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"Quo vadis"

掲載日:2026/08/24

薄い靄の掛かった洞穴(どうけつ)の先に、其の部屋は在る


其処に在る木机に掛けて、一人の少年が待って居る

君だ



君は僕の姿を認めると、哀しそうな顔で『───また来たんだ』とだけ呟く


対照に

僕は、今にも声が漏れそうな程の笑顔を自分がして居ると、解って居る



「今度は手首」



「血がすごい沢山出て来て」


「───花火みたいだった」

嬉しそうに報告するが、君の表情は伺い知れない


暫く待つと、君は僕の事を視もせずに「それ多分」「死なないと思うよ」と云った



「………嫌だ」


顔を覆いながら

僕は涙ぐみ、其の場に屈み込む



「嫌だ」



「嫌だ」


「君と、此処に居る………」



意識が薄れていく


僕が、生へと引き戻される


君が離れていく────



─────



月日が流れた

洞穴の先の部屋を、また訪れる



「今度は飛び降りだよ」


愉しげに報告するが

君は遂に、僕の顔を視る事さえ無かった


聞けば

『おおよその状況は、視て知って居る』のだと云う



「それも」

「──多分、死なないね」


冷ややかな返事を聞いて、動悸がした

僕は、ふらふらと君に歩き寄ったが、内心では心の内に昏い炎が燃えて居た



「君に…っ……」


「君に…っ、何が解るの………?」


「すごい痛いんだよ?苦しくて怖くて、でも君が居るから少しだけ怖くなくて…………」



「君に………君に、何が………」


其処から先は、意味の有る言葉には成らなかった

赤児の様な酷い嗚咽で、僕は泣き崩れた


場所が場所で無ければ、泣き死ぬのではないかとさえ思う程だった



しかし、君の云った通りだった


僕が薄れていく

また、あの意味の無い生に、僕は引き戻されていく



「君が居れば」


「僕は、生きる事だって出来たんだ」



「死ぬ事だって───」



現実に還っていく

願いを現象が否定する


僕の言葉は、永遠に嘘になり続けるのだろうか



─────



「今度こそだよ!」


幾度目か解らない洞穴を、僕は君の元へと走った


扉を開く

「僕は今度こそ、本当に死んだんだ!」

言いながら、君に駆け寄っていく


君は、僕に注意を払わないまま

静かに立ち上がると、部屋の奥に在る扉を開いた



扉の先には、『死』が在った


其れは視覚情報として、単なる闇──

乃至(ないし)は、黒の塗り潰しに過ぎなかったが


僕は扉の先が魂の、思考の、或いは、『僕』の痕跡の完全なる消失であると、本能的に解った




『死』に背を向ける


微力であったとしても

僅かでも、其れから距離を離れる為に


恐怖で歩く事も出来無かったが、震える手で這って、僕は、此の先に在るものから逃れようとした



後ろから頭を掴まれ、立ち上がらさせられる




『Quo vadis?』



問い掛けと共に、僕は扉へと引き摺られた

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