトは! じゃなきゃ! 誰とも付き合えないままおじさんになるところだよ!」


「私は……ズルしたから……」


「ズル?」


 ハルミはシズカの顔を見る。そう、補習をサボってプールに向かうところを、この世界を管理する者の一人、シズカに当然のように見つかったのだ。


シズカは最近ずっと学校にダミーを置いたまま現れなかったが、しっかりと俺達の監視の目は緩めていなかった。しかし、実質的には校長先生よりも生徒を取り締まる立場が上の管理者のシズカだが、近頃なにやらストレスがたまっていたと漏らして、俺達と一緒に水遊びをすることを選んでいた。


「あー! ヨシトの好きなお弁当のおかず入れいれ事件だぁ! ずるーい!」


「え……ええ……。ご……ごめんなさい……」


「でも彼女だったらしたくなるよねー。わかるわかるぅ」


 うつむくシズカの前でハルミは腰に手を当てながら大げさにうなずいている。


「だからぁ、今年はまだ付き合ってないんだよ。シズカは彼女じゃないって言っているだろ」


「でも時間の問題でしょ? だって、お互い好みのタイプなんだから?」


 大きな目で俺を見つめるハルミに、俺は自分の気持ちを伝えたくなった。だが、シズカの事を考えると、どうしても言うことが出来ない。俺はこの一年で死んでしまうかもしれないのに、この後ずっと生きていくシズカを傷つけて消えるなんて……とても出来ない。


「だけど……今日だけ貸して! 去年ヨシトに言われたこと……どうしても出来るようになりたいんだ! 泳げるようになりたいの! ……いい?」


 ハルミはシズカに向かって両手を合わせて頭を下げている。しかし、俺にはどうしてかシズカの方がハルミに対して申し訳無さそうな顔をしているように見えた。


「じゃあ行くわよ! さっさと来い! ヨシトよ!」


 シズカがうなずいたのを確認すると、ハルミは俺の腕を掴んでぐいぐいとプールに向かって引っ張っていく。


「さあ、教えなさい!」


―ドンッ―


[バシャーン!]


「ぷはぁ! ケンタロウと同じ扱いをするなよっ!」


 頭からびしょ濡れになった俺を見て、自分で突き落としたハルミは腹を抱えて笑っている。そんなハルミの後ろにそっとシズカが近づいてきていた。


―ドンッ―


「うにゃぁ!」


[バシャーン!]


 俺の隣にハルミが落ちてきた。それをシズカは見ながら珍しく爆笑している。しかし、そこへそっと近づいてくる黒い影……。


―ドンッ―


「きゃっ!」


[バシャーン!]


 続けてシズカがプールにじたばたしながら落ちた。それをアキラが大爆笑しながら言う。


「みなさん! プールに飛び込むのは校則で禁止されている行為ですよ! 駄目ですよぉー!」


 俺はハルミを睨み、ハルミはシズカに向かって頬を膨らまし、シズカはアキラにべぇっと舌をだして見せている。


「まったく……耳に水が入ったぜ……。ちょっとアキラ、プールから出してくれ」

「はいはい」


 俺が両手をアキラに向かって差し出すと、アキラはそれを掴もうとする。もちろん俺は、そんなアキラの手首を掴んでプールの壁を蹴った。


「ちょっ……ちょっとヨシト君!」


[バシャーン!]


「これで全員だな」


 アキラが水面に顔を出すと、みんなで笑った。そんな俺達だけの貸しきり状態のプールに、何人かの人間が更衣室から出てきた。


「自分達だけで楽しむなんてずるいんじゃね? 管理者まで一緒にさ」


 そう話し出した男の後ろに、三人の生徒が立って俺達を見ている。


「ずるーい。補習に飽き飽きなのは私たちも一緒だよ!」

「そうそう!」


 それは、三年生のカズ先輩と、その同学年のシンヤ先輩。女子生徒は二年生ミカ、一年生アカネ、顔なじみのメンバーだ。全員ガーディアンのパイロットである。


「仮想世界に気がついてない生徒達はおかしいとも思わず補習を受けてるだろうけどよ、お前達と同じく俺達も不満たまりまくりなんだぜ。誘ってくれてもいいじゃねーかよぉ。……まあ、校舎から出て行くお前達を見つけて……勝手にこいつら誘って後を付けてきた……訳だけどなっ!」


