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幻影学園  作者: 音哉
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第1話 「くり返す高校二年生」

2011年6月頃の作品です。ロボット物となります。

地下深くに広がっている広大な空間。ここは何かの施設のようではあるが、どんな凶暴な猛獣が暴れたのか、壁は崩れ床には深い爪跡が残る。


ある広い部屋には2m程度の小型カプセル状の物が数千と床に転がっているが、そのどれもが割れ、砕け、押しつぶされ、誰の目にも機能が停止しており、どんな研究に使われていたのかうかがい知ることは難しい。


 

そんな施設に、唯一音を放っている場所があった。その部屋の天井は高く、15mはあるだろうか。壁にはいくつもロボットアームが取り付けてあるが、そのどれもが指を無くし、手首を折り、はたまた肘から先を失って力なくうなだれている。床には何かを運搬する役割を持っていただろう、テーブル型やかご型の特殊車両がひっくり返ったり横向きになったりしていた。 


……しかし、その中を一台の無人車が縫うように走り回り抜けていった。


その先には、まだ稼動している巨大な機械仕掛けの腕が慌しく動いている。それらの中心に、腰を床につき足を伸ばして、壁にもたれかかりながら眠っているかのような姿勢の巨人がいた。体は金属で出来ているが、その外壁は無理やり剥がされたような跡が残り、鉄骨や配線が露出している。枠組みしか残っていない巨人を表現するのは難しいが、その目はVの字型のゴーグルを取り付けたような半透明な材質で覆われていた。


いま、光の少ない格納庫の中で……巨人の目に光が点った。




     ※     ※     ※     ※




 終業式を終え、教室に帰ってくると俺はすぐに帰り支度を始める。


「ヨシト! 帰り、打ち上げでカラオケでもいかねー?」


 そんな俺に話しかけてくるクラスメートがいた。


「悪いな。先約有り、だ」


「いいよなぁヨシトは。じゃあ俺達はいつもの代わり映えしないメンバーで行きますか!」


「何よー。私達じゃ不満ってわけ? シズカには及ばないけど、あんた達にはもったいないくらいよ!」


 奴らは教室の隅に集まりわいわいと遊びに行く相談をしている。


春休みが終われば俺達も受験生だ。この休みが気楽に遊べる最後の機会になる。


「じゃあ、予定通り飯行って、映画に行くか」


 俺はカバンを持って隣に来た女の子にそう言う。

黒髪でストレートのロングヘア。その艶々とした髪を揺らしながら彼女は俺に笑顔を向けている。


「その後、買い物ね」


「ああ、分かってる」


 俺達は二人そろって教室の外へ向かう。


彼女の名はシズカ。もう付き合って…どのくらいになるのだろう。二年生の一学期の初め頃から俺と特別な関係の女の子だ。


「仲の良い事で! 今日も二人でデート?」


 そんな俺達に冷やかすような顔で話しかけてくる茶髪の子。


シズカとは対照的で、髪の色とパーマ、そしてその口調や表情から活発な印象を与えるハルミだ。こいつとは一年生の時からクラスが同じ、俗に言う腐れ縁である。


「なんだ? 仲間に入れて欲しいのか?」


「ばーか。そんな野暮ったいKY女子じゃないよ、私は!」


 ハルミは顔の横で人差し指を振りながら、俺に向かって口を尖らしている。


「別に構わないのに。……なっ、シズカ」


 俺が顔を見ると、シズカはすぐに目を伏せる。どうしてか彼女はいつもこんな冗談を俺が言うと、ハルミに対して申し訳無さそうな表情をするのだ。


「え……マジで? いいの? ……なーんて! 言うと思ったか! 私だって誘ってくれる男の一人や二人……」


 そう言いながらハルミは周りを見回す。しかし、近くにいた男子は全員目をすぐに逸らした。


「何よぉ! こんな美女が誘いを待っているって言うのに!」


 ハルミは頬を膨らまして怒った様子だ。そんなこいつに教室の隅に集まっていたグループからカラオケの誘いがかかる。すぐに、「ほーらね!」と言いながら俺に対して舌を見せた。


