不可視蝶 ~もう一度だけキミに逢いたい~
蒼い空。
重たげな白い雲。
焼けつくような太陽。
――今日もセカイは変わらない。
その変わらなさが、ひどく憎かった。
春に退職した用務員から譲り受けた古びた鍵を差し込み、屋上の扉を開く。
キィイという金属の軋む音が静かな空気に溶け、かすかに揺れた。
学校の屋上など誰も使わない。
学園ドラマで見るような光景は現実にはなく、低い金網のフェンスで囲まれたこの場所は長く閉ざされたままだった――鍵を手に入れるまでは。
屋上の隅。
錆びた緑のベンチの上に立てられた、どこから持ち込まれたのかわからない黄色のパラソル。
その影の下で、私と同じ制服を着た蒼い瞳の天使が気だるそうにスマホを眺めていた。
肩にかかる淡い金髪が風に揺れる。
陽光を受けた髪は薄く透け、どこか現実離れして見えた。
「よう……」
私に気づいた天使は、スマホから目を離さないまま声をかける。
「ここで何をしているの?」
「ん……見ればわかるだろ」
ぶっきらぼうな声だった。
「わかるけど……ねぇ、私も連れて行ってほしいの」
「やめとけ。いいことなんてない」
「でも、ここにいたくない」
「だったら好きなところへ行けばいいだろ」
「どこにも行けないよ……わかってるでしょ?」
「そうだな……これがお前の想い人か?」
天使は自分の髪を指で梳きながら言った。
「うん……ずっと逢いたかった」
「でも、オレは違うぞ」
「知ってる……それでも私は、あの日からずっと探してた」
涙が次々と頬を伝う。
もう枯れたと思っていたのに、止まらなかった。
「……悪かったな、ひとりにして」
「わかったようなこと言わないでよ」
「言っておくが、一応元気づけようとしてるんだぞ」
「いらないよ、そんなの……」
「じゃあ、もういいのか?」
「うん……」
天使はスマホをスカートのポケットにしまい、立ち上がった。
「行こう」
私の左手を握る。
細く白い指はひんやりとしていて、生きている人のぬくもりを感じなかった。
「お前は蝶にはなれない。あの空へ手を伸ばし、そのまま朽ちていく」
「あなたはどうなるの?」
「オレ? どうにもならないよ。最初からどこにもいないし」
「天使だと思ってた……」
「違うよ。空の近くにいるから、そう見えるだけだ」
「そっか……」
「よし、走るぞ。遅れるなよ、■△◇×」
「うん、行こう×○△ちゃん」
私は彼女の名前を呼ぶ。
あの頃と同じように……
私たちは全力で走り出した。
風が頬を打ち、視界の端を白い残像がかすめる。
空が近づく。
夏色のセカイが揺れる。
光が滲む。
そして――
全力で最後のハードルを飛び越えた。
その瞬間、天使の手がふっと軽くなった気がした……
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