 もちろん四人とも水着姿だった。泳ぐ気満々だ。


 ガーディアンは先シーズンに覚醒をしたケンタロウが一番機、アキラが二番機。今シーズンの四月、最も早く障害が出たハルミが三番機。その後、三年のカズ先輩が4番機……と、覚醒した順に続くわけだ。


俺のは元々この基地で作られたガーディアンでは無いし、武装も異なるため、例外的に0番機とされた。8月を向かえ、うちの高校サーバーのガーディアンパイロットは以上の8名だ。もちろん、これからも増えるだろうと思われる。……あまり好ましいことでは無いのかもしれないが……。


 俺達はもちろんカズ先輩達を拒むわけがなく、同じ状況にある彼らを誘わなかった事を素直に謝った。そして、パイロットに管理者を含めた9人で和やかに水遊びの時間を過ごし始めた。


「違うってハルミ。だから膝を真っ直ぐに、出来るだけ水しぶきを立てないように……。バッチャン、バッチャンじゃだめだって」


「こう?」


 ハルミはブールサイドに両手でつかまりながら、俺に向かってバタ足を見せる。


「だから太ももから動かすようにだって。膝がまた曲がってる…」


「ひゃっ! 変なところ触らないで!」


「膝の下に手を置いただけだろ!」


「彼女さーん! 彼氏が他の女に手を出してますよぉー」


 ハルミはそばで華麗にクロールをしているシズカに向かってそう叫ぶ。


「あーもう、知らね。あとは自分でやれよ」


 背中を向ける俺にハルミはしがみついてくる。


「ウソウソ! ちょっとくらいお触りしてもいいから教えて!」


「えー……。いいのハルミ……。じゃあ俺が教えちゃおうっかなぁ」


 そばで泳いでいたケンタロウが目を細めながら近づいてきた。


「こらっ! サボっちゃダメです、ケンタロウ君! さあ、しっかりこれを持って続きをしますよっ!」


 ビート板で頭を叩かれ、アキラ指導の元、ケンタロウはバタ足をしながら離れていった。


「まったくあいつは……。男のくせに泳げないとかなんなんだろうな。彼女が溺れたとき助けられないじゃないかよ……」


 ケンタロウを見ながらため息を付く俺に、ハルミが小さな声で言う。


「ヨシトは……、私が溺れても助けに来てくれる?」


「ん?」


 俺が振り返ると、ハルミは顔を赤くしながらうつむいた。


「何言ってんだ? あたりまえだろ?」


「でも、溺れない彼女なら……問題ないわよね?」


 声がするほうを見上げると、いつの間にかシズカがプールサイドに座って俺達を見下ろしていた。


「まあ……泳げる彼女なら、俺が足をつったりしたとき、逆に助けてもらえるかもしれないかな……」


「私泳げるようになるもん!」


 シズカを見上げて言った俺のそばで、ハルミがすぐさまバタ足の練習を始める。意気込むのは良いけど……水しぶきが俺の顔にかかって……。また膝が曲がってるから……。


 ハルミを見てため息をついている俺に、シズカがやや真剣みを帯びた声で言う。


「ヨシト。話があるんだけど」


 シズカの唇がわずかに震えているような気がした。


「なになに? ついに告白?」


「ケンタロウ君! だから休んじゃダメですって!」


「ちょっと待ってくれよアキラ先生。仲間のこんな重要なシーンを逃しちゃダメだろ?」


 ターンして戻ってきたケンタロウとアキラが泳ぐのをやめて俺達に寄ってくる。アキラはケンタロウに「いい趣味していますね」と言いながらも、少し口元が緩んでいる。


「なんだよ? おめでたい事か? 俺達も一緒に祝わせてくれよ」


 声が聞こえたのか、気配を察したのか、カズ先輩達もそばに来た。


 プールサイドに座るシズカに、プールに浸かりながら見上げる俺達。まるでシズカを先生とした授業のワンシーンのようだが、シズカの顔は悲しげで真剣なままだった。



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