 ハルミは正直言って、かなり可愛い。さっき周りの男が目を逸らしたのは、おそらくそんなハルミを単騎で誘える豪傑では無いからだ。


実を言うと、俺も一年生の頃は少し惹かれている時期があった。しかし、誰にでも気さくに話しかけ、明るいハルミをとても自分のものにする自信が無い。「ばーか。ただの友達でしょ? それ以上無理!」 ……どうせそうなるに違いなかっただろう。


だけど、最近良く夢を見る。俺はハルミに告白してOKをもらうのだ。そして付き合い、楽しい一年を過ごす。はっきりとは覚えてないが、かなりリアルな感覚や気持ちを伴う夢だと思う。


しかし、なぜか高校二年生の一年間でそれは終わり、三年生になった時の夢は見ないのだ。三年生になりクラスが変わって俺は振られてしまうのか? それとも俺が現実に三年生になったら続きを見るのか? ……それは春休みが終わってまた学校が始まれば分かるかもしれない。


 騒ぐハルミを尻目に俺達は教室を出た。そう言った夢を見るからってシズカに不満があるわけじゃない。どうしてそんな夢を見たのか、俺が一番不思議に思うくらいだ。


シズカとは二年生になり知り合い、何をきっかけしたかは忘れたが良く話すようになった。


ハルミと違って落ち着いていて、成績も上位にいる優等生だ。俺とはかなり趣味が合い、見たい映画も同じ、食べ物の好みも同じ。それに、まるで心を読んでいるかのように俺の気持ちを分かってくれる。まさに運命の人を思わせてくれる女の子だ。


シズカと付き合うようになってから、何かとちょっかいをかけてきたハルミは気を使って俺と距離をとるようになった。だからか、シズカはハルミがいるところではいつも申し訳無さそうな顔をするのだと思う。



「短かったよね、一年間……」


「? ……ああ。まあな」


 映画を見終わり、ウインドウショッピングをしながらブラブラと歩いているときにシズカがそう言った。不思議だったのは、どうしてか寂しそうな顔をしているからだ。まるで……お別れをするかのような……。


「楽しかったよな?」


「すごく楽しかったわ。……」


 シズカは濁りの無い表情で俺を見る。だが、すぐに視線を落としてしまう。俺は嫌な予感がそのまま口をついて出てしまった。


「もしかして……、………………………別れたいとか?」


「違うっ! ……次の一年もヨシトと楽しめればいいなって……思った……だけよ」



 歯切れは悪いが、「違う」と即答してくれたことで俺は安心する。もし俺が感じてしまった通りなら、そこは返事をしなかったり変な間を空けたりするはずだ……。


「なら、三年生になってもよろしくな!」


「……え……ええ」


 学年が上がり、次はクラスが別々になってしまう事を恐れているのだろうか。唇を噛んでいるシズカの頬を、俺はそっと撫でた。彼女は俺に向かって顔を上げる。


……人が見ていたって構うものか。


 そんな俺の視線がシズカから外れる。目を閉じているシズカの向こうでチカチカと点滅するものがあるのだ。それは若者達が待ち合わせをする際に良く目印にしている大型のビジョン。それが、故障でもしたのか砂嵐や青や赤の乱れた絵を繰り返し映し出している。


「……どうしたの?」


 いつまでも唇を重ねて来ない様子にシズカは目を開け、俺の視線を追って後ろを振り返った。


「何か……珍しい物でもあるの?」


 あれほど目立つ異変にシズカは気が付かないようだ。いや、周りの人間も表情を変えずにビジョンを見上げている。ああいうコマーシャルなのか? ……そんなバカな?


「ヨシト……続きを……」


 しかし、今度はシズカが表情を変える。もちろん俺も同時に辺りを見回す。どうしてか、それは俺も説明しがたい。こんな事があるとは思えないからだ。


見たままを言うと、どこからかサイレン……、いや、アラームか? 目立つ甲高い音が鳴り出し、世界が赤く点滅している、と言った感じか。何かのイベントなのか? ミュージシャンのゲリラライブ?

