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[プロローグ]

 ……夢を見ていた。

 真っ赤な夕陽の中に佇む私。

 綺麗な朱色の空。私の大好きな、斜陽色の世界。


 それは夢であったけれど、ただの夢とも違っていた。

 何故ならそれは、意味不明な夢想ではなくて、確かな日々の記憶の再現だったから。


 私は、綺麗な朱色が世界を支配する頃、決まって一人、誰もいない屋上へと向かう。

 そこで私は、徐々に沈み行きながら、それでも最後まで輝きを失わない、眩い夕陽の凛とした姿に酔いしれるのだ。


 そうして、世界が朱から濃淡に塗り替えられる頃、やはり一人で、私はひっそりとその場を後にする。

 それが、日々の日課だった。


 ……けれど、その夢は少しだけ、それとは違った。

 ――だからこそ、それは夢だったのだ。


 朱色の夕陽は、未だ彼方のビルの谷間に輝いていた。

 いつもなら、私はその輝きから眼を逸らすようなことはしない。

 だって、そこには私以外、誰もいないから。凛としたその輝きに焦がれる以外に、すべきことなんてなかったから。


 けれど、夢の中の私は、そっと背後を振り返る。

 そこには、一人の男の子の姿がある。

 まだ高校生くらいだろうか。体格は大人の男の人と変わらないけれど、顔にはどことなくあどけなさが残っていて、私よりも七つか八つは若いかも知れない。


 私は、彼の姿がそこにあることに、何故かほっとする。夕陽を眺めている時よりも、よほど安らいだ気持ちになって、私は微笑んだ。

 男の子は、そんな私に、どこか照れたような、呆れたような、そんな顔で笑う。それは、不良じみた皮肉げな笑みではあったけれど、私は彼の笑顔を、いとおしいと思っていた。

 私は身を寄せていた冷たい手摺りから身を離し、男の子に触れようとして――



 ……そこで、眼が覚めた。

 窓からは、眩い白い陽光。

 寝ぼけ眼で、ふとサイドテーブルに置いたうさぎの形の時計を見てみれば、午前十時を回ろうとしている。

 どうやら、朝食を済ませた後で、少しばかり眠ってしまったらしい。


「……ん~~~っ……」

 身を起こして、軽く背伸びをする。深呼吸をすると、嗅ぎ慣れた消毒液の臭いが鼻孔をくすぐった。

 見渡せば、そこは清潔な白の世界。その独りきりの小さな空間が、今の私に許された唯一の城と呼べる場所だった。


「……ふう」

 軽く嘆息して、私は肩の力を抜いた。

 ……と。瞬間、枕元に置いてあるそれに気が付いた。

「あら? これは……」

 手に取ってみれば、それは毛糸で編んだ小さなマスコット人形。

 まだまだ未熟な出来映えだったけれど、制作者の一生懸命さが伝わってくるようで、とても微笑ましかった。


「そう言えば、教えてあげる約束だったのよね……悪いことをしてしまったわ」

 思わず、誰にともなく呟いていた。

 ――そう、私は約束していた。小児科病棟の子供達に、編み物を教えてあげる約束だ。つい先日、ひょんなことから簡単な人形――つまり手の中のこれ――の作り方を教えてあげたら、「もっともっと」とせがまれてしまったのだ。

 季節柄、そろそろ毛糸を弄るのも億劫になってきているのだけれど……まあ、それで子供達が笑ってくれるのなら、安いものよね?


「ふふっ……」

 思わず笑みを漏らしながら、私は腰を上げた。

 今日は何だか不思議な日だと思う。

 寝ている間に、こんな可愛らしい贈り物を貰ってしまったことも、朝食の後で眠り込んでしまったことも――だけど、何よりあの夢だ。


 見たこともない男の子だった。夢では過去を見ることが多いと言うから、昔の同級生の顔も片っ端から思い出してみたけど、全く覚えがない。夢に見る理由がまるで分からなかった。

 ……そりゃあ、少し可愛かったし、私好みではあったかも知れないけれど。……いやちょっと待って。そう言うと何だか私がアブないヒトのようではないデスカ。私は至ってノーマルですから。多分。


 でも――仮に彼が私の妄想だったとしても、それにしては妙にリアルだった気がする。私はあの男の子に、まるで彼が、この世界のどこかに本当に存在しているかのような存在感を感じたのだ。

 ……もちろん、私の夢のことなんて私にしか分からないし、私の感覚がおかしいのかも知れないけれど。


 身体よりも、頭の方がおかしくなっちゃったのかしらね? なんて自嘲的に思いながら、私はお気に入りのピンクのスリッパを引っかけて、何の気なしに窓際へと歩を進めた。

 見下ろせば、外来へとやって来る人々の姿が眼に映る。陰鬱な表情をして、辛そうに身体を引きずる人々がほとんどであるけど、中にはそうでない人々もいる。ほら、今日は何だか賑やかな二人連れが歩いてくるわ。


 高校生くらいの、男の子と女の子。遠目で良く分からないけれど、男の子は頭から血を流しているみたい。女の子は、そんな彼の傷を押さえながら、それでも、さっさと歩けとばかりにぐいぐいと腕を引く。男の子は、そんな彼女が気に入らないのか、何やらぎゃーぎゃーと騒いでいた。

 そんなやりとりは、本人達にすれば大ごとなのかもしれないけれど、見ている方にすれば、とても微笑ましいものに見える。


 ……とても平和だと、そう感じる。

 その空気が、時間が、とてもいとおしいと思った。



 ――この平和が、世界の全てに降り注げばいい。



 ……暖かな毛糸の人形を胸に抱きながら、私はそう、願っていた。


『朱色優陽―アケイロユウヒ―』1へ続く→http://ncode.syosetu.com/n6657m/1/

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