"Quo vadis"
薄い靄の掛かった洞穴の先に、其の部屋は在る
其処に在る木机に掛けて、一人の少年が待って居る
君だ
君は僕の姿を認めると、哀しそうな顔で『───また来たんだ』とだけ呟く
対照に
僕は、今にも声が漏れそうな程の笑顔を自分がして居ると、解って居る
「今度は手首」
「血がすごい沢山出て来て」
「───花火みたいだった」
嬉しそうに報告するが、君の表情は伺い知れない
暫く待つと、君は僕の事を視もせずに「それ多分」「死なないと思うよ」と云った
「………嫌だ」
顔を覆いながら
僕は涙ぐみ、其の場に屈み込む
「嫌だ」
「嫌だ」
「君と、此処に居る………」
意識が薄れていく
僕が、生へと引き戻される
君が離れていく────
─────
月日が流れた
洞穴の先の部屋を、また訪れる
「今度は飛び降りだよ」
愉しげに報告するが
君は遂に、僕の顔を視る事さえ無かった
聞けば
『おおよその状況は、視て知って居る』のだと云う
「それも」
「──多分、死なないね」
冷ややかな返事を聞いて、動悸がした
僕は、ふらふらと君に歩き寄ったが、内心では心の内に昏い炎が燃えて居た
「君に…っ……」
「君に…っ、何が解るの………?」
「すごい痛いんだよ?苦しくて怖くて、でも君が居るから少しだけ怖くなくて…………」
「君に………君に、何が………」
其処から先は、意味の有る言葉には成らなかった
赤児の様な酷い嗚咽で、僕は泣き崩れた
場所が場所で無ければ、泣き死ぬのではないかとさえ思う程だった
しかし、君の云った通りだった
僕が薄れていく
また、あの意味の無い生に、僕は引き戻されていく
「君が居れば」
「僕は、生きる事だって出来たんだ」
「死ぬ事だって───」
現実に還っていく
願いを現象が否定する
僕の言葉は、永遠に嘘になり続けるのだろうか
─────
「今度こそだよ!」
幾度目か解らない洞穴を、僕は君の元へと走った
扉を開く
「僕は今度こそ、本当に死んだんだ!」
言いながら、君に駆け寄っていく
君は、僕に注意を払わないまま
静かに立ち上がると、部屋の奥に在る扉を開いた
扉の先には、『死』が在った
其れは視覚情報として、単なる闇──
乃至は、黒の塗り潰しに過ぎなかったが
僕は扉の先が魂の、思考の、或いは、『僕』の痕跡の完全なる消失であると、本能的に解った
『死』に背を向ける
微力であったとしても
僅かでも、其れから距離を離れる為に
恐怖で歩く事も出来無かったが、震える手で這って、僕は、此の先に在るものから逃れようとした
後ろから頭を掴まれ、立ち上がらさせられる
『Quo vadis?』
問い掛けと共に、僕は扉へと引き摺られた