 

どこからか照らされた赤い照明の中、シズカは震える声をあげる。


「そんな……。どうして……このタイミングで……。最後の……時なのに……!」


 珍しく取り乱した様子のシズカは、俺の顔を見て口を大きく開けて言った。


「私を! ……覚えていて!」




     ※     ※     ※     ※




「おっはよー。ヨシト、宿題はちゃんとしてきたかね?」


「春休みは宿題ねーだろ?」


「男を磨くとかあるでしょ? 私はちゃんと女を磨いたよ! 見てこれ。かわいくない?」


 ハルミは俺の前でくるっと一回転をする。一年生の時とは髪の長さは変わらないが、色を茶色に染めて毛先にパーマをかけている。


「はいはい。かわいいですねー」


「何よ! 誰のためにやったと思っているのよ!」


 ハルミは顔の横で人差し指を振りながら俺に向かって口を尖らしている。


「? ……誰のためだよ?」


「…………私のためよ」


 今日は二年生になっての初日。要するに始業式がある日だ。俺とハルミは高校一年生の時に同じクラスで、別に示し合わせたわけじゃないが、いつの間にか同じ時間の電車に乗って改札をくぐる仲。そして、学校の最寄駅から二人で毎日登校する間柄だ。


 俺達はいつものように通学路を歩く。しかし、表情からでは分からないはずだが、俺の心臓は動きを早めていた。いつもの3倍の速度と言っても良いかもしれない。


ハルミは「イケてるクラスだったらいいなぁ」なんて言いながら歩いているが、俺はそんなハルミと出来ればまた同じクラスになりたいと考えていた。学年には4クラスあるので確立は4分の1。俺の心臓は校門をくぐる頃には近くにバイクでもあるのか? というくらいの爆音に聞こえた。



すぐに掲示板が目に入ってくる。その前には人垣があり、ハルミはピョンピョンと跳ねて覗いている。俺は人より少しだけ高い身長を生かして張り出された紙から自分の名前を探す。


「あった。俺は二年三組だ」


「ホント? 私は? 私は?」


「さぁ……どこかな……」


 俺は興味無い振りをしながら、一生懸命自分のクラスの名簿に視線を走らせた。……ある! ハルミも……同じクラスだ。


「まあ、自分で探せよ。それじゃ、俺は教室へ……って、おわっ!」


 ホッとした表情を悟らせないようにしながら俺は去ろうとする。そんな背中にハルミは飛び乗ってきた。そして、俺におんぶをされた状態で掲示板を覗き込んでいる。


「あった! ヨシトと同じクラスだよっ! みて! みて!」


 ハルミは満面の笑みで俺に顔を寄せ、掲示板を指差してくる。


「わ……わかったよ。とりあえず降りろ」


「ちょっと見てよ! 嬉しくないのっ!」


「まあ、また一年世話してやるか……」


「んだとぉ!」


 確かにハルミは背中から降りた。しかし、その腕は俺の首に回ったままで釣り下がる。


「くっ……くるしい……」


「ハルミさまの存在を、重みを持って噛み締めろぉ!」


「は……ハルミと一緒になれてすごい嬉しいです……」


 俺がかすれた声でそう言うと、ようやく手を離してくれた。


「しょうがないなぁ。行くぞ! ヨシトよ!」


 ハルミは俺の腕を引っ張りながら、二年三組の教室へ向かった。




「ほうほう。なかなか……イケてそうなクラスじゃないか?」


「そのイケてるの基準ってなんだよ……」


 俺達は教室の窓越しに中をのぞいた。特に何の変哲も無いメンバーのように思えるが……。


「おお! ヨシト君! みなさい! あれは美人で有名なシズカちゃんだぞ!」


 ハルミが指差している先に、背筋をぴんと伸ばして座っている黒髪の子がいる。俺も一年生の時に噂を聞いたことがある子だ。


「彼女いない暦、もうすぐ17年目に突入するヨシト君にはよだれ物じゃないかぁ?」


「お前だって同じだろ……」


 そんな事を言い返す俺に、シズカさんの顔が向いた。視線が、目が合う。俺はすぐに逸らしたが、俺を見つけた彼女は笑顔になった気がした……。


「ふんだ。私ももう高校二年生。そろそろこの高嶺の花に手を出してくる男もいるかもしれないねー? ……ねー? ねーって!」


 俺に向かって何やら叫んでいるハルミを残して教室に入り、空いている後ろの席に座る。どうせ始業式から戻ってきたら席替をするのだ。どこでも構いはしない。


俺は後ろから教室を見渡す。ここがこれから一年、高校二年生の一年間を一緒に過ごす教室、クラスメート達だ。

 



本日22時、第二話を掲載します。

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