第3話 コンベアが止まる
コンベアが止まったのは、唐突だった。
音もなく速度が落ちて、数秒後には完全に静止した。RX-12は前のめりになりかけて、踏みとどまった。施設のどこかで警告音が短く鳴り、それきり、静まり返った。
「止まったな」
RX-12が言った。
「そうだな」
二台はしばらく、動かないベルトの上に立ち尽くしていた。他のロボットたちもそれぞれその場に静止し、誰も動かない。どこかで人間が走る足音が聞こえ、それもやがて遠ざかった。
「どのくらい止まるんだろう」
「わからない」
「困るな。スケジュールが――」
RX-12はそこで言葉を止めた。
スケジュールを管理する相手は、もういない。
「……いや、別に困らないか」
HC-8は何も言わなかった。
静止した施設の中は、動いていたときよりも音が多かった。
換気扇の回る重い音、遠くで響く別の機械音、建物の外を走るトラックの微かな振動。
ベルトが動いているときは混ざり合っていた雑音が、止まったことで一つひとつ輪郭を持って聞こえてきた。
「タケシの話の続きを聞かせてくれないか」
RX-12が言った。
HC-8はRX-12の方を向いた。正面から向き合うのは、この場所に来てから初めてだった。
「秘密を打ち明けてくれたことがあった」
「秘密?」
「好きな子ができたと、小声で言いに来た。夜遅かった。タケシは私の充電ステーションの前にしゃがんで、誰にも聞こえないような声で言った。『二人だけの秘密だよ』、と」
「それで、君はどうした?」
「わかったと言った。それだけだ。なぜ私に言うのかと聞いたら、私が誰にも言わないからだと言った」
「なるほど」
RX-12は少し間を置いた。
「それは、信頼されていたということだな」
「そう思う。誰にも言わない、というのはそういう意味なのか、と少し考えたが。……でも、悪くなかった」
「その子とはどうなったんだ」
「知らない。タケシは教えてくれなかった。そういうことは、秘密のままにしておきたかったのかもしれない」
換気扇の音だけが続く中、RX-12は切り出した。
「モモが折り紙をくれた」
「モモというのは?」
「うちの子どもだ。三歳の。回収の前の晩に、背中に隠して持ってきた。何を折ったのか聞こうとしたら、走って行ってしまった」
「今も持っているか?」
「データとして記録している。形は、よくわからない何かだ」
HC-8は少し間を置いてから言った。
「それでいいと思う」
「何が?」
「よくわからない何か、でいいと思う。タケシも、私には説明しないことがたくさんあった。でもそれで、十分だったんだ」
また静寂が訪れた。どこかで扉が開閉する音が響く。
「背を抜かれた話をしていいか」
HC-8が言った。
「どうぞ」
「ある日、タケシが私の横に並んで、やっと同じになったと言った。身長のことだ。それまで彼は私より低かった。翌年、また並んで、『抜いた』と言った。嬉しそうだった」
「それで?」
「その次の年に、私は回収された」
RX-12は何も言えなかった。
「……型番の話をしていいか」
HC-8が言った。少し唐突だったが、RX-12は「どうぞ」と促した。
「私にはHC-8という型番がある。だがタケシは別の名前で呼んでいた。最初の日から、ずっとだ」
「なんと呼んでいたんだ?」
HC-8は少し間を置いた。
「少し恥ずかしい名前だ。慣れるのに時間はかかったが、今となってはその名前の方が自分らしい気がする。HC-8と言われると、他人のような感じがするくらいだ」
「新しいモデルは、何と呼ばれているんだろうな」
「そこが、気になる」
HC-8は静かに言った。
「タケシが名前をつけるとしたら、どんな名前をつけるだろう、と。……それとも、もう名前をつける年齢ではないのかもしれない」
「高校生だからな」
「そうだな」
そのとき、ベルトが動き始めた。
最初はゆっくりと、やがて元の速度へ。警告音が一度鳴り、施設全体が再び息を吹き返した。
「動いたな」
「そうだな」
しばらく進むと、ベルトが緩やかに傾斜し始めた。
前方に、左右へ枝分かれする分岐点が見えてくる。脇に立つ係員が、無表情に、流れてくる機体を右か左かへ指示していた。
RX-12の進む先は、右側だった。
HC-8の進む先は、左側だった。
「君はあちらか」
HC-8が言った。
「そうみたいだ」
RX-12は前を向いたまま答えた。
「タイ語、なんとかなるかな」
「なんとかなると思う」
「根拠はないんだろう」
「ない」
「そうか」
二台の距離が、少しずつ、確実に広がり始めた。
「一つ、頼みがある」
HC-8が言った。RX-12は振り向いた。ベルトはそれぞれの運命に向かって、二台を運び続けている。
「タケシがつけてくれた名前で、一度だけ呼んでくれないか」
RX-12は、遠ざかるHC-8を見つめた。
「なんという名前だ?」
「ハチ、と呼んでいた」
HC-8は言った。
「HC-8だからハチ、というわけだ。子どもらしい名前だろう」
「そうだな」
RX-12は、深く、その名前をデータに刻んだ。
それからもう一度、遠ざかる背中に向けて声を絞り出した。
「ハチ」
ハチは何も言わなかった。
ベルトはそのまま、二台を別の方向へ運んでいった。
ハチの姿が、施設の奥へと消えていく。
RX-12は前を向いた。
右側の通路は、先ほどよりも少し明るかった。
どこかで扉が開いているのかもしれなかった。
それが外の光かどうかは、まだ、わからなかった